音空間事業本部 宮崎 雄一

1. 制作環境の多様化

近年、スタジオを取り巻く環境も大きく変わってきています。機材においては性能・汎用性の向上に伴い、 以前よりは安価に手に入るようになりました。より手軽に自分固有の製作環境が欲しいという要望は増え、 今日では居住性・作業効率・遮音性能、さらにデザイン性など多岐にわたりクオリティの向上が求められています。 プライベートスタジオは単なる「個人スタジオ」という言葉の枠を越え、アーティストのベースとなる制作環境となり、 他のアーティストとのコラボレーションの場となったり、様々な使われ方がされてきており、 多くのニーズに対応し理想の制作環境を追求していくことがいま求められています。

スタジオ環境の変遷期ともいえる中で、昨年施工をさせていただいたプライベートスタジオの中からBUPPU STUDIO、スタジオChambersをご紹介いたします。

2. BUPPU STUDIO

2.1 スタジオ概要

外苑西通りに近いこの一画は、都会の喧騒の合間に浮かび上がるオアシスのように静かな佇まいをみせ、 多くのセレクトショップや事務所、住宅が混在するSoHoのようなエリアです。以前から事務所が入られていたテナントビル1階に、 新たにスタジオを構えることになりました。

それまでは2階オフィス内にブースをつくり作業をされていましたが、小規模であり居住性・ 作業効率の面でも手狭に感じられることが多くスタジオの新設を切望されていました。

スタジオは、作業の主体となるContorol Room、そちらに併設されたブースは可動間仕切りにより2つのBoothに隔てて録音をすることもできるようになっています。 これらは完全浮構造となり外からの騒音などからは切り離され集中した作業が行えます。
また付随するマシーンルームにはMAC・G5が立ち並び、他のノイズ源・熱源となる機材とともに作業に影響を与えないよう隔離されています。 そして外からの導入部・打ち合わせスペースとして34m2と広めのGarallyを設けました。

ロケーション、間取り、騒音・振動や周辺環境の点においては条件は満たしていますが、 階高は3200hかつ梁背が700hとおおきく天井高さ、形状ともかなりの制限を受けることになりました。 そのためダクト経路では天井高が2100hとかなり低くなりますが、デザインで圧迫感のないよう工夫することになりました。

2.2 プランニング

今回のプランニング・パース・デザインから家具のコーディネートまでアトリエ・ファンイン小林さんを交え打ち合わせを行いました。 そこでは様々なアイデアがうまれイメージをCGパースを用い形にしていくことから始まりました。

コンセプトとしては、創作意欲に満ちたアトリエのような空間。白を基調とし、木の質感も生かしたシンプルでさり気ないが、 絵画を飾ったりしてアーティストの個性やセンスが光る創造的な空間にしたいという要望がありました。

パースを用い打ち合わせを重ね、敢えてContorol Roomには収納をなくし空間を広くつかいテーブルやソファ、 ラックなど家具で遊び心をだすことにしました。階高の低さについては、空調機をContorol Roomの天井から出し、 浮構造の中で出来る限り上げられるところは天井を高くし、天井形状を工夫し間接照明を用いるなど圧迫感のない空間づくりを提案しました。

写真1 イメージパース・Control Room
写真2 イメージパース・Control Room
写真1・写真2 イメージパース・Control Room

音響面ではメインは以前から使われているFOSTEX NF-1Aをステレオで用い、サラウンド音源制作の時にはDYNAUDIO AIR15&AIRBASE12で5.1サラウンド再生します。 Control Roomでは、アーティスト、ミキサー、オペレーターと各々が同じ音を聞くことが出来ないと作業にならないため、 多角形の部屋形状でありますがスィートスポットの広い均一的な音場でなければなりません。また前述のとおり梁が大きく空調ダクトが梁下をくぐる部分では天井高は2100hとかなり低くなってしまいます。 下がり天井部分で圧迫感を感じないよう吸音量を調整しなくてはなりません。長時間の作業でも疲れないよう音場は硬すぎず吸音しすぎず圧迫感を感じない空間造りをすることになりました。 これをベースにサラウンドの配置を検討することになります。リアスピーカの配置が導線上に近いためどうしても台置きだと邪魔になってしまいます。 また天井高も最も高いところで2450hしか取れないため天井吊りにしても場所を選びそうです。設置の方法、平面角度、仰角と比較検討するため、 実際に弊社の試聴室にAIR15&AIRBASE12を運び込み、角度調整が出来るSP台を製作し、角度による違いを試聴して頂きました。

