ソニーミュージック・スタジオについて

工事部 金沢 克行

1. はじめに

昨年の2001年4月に株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SMEと略称)の乃木坂スタジオがオープンしてからすでに1年が過ぎようとしています。 新設レコーディング・スタジオの規模では他に類を見ないビッグプロジェクトで・・・・我々はSME N-Projectと呼んでいました・・・・ あまりにも有名なこのスタジオの規模やデザイン、録音機器設備の豊富さや内容は様々な情報誌にも取上げられているので周知の処でしょう。 今回、私は音響内装工事の施工を担当したプロジェクトの一員として、建築途中の様子なども振り返り、 "音響建築を創る"側からこのスタジオの中身を紹介、報告させていただきます。

2. チーム編成

音響建築物の中身、その構造の音響的役割は遮音構造と吸音構造の二つに大別されます。 遮音構造は、外部からの交通騒音や内部の楽器生音・スピーカー音等による室間同士の音を遮る役割で、 コンクリート壁などの固定遮音層や防振ゴムを用いた浮構造の浮床・浮遮音層の壁・天井がその役割を担っています。 吸音構造は音を適度に吸音・反射・拡散させる事によって快適な室内音場とする為の役割で、音場設計とかサウンド・デザインと言っている部分です。
更には音響的な条件の他に、電気・空調・防災などの各種設備や映像関係の作業などが機材を含めて複雑に絡んでくるですが。・・・ 計画当初SMEチームはそれまで構想していたスタジオ創り、そのチーム編成の中でトータルな設計・施工=建築工事を1997年の設計コンペを通して株式会社 大林組の案を採用・決定しました。 また複数の海外録音スタジオを視察、モニター・スピーカーのチェックなども行い、LAの"BABYFACE PRIVATE STUDIO"やハワイの"TK DISC STUDIO"を手がけて著名な「studio bau:ton」社を選出、 Peter Grueneisen氏に音響設計を含むスタジオ・デザインを依頼しました。こうしたチーム編成の中、遮音設計の担当を(株)大林組の技術研究所が担う事になり、 我社・日本音響エンジニアリング株式会社(以下、NOEと略称)は経験と実績から、その遮音設計の補助と音響内装工事の施工班というポジションに抜擢されました。 また建築当初から仕上げ段階まで音響内装との絡みが多く、スタジオ工事で重要なポイントの一つにワイヤリング工事があり、今回「(株)スタジオイクイプメント」社が計画初期からこのチームに参加し、それを補いました。 こうしてSMEを元に編成されたこれらのメンバーにて N-Projectスタジオ検討委員会という形で、1999年春から定例的に打合せが始まりました。 今日に於ける世界的水準の録音設備「ステート・オブ・ザ・アート」を体現したスペース。 年月を経ても陳腐化しないデザイン、新しい録音フォーマットへの対応が可能で、アーチストの創造的な制作活動をサポート出来る場所。 ・・・そんな基本概念をbaseに。

Controlの断面スケッチ
図-1 Controlの断面スケッチ

3. 地下スタジオ・レイアウト

さて、ソニー・ミュージック・スタジオ内部のアウトラインを紹介しましょう。スタジオは地下1・2・3階に位置しており、概略ですが「図-2」で室数の多さ、 各スタジオ群の配置、全体の規模の大きさがお解り頂けると思います。その大まかな構成は地下3階に5つのレコーディング・スタジオ、 地下2階にマスタリング・スタジオとアーカイブ・スタジオが全部で12室、地下1階にはビデオ編集とDVDオーサリングを中心に7室となっています。
各階のスタジオ群は「サウンド・アレイ」と称する3フロア吹抜けでトップライトから自然光を採り入れ、地下3階には高低差を生かした光庭が有り、 何とはなしにゆとりと憩いを感じる「通路」を中心にレイアウトされています。

各階スタジオ群の配置図
図-2 各階スタジオ群の配置

4. レコーディング・スタジオ

まず地下3階ですが、各々のレコーディング・スタジオはサウンド・アレイとの間にアーチスト・ロビーを介して配置されていて且つ、 その脇には充分な打合せと休息の場となるアーチスト・ルームが備わっています。 Studio-1.2はその中間にマシンルームとEMT6台が入ったエコーマシン・ルームを挟んで対称で、且つ全く相似形に創られており、 それぞれ最大6mの天井高を持ちフルオケが入れるメイン空間と、どこでもスタインウェイの"D"フル・コンサート・ピアノが置ける大きさを持つ5つのブースがコントロール・ルームを中心にクラスター状に配置されています。
サウンド・アレイを隔てた向う側にはStudio-3.4.5があります。リミックス用途のこの3つのスタジオはマシンルームを共用していて、 同形状のコントロール・ルームに、ほぼ同じ広さで吹抜けの高い天井のブースを持っています。 但しStudio-5はマルチチャンネル時代を牽引する役割として、スチュワート社製音声透過型80インチ・スクリーンを持ち、 フロントとリア5台のスピ-カーが全てラージ・モニターで揃えられ、2本のサブウーファーを用いた、「5.1ch」仕様になっています。 「表-1」にレコーディング・スタジオ主要機材を紹介します。 共通のラージ・モニター・スピーカーは「TEC:ton Engineering」社の"TTH-1s"でソニー・ミュージック・スタジオ用に新規設計したものです。

