音空間事業本部 堀井 理恵、北島 宏之、崎山 安洋
完成写真
1. イントロダクション
IMAGICA品川プロダクションセンターは、フジテレビを中心としたTV番組の編集・MAから、 文字放送データ作成、バーチャルスタジオ撮影まで行うポストプロダクションスタジオです。編集室が約40室、 MA室も10室と都内でも随一の規模を誇るスタジオです。弊社ではこれまでに、MA室5室(4,5,6,7,8MA)、 レコーディング・スタジオ1室(MARS)を設計・施工させていただいておりました。(6MAは、THX-pm3認証を取得しています。)
2006年4月某日、この品川プロダクションセンター(以下、品川PC)に、MA(9MA)を新設するにあたり、 デザインコンペが開かれるというお話をいただいたことから、このプロジェクトが始動しました。
IMAGICAとして初めて、システムにDigidesign社Pro Tools「ICON」統合コンソールを導入するに伴い、 従来のスタジオデザインを一新したMAルームを創りたい、という強いご要望がプロジェクトの核となり、プレゼンテーション、 ミーティング、設計・施工までおよそ3ヶ月半の期間を経て、8月末にオープンとなった9MAは、 今までのMAルームにはないアイデアの数々が盛り込まれていますので、ご紹介させていただきます。
2. プレゼンテーション
2006年4月中旬、9MAのデザインコンペの説明会当日、お客様よりご説明いただいた、最大の命題は以下の通りでした。
- デザインコンセプト
Digidesign社Pro Tools「ICON」を象徴するコンソール、"D-control"から想起されるシステムとの統一的なデザイン。 キーワードとして、以下の3つが挙げられました。
* シック&クール
* 寒色系
* 流線型 - システム機能コンセプト
リスニングポジションを変えることなく、"D-control"のミキシングセクションとエディティングセクションの両操作パネルを自在にセンターにポジショニングできるスライド機構。
いただいた命題に対し、社内では限られた時間の中で、様々なアイディアをぶつけ合い話し合いを重ねた結果、 プレゼンテーションでは、"流線型"というキーワードに対して、『ミキサー/ディレクター/クライアントが、 ひとつの作品創りに向かい合う場としての連続性(=一体感)』というコンテクストでの提案となりました。
それを具現化したイメージが図-1, 2, 3のプレゼンテーションです。 フロントからクライアントエリアに向かい緩やかに流れるような曲面天井が、そのままラウンドしながら壁と一体となってつながることにより、 空間の一体感を演出し、従来からの3列配置によるヒエラルキーの緩和を狙っています。これらのフォルムは、 従来のスタジオイメージを払拭するために、飛行機のキャビン・デザインから発想を喚起したもので、窓の形状、 家具に至るまで、すべてラウンドしたフォルムを採用しました。
図-1.プレゼンイメージ
図-2.プレゼンパース1
図-3.プレゼンパース2
3. 内装デザイン
無事、コンペの結果、ご採用をいただき、そこから毎週、定例ミーティングが行われました。 内装のイメージから始まり、スピーカを始めとする機器レイアウト、家具の形状から、テーブルの幅や奥行きといった細かい寸法まで、 お客様からのアイディアと、こちらのご提案するデザインとをすり合わせていくディスカッションが繰り広げられ、 さながらデザインワークショップのようなミーティングでした。このプロセスにおいて大きな変貌を遂げたことは、 プレゼンパースと最終デザインパースとを見比べていただければ一目瞭然です(図-2と図-4)。
ラウンドした天井にインパクトを持たせた分、壁をシンプルに抑えた提案としていたのですが、 プレゼンパースをご覧になられてからいただいたご要望は、"流線型"のモチーフを壁にも追加して、より流れるイメージを表現してほしい、 とのことでした。またミーティングの中で、"車の中にいるような""カーデザイン"といった新たなキーワードも追加されました。
それらを反映して、壁からウィング状のクロスパネルを張り出し、間接照明によって浮かび上がらせました。 天井と壁との対向する双曲線によって、流線型がより強調されたデザインとなりました。
図-4.最終デザインパース
写真-1.完成写真
また、"寒色系"というキーワードを、ディテールや家具にも追求していくうちに、 床のフローリングが気になり始めてきました。従来のスタジオに多く見られる"床はフローリング仕上"というイメージから脱却するため、 完全に木質系のマテリアルを排除することにしました。よって、床には、白と黒のツートンカラー配置によるタイル仕上を採用しました。
このように、何度もミーティングを繰り返していく中で、最初のプレゼン段階から、 日を追うごとにデザインが洗練されていきました。今回は、若手を中心とした品川PCスタッフの皆様と、形状のみならず、 マテリアルの質感の違いまで、我々の持っているスタジオに対する固定概念を打破するような、活発な意見をぶつけ合い、 とても良い相乗効果が生まれ、納得のいくデザインの完成形にまでたどり着くことができたと思います。
