木造建築のように自然に響く空間を目指して

山下 晃一、大山 宏

1. Acoustic Grove System(AGS)による音環境向上

音響諸室の音場改善を目的に開発したAcoustic Grove System(AGS)は、レコーディングスタジオや放送局といった音創りの現場から、コンサートホールやピアノサロン等の音楽演奏空間、そして個人のお客様の楽器練習室やオーディオルーム、ホームシアターなど、部屋の大小や用途にかかわらず様々な空間でお使いいただいています。ユーザからは、

  • 低音域の音ヌケが良くなり、音楽が聴きやすくなった
  • 静けさが増し、S/Nが良くなったように感じる
  • 聴こえなかった音が聴こえ、音楽が躍動的になった
  • 音場が拡がり、楽器の配置が目に見えるようになった
  • 音が飽和しないため、大音量で長時間聴いても疲れない

といった評価をいただいています。

最近は音響諸室のほかにも導入事例が増えています。AGSを導入した銀行のロビーや打合せ室では、「直接音楽とは関係がないのに、居心地が良く、長時間仕事をしていても疲れない」といった評価をいただいています。

部屋はその用途によって求められる音響特性、特に響きの長さなどは様々ですが、AGSは定在波や位相干渉による歪みを低減し響きの質を改善するため、部屋の用途を限らず前述のような効果をもたらします。AGSによる音の良い空間は、直接音楽に関わる行為だけでなく、私たちの生活環境のクオリティを高める可能性を秘めていると確信しています。

2. 自然な響きの本堂を目指して

今回、都内にある寺院の本堂にAGSを導入いただく機会を得ました。オーディオ専門店でAGS技術をコンパクトに製品化したANKH(アンク)を体感され、その音響効果に着目されたご住職から、昨年、「本堂が鉄筋コンクリート造で、音のヌケが悪く低音域がこもっている。話しづらく聴きづらいので何か対策がないかとずっと考えていた。特に本堂の隅は低音がこもって圧迫感が強く泣き出す子供もいるくらい。ANKHを置いて木造建築のように自然な響きの本堂にしたい」というご相談をいただいたことがきっかけでした。昔のお寺というと、木造で隙間がたくさんある代わりに音ヌケが良く、自然な響きで居心地の良い場所の典型のようなイメージを持っていました。しかし、近年は消防法等の制約があって、一定以上の面積がある空間は木造が認められないため鉄筋コンクリート造になってしまうらしいのです。当寺院の本堂は鉄筋コンクリートの剛壁により低音域が外部に抜けず、卓越した定在波が起こっていると考え、現状把握測定やデモを行い原因追究と対策を検討し、デモでお持ちしたAGSの定在波低減効果とその聴感変化を実体感いただき、導入いただくことになりました。

当寺院の本堂は、ご本尊をまつる内陣と参拝者スペースである外陣(げじん)、及び内陣の両脇にある脇間から構成されています。外陣部分は横幅約12.5m×奥行(前後)約5.3m×高さ約3.7m、内陣部分は横幅約5.3m×奥行約8m×高さ約3.5mです。ご住職が最も問題にしていた外陣エリアは定在波の影響で特に50~63Hz付近の残響時間が突出して長くなっていました。そこで左右後方コーナー用に約140cm×80cm×高さ225cmの専用AGSを設計し設置することにしました。

図1 測定の様子
図1 測定の様子

図2 外陣コーナー(内陣に向かって右後方)に設置したAGS
図2 外陣コーナー(内陣に向かって右後方)に設置したAGS

AGS設置により、空気感が変わった、と感じるほどの大きな変化がありました。AGS設置前後に測定した残響時間データを図3に示します。卓越して長かった50~63Hzの残響時間が大幅に短くなったことで、気になっていた低域の淀み感が解消されました。残響時間の周波数特性が整い響きの質が改善され、発声が聴き取りやすくなりましたし、木魚も鐘の音も低域のまとわりつくような膨らみが解消するとともに中高域が自然に伸びて気持ちよく聴こえるようになりました。何よりも空気感が変わり居心地のよい場所になったと、ご住職からも高い評価をいただきました。

図3 AGS 設置前後の残響時間実測値
図3 AGS 設置前後の残響時間実測値

今回のプロジェクトで、音楽専用室ではない寺院の本堂のような空間であっても、響きの良さはとても重要な要素であると再認識しました。AGSが生活の質向上のお役に立てていけるように、さらに研究開発を進めていきたいと思います。

3. お客様の声

AGSを設置したことで気持ちよく本堂に入ることができるようになりました。これまでは、低音が体にまとわりつくような感じで、発声をすると自分の声がかぶって聞こえ、大きな声を出すと聴きづらいために声量を抑えていました。AGS設置後は、本来の強さで発声することができますし、よく聞こえるようになりました。以前は仕方なく声を喉から出していたのが、今は腹から出せるようになった、とでも言えましょうか。自分の声の感じが自然になっただけでなく、あたかも壁が取り払われた空間で鳴らしたかのように、木魚や鐘の鳴り方も自然になりました。AGSのおかげで鉄筋コンクリート造でありながら、木造建築のように自然で、静粛さが感じられる空間になりました。