SP
図-3 SP "TTH-1s"のスケッチ

表-1 レコーディング・スタジオ主要機材

Equipment Studio-1, 2 Studio-3 Studio-4 Studio-5
Console Neve 8872 Neve 8872 SSL 9072J Euphonix SYSTEM 5(Digital)
Monitoring Systems TEC:ton TTH-1s TEC:ton TTH-1s TEC:ton TTH-1s TEC:ton TTH-1s(5.1ch)
YAMAHA NS-10M YAMAHA NS-10M YAMAHA NS-10M YAMAHA NS-10M
TANNOY SGM-10 TANNOY SGM-10 TANNOY SGM-10 TANNOY SGM-10
Multi Track Recorder SONY PCM3348HR SONY PCM3348HR SONY PCM3348HR SONY PCM3348HR
STUDER A-827 STUDER A-827 STUDER A-827 STUDER A-827
Euphonix R-1
Master Recorder STUDER A-80-1/2 STUDER A-80-1/2 STUDER A-80-1/2 STUDER A-80-1/2
SONY PCM 7040 SONY PCM 7040 SONY PCM 7040 SONY PCM 7040

5. マスタリング・スタジオ他

地下2階のマスタリング・スタジオ群、地下1階のオーサリング・スタジオ群もレコーディング・スタジオと基本的に統一されたデザインで仕上っています。
全マスタリング・ルームには独立したマシンルームが有り、比較的大きな7室にはちょっとした書物が出来るカウンタートップを設えた前室「Sound Lock」が通路との音のセパレイションに役立っています。
地下1階オーサリング・ルームにも使用している標準仕様のモニター・スピーカーはやはりソニー・ミュージック用にカスタム・デザインされた「TEC:ton」社の"TTMF-2s"です。 「表-2」にマスタリング・スタジオ共通機材を紹介します。特筆すべきはまずMastering-2ですがこの部屋はちょっと特別扱いで、 マスタリング・エンジニアで著名な田中三一氏のルームです。信濃町に有ったそれをそっくり持って来たようなこの部屋は、 室内音響特性も室寸法もデザインや建築材料・素材に至るまで全てが同環境になるように設え、建築中は「田中ルーム」と呼称されました。 Mastering-3はマルチチャンネル・マスタリングが可能で、スピーカー"TTMF-2s"が5本とStudio-5でも使用しているTEC:tonのサブウーファーが1本設置されています。 Mastering-10~12はこの階のスタジオの中では比較的小ぶりな3室であるがアーカイビング・ルームとして、その作業室となっています。 ここから専任のスタッフがデータをデジタル化し、地下1階にある「Peta Site」(ペタサイト)という巨大データ・ストレージ・マシンに送り込み、 ブロードバンド時代の音楽配信システム・武器としての役割を果たすという事です。
そのほか2階レベルに、スタジオとは別棟、オフェイス棟とは渡り廊下で連絡し音環境を区画しているライブハウスやプレス発表の場にも使える"ライブ・テリア"という喫茶も併設している社員食堂が有ります。 ここは当然、音声中継車の対応やスタジオとのリンク回線も施してあり、天井も高く、なかなか居心地の良い、秀逸な空間です。

表-2 マスタリング・スタジオ共通機材

Equipment
Editing Systems Sonic Solutions System HD-1000
Monitoring Systems TEC:ton TTMF-2s
SME MONITOR CONTROLLER
SME D/A CONVERTER
Analog Recorder STUDER A-80, A-820
Digital Recorder SME DISC RECORDER
SONY PCM-1630, PCM-9000
Genex-8500 MO RECORDER

6. 音響計画(=遮音)