4. 機能デザイン
4-1. サラウンドスピーカ配置
品川PCの場合、2chステレオ音声主体のTV番組編集作業がほとんどですが、BS放送などの音楽番組での5.1chサラウンド放送、 さらにはDVDコンテンツなども扱われるため、すべてのMAがサラウンド対応になっています。
これまで品川PCでは、ディフューズ/ダイレクトサラウンド方式が、それぞれ部屋によって選択されてきましたが、 9MAでは、7.1chフォーマットでの将来対応も見据えた、新たなサラウンド配置が採用されました。 ITU-R BS775-1に準じたダイレクトサラウンド配置を基本として(SL/SRch平面開角125°)、さらに、クライアントエリアに2本のBSchスピーカを追加し、 5.1ch Deffuse/6.1ch/7.1chとあらゆるフォーマットにコンパチブルに対応するための7.1chスピーカレイアウトとなりました。
モニタースピーカは、メイン2ch用に、GENELEC社8050A、7.1chサラウンド用に、 DynaudioAIR15/6/AIR Base12×2の2機種です。ミキサーの嗜好によってどちらの機種もメインスピーカとしての使用が想定されるため、 設置方法での互換性も考慮して、同一のスピーカ台に置型としました。
Cchは、表面には見えてきませんが、45inch液晶ディスプレイ下に横置きで設置してあります。 液晶ディスプレイとフロントLRchの水平ラインをデザイン的に強調するため、Cchのみジャージクロスでフェイスを隠すことにしました。 また、SL/SRchは天井吊り、BSchは壁から持ち出しています。
4-2. レイアウト
ミキサー/ディレクター/クライアントという3列配置のMAの有効スペースと、 2人が並んで座れるアナブースの有効スペースの両方を確保するため、真四角の計画エリア内に、MAを斜めに配置し、 かつサラウンドサークルを若干コンパクトにして(R=2.3m)、前方をタイトに絞り、後方をワイドにしたことで、 与えられた空間を最大限活かしています。
デザイン/音場が良いことは当然ですが、機能性と居住性も兼ね備えた空間創りも心がけなければなりません。
長時間での作業も想定されるため、フロント方向に緩やかな弧を描きながら天井の高さをあげていくことで、 圧迫感を緩和し、開放的な空間の連続性=一体感を演出しています。
オペレート/メンテナンス/クライアントとそれぞれの作業エリアに最適な配灯をするために、 蛍光灯/白熱灯を使い分けた照明計画や、空調ダクト内蔵タイプの空気清浄機を採用することで、 居住環境の向上にも配慮しています。
図-5.平面/断面 レイアウト
4-3. スライド式コンソール
ミキサーが、ミックス/エディットどちらの作業時でも、常にセンターポジションから頭を動かさずに作業したい、 というご要望から、左右にスライドするコンソールという、我々建築設計の立場からは想像しえなかった発想をいただきました。
これを実現するためには、機構付加によるコンソールの高さの問題、床の平滑性、スライド機構の耐久性、 また、動作時の円滑性(キャスター付チェアに座ったまま、軽くスライドでき、なおかつ軽く止められる)など、 さまざまな条件をクリアするためのテストが必要でした。
高さの問題は、レール部のみ浮き床を掘り込むことで解消し、機構に関しては、Digidesign社のご協力により、 可動レール部品及びブレーキ機能をD-controlの脚部へあらかじめ組み込み、カスタマイズをしておくことで実現可能となりました。
D-control が、右側のアシスタントデスクと並んだ状態で、メインのミキシングフェーダーがセンターとなるデフォルトポジションとして(写真-2左)、 そこから左側に約700mm平行にスライドさせることが可能です(写真-2右)。
写真-2.スライド式コンソール
5. ディテール
デザインのほとんどが曲線で構成されていて、すべてのディテールが立体的に複雑に関係し合っているため、 実際の施工には、想像以上に工夫と手間を要しました。天井の曲面は、A0版数枚に分けてプリントした原寸大の図面から、 工場で骨組を起こし、一体となる後壁部分とを現場で組み合わせました。その他、後壁の曲面部分に埋め込まれるBSchスピーカ、 側壁のウィング状パネルと間接照明、Rの窓枠、マシンルームとのアクセスとなる左右引き違いのオートスライドドアなど、 数々の工夫を凝らしたディテールを写真にてご紹介致します。
写真-3.バッフル面
写真-4.ラウンド天井・壁
写真-5.のぞき窓 / 引き違いオートスライドドア
写真-6.特注家具
6. アコースティックデザイン
6-1. 遮音構造
