音空間事業本部 柿沼 誠、北島 宏之
写真1 東京現像所 第二試写室(正面)
(※写真提供(株)東京現像所)
写真2 東京現像所 第二試写室(背面)
(※写真提供(株)東京現像所)
1. はじめに
2006年5月某日。
東京都は調布市にある、株式会社 東京現像所で37年振りに大幅リニューアルされた第二試写室にたくさんの映画関係者が詰め掛けました。 我々もこの内覧会にお招き頂き、その中で、ここにこぎつけるまでに至った苦労や喜びが、走馬灯の様にプレイバックされたことを覚えています。 そして、映画というメディアの発展に多少なりとも協力できた喜びもありました。
言わば映画制作の締めくくりの地点である東京現像所。完成フィルムの最終チェック・試写会を目的とする「試写室」という存在が、 どれだけ重要な意味合いを持つかは言うまでもありません。そして、今回のプロジェクトでそれを映画関係者に納得させないといけない。 我々よりも、施主である東京全現像所のプロジェクトチームの皆様の方がプレッシャーは大きかったはずです。内覧会後の皆様の笑顔がそれを物語っていました。
映画の魅力は、始まる前の少しのドキドキと大きな期待、作品(映像・音響)が観客を包み込むような迫力感・センシティブさ(ダイナミックレンジの広さ)、 そして終わった後のあの何ともいえない余韻だと思います。2006年2月から4月にかけて、 そんな映画のみに与えられた特権の中でも、最高峰の夢を見させてくれる試写室を造る機会に巡り合えました。
2. コンセプト及び客先要望
東京現像所内に幾つかある試写室の中で、収容人数の一番大きい第二試写室を全面改修したいという話があったのは'05年の秋のことでした。
その時、担当の映像事業本部 渡辺部長より頂いたコンセプトは、『試写を見に来られる人にファーストクラスの環境を提供したい!』。 それは、映像音響設備はもちろんのこと、内装デザイン・椅子の座り心地・静けさなど、さまざまな要因のものも含めてであり、 ファーストクラスの設備と環境を提供することを念頭にプレゼンの計画が始まりました。
具体的なお客様の要望、第二試写室の機材リストをまとめると、以下の通りです。
- 客席数の増加
既存の席数(92席+スタッフ席6 = 98席)では足りない場合があるので、計120~130席にしたい。 - サウンドスクリーンは出来る限り大きくしたい
- 映写機
フィルム用2台と将来的にDLP1台を使用する。 - "THX"と同程度の仕様にする
*残響時間:THXの推奨する残響時間の範囲内
*伝送周波数特性:Xカーブ特性に近いレスポンス
*スピーカ配置:フロントスピーカの音響軸は、スクリーンの下端から5/8の高さにする。 サラウンドは客席のカバーエリアを考慮する。 - "SDDS(SONY Dynamic Digital Sound)"上映が可能なようにする。
- スピーカレイアウト
正面のスクリーン裏に5台(L/LC/C/RC/R)配置する。尚、サブウーファーは2台設置とし、 将来的にもう1台設置できるようにしておく。その他はTHX仕様にならう。 - 空調の効率を良くしたい
既存試写室では特に暖房の効きが悪かったので、空調の効果を確保すること。
室内暗騒音はNC-25以下とする <全ての機材稼動時において>。 - 主要機材リスト
*スピーカ(L,C,R)
Electro-Voice Variplex Ⅱ-EX(L,C,R)/
Electro-Voice Variplex Ⅱ(LC,RC)/
Electro-Voice TL880D×2(LFE)/
Electro-Voice SL10-2V×14(Surround)
*パワーアンプ
Electro-Voice P900RL×5(中高域用)/
P900RL×4(低域用)/P3000RL×1(LFE用)/
CPS2.6×4(サラウンド用)/
*サウンドスクリーン
Gerriets Gammalux Micro pref (DLP対応)
*シネマプロセッサー Dolby CP650
以上のようになります。
そこでプレゼンを行うにあたり、全体のデザインコンセプトを何にするかということから、作業を始めました。 閑静な住宅街の中にあり、なおかつ隣地の大学に緑が多い環境から『調布の森』をコンセプトとすることにしました。
3. 意匠設計
3.1 レイアウト計画
図1: 平面レイアウト図
図2: 断面レイアウト図
客席数増加に関してですが、所望の客席数を確保する為に、既存の試写室と前室との境界壁を約2m後ろへ移動し、 映写機室は上階に引っ越す案を提案しました。それによって客席数を132席+スタッフ席8席 = 計140席とすることが出来ました。 もちろん客席左右の席数は増やしたのですが、前後の間隔は既存の試写室と同じ1mを確保しています。 シネマコンプレックスがだいたい75cm程度ですので、それに比べると窮屈さを全く感じることはありません。
