技術部 大橋 心耳

1. 話の始まり

我社で無響室を設計・施行を始めてから現在に至るまで、無響室音場を性能を評価する為に逆二乗特性を測定をし、 その理論値からのずれが決められた値以内に入っている範囲を逆二乗特性成立範囲として来ました。

逆自乗もしくは逆二乗特性のどちらが正しい表現かは議論の別れるところかも知れません。 逆二乗特性の実際の測定は、点音源と見なせる小さなスピーカーから順次10cmずつマイクロホンを移動させてそれぞれの場所での音圧レベルを測定していきます。

少し音源から離れると音圧の変化が緩慢になってくるので、20cm、50cmといった具合に適宜マイクロホンの移動間隔を選択していきます。

ご存知と思いますが、この測定は無響室の吸音楔からの微少な反射音に着目していく訳ですからもちろん室内に人間がそのまま留まるわけにも行きません。 毎回重い遮音扉と吸音扉を開閉してマイクロホンを移動させる手間を考えるとこの測定の大変さが理解頂けると思います。

一方、無響室の音場を予測する実用的な方法(室の大きさと吸音楔の複素音圧反射率を基に直接音と反射音を位相合成するもの) を考え出したのが今から15年前でした。この方法によれば、距離減衰の音圧の山谷が精度良く予測できるので、 更に細かい測定が要求される結果となりました。

このころから『何とかマイクロホンの移動を能率的に行なう方法はないものか?』と考えるようになりました。 丁度我々の協力会社の鉄工所の社長さん(割りとアイディアマンである)に相談したところ色々と良さそうな案が出たので、 その中の一案で早速製作に移って頂きました。

2ヵ月ほどして我社に届いたその移動装置は2トントラックで運ばれて来ました。 材質は、全てスチール(その多くはCチャンネルとフラットバー)で、長さ約2.5M、幅60cmの立派なものでした。 (゛むかで゛型マイクロホン移動装置と我々は呼ぶことにしました。)この゛むかで゛は大層重くて4人でやっと運べるような代物でした。

早速ある無響室の検収測定に持って行きましたが、 残念ながら測定室から無響室に入るところの角で振り回しが出来ずにとうとう゛むかで゛は活躍の場が与えられずに (自分自身の反射の影響も測定されることもなく)、我社の倉庫に以後眠り続る運命となってしまいました。 やはり可搬型の移動装置は、検討不足ということで今度は、完成した無響室に適当な所にワイヤーを張っておきそれに、 マイクロホンを抱かせたケーブルカーをぶら下げてそれを紐で引っ張るいわゆる人力トラバースなるものを造りました。 丁度その形が魚に似ていたので゛金魚゛というニックネームをもらい、皆から愛用されていました。

でも、人間が室の片隅に出来るだけ小さくなってトランシーバーからの指令に従い゛金魚゛の紐を順次引っ張っている様は、 なにか滑稽なかんじもします。この方法は、マイクロホンの揺れが納まりにくいのと移動距離の精度及び人間の反射さえ気にしなければ実に便利なものでした。

このころ無響室の一つのバリエーションとして床部分がコンクリートでできた半無響室およびそこでの測定も一般的になってきて、 われわれも床からの反射音を加味した半無響室の設計を手掛けるようになりました。 ここでは、ワイヤー式の゛金魚゛だけでなくカーテンレールをつなぎ合わせそれらを上から吊るしモーターで゛金魚゛ を引っ張ってその音圧変化の波形をレベルレコーダーに連続記録していく移動装置も出来上がりました。 特に直接音と床からの反射音が丁度逆位相となる点ではディップが激しく連続に移動させながら測定を行なうメリットは十分にありました。

2. 新しい測定の動きに対応して・・・

たしか、昭和60年前後であったと思いますが、機器の騒音発生パワーレベルを測定表示することが一般的になってきました。 無響室の中に設置された機器から発生する騒音がそれを取り囲む面を必ず通過することに着目して、 各面の音圧レベルを細かく測定し(音源の寸法や、発生する騒音の波長によって取り囲む面の設定方法は検討を要する) 音源の発生パワーレベルを算出するものです。

