DIGITAL TV STUDIO 奮闘記(回想バージョン)

工事部 野澤 由香・出口 公彦

あれは忘れもしない2001年11月初旬、当社に一本の電話が入ってきました。

DIGITAL TV STUDI

「赤坂に一件編集スタジオ・MAを作っていただきたいのですが。」
「はぁ?およそどれほどの規模でしょうか?」
「金額にして¥??円ほどの予算で計画したいのですが」
「いつ頃までに完成の予定ですか?」
「そうですね。来年の2月頃までには。」
「^^;今からお伺いいたします。」

規模的なものに驚きも致しましたが、工期の無さにも驚き、臨戦態勢を整えて対応準備をし、早々(日は改めましたが。) 当社のスタッフ、(そしてこれが後日計画成功のカギになったのですが)電気、空調担当会社と初めての現地調査に向かいました。
何しろタイムスケジュールとしては、ギリギリの状態ですからまずご挨拶などという悠長なことは言っていられなかったのです。

現地について驚いたのが予想を超えるスペースの広さでした。
2フロア合わせて約450?あまりの大きさ、当時はとても来年(2002年)2月などには間に合うはずもないと怖気づいたのを覚えています。 しかし、客先の皆様のあまりの熱心さと、このお話を頂いた共信テクノソニック(株)担当の方の意気込み、 当方の早速の臨戦態勢での取組みが見事にマッチして、早速レイアウトの提案を始めさせていただくこととなりました。

当初の計画では、編集室関係の部屋が、現在の7室よりもう少し多い11室程度、 MA室は将来対応の1室分のスペース確保を含め2室、この数に対応できるマシンルーム、そして事務所、 会議室などでしたが、その後何回、何十回に渡るレイアウト打合せの結果、現在のプランにまとまりました。

このあたりから、冒頭の初現地調査の成果が上がったわけですが、このプランニング作業中、 当社と長くお付き合いいただいている協力会社との電気、空調担当会社との阿吽の呼吸とも言える連携プレーで、 このレイアウト○十番勝負を乗り切ることが出来たと確信してります。

※ 後日、改めて数えてみると、B1Fレイアウトについては少なく見積もっても18通り、 B2Fについては14通りもあり、2日に一案作っていたようで驚きました。 その中には、前日午後に訂正要請があり、「翌朝までに!」ということで、深夜に奇襲のような図面持参という事もありました。

さて、レイアウト作業の始まりは、まずゾーンニングとも言われる配置計画からでした。 MA室・編集室・マシンルーム・オフィス・ロビーを地下1階と地下2階の2フロアーをどのように配置していくかを検討し、 何よりも音響的な処理を考慮すると、階高の高い(おおよそ6m)の地下1階にMA室を配置することとして基本のゾーニングをはじめました。
このビルには、3つの騒音源がありました。機械式駐車場と地下鉄、更にこのビルの地上部分1Fピロティが公開空地となっている関係上、 日々ここを不特定多数の方々が通行する歩行音です。これらの騒音源は、各室の環境に大きな影響を与えることになります。

早速現地で事前測定を行い、それぞれの騒音及び振動がどの程度の大きさかをチェックしました。 機械式の駐車場の内部に入り込み、入出庫を繰り返し行いそれぞれの騒音及び振動がどの程度の大きさかをチェックしました。
機械式の駐車場の内部に入り込み、入出庫を繰り返し行い機械式駐車場の運転時の振動と騒音を測定し、床スラブへの振動の伝播の具合、 また地下鉄走行時も同様に測定し、地上では、ピロティを走り回って測定を行いました。

測定の結果、やはり機械式立体駐車場の起動時の騒音と振動は、重大に音の部屋に与えるという結論になりました。 プランニングでのポイントは、この騒音源から出切るだけ遠い位置にMA室を配置、 そしてその他の部屋でもクライアントを迎えて作業される事がある部屋についても配置を考慮して、 できる限りの静けさに確保ついて配慮を行う計画としました。
地下1階の部屋には、地上の歩行音が検討要因の一つになり、2重の遮音層天井を設けることにもなりました。