写真3 弊社試聴室にて サラウンド配置比較検討
写真3 弊社試聴室にて サラウンド配置比較検討

結果、サラウンドのつながり感に大きく差があり、リアは天井吊りで平面120゜仰角20゜ つながりを良くするためリアは上下逆さに吊りtweeter部が下にくるようにし、高域のつながり感を向上させました。 サラウンド配置は導線、室形状にも関わってくるので工事完了してからの音場調整で変更したくても難しいものがあります。

計画初期の段階でこのように実際の環境に近い状況で聞き比べていただけるとエンドユーザーも仕上がりのイメージがつかみやすく、 安心と信頼を得る大切なプロセスとなりました。

このように、よりクオリティの高いスタジオづくりを追及していく上では、 初期の計画から音場調整も含めエンドユーザー様と一緒に検討しアイデアを打ち出せる環境づくりが大切になってきます。

2.3 施工特徴

1) 浮構造

機会は少ないがドラムセットをいれることも想定し、上階にオフィスや大家さんの住まいもあり、 静かな共用スペースの廊下・EVホールも隣接するため性能の良い浮床を施工する必要がありました。

その構造には様々な工法があります。乾式より天井高が少し低くなることは惜しいですが、 今回は下図のような湿式の浮床工法を用いました。

図4
図4

2) 吸音層内造作

リスニングポイントを中心とした多角形の部屋は音場にばらつきが出やすいのが難点です。 下記は一例ですが、吸音と拡散のパターンを数種類つくり、吸音し過ぎず居住性の良い、均一的な音場を得るため吸音層内ではさまざま工夫を施しました。

  • 図5-1
  • 図5-2
  • 図5-1
  • 図5-2

Control Room 壁面内吸音層
吸音・拡散のさまざまなパターンを組み合わせ音場を構成

  • 写真4 Control Room  前面
  • 写真5 Control Room  後面
  • 写真4 Control Room 前面
  • 写真5 Control Room
    後面壁面は表情を出すため大きなアールの
    クロスパネルを用いた赤い扉とともに白のクロスで
    統一された空間にメリハリを与える

  • 写真6 ステレオ・ニアフィールドモニター:FOSTEX NF-1A 5.1chサラウンド:DYNAUDIO AIR15&AIRBASE12
  • 写真7 Control Room
  • 写真6
    ステレオ・ニアフィールドモニター:
    FOSTEX NF-1A
    5.1chサラウンド:
    DYNAUDIO AIR15&AIRBASE12
  • 写真7 Control Room
    後側にはゆったりと寛げるソファを配置
  • 写真8 BoothではVocal録りを中心に行う
  • 写真9 Garally
  • 写真8
    BoothではVocal録りを中心に行う
  • 写真9 Garally

3. Studio Chambers

3.1 スタジオ概要及びコンセプト

「Chambers」Dragon Ashでボーカル、ギター、作詞作曲を努めるKjのプライベートスタジオです。 Pro Tools|HDシステムをコアとするこちらのスタジオは、以前弊社が設計・施工をさせていただいたスタジオの移設をテーマに計画を進めていきました。
計画は、スタジオ設計・監修・オブザーバーをされている伊藤 勲氏のご協力を得て、アーティスト・エンジニアを交えさまざまなアイデアを出し合いました。

旧Chambersでは音場的には満足していただいておりましたが、原宿の明治通り沿いということもあり賑わいが多く、 立地的に制作に向かなくなってきてしまったことと、マンションの一室を基に造ったスタジオでは手狭になってきてしまったことが移転理由となりました。

新しい物件は5階建てのオフィス・店舗がはいるテナントビルのワンフロア。床面積では以前の2倍以上もあり希望されていた広い打ち合わせスペースも確保できました。 多くの仲間が集まることの多いChambers。コントロールルームでの作業以外にゆったりと寛げるロビーはさまざまな使い方を可能にします。 また、このロビーとコントロールルーム、ブース間はきっちりと遮音がとれていることが必須条件となりました。

