─ データ精査の対象とすべき航空機騒音の自動抽出技術 ─

DL 事業部 加藤 幸大

1. はじめに

私たちは、航空機騒音の自動測定システムを開発、販売する立場として、屋外における様々な騒音源の中から、正確に航空機騒音を抽出するシステムの構築を目指しています。しかし、弊社に限らず、すべての騒音測定技術者にとって自動測定技術は日進月歩の研究テーマであり、その結果には誤りが含まれ、100%信頼できる段階には至っていないのが実情です。そのため、お客様の多くは、何らかの形で人手によるデータの精査を行っています。本稿では、この人手によるデータの精査のことを「データ分析作業」と呼びます。弊社ではこのデータ分析作業を受託するサービスを提供しています。弊社では、リーズナブルな対価で、迅速に正確な結果報告を実現するため、同作業の高効率化を目指して日々研究開発を進めています。この技術を用いることで、私たちは、高精度かつ低コストな航空機騒音データ分析作業の受託サービスをお届けします。本稿では、それらの技術とサービス事例について紹介させていただきます。

2. データ分析作業の必要性

弊社の電波方式の識別装置、航空機接近検知識別装置【RD-90】、航空機最接近検知識別装置【RD-100】は識別率95%以上という高い識別実績があり、定評をいただいております。また、人の耳に代わり航空機騒音に重畳音が含まれているか否かを判定する航空機音源探査識別装置【DL-SBM】、【SD-100】も好評を博しております。

図1 航空機騒音自動測定装置

図1 航空機騒音自動測定装置

このような自動識別装置を具備した自動測定装置の測定結果を用いて評価値を算出するまでの工程は実施者により様々です。

①データ分析作業は行わず、自動識別結果を100%信頼する

②一定の条件に従い、特異な騒音について精査を行う

③航空機と判定されたすべての自動識別結果に対し精査を行う

④自動識別結果によらず、すべての騒音に対し精査を行う

弊社のお客様で、担当者が自ら上記工程を実施しているケースは①または②がほとんどです。しかし、お客様の中には、③まで実施して高い精度の測定・評価を行っているケースもあります。この精査とは、航空機騒音と合わせて記録した音声信号を聴取して、航空機由来の騒音であることを逐一確認する作業を示します。本稿では、この作業を「実音聴取」と呼びます。この実音聴取は時間と人手を必要とする作業となります。

では、自動識別結果を100%信用すればよいのでしょうか?高精度な自動識別システムを開発・販売している弊社でも、現時点では残念ながらそのような提案をすることは差し控えたいところです。騒音測定に例外はつきものです。例え識別装置が99.9%の精度であっても、明らかに航空機である騒音を航空機でないと判定したり、明らかに航空機でない騒音を航空機と判定してしまう可能性はゼロではありません。公表された測定結果を見る方々は、それが100%正しい結果であることを期待しています。測定結果の公表には一定の責任が伴うものと思いますので、少なくとも、公表される数値がどのような測定結果に基づいて算出された値なのか、公表前に把握しておく必要があるのではないでしょうか?

3. データ分析作業の課題点

データ分析作業にはいくつかの課題点があります。1つめは作業量と精度のジレンマです。すべての騒音について精査を行う(全数検査)には、相当な時間と人手を必要とします。かといって、データ分析作業は行わず、自動識別結果を100%信頼してしまうと、低確率ではあっても誤判定が紛れ込む危険性があります。

2つめは、分析員による個人差です。データ分析作業は比較的容易な作業ではありますが、練度や分析員間の認識の齟齬により個人差が生じやすい作業です。例えば、新たに配属された1年目の分析員と、経験10年のベテラン分析員との間では、判定結果に大きな差が生じます。つまり、判定結果を均質化するには分析員の育成が不可欠であり、相当な時間と労力を必要とすることがこれまで課題となってきました。

その解決策の一つとして、データ分析作業の一部、あるいはすべてを外部の業者に委託する方法があります。しかしながら、その場合においても、外注費が発生するのは当然のこと、委託先の分析員の練度は信頼できるのか?報告された結果をどのように受入検査したらいいのか?課題は山積しています。

4. データ分析作業を高効率化する技術

弊社のデータ分析作業受託サービスでは、前述の課題を解決する高効率化の技術を積極的に取り入れることにより、精度を保ちつつコストの削減を実現できます。本章では、高効率化の技術の中から、「統計解析手法」および「寄与度判定技術」をご紹介させていただきます。