また、さらにディジタル信号処理技術の発達に伴い近接した2点の音圧から近似的に粒子速度を求める方法が開発され、 それに基ずく音響インテンシティー計測法が実験段階から現場レベルまで拡がってきたことにより無響室内だけでなく現場においても機器の発生パワーが測定可能となってきました。

我々は、工場の騒音対策設計の基礎データの現場での収集(主に各機器の発生パワーの測定)に始まり、 伝搬経路の測定や建築音響の立場から材料の透過音のパワーや、界壁の部位別の透過レベルなどの測定に活用してきました。

3. 多大なる労力と不可能ともいえる再現性

当然、これらの測定は、気の遠くなるような測定点数が必要とされるばかりでなく、 この種の測定につきもののアベレージング時間という厄介なものが、見え隠れしています。

更に音響インテンシティー測定においてX.Y.Z各軸のベクトルまで測定対象にすることになると3倍の時間は覚悟しておくことになります。

また測定の間、外乱ノイズの影響をうけたら(測定時には普通分からないことが多い。 なぜなら担当者が常に測定器のモニターを見ながらチェックできるのは30分が限度でしょうが、 実際の測定は数時間かかることが珍しくないから)貴重な時間の無駄使いになります。

数ある測定点の中から外乱ノイズの影響を受けていそうな点だけを抽出して、 データの取り直しを行なうにもその再現性(測定ポイントの位置、マイクロホンのちょっとした方向などに起因して) に納得の行かないことも多々出てくると思われます。

我々も最初は、根気良く全て人力でこれらの作業を重ねていましたが、無響室の測定を遥かに上回る労力の必要さに閉口してしまいました。 はっきり言ってこれを毎日やる自信は私達にはありません。

4. やはりマイクロホン移動ロボットが欲しい!

我々は、無響室のマイクロホン移動装置の時の試行錯誤からすでに一つの結論を持っていました。 それは『売っているものは、早速買って使った方がよいけども、もしも売っていなければ自分達で作るしかない!』。 我々は、可搬型の、音的に割りと反射の少ない、軽い、静かな、小型の、コンピュータで自動操作出来るマイクロホン移動ロボットが欲しい! いや欲しかったのです。

5. マイクロホン移動装置(ロボット)の開発

この開発を始めるにあたり、我々は過去の経験から相談する相手により必要以上頑丈な物が出来上がることを学習しましたので、 今度はプロの模型屋さんに相談することに決めていました。ただ単に模型屋さんといっても話に応じてもらえるか? その人の技量は?予算的なものは?・・・などなど様々な不安が駆け巡ります。いろいろなルートで捜してみましたがやはり見つかりません。 飛び込みで金属加工工場に入ってみても全く相手にしてもらえなかったり、機械設計屋さんに相談してみても゛この世にないものを作りたい、 しかもあまり予算をかけずに゛という虫の良い話にはなかなか乗ってきてくれません。『それは数がでるものですか?』の質問は必ずでてきますが。

そんなある日ひょんなことから、昔お世話になっていた人(精密金属加工のプロ)の消息を知り、 相談に乗ってもらうことが出来ました。その人は丁度体調を崩し入院の最中でしたが・・快く話を聴いてくれて、 とある金属加工工場の社長を紹介してくれました。

メカニカルな部分の開発はこの社長と設計部長があらゆる項目にわたりアイディアを出しあって(金額的には、かなりの不安がありましたが・・)十分に仕様、 設計、デザインなどを検討して進めることができました。残るは、コントローラの部分の扱いです。 将来的に全て我々でわかるようにしておきたかったので、最初から始めることにしました。8ビットのマイコンの開発環境を整え、 インターフェイスの模擬回路を作り、インターフェイスのドライバーを作り、 パルスモーターのドライバーをコントロールし(後々にはDCサーボモーター、も対応)、リミットスイッチの割り込みを受付可能とし、 数々の勉強の連続でしたが、例のとてつもないマイクロホン移動手間に比べれば比較的主体性を持って進められたと思えます。

6. 第一号機完成(MT-3000)

