音空間事業本部  根木 健太  企画部 研究開発室  大山 宏

兵庫県立芸術文化センター 舞台上での測定の様子
兵庫県立芸術文化センター 舞台上での測定の様子

1. 既存の室内音響指標

これまで提案されてきた室内の音響を評価する指標がISO3382 にまとめられていますが[1]、これらはコンサートホール等の大きな空間を想定しており、比較的小さな空間や吸音処理がなされている空間は想定されていません。また、古くから提案されている最適残響時間[2] が室内の音場の評価に用いられることが多く、部屋の用途と大きさに応じた響きの長さの目安にはなっていますが、これを守れば快適な音場が作れるというものではありません。‍

図1 室容積と最適残響時間の関係
図1 室容積と最適残響時間の関係
   

2. 会議室等の一般空間の音場

人と人との良好な音声コミュニケーションが必要とされる空間の一つに会議室があります。10 名程度が入れる部屋であれば大きくても100㎥ 程度のサイズであることが多く、前記最適残響時間ではグラフの範囲外となります。近年の企業の会議室はガラスやスティールのパーティションで仕切られていることも多く、それらは音を強く反射します。基本的に四角い部屋で壁が反射性の平行面を形成するためフラッターエコーが発生して、高い周波数の残響時間が長くなります。また、隣室との遮音性を高めている場合には、低い周波数の音の抜けが悪くなり、ブーミーな空間になっていることも多いです。‍
このような音響的にアンバランスな空間では、話しづらく聞き取りにくく快適ではないと感じることも多くなります。

  

3. 残響減衰変動

ある会議室のインパルス応答波形と、それを高速時定数処理したレベル波形(以下、残響減衰波形と呼ぶ)を図2 に示します。下段の残響減衰波形は上段の波形と比べて反射音列のレベル変動が可視化され、直感的に分かりやすくなっているかと思います。‍

図2 インパルス応答波形(上)とそのレベル変動波形(残響減衰波形)(下)
図2 インパルス応答波形(上)とそのレベル変動波形(残響減衰波形)(下)

直接音の直後の初期反射音、続いて反射を繰り返すごとに反射音が減衰していく様子が観察でき、大きな反射音の有無や周期的な反射が繰り返していればフラッターエコーであると読み取ることができます。‍

図3-1 吸音材設置時の残響減衰波形
図3-1 吸音材設置時の残響減衰波形
図3-2 音響調整家具設置時の残響減衰波形
図3-2 音響調整家具設置時の残響減衰波形

同じ部屋に厚さ50mm の吸音材を設置した場合と、厚さ100mm の吸音体と柱状拡散体(AGS)を組み合わせた音響調整家具(弊社製品「Meleon」)を設置した場合の残響減衰波形を、それぞれ図3-1、3-2 に示します。これらの残響減衰波形を見ると、それぞれの部屋の音場の状態がよく観察できます。何も入れていない空室の状態(図2)では、直接音の直後に大きな反射音があり、時間が経過しても時々大きな反射が到来しているのが分かります。吸音材を入れた状態(図3-1)は、残響時間は短くなっているものの、直接音直後の大きな反射音に起因する残響減衰波形の凸凹が少し大きくなっている箇所もあるように見えます。一方で音響調整家具を入れた状態(図3-2)は、それらが改善されていることが分かります。‍
これらの波形の違いを数値化するために、波形の近似直線との偏差の平均値(図4)を計算し比較してみたところ(図5)、それらの部屋を体験した人間の聴感印象と相関がある可能性があること(この値が小さい方が印象がよく高評価)が分かりました。この偏差は残響減衰波形の凸凹具合を表すものであり、この値が小さい方が印象がよいということを示します。私たちはこの偏差を残響減衰変動と呼んでいます。[3]‍

図4 残響減衰波形の近似直線と偏差
図4 残響減衰波形の近似直線と偏差
図5 残響減衰波形の近似直線からの偏差(残響減衰変動)
図5 残響減衰波形の近似直線からの偏差(残響減衰変動)

4. 小空間での主観評価実験と残響減衰変動の関係

残響減衰変動を利用して空間の印象を評価できるかどうかを確認するために、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスにある小さな個室にて主観評価実験を行いました。‍
主観評価実験では、「空室」及び「吸音材」・「音響調整家具」を設置した場合の3 つの条件で、被験者には音声や音楽を聴いてもらい、印象を評価してもらいました。
音楽聴いた際の主観評価実験の結果を図6 に記します。この図から、「聞き取りやすさ」「集中しやすさ」「音の良さ」の3 項目において、「音響調整家具」「空室」「吸音材」の順番で評価が高いことが分かります。これは、図8 -1 に示す残響減衰変動と負の相関関係が生じています。つまり、残響減衰波形の凹凸が小さいほど、音楽を聴いた時の印象が良い、ということが分かります。‍