「統計解析手法」とは、騒音測定地点ごとに航空機騒音の予測モデルを作成し、測定された騒音と予測モデルとの相似性を確率値として判定する技術です。この技術により、全数検査と同等の精度を保ったまま、自動識別結果が誤っている可能性がある騒音をピックアップし、抜き取り検査を行うことが可能となり、作業量を削減できます。その上、予測モデルによる客観的な抜き取りができるため、分析員の主観によらず、個人差を最小限にとどめることができます。この統計解析手法の紹介については技術ニュース28号「統計解析手法を用いた航空機騒音識別法」にて紹介しています。

 図2 統計解析手法を用いた予測モデル
図2 統計解析手法を用いた予測モデル

統計解析手法は、自動識別結果「全体」の中から誤っている可能性がある騒音を「ピックアップ」する技術ですが、一方で、評価値への「寄与が大きい騒音」を「もれなく」検査することができれば、大きな誤りを含んだままデータを公表してしまうミスを防ぐことができます。弊社はそのための技術である「寄与度判定技術」も考案しています。

寄与度判定技術とは、測定された航空機騒音を時系列に並べて分析するのではなく、Lden等の評価値に与える影響が大きい順番(Lden寄与度順)に分析を行うことで、大きな誤りが集計結果に混入してしまうことを効率的に防ぐ技術のことです。一方、評価値への影響が少ないものについては、自動測定の結果を100%信頼し、人手による分析作業を省略するという割り切った考え方も、精度を保ちつつ作業量を削減する方法の一つとして選択可能になります。

図3の例では、10個の測定データをLden寄与度順に並べたときの上位3データのみで算出したLdenが44.6dBなのに対し、全データで算出したLdenが44.9dBとなることがわかります。これは、仮に4データ目以降の自動判定結果がすべて誤っていたとしても、Ldenの差は0.3dBとなることを示しています。ここに、実際の自動判定結果の精度の高さを考慮にいれると、事実上、評価値への影響は極小に留めることができます。

またこの技術は、データ分析作業を外部委託する場合の受入検査の手段としても有効と考えられます。図3の例の場合、受入検査の際に、上位3データのみ検査を行えば評価値に大きな影響を与える誤りが混入していないことを確認できます。

 図3 寄与度順ソートによる分析の効率化

図3 寄与度順ソートによる分析の効率化

これらの統計解析手法や寄与度判定技術は、それぞれ単独でもデータ分析作業を十分に効率化できますが、双方を組み合わせることで、信頼性を確保したまま分析対象となる航空機騒音を相当数絞り込むことが可能となり、更なる効率アップにつながります。

5. 高度なデータ分析作業

前章までの実音聴取にとどまらず、データ分析作業では、より詳細な分析を求められることもあります。

例えば、航空機騒音の機種別、航空会社別、運用別等の騒音影響を分析することにより、評価値への影響の大きい機種や運用を特定し、空港・飛行場の運用サイドに当該機種の乗り入れについて検討を依頼したり、当該運用の実施を検討するよう申し入れを行うなど、より具体的な騒音対策を考案することが可能となります。これを可能とするために、ある航空機騒音が、どの航空機の発した騒音なのかを判定する必要があります。通常、民間空港などにおいて、空港事務所より航空機の運航記録の受領が可能な場合は、その運航記録と測定された航空機騒音を紐づけることで分析しています。一般に、この紐づけ作業は運航記録の離着陸時刻と航空機騒音の発生時刻の時間差をキーとして紐付け作業を行います。ただ、時間差のみでの紐づけには相当なスキルが必要です。例えば、海上空港など、空港と測定地点の距離が離れる場合は、特に離陸など、飛び方にばらつきが生じるため、時間差のばらつきも大きくなり、紐づけの時間差には相当の許容範囲を想定する必要があります。また、発着回数の多い空港になると、ボタンの掛け違いのように、一つ紐づけがずれると以降すべてがずれてしまうといったミスも発生しやすくなります。

さらに、平成25年4月より施行された航空機騒音測定・評価マニュアルにより、空港・飛行場内より発せられた地上騒音も評価に含めることができるようになりました。空港・飛行場内では、誘導路で発生するタクシーイングに伴う騒音、エプロンで発生するAPUの稼働やエンジン試運転等に伴う騒音など様々な騒音が発生しており、データ分析作業にはさらなる詳細な音の分類需要が高まっています。