このような、それぞれの現場、現場が持つ周辺立地状況すべてへのさまざまな検討と配慮が不足すると、 後々重大な失敗に繋がりかねないのが、スタジオ等音響工事の苦労とも言えるでしょうか。

さて、レイアウトも決まり、すぐさま工事着工です。

もうすでに季節は冬、2001年12月なっていました。しかし、お話を頂いてからまだ1ヶ月です。
大小あわせて26室。この時点ではまだ地下2階は、事務所として機能しており、引越しの終了まで、 クリティカルになるB1FのMA室を先行して進めることにして、既存の天井・壁の解体からスタートしてB1Fの墨出しの時となりました。

何をやるのも広さと高さとの闘いとなり、何より目標は、「絶対にMA室の浮床を年内に完了 する!!」の大号令の元、作業を開始して年末28日にコンクリート打設を設定したことが一つの目安にもなっておりましたので、 かなり内容の濃い12月、年の瀬だったことを覚えています。

地下2階の引越しも終わり、いよいよこちらも着工するぞ!と、そんな年の瀬わずかの日、 やっと既存解体に着手、いざ墨出し!という時の事、重大な発見をしてしまいました。
なんと躯体図と現地が大きく違っていたのです。そこには編集室の配置が予定されていましたがスペースが取れないことがわかりました。
これは大変です。急ぎに急ぎレイアウト変更を進め、B2F編集室については、この年の最後の最後、 12月31日にようやく修正案がまとまり現在の配置が決定しました。

工事中も、かつて無いほどの短期集中的な、過密スケジュールで施工が行われました。そうです。 天井や壁だけどんどん出来てしまっても、それだけでは編集室、MA室、いや居住空間さえ出来ないでしょう。
壁の中には電線も配管も入れたいのです。天井には照明も、火災報知器だってつけなければなりません。 床下にもたくさん通しておくべきものもあるのです。ましてやこのような特殊な用途の部屋です。その整理、 施工手順も大変なものでした。

あまり早いピッチで進むので、客先のご担当、弱電工事関係の方々の忙しさも、 依頼事項の整理など大変なものだったと思います。誰一人、気の抜けない日々の連続でした。
たとえば、朝、下地が出来たのなら続きグラスウール入れ、ボード張り、張れたのなら仕上。この間に設備、 電気工事の方々は息もつけぬタイミングで施工というような全体像だったように思います。

そうでもしなければ絶対に終わらないと皆が皆、手に取るように判っていたのでした。それでも、 誰一人このペースに遅れず付いてこられたのは、客先ご担当や関係各位の熱い想いと、 工事関係者の長年培った工事上の連携プレーなどの賜物だったと思います。
また、あらゆる無駄と言う無駄が、この短期集中工事の中で省けていたとも思います。
あらゆる要望事項の検討から現地への通達時間の早いのなんの。こちらとしても、最速の対応で応戦し、 どんどん実体化していきました。

さて、このように嵐のごとく時間は過ぎていきましたが、完成品のクオリティーは、 どうであったか気になるところです。

性能的なことは各所で専門的に報じられている通りなので当記事では一切触れてきませんでしたが、 このような経緯の中で施工したからといって、後ろめたい施工は何らございません。むしろMA室などは一言で言うのなら「最高」です。 実際のところ、MAの室のご担当の方と完成後に音響調整を行なっていた時、当方の技術者もついついのめり込んでしまい、 時間のたつのも忘れて、更にさらに上を目指して調整を進め、スピーカーの上にそこにあったクロスのサンプル帳まで載せる始末、 これがまた「GOOD!!」だと言ってそのまま壁の中にしまったままにしたりして・・・(お恥ずかしい話ですが、 戦争物のDVDを見させて頂いているときに、無意識に鉄砲の弾を反射的によけてしまい、体がピクッと反応したところを見られてしまいました。)

調整が終わって「ヤッター最高!!」思わず握手をかわしていました。 今までにないの工事の激しさと終わったあとの充実感を今でも忘れられません。「当社に頼んでやっぱり良かった。」 とは言って頂けているとの自負も持てるほどです。