『やっと第一号機が完成するところです。』の電話で慌てて工場に行くと我社のカラーに塗装された移動装置がありました。 現場では、コントローラがまだ完成していなかったので仮設のパルス電源を用いて動作チェックに入りました。

X軸(左右)はすぐにOK! Y軸(前後)は動く方向により発生する音がかなり異なり少し焦りを感じます。 Z軸(上下)はバランスが悪かったのか下方向への一方通行の道路みたいで上方向には動作できず、基本的に再検討が必要でした。 とりあえず現場で応急処置を行ないあらかたの設計変更点の洗い出しを終え次回の再挑戦に期待をつなぎながら帰社の途についたのは明け方の4時をすぎていました。

その2ヵ月後、待望の一号機が出来上がりました。そのころには、 コンピュータとのインターフェイスやコントローラも一応は稼働可能な状態でしたので、自社で使用するにはこれで十分でした。

今までのように、フレームに糸を張りその糸の交点にいちいちマイクロホンをセットする手間から開放され、社内での多点測定時には必需品となりました。

7. ソフトウェアの開発

測定時にかなりの省力化をもたらしたMT-3000ですが、取り込んだ大量のデータの処理も大きな課題となってきます。 我々は、ケースバイケースでいろいろな多点測定を行ないますし、測定器も国産、輸入を問わずあらゆる測定器を使用します、 またデータ処理も考えられるほとんどの機能が要求されますのでこれらにの機能を効率的にパックしたソフトウェア《SRM》が2年の年月をかけ、 自社開発されました。

現在では、ソフトウェアのバージョンも Ver-4.12 になり更に機能アップを果しました。 初期のバージョンを御使用のユーザー様には、これを機会にバージョンアップを御検討下さい。

8. 社外からの要望

自社使用の為に開発し測定現場で稼働させていたMT-3000を見て同じような測定を頻繁に行なっている社外の技術屋さんが 『うちにも1台欲しい!』といってくれました。正直言ってうれしさの反面、 このままのMT-3000を他社のお客さんに渡すことの後ろめたさが同居し複雑な気持ちでした。 その当時のMT-3000は自社使用はともかく商品としてはまだまだと思っていましたから。

そこでMT-3000を製品化するために1号機の改良点を洗い出し早速商品として2号機以降に繁栄させ現在に至っています。

こうしてMT-3000が世の中に出て5年がたちましたが、いまだに2号機を始めとして健在で毎日のように愛用頂いているそうです。 また、MT-3000をみて『日本音響がここまでやれるのだったらこういうのもできないか?』とか数々のリクエストや引き合いもたくさん頂き、 なるべくその要望に応える為に多くのバリエーションが誕生しました。自分自身がサイズを変えられるMT-2000、 及び殆ど音のしないDCサーボモータ使用のMT-2000DC-II、マイクロホンローテータMR-1000、ターンテーブルTT-1000、ベクトル測定に便利なMTTG、 半球面を自由に動き回る円弧トラバースなどがあります。

これらの殆どは測定現場からの要望を我々の技術で実現し、製品化させたもので、詳しくは別資料などをご覧下さい。 (当社資料『マイクロホン移動装置と音響放射特性計測システム』)

9. 保守について

多くのユーザーにお使い頂いているMT-3000シリーズの主な保守部分はやはり消耗部が主になります。 やはり消耗部分は、機械物の宿命とでもいいましょうかタイミングベルト、金属チェーン、歯車などのテンション、締めつけかた、 オイルやそこに付着するほこりの程度によりその寿命に差がでてきます。当社では出張メンテナンスも行なっていますが、 その前にユーザー自身でメンテナンス概要書を参考にして、各部のチェックをして頂くことをお願いしています。

その他部品の点検箇所としては、モーターのドライバ部(電源パック)及びそのバランス調整、 コントローラの電源部があげられます。(当社に御連絡下さい。)

10. 今後の計画

以上MTシリーズの開発から現在までの経緯をかいつまんでレポートさせて頂きましたがこれを機会にユーザーの皆様からのMTにたいするご批判や、 改良アイディアなどをお寄せ頂き、ますますユーザーフレンドリーなMTシリーズに育てて行きたいと考えております。宜しくお願いいたします。