工事部 田口 典夫

1. はじめに

音響設計の存在自体が、世間の認知を受けられるようになりつつあります。以前は、音響工学の用語が一般的でなく、計画をつめる前にその用語の説明から始め、またその重要性を説得するのに時間を要する状態でした。建築全体から見ると、目立たなぬ存在であった音響工事が、今後、益々注目されると予想され、それに応える設計技術、施工技術の向上が望まれると思います。当社のスタッフは、音響設計エンジニアとして、レコーディングスタジオ、放送局、ビデオスタジオ、無響室、試聴室等の音に関わる空間の建築において、全ての階段における設計、施工管理を行ってきました。今回、特にそのうちレコーディングスタジオの設計、施工のポイントの変遷をまとめてみました。

2. レコーディングスタジオの形態の変遷

レコーディングスタジオの移り変わりは、録音方式の変遷に従っていると考えられます。昭和40年代初期における同時録音では、大空間のスタジオが必要であり、各楽器の響きが美しく調和するように、室全体の均一な響きを大切にした拡散・分散型の設計が主流でした。同録での楽器間のアイソレーションは衝立で行うため、大変大きな衝立で、ドラム、ピアノ、ボーカルなどを囲んで録音するのが一般的でした。
スタジオの音場性能を設定するのは、残響時間を主体とし、所定の算定式により、細かく吸音、反射を間柱ごと、胴縁ごとに繰り返し、反射部は斜めに取り付けるなどとしました。ただし、ほとんどの現場では、設計の残響時間が現場の測定値となかなか合わず、数日をかけて調整していました。


 レコーディングスタジオの形態の変遷

50年代初期には、マルチ録音のトラック数が増加したため、「かぶり」の多い録音は、各トラックの音作りが難しいだけでなく、ミックスした際に音が濁り、解像度の悪い音楽になってしまいます。そこで、「かぶり」を少なくするため、アイソレーションを高める必要が発生し、大きなアイソレーションの必要な楽器のため、ブース(ピアノ、パーカッション、ドラム、ボーカル等)をメインスタジオに附属させる形態としました。
日本の場合、音楽のジャンルが多いことから、様々な音が取れるよう、残響時間の短い(デット)、長い(ライブ)とでゾーン分けを行っていますが、先ほど述べた残響時間の設定のみによる音場設計に疑問が生じたのはこの頃です。この方法は、音源をステージに限ったホールに適用できても、マルチ録音スタジオでは音源位置が室内全体に分布しており、衝立なども使用しているため、ホールの音場と大きく異なっています。また、残響時間が同じでも仕上材料によっては、音質がまったく違ったり、「響き」や「つや」が異なることがあります。音場設計が主題である「濁りのない美しい響き」を得るためにも、その評価の定量化が重要と考えられます。
50年代後半は、残響音を考慮しながら、主に初期反射音に着目したスタイルが主流となりました。
通常、最も近い反射面は床で、続いて壁となりますが、これらの到達時間の異なる初期反射面をマイクに返すことにより、豊かで存在感のある録音が可能となりました。スタジオによっては、一面すべてが反射面、他の一面が吸音面といった大きな分け方も生まれました。また、この初期反射音は、ミュージシャンにとって自分の演奏音をモニターする上でも大切であり「ノリの良い」演奏につながります。さらに、録音の際、モニターを通して、マイクの指向性と初期反射音の到達時間差を考慮したマイクアレンジを確認しながら決定することにより、エフェクターを用いることを前提とした質の良い素材音を得ることができました。
しかし、この頃から一方では、スタジオ運営上の諸条件から、ボリュームの大きなスタジオの新設が困難となり、天井の低い、狭い空間で、より良いスタジオとすべく音場を検討することが多くなってきました。狭い空間ではライブに設計すると収録音に不必要な反射音が付加されるため、デッドぎみなスタジオとなり、プレイヤーにとっては、圧迫感があり演奏しにくいとの問題が生まれました。また、リズム録音時に、各ブースにわかれた人どうしのコミュニケーションが取りにくいため、窓の装置やガラスを多用し、さらに音場設計が難しくなりました。60年代に入り、大きく変化したのは、コントロールルームの形状です。シンセサイザー等のMIDIが発達し、これをコントロールルームに入れ打ち込み作業を行うダイレクト録音が、また、デジタルレコーダーの使用、コンソールのコンピュータ制御が一般的となりました。これにより、空間の確保、レコーダー騒音の除去、コンピュータ制御に伴うラックの温度管理等のため、マシーンルームを設置することになりました。
最近では、運営の効率化から、ツインコントロールルームの形式も生まれました。これは、1室のレコーディングスタジオと2室のコントロールルームを対とするもので、スタジオの専有時間を短縮することが可能となります。ただし、これには、以前にも増して、スタジオとコントロールルームの遮音が必要となります。