では、造作は時間がなくてつまらないのじゃないかと思われてしまいそうですが、どっこいなかなか愉快に出来上がりました。

音は、もちろんこのようにすばらしいものになり安堵しておりますが、建築の意匠的な点でもユニークなアイデアを取り込んであります。 当然、限られた工期と予算の関係もありますし、なかなか思う通りには行きませんが最大限のアイデアを盛り込んで、 工期の短縮と、良い音環境を再現すべく努力したことがよい結果を生んでくれたと思っています。

MA室の天井は、下地をたくさん組まないことにより反射音の影響を抑え、サウンドトラップをより良い状態で収納しています。 天井の仕上パネルは、床面で製作して一枚で吊り上げた形で施工されています。 やや狭いMA室での施工性の悪さを解消してよりスピーディに仕上げる事を目的に施工法を大工さんと打ち合わせてトライしてみました。 面白いデザインになっています。MA室は、スペースが小さくこのエリアにアナウンスブースとクライアント用の専用ロビーを設けました。

幸い天井高さが高く取れたために、狭いながらも開放感のある空間が生まれました。 ちょっと休憩を取るだけではなく居心地の良いレイアウトになりました。

プランニングを始めたときに、ウッドデッキのある街路ふうな町並みを想像しながらスケッチをしていました。
色々なプランを作りながら、仕上材の説明のときにウッドデッキ材のサンプルをお持ちして、 何とかこの材料をどこかに使いたいと思っているとご説明したところ了解をいただきまして、ロビーをウッドデッキにすることにしたのですが、 ここでもう一つデザインとしておかしくなってしまうことに気がついてしまったのです。
それは、既存の床仕上がPタイルだったのです。当然エレベーターの入口は、仕上げ代が2mmしかありません、 「せっかくウッドデッキにしたのに回りが薄いPタイル系のものになってしまう。どうしよう・・・つまらない・・・困った・・・」

もし、あなたがDIGITAL TV STUDIOを訪れたなら、エレベーターから続く石畳と、緩やかにカーブを描いた壁、 大きく開いたガラスドアの向こうに見えるウッドデッキに出迎えられるでしょう。
もともとがPタイルだったなんて信じてもらえないかも知れません。(仕掛けは内緒)

工期の無い中で、とても考えられないようなユニークな発想で色々な職人さんのお知恵を拝借して出来上がったDIGITAL TV STUDIO。
たくさんの方々にご協力をいただき、とても印象に残る仕事をさせていただきました。昔から「終わらない現場は、 無い」と先輩たちから教えられてきましたが、途中では、「終わらない現場もあるかも」なんて思いつつ、 でも本当に終わるものだと感心し、尽力をいただいた職人さんとそして自分もほめてやってもいいかな?なんて思っています。

この様に色々な経緯もありながら全力で施工いたしましたDIGITAL TV STUDIOは、 昨年2002年4月には営業も開始され、各方面に話題を振り撒いているようです。

そして、早いもので1周年を迎えてしまいました。工事担当者としては、何事も無くこの一年を迎えられたことは、 月並みですが、何よりもうれしいことであり、色々な苦労とともに感動や充実感を与えてくれた、スタジオ、編集室、 実験室などもそうですが、客先に大事に、長く使っていただけることは、幸せなことです。

ここで、ご縁がありお電話いただき、お話を下さいました共信テクノソニック(株)の方々には、 遅ればせながら感謝いたしております。
そして、今回このプロジェクト立ち上げの(株)イマージュ、スタッフ東京の方々には半ば強引なお打合せでしたが、 ここまで来られて、当方と致しましては、今更ながら安堵致しております。
今、かつて無い程世の中が安定を見ない今日、人と人の結束が、 何よりこのプロジェクトの成功の秘訣だったように思います。

またこの様な、頼りにされて信頼関係が築けるプロジェクトが大小関係なく、欲を言えばたくさん成功させることが出来ればと、 今日もまた、当社の社員は皆様からの連絡を心よりお待ちいたしております。