映写機室を上階に引越しすることにより、スクリーンへの投影距離・角度が変わってきます。投影距離に関しては、 レンズ自体を変更することで対応できますが、投影角度に関しては、映写機の投影軸に対する仰角に限度があります(約2.5°)。 そのため、映写機だけでは仰角の限度を越えてしまうので、スクリーンを客席側に約1°傾けることにしました。 これによって、映写機の投影軸とスクリーンとの相対角度は、仰角の限度以下とすることが出来ました。
竣工後、上映した映像を確認してもらいました。施主、つまり画を見極めるプロより、 スクリーンが傾いている影響は感じられないとの了解を得ています。また、改修後のスクリーンサイズは以下の通りです。 スクリーン部分の室内の有効が約9700mmであり、バリマスク・カットマスクも考慮して限界までサイズを確保しています。
*サウンドスクリーンサイズ
CS(Cinema Scope)...W7700mm×H3300mm
VV(Vista Vision)...W6200mm×H3350mm
SD(Standard)...W4400mm×H3200mm
写真3: サウンドスクリーン(左:改修前、右:改修後)
3.2 内装の形状、色に関して
試写室ではその空間が主役ではなく、上映する作品が主役であるため、室内の色はそれの邪魔にならないように黒や濃いグレー等が一般的です。 スクリーン周辺の天井・壁は黒で提案しました。客席の部分に関しては『調布の森』のコンセプトより、 側壁は森の木々をイメージしています。具体的には、壁の下部は客席の配置にあわせてジグザグな形状にし、 グレーのクロスと白木の板を交互に配列しています。上部は客席を包み込むように傾斜させ、森の木の葉の茂りをイメージしています。 後壁には白木のリブを配置しています。これは、前室からスクリーンを見て試写室に入ったときの印象と、 退室するときの印象を変えることにより、『調布の森』の行きと帰りをイメージしてみました。天井は森から空が見えるイメージで黒にしており、 照明(ダウンライト)が星のイメージです。
図3: CGパース
3.3 スピーカレイアウト
スピーカはElectro-Voice社のシステムを採用しています。 SDDS対応で、スピーカケーブルのほかにネットワークケーブルも付いているので、 映写室からのディレイおよびEQの制御が可能となります。スクリーン裏には5台(L/LC/C/RC/R)配置、THXの仕様にならい、 フロントスピーカの音響軸は、スクリーンの下端から5/8の高さにしています。側壁のサラウンドスピーカは上手下手でそれぞれ5台ずつですが、 等間隔で、客席の傾斜に合わせて高さを変えています。
パワーアンプは、映写室ではなくバッフル面上手側下部にセッティングしています。 これはスピーカケーブル長による伝送ロスを軽減させるためです。アンプ本体のファンノイズ対策として周囲をGWで囲っています。
写真4: 側壁サラウンドスピーカ配置
3.4 照明設計
『調布の森』のコンセプトより、室内の照明シーンが数パターンに設定できるようなものを提案しました。
夕方薄暗い森の中で、葉と葉の間から星が輝いて見えることをイメージして、壁のLED照明をランダムに設置しました。 また、夜が明けて朝日が森の中を照らすイメージを表現するために側壁下部に間接照明を縦に何本も設置しています。
全体の照明としては、上映の合間にパンフレット等が席で充分読める程度の明るさ(約300lx)を確保し、 試写以外に記者会見・講演会・セミナーでスクリーン前に講演者が立つことを想定して、天井にスポットライトを設けました。
また上映中の通路安全確保の為に、通路部分の段差の先端に足元灯としてLED照明を設置しました。 このLED照明は調光器により明るさのコントロールが可能で、フィルム上映時に、周囲および作品に影響のない明るさを施主と確認して設定しています。 また、直接目に入ってもまぶしさが感じにくい「青色LED」を採用しています。
写真5: 照明
3.5 椅子のこだわり
椅子は"QUINETTE社"(キネット:フランス)を採用しています。既存椅子もキネット社製でした。 座り心地はもちろんのこと、長時間の試写で座り続けても非常に疲れにくく、オペラ座やカンヌのホールでも採用されています。 こんな経緯から、新設の試写室も同じ椅子を設置することになりました。
既存の椅子が非常に良い使用状態でしたので、表面の布の張替もしくはクリーニングで再使用し、 不足分は新規にオーダーすることになりました。
(こぼれ話) 何せフランス製であり、船便での輸送であるため、納期に時間を要することから、 設計を詰める前に椅子の発注から進めました。