平面的にはスペースも確保でき、ゆとりのある計画ができたスタジオですが、階高が2800hとかなり低く、 梁も大きいのが問題です。薄くて剛性のある質の良い浮床を施工することがテーマとなりました。
またデザイン面では以前のスタジオのイメージを生かし、木の色合いを前面に出すことにしました。 クロス色は汚れが目立ってしまった白からグレーと変え、シックに落ち着いた空間に仕上げ家具でコーディネートすることとなりました。

写真10 Lobby
写真10 Lobby
ブース内空調はロビー天井に設置し、ロビー天井はスケルトン仕上で圧迫感のないよう配慮

3.2 施工特徴

写真11 コントロール ルーム
写真11 コントロール ルーム

図6 配置図
図6 配置図

居住性も重視したコントロールルームでは、限られたスペースを有効活用するため、 吸音層は必要最小限で効果の得られるよう工夫しました。リスニングポイントはコンソール前を重要視し、 その周囲の壁のみ20cmほど浮遮音層から仕上面をふかし、吸音・拡散量を調整しました。

図7 浮床断面図
図7 浮床断面図

階高が低いため浮床は乾式工法を用いなるべく高さを抑え、かつ剛性を持ったものを施工しました。
また空調設備も階高が低いため天井ではなく壁内に置き天井高を確保しました。 さらに天井は少しでもあげて圧迫感をなくしたいため、天井中央部は設備などの導線からはずし最大限高さを確保しました。

写真12 メインコントローラー:DEGIDESIGN ProControl & ProTools 7.1 モニター:YAMAHA NS-10M Studio
写真12
メインコントローラー:DEGIDESIGN ProControl &
ProTools 7.1モニター:YAMAHA NS-10M Studio

  • 写真13
  • 写真14

写真13 写真14
Control Room内インターフェースを収めたラック
ターンテーブル&DJミキサー

写真15
写真15
中央が真空管コンデンサーマイクRODE NTV
ブース内には液晶モニターを設置し、ProToolsをミラーリングで確認しながら操作できる

4. プライベートスタジオに求めるもの

このようにプライベートスタジオにはエンドユーザーの制作スタイル、好みが明確に出てきます。

時間を気にせずすぐに制作にはいれる環境をつくりたいというニーズはこれからますます増えてくるでしょう。 夜間も作業をしたいという方にとっては着実な遮音能力を持ったスタジオが必要不可欠です。完全な浮構造のスタジオを計画するにはそれなりの容積、 特に階高をもった空間が必要です。さらに安定した音響用電源、独立したアースといった設備を増設できる建物、 電磁波の影響がすくなく地下鉄や道路の暗騒音も気にならないものとなると物件選びから測定や現地調査を重ねて検討していくケースも多いです。

そしてエンドユーザーからまず挙げられる課題としては居住性の向上です。楽曲制作の原点から作業を行うため多くの時間を過ごします。 なるべくスペースを広く取り、音響的にも吸音しすぎず圧迫感のない空間を好まれるケースが多いです。 家具やデザインへのこだわりを生かし建築的にはシンプルで自由度の高い空間をつくり、家具でデザイン性を求めたいというケースもあります。 制作のイメージにあわせ変更することもでき、長期的に飽きの来ないフレキシブルな空間にすることもできます。

また普段から過ごす時間も多く、他のアーティストとコラボレーションして制作を行うなど、 打ち合わせもできるような広いロビーは必要性が高まってきています。

どこまでの性能をプライベートスタジオに求めるか、アーティスト、エンジニア、 設計者それぞれのアイデアを生かし検討していくことが多様化をみせる制作空間の構築には欠かせないでしょう。 デザイン性に溢れ、居住性もよく、作業効率もよいこだわりの環境を測定や音場の比較検討を通して提案していきたいです。

5. おわりに

今回のスタジオ計画・施工にあたり多くの方のご協力を得ました。BUPPU STUDIO様、 Studio Chambers様には計画の段階からさまざまなアイデアを出していただき、度重なる打ち合わせにも貴重な時間を割いていただきました。 設計・計画立案に力を貸してくださいました伊藤 勲様、音響設備などご尽力をいただいた東芝EMIスタジオ 福田様、 パース・デザインから家具のコーディネートまで担当してくださったファンイン小林様、現場で施工方法をその経験に基づくアイデアで出してくださった大工の皆々様、 その他の関係者、協力業者、スタッフの方々に厚く御礼を申し上げます。