このスタジオで騒音源となるのは地下鉄千代田線と周囲幹線道路の交通騒音そして内部発生音です。 地下鉄は振動からの騒音を事前測定し、その対策としては防振ゴムによる浮構造を各スタジオに採用し結果、浮構造の部分では影響はありませんでした。 他の騒音は内部発生音であるドラムやエレキ・ベースギターによる生楽器演奏音が圧倒的に大きく、それがそのまま対策音源となります。
対策としてまず、各室の使用目的に適した"静けさ"を確保する必要があり、その為には上下左右の室間遮音量が充分に検討され、満足してなければなりません。 遮音検討時に"静けさ"の室内騒音の評価量として無意味騒音(=NC値・・・空調などの定常的な騒音)と有意味騒音(=M'値・・・音楽などの間欠的な発生音)とに分けて作業を進めました。 周波数によるがM'値はNC値より6dB程度厳しい条件設定となります。詳細な説明は省かせて頂きますが、 今回のソニーミュージック・スタジオにおける最も条件がきついエリアでは目標値がNC-15/M'-15になりました。 「図-4」では、このM'値を満足する為に発生音量(生楽器演奏音≒110dB/500Hz)から遮音検討すると、場所にもよりますがご覧の通り遮音壁間厚さで約1.5m以上、 仕上げでは壁総厚さが約2m近くにもなってしまうという一例を示します。 遮音層の素材としてはコンクリート・ブロックか最低でも石膏ボード21t×4層という最重装備で、 ちなみにこの場合の遮音量は(低い周波数が問題なのですが)約120dB/500Hz程度もあり、測定は不可でした。

遮音壁の一例
図-4 遮音壁の一例

7. サウンド・デザイン

設計者「studio bau:ton」社・Peter Grueneisen氏の「スタジオの響き」について根底にあるものは、デッド過ぎず・ライブ過ぎず、 しっかりした反射と吸音 = ニュートラルで自然な響き、という事でしょう。・・・それの具体的な表現方法が難しいのですが。
Peter 氏は吸音・反射・拡散といった手法に、国内の既存スタジオには見られない、オリジナルな手段を多用されているので、 ここでその代表的なもののいくつかを紹介しましょう。
まずはコントロール・ルームのモニター・スピーカーのマウント方法ですが、スピーカーの大音量に負けない堅固なエンクロージャーとして、 それは床部分から全てコンクリートの塊で出来ています。
その重量がすごい。床上のコンクリート・バッフル部分で約50トン、床版のコンクリートで約70トン、合計約120トン、 それにまだ遮音ボードや仕上げの重量などが加わり・・・「図-5」のスケッチでそれを想像してください。 それらの重量は全て浮構造として防振ゴムで受けています。Studio-1.2とStudio-3.4.5では窓の有無でバッフル形状が異なりますが、 両サイドと下部には各々アンプ収納と低音吸収のベーストラップ用凹み空間が有ります。その中にアンプ冷却用の開口やダクトなども計画的に設えてあります。

コンクリート・バッフル
図-5 コンクリート・バッフル

次にスタジオ壁面の要所要所に使用されているオリジナルの拡散材料を紹介しましょう。
「図-6」のスケッチで紹介するのが、Studio-1~5に積まれている拡散材料"ディフューザー・ブロック"です。その形状は音響的にもデザイン的にもユニークです。 また内部に吸音材を詰め、凹みに溜まる音をスリット状の溝で吸音する意図があるようです。

ディフューザー・ブロック
図-6 ディフューザー・ブロック

「図-7」のスケッチで紹介するのは、Studio-1~5のコントロール・ルーム後壁に、 縦に4台取付いている木製箱型600×1200×500~700dの"ディフューザーBOX"でモニター音を拡散する役割を果たしています。

60120ディフューザーBOX
図-7 60120ディフューザーBOX

コントロール・ルームでは「写真-1」を見て解るように、スタジオ~コントロール間の窓が高く、 バッフル面のラージ・モニター・スピーカーはやや高い位置にセットされています。 これはエンジニアやプロデューサーとアーチストとのアイ・コンタクトを最も優先させた結果のデザインだからです。
更に、「写真-1」を参照して頂いて、両サイドの窓上に板状100mm巾の拡散リブ材が(50mmの間隔で)固定されているのがお解りになるでしょうか? これがマスタリングやオーサリングでも統一したデザイン手法として共通して、数多く使用されている"DP-10"と称する天然ブナの集成拡散材です。
これまで紹介した各ディフューザーは「bau:ton」社のオリジナル商品で、その扱い方・手法がまるで海外のスタジオそのもののように空間を仕上げています。
また、スタジオで最も面積の多いクロスも「KNOLL」社という海外メーカーの素材で、 カラーコーディネイトと不燃の単体認定を取得するのに相当な時間と努力を掛けています。 クロス部分は吸音ですから中身はサウンド・トラップといった吸音材で満杯なのですが、クロスそのものはトラックレールに挟み込で固定されていて、メンテナンスがし易くなっています。
Peter 氏の手法は・・・スタジオの素材と色は自然をテーマに構成され、上質なデザイン空間を醸し出し、快適な録音環境を提供する・・・という事です。

コントロール
写真-1 コントロール

この報告は、「月刊JAS journal」2002年3月号に掲載された同名の報告に一部加筆したものです。