弊社は、これまで自動測定システムの開発に携わってきた試行の積み重ねと、膨大な数のデータ分析作業を受託、実施してきた経験から得たノウハウをもとに、高度な分析に対応できる人材を豊富に擁しています。

 図4 代表的なデータ分析受託作業の流れ

図4 代表的なデータ分析受託作業の流れ

6. データ分析作業受託サービス事例

弊社のサービスをご利用いただいているお客様について、3つの事例をご紹介いたします。

6-1. 受託例 1:A様

表1 A様受託概要
表1 A様受託概要

本受託例最大の特徴は、データ分析作業の一部作業のみの業務委託である点です。

A様では、弊社製の航空機騒音集計システムを導入いただき、24時間365日の常時監視を行っています。データ分析作業はお客様ご自身にて、実音聴取と、運航記録と航空機騒音の紐づけを行っています。一方で、定期的に7日間の定点調査も実施しています。A様は、人手と時間を必要とする、自動測定装置の設置、撤収、そして実音聴取を外部委託し、運航記録と航空機騒音の紐づけはご自身にて実施することで、外注費用と人手の削減のコスト配分のバランスを両立させています。

また、上記を実現するために、弊社はお客様が運用しているシステムと同様の環境を社内に構築し分析に利用しています。実音聴取結果の納品は、社内環境のデータベースより聴取結果をエクスポートし、A様環境のデータベースに聴取結果をインポートすることで、A様ご自身による作業への引き継ぎを効率化しています。

6-2. 受託例2:B様

表2 B様受託概要
表2 B様受託概要

本受託例最大の特徴は、地上騒音の分類を含んだ高度なデータ分析作業を行っている点です。また、高度なデータ分析のみならず、集計値報告書の作成も含めたオールインワンの受託を行っています。

分析対象となる騒音測定地点の中には、空港近傍の測定地点があり、空港近傍では図5に示すような空港場内からの離陸滑走に伴う騒音、着陸時のリバースに伴う騒音、タクシーイングに伴う騒音などが聞こえます。さらにこの空港場内からの騒音が飛行騒音と被ることもあり、この判別は非常に難易度が高いものとなります。本作業を可能とするには人員の育成、維持に相応のコストを必要とします。弊社に委託いただくことでこのコストを削減いただくことが可能です。

また、本例においても、弊社が受託するに当たり、社内にB様向けの分析環境を構築し分析を行っています。この分析環境では、航空機音源探査識別装置の判定結果を利用した地上騒音の自動判定機能を組み込むことで受託費用の削減を行っています。この機能は単純に航空機騒音とそれ以外を判定するだけではなく、直接音の到来方向と移動速度、反射音の到来方向等から飛行騒音の運航形態や、地上騒音の詳細分類等も可能にしています。

図5 B様受託例で必要となる騒音の分類

図5 B様受託例で必要となる騒音の分類

6-3. 受託例3:C様

表3 C様受託概要
表3 C様受託概要

本受託例最大の特徴は、他社製測定器の測定データの分析を行っている点にあります。弊社製以外の自動測定器による測定データであっても、弊社製の分析環境にインポートすることが可能です。本例では、現在はすべての実音聴取(全数検査)を実施しております。

弊社のデータ分析作業受託サービスでは、原則として弊社製測定器の測定データの分析を前提とさせていただいておりますが、このように他社製測定器の測定データでも、分析に必要なデータが入手可能であれば対応できる場合があります。

7. おわりに

本稿では、航空機騒音の測定データ精査における騒音自動抽出技術と、それを活用したデータ分析作業受託サービスについて紹介してきました。本稿にて紹介させていただいた受託例にとどまらず、様々なデータ分析作業の受託サービスが可能です。お気軽にご相談ください。

弊社には、自動測定システムやシミュレーション技術の開発力に裏付けされた、航空機騒音分析に対する確かな知見があります。また、長年にわたって航空機騒音の測定や分析、評価に携わっており、その実績で蓄積されたノウハウもあります。これら知見とノウハウが両輪となり、皆様の航空機騒音分析の高精度化かつ低コスト化に寄与させていただければ幸甚です。

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