3. 音場設計、施工の変遷

スタジオの音場は、吸音、反射の分配により決定され、その仕様は、これまで大きく変化してきました。吸音材としてグラスウールを多用するようになり、音響設計が本格的にスタートしたと言えます。
スタジオは、内部の大音響の漏洩を防止し、外部騒音の侵入を遮断しなければならないことから、ほぼ密閉された空間に設ける必要があるのですが、これが部屋の音場にとって欠点となります。また、一般の居室のような外部との呼吸のできる自然な空間の現実のため、吸音の必要があります。初期の段階で、グラスウールの使用は、平張りまたは充填構造が主流でした。グラスウールの吸音特性上、低域の吸音力が低く、低域だけ残った聴感的に違和感のあるデッドな音場となりました。
次の段階では、グラスウールの背後空気層の大小、分散させる等特性に変化をもたせ、スリットによる高域反射音とでバランスが取れるように工夫しました。先程も述べたように、ブースがスタジオ内に設けられるようになり、狭い空間でも対象となる楽器の特性に見合った空間を実現するためにも、低域、中域、高域の全帯域にわたる吸音力を持った吸音体が必要となり、サウンドトラップが多用されるようになりました。これは、合板等の裏表にグラスウールを張り付け、吸音部に吊り込むものです。
反射面については初期反射音に着目した音場設計の階段に入り、以前のクロスの裏側に隠した合板を変化させてきました。石膏ボードや合板等の板状材料を用いた場合、その共鳴が生じ、低域成分の多い楽器の場合、板振動や共鳴による放射音によって楽器自身が持っている音がぼけたり濁ったりします。反射面の構造は、対象となる楽器の周波数特性に見合っていることが大切であり、その帯域で出来るだけ完全反射し、直接音と同じ周波数特性と位相特性をもつ反射音が得られる構造を設ける必要から、可能な限り質量のある剛構造が求められ、ブロックやレンガなどを採用しました。また、板状材料でも、多層構造とした上、下地のサイズやピッチを検討し剛性を高め、共鳴周波数を分散させることが可能です。

4. 遮音設計、施工の変遷

スタジオにおいては、室内の静けさが最も重要であり、特に最近では、デジタル録音が主流となり、さらに要求度は高くなっています。暗騒音を低く押さえるためには、内装だけでなく空調、電気等各設備工事においてもそのレベルに合わせた消音設計が必要となりす。遮音設計、施工の変遷は、性能向上とともにコストの消滅の歴史とも言えます。

鉄骨浮床構造

鉄骨浮床構造

以前の浮床工法は、防振ゴムの上に鉄骨(チャンネル・キーストンプレート)を設け、コンクリートを打設する工法が主流でした。しかし、施工時間、コストの兼ね合いから、防振ゴムの上に合板を敷きコンクリートを打設する工法をを開発しました。性能(固有振動数)は、従来工法より多少落ちますが、スタジオ周辺の暗振動、騒音のレベルによっては、防振性能上問題となりません。
また、浮床は、防振ゴムの上にのる板であることから、板の寸法による固有の共鳴周波数のモードが立ち、室内の音場が不自然となる場合があります。そこで、浮床をランダムに縁切りする工法を採用しました。さらに、ドラムの収録時のマイク間のSNを稼ぐため、ドラムの設置場所の回りを縁切りにすることも行っています。遮音壁、天井の工法については、遮音性能の確保し、さらに室内音場のクリアーさを追及するため、石膏ボードによる構造のみでなく、コンクリートブロック等による壁構造を採用してきています。

防振ゴム浮床構造防振ゴム浮床構造