遮音構造は、MA・ブースとも、完全浮遮音構造としています。床はコンクリート、壁/天井は、 プラスターボードとセンチュリーボードを組合せた複合構造となっています。アナブースは、MAより防振・遮音性能を高めるために、 天井からの防振吊支持を用いない、自立型浮遮音構造を採用しています。
浮遮音層は、遮音と同時に、室内音場にとって大きなファクターとなります。その形状と寸法比は、 低音域の共振(固有振動モード)に関係し、その材質や剛性は、低音域のレスポンスに大きく関係してきます。
6-2. 室内音場デザイン
9MAの表層のデザインには、従来のスタジオデザインに見られる、スリットなどの音響的なコンポジションは一切排除されています。 しかしその内部では、低/中高音域と目的に応じて、吸音・拡散のさまざまな仕掛けを、適材適所に配置しています。
スピーカからミキシングポイントに対して、鏡面反射となるエリアは基本的に吸音とし、 そのほかのエリアでは、吸音過多にならないように、音の拡散を狙った処理を行っています。サラウンドモニター環境ではスピーカの数が多いため、 2chモニター環境よりも、扉や窓などの局所的な反射面の影響が大きくなることも考慮して、できるだけ左右でのバランスが良くなるような拡散配置を検討しています。 その中で、特に影響が大きいのが、のぞき窓と映像モニタです。
のぞき窓
ブースの窓はコミュニケーションのため機能的に必要ですが、音響的には反射面となってしまいます。 2ch再生のみの場合、ガラスを上向きとし、天井吸音面に逃がしていましたが、マルチチャンネルの場合、 窓と対向するサラウンドスピーカの音がミキシングポジション周辺に返るケースが多くなります(この場合はRSch)。 そのため、ガラスを下向きとします。しかしガラスから床面に反射して返ってくる2次反射の影響もあるため、ガラスの高さはできるだけ押さえ、 同時に平面的な反射角も考慮して、傾斜角を立体的に検討して決定しています。さらには、窓枠とガラスの間を吸音することで、 枠周りでの多次回反射によって起こる音溜まりを解消しています。
映像モニター(液晶ディスプレイ)
ブラウン管のディスプレイでは、画面が凸面であったため、画面での反射音は多少拡散する形状だったのですが、 液晶、プラズマなどのフラット画面ディスプレイでは、より鏡面的な反射音の方向性が強くなります。 画面を上向きに傾けるなどして反射音を逃がしたいところですが、照明の映り込み等の弊害が出てきます。今回は、 ディスプレイとLRchスピーカとの水平面的な並びを強調したデザインを崩さないように、ディスプレイよりスピーカ面を少し奥に下げて、 液晶ディスプレイの側面で十分な吸音処理し、ファンタムセンターの音像が大きくなることを回避しています。
6-3. 低音域伝送特性シミュレーション
スタジオは、床・壁・天井と3次元的に囲まれた密閉空間となるため、そのすべての対向面により、 特に低音域で定在波が顕著に現れます。中でもミキシングポジションは、必ず部屋のセンターにきますので、 狭帯域でみると特定の周波数では、位相干渉により必ずピーク/ディップを持った伝送特性となります。しかし、 遮音層形状の寸法比や、音源となるスピーカ位置と受音点となるミキシングポジションとの位置関係次第では、 定在波の共振周波数をできるだけ分散させ、狭帯域での特性までは難しくても、帯域幅を持たせてみた時には、できる限り良好なポイントを探ることも可能なのです。
そのため、特に低音域に関しては、境界要素法を用いた3次元での波動解析シミュレーションにより、 ミキシングポジションにおける伝送特性の予測を試みています。図-6は、LFEch配置検討時における音圧分布のシミュレーション結果です。
側壁の開角により左右方向による定在波が緩和され、ミキシングポジションでは、各周波数帯域で急峻なディップを回避しています。 平面計画上、遮音層形状が左右対称にならない後壁左側のスペースで、音圧の上昇が確認できますが、この部分は、 あらかじめ低音域吸音スペースとして活用するための形状としておいたので、その有用性がシミュレーションによっても確認できました。
最後に、5.1chサラウンドでのスピーカ周波数特性を図-7に示します。お客様立会いによる最終的なヒヤリング調整時に、 モニターコントロールによる若干の補正を行った特性のため、シミュレーション結果と必ずしも一致しているとは言えませんが、 このように、設計段階で事前に物理的な特性を掴まえておくことで、あらかじめ、致命的なウィークポイントを回避し、 聴感による調整を行う上で有力な手助けとなります。今後は、実測データとの比較検証を行い、 音場予測・設計ツールとして、更なる精度の向上を目指していきたいと思います。
図-6.LFEch再生時の音圧分布シミュレーション
(1/3Oct.band level)
図-7.5.1chダイレクトサラウンド・スピーカ周波数特性
7. おわりに
このような素晴らしい機会を与えて下さいました品川PCスタッフの皆様、 並びにDigidesign社を始め当プロジェクトに携わった関係各社の皆様にこの場をかりて御礼申し上げます。