音空間事業本部 根木 健太  企画室 山下 晃一 大山 宏  技術顧問 大橋 心耳

大阪営業所 柿沼 誠 東岡 泰一 藤原 昂 近藤 奈緒子 川合 正浩

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1. 導 入

近年AGSの可搬型モデルであるANKH(アンク)は、オーケストラピットを持つ音楽専用ホールにも導入され、コンサートやイベントに登場する場面も増え、いくつかの事例をNOE技術ニュースでも紹介している。
ANKHは演奏空間においても、演奏者や舞台技術者から高い評価の言葉を頂いている。しかし、現状ではANKHの効果を確認するには、リハーサルや本番で実機を持ち込み、デモンストレーションという形で、演奏者本人や客席で聴いた方々の感想を集計する、という主観評価に頼る場面が多く、客観的なデータの蓄積が少ないという課題がある。
そこで我々は実際にANKHを導入し、様々な公演で活用なされている兵庫県立芸術文化センター様の御協力のもと、オーケストラピットと大型の反射板を有する同施設の大ホールを使用し、ANKHの設置前後で物理データ上に違いが観測できるが検証するために音響測定実験を行った。実験では測定信号だけでなく、実際に演奏者を招いて生演奏の収録も行い、データ・聴感印象の両面から違いを検証できる内容とした。
今回はその1として実験結果の一部である残響減衰波形の設置前後の比較と、現地で取材した聴感印象を掲載する。本実験の結果は、継続して次号以降の技術ニュースや弊社webサイトにて紹介していく。

2. 実験概要

実験では、3種類の測定を実施した。

  • ①インパルス応答測定
  • ②スピーカーから再生する無響室録音音源の収録
  • ③演奏者(弦楽四重奏)による生演奏の収録

これらの測定を、ステージの一部を下降させる「オーケストラピット内(ピット深さ2.0m)」と、舞台反射板をセットした「ステージ上」の2条件で行った。①と②の音源(スピーカー)位置はピット内、舞台上それぞれ3点ずつ、受音点は両条件とも客席含む全6点(うち2点はダミーヘッドマイクロホン使用)。使用したANKHはANKH-Ⅰ(フラットタイプ)を6台、ANKH-Ⅱ(コーナータイプ)を4台の計10台。
「オーケストラピット内」ではANKHはステージ側の壁面に沿って設置し、「ステージ上」ではステージの真ん中(演奏者の真後ろ)と、一番後ろ(反射板の直前)の2パターンで設置。これらにANKHの設置無しのパターンも加え、有り無しが比較できるように測定を実施した。

3. 残響減衰波形

オーケストラピット内の残響減衰波形を、測定したインパルス応答の中心周波数1000Hzの1/3オクターブバンドレベル波形にて、ANKHの有╱無 で比較した結果を図1(受音点:ピット内)、図2(受音点:客席)にまとめる。
図1(受音点:ピット内)を見ると、0.05sec 付近で直接音が届き、そこからレベルが減衰していく。下段の[ANKH無]では、減衰していく過程で大きな山谷が見て取れるように、何度か突出した反射音が生じている様子が分かるが、一方上段の [ANKH有]の波形を見ると、その突出した山谷の波形の間を埋めるように反射音が到来し、全体的に直接音からなだらかにレベルが減衰している様子が見て取れる。図2(受音点:客席)も同様に、図1ほど顕著ではないが大きくへこんでいる谷の部分を埋めるように、細かい反射音が到来しているのが見て取れる。

図1 受音点:ピット内 残響減衰波形の比較 [ANKH有]
図1 受音点:ピット内 残響減衰波形の比較 [ANKH無]
図1 受音点:ピット内 残響減衰波形の比較
(上段: [ANKH有]、下段:[ANKH無])
「オーケストラピット内」でANKH設置時の生演奏の様子
「オーケストラピット内」でANKH設置時の生演奏の様子

4. 聴感印象

「オーケストラピット内」、「ステージ上」のそれぞれでANKH設置前後の印象を比較した感想の一部を記載する。

〜オーケストラピット内〜

  • ANKHが無いと自分一人だけの音になるが、置くことでホール全体の音を聴くことが出来た。(Vn.1st)
  • 無い時は4人が離れて演奏しているような感じだったが、置くことで周りの音が聴こえて弾きやすかった。(Vla.)
  • ソロでは違いを感じなかったが、アンサンブルの時には置くことで聴きやすかった。(Vc.)
  • 自分の音というよりは、周りの音が聴きやすかった。(演奏者全員共通) 〜ステージ上〜
  • 真後ろにANKHを置いたときは、何もしなくても音が前にとぶ。すごい弾きやすいけど気持ちよすぎる。一番後ろ(反射板直前)に置いたときは、前に無理に音を飛ばそうとしなくてもホール全体に音を回すことが出来て、一番好きだった。(Vn.1st)
  • 真後ろの時はサロンで弾いているようだったが、一番後ろにあった時はアンサンブルが一番自然に作りやすかった。(Vn.2nd)
  • 真後ろに置いて演奏したほうが良いと思ったが、置かなくても全然問題なく弾くことは出来た。(Vla.)
  • 真後ろにある時は音がまとまって聴こえるが、伸びが足りなく感じた。一番後ろにあった時はちょうどよくてアンサンブルには良いと思った。(Vc.)

以下は客席にいた関係者からの意見。

  • 演奏者の真後ろに置いたときはチェロの音がはっきり聴こえて来てベストに感じた。
  • 楽器の一つ一つの輪郭は演奏者の真後ろに置いた時にはっきり感じた。これが良いのかは分からないが、一つ一つのエネルギーみないなものは一番感じた。
  • 真後ろに置いた時も、反射板前に置いた時も共通してひとつひとつの輪郭がはっきりしていて、直接音がちゃんと聴こえた。

5. 最後に

3章でANKHを設置することで、バラバラと届く初期反射音の間を埋めるように、細かい反射音が次々に届くことでなだらかになる様子が確認され、演奏者からは、他の楽器の音の輪郭が分かりやすくなるという意見が共通していることが分かった。そのため、初期反射音が充実することと、聴感印象であがった聴きやすさに関連があるのか、検討している。本稿ではモノラルマイクで測定した結果を紹介したが、今後はダミーヘッドマイクロホンで測定した結果にも着目して、分析を続けていく。
最後に、今回の実験を実施するにあたり御協力いただいた、兵庫県立芸術文化センター様、演奏者様、関係者の皆様には感謝申し上げます。

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