写真6: QUINETTE社椅子取付状況
4. 音響・機能設計
4.1 ハードバッフル構造、そして3,500本のレンガ達
映画の特質上、音圧レベルの高い低域に対する検討は必須です。周囲が閑静な立地環境ですので、 近隣に対する遮音対策はもちろんのこと、室内でも定在波をなるべく緩和させるように遮音層の寸法比を検討する、 また遮音層壁が低域によって板振動を起こさないように、適度な荷重をかけることも必要となります。
既存の間仕切壁で遮音が欠損している部分はモルタル等で遮音補強を行いました。 バッフル面の裏の遮音層は二重にしており、バッフル面自体はハードバッフル構造とし、完全自立で構成しています。 また、荷重計算の上、浮遮音壁全体に積載荷重限界まで焼過レンガを貼りつけました。これには拡散の目的も含まれています。
写真7: ハードバッフル施工状況
写真8: 気合のレンガ貼り
4.2 映写窓
映写機室と試写室間の遮音性能を確保する為、映写窓ガラスを二重にし、かつ高透過特殊ガラス(反射率約1%、 8mm)を使用することを提案しました。それでも映像のピントが甘くなる懸念も考慮し、映写機室側の1枚はレバーハンドルによる取り外し式にしています。
そのレイアウトは、映写機用2ヶ所+DLP用1ヶ所(将来対応)で最低3ヶ所必要ですが、 壁全体としてみたときのレイアウトを考え、ダミーな窓を1ヶ所追加して計4ヶ所としました。
図4: 映写窓・遮音測定結果
写真9: 映写窓
4.3 空調設計
既存試写室では特に暖房の効きが悪く、試写中に寒いとのクレームがありました。また、壁付の器具からの風切音も問題でした。 そこで、改修計画では空調の吹出口を天井に設置、吸込口を客席下の床部に設置することを提案しました。これにより、 天井から床へ空気が流れるようになります。特に暖房時の空気は、温度差により上へ上昇してしまうので、 それを防ぐ為にも床下で吸い込むことを提案しています。なお冷房時の空気は下へ降りてきますので、空調効率も良くなります。
器具の風切り音に関しては、風速が速くなり過ぎないように開口寸法を確保し、 なおかつダクトの経路を充分に確保することによって、消音を行っています。
試写室の場合、暖房の効きが悪いと、室内の上部と下部で温度差ができ、その温度差は映写機から投影される光によって、 陽炎としてスクリーンに映り込む危険があるので、空調には特に気を使う必要があります。また、第二試写室は約734m3もある大空間ですので、 室内の断熱効果を得るためにも遮音工事には神経を使いました。
施工後の暗騒音測定結果ですが、機材・空調・照明は試写使用時の状態でNC-20という良好な結果が得られています。
写真10: 空調足元リターン
4.4 残響時間
システム工事も含めて全施工が終了して後、残響時間を測定しました。測定ポイントは図5に示す4ポイントを選択、 それぞれの時間を平均しています。測定結果より、全体で緩やかなカーブを描いており、 THXの範囲内にも収まっています(500Hzで0.34sec)。
図5: 残響時間測定ポイント
図6: 残響時間測定結果
5. 音響チェック・まとめ
我々の仕事も落ち着き、システム業者さんによるセッティングも終わった後、施主および(株)東宝スタジオ様の関係者を交え、 実際のフィルムによる映像・音響チェックが行われました。
上映前の緊張感、上映時は圧巻の映像と音響、上映後のLEDが余韻を包み込んでくれる。 まさに至福の時でした。低域のレスポンス・サラウンドパンニング・臨場感・定位感など、 作品の邪魔をするような違和感を感じることはなく、音響関係各位の皆様にも好評を頂き一安心です。 あまりの感動に音響チェックという趣旨を時々忘れて、素で物語の世界に入ってしまったのが反省ですが(私もまだまだですね~)、 この日飲んだ酒が本当においしかったことを覚えています。
施工が終わって約一年経ちました。この間第二試写室を訪ねたら、そこにはDLP映写機が導入されており、 渡辺部長の「ファーストクラスの環境」に対するこだわりは相変わらず続いています。 この第二試写室には「映画を観る」ということの裏にある「映画を愛してやまない人々の想い」が詰まっています。 東京現像所の皆さんと我々はそんな想いをこめてこの試写室を造ったのです。
最後に、このような素晴らしいプロジェクトに関わらせて頂きました東京現像所の皆様、 デザイナーの多久和広アトリエ有限会社 多久和広様、そしてこのファーストクラスの試写室を一緒に造り上げていった職方の皆様に心より感謝致します。
Chapter 2,3 text by Makoto KAKINUMA.
Chapter1,4,5 text by Hiroyuki KITAJIMA.