図6 音楽聴取時の主観評価
図10-1 音源位置1 での残響減衰変動
                

次に、音声(朗読)を聴いた際の主観評価ですが、図7 に示されるように、各項目において「音響調整家具」「吸音材」「空室」という順番になりました。これは図8 -1 の残響減衰変動との順番の対応がありませんが、残響減衰変動を各条件で測定したインパルス応答にA 特性聴感補正フィルタをかけて算出すると、図8 -2 に示される順番となり、音楽聴取時と同様に、聴感評価結果と負の相関関係が生じていることが分かります。‍

図7 音声聴取時の主観評価
図7 音声聴取時の主観評価
図8-1 残響減衰変動
図8-1 残響減衰変動
図8-2 残響減衰変動(A 特性)
図8-2 残響減衰変動(A 特性)

これらの実験結果から、音楽・音声を聴いた際の評価と残響減衰変動の関係性をみることができました。小空間での聴き取りやすさの評価として本指標を使える可能性が得られたと考えられます。‍

   

5. 大空間の音場評価への適用

ここからは、残響減衰波形から導かれた定量数(残響減衰変動)が、大空間の音場評価に適用できるかをトライしました。
兵庫県立芸術文化センターにおいて、舞台上に弊社の柱状拡散体 Acoustic Grove System (AGS)を設置した状態・無くした状態で音響測定を実施した際に、音響測定と同時に主観評価実験は実施していないながらも、演奏者を招いてAGS の有り・無しそれぞれの条件にて演奏していただいたところ、演者・聴取者ともにAGS を活用することに対する好意的な意見が多く見られました。[4]

図9 オーケストラピット内での測定の様子
図9 オーケストラピット内での測定の様子

そこで、この時採取した測定データを用いて、残響減衰変動を導き出し、AGS の有り無しでどのような傾向がみられるか確認しました。
オーケストラピット内に4 か所、客席に2 か所マイク(ダミーヘッドホンマイクを1 か所ずつ含む合計8ch)を設置し、オーケストラピット内で音源位置を3 か所設定。それぞれAGS の有り無しの条件でインパルス応答を測定しました。その結果から導き出された残響減衰変動を10 -1 〜3 に示します。‍
図10 -1 〜3 を見ると、AGS 有の条件の残響減衰変動がほとんどのポイントで小さくなる傾向がみられます。さらに、この音源位置3 か所・受音点8 chにおけるAGS 有り無し条件の有意差検定(有意水準5%)を行ったところ、有意差があることが確認されました。これまでは難しかったAGS の有り無しの差異を定量的に評価できる可能性を得ることが出来ました。‍

図10-1 音源位置1 での残響減衰変動
図10-1 音源位置1 での残響減衰変動
図10-2 音源位置2 での残響減衰変動
図10-2 音源位置2 での残響減衰変動
図10-3 音源位置3 での残響減衰変動
図10-3 音源位置3 での残響減衰変動
図11 オーケストラピット内での測定の様子
図11 オーケストラピット内での測定の様子
   

6. おわりに

本稿の前半では、比較的小さな空間での音環境評価手法として、残響減衰変動という指標を提案し、主観評価実験を行い、指標の妥当性を検証しました。
実験結果から、音声・音楽の聴取については、聴感評価と残響減衰波形から導かれた定量値(残響減衰変動)との関係性をみることができました。
後半では残響減衰変動を大空間である音楽ホールでも適応できるのかを検証しました。おおむね小空間での実験結果と同様の傾向を見ることが出来ましたが、今後は多くの空間での測定事例を増やし、主観評価実験にも取り組んでいきたいと考えています。‍
最後に,今回の実験にご協力いただいた武蔵野美術大学の荒川教授,学生の方々、また測定にご協力いただいた兵庫県立芸術文化センター様及び関係者の方々にこの場をお借りして御礼申し上げます。‍

参考文献
1) 羽入敏樹,日本音響学会誌60 巻2 号(2004),pp。72-77.
2) 日本建築学会編,建築設計資料集成 環境1,丸善
3) 大山宏, 日本音響学会講演論文集2023 年秋季, pp。729-732.
4)日本音響エンジニアリング,NOE 技術ニュース52号, Acoustic Grove System(AGS) 演奏空間での効果検証実験

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