技術部 山下 晃一・小橋 修・奥田 庸雄・大橋 心耳

1. はじめに

成田空港周辺では、開港当初から、航空機の騒音監視はもとより、その飛行経路のバラつきが騒音分布に大きな影響を及ぼすことから、航空機の飛行コースを把握することに大きな関心が寄せられていました。 そこで私たちは、それらの要望に応えるべく、昭和62年度に自動測定で航空機の通過位置を常時測定する断面高度コース測定システムと、昭和63年度には有人測定ながら航空機の航跡座標を連続測定できる簡易経緯儀の2つのシステムを開発しました。 また、これらのシステムは、その後、成田空港周辺だけでなく国内の様々な空港周辺で活用されてきました。

成田市内4ヶ所に設置された断面高度コース測定局が平成12年度に更新されることとなり、私たちはこれを機に既存技術に大幅な改良を加え、断面高度コース測定システムと簡易経緯儀計測の長所を併せ持つ、つまり「連続した空間航跡の常時自動測定」が可能な航跡測定システムを開発しました。 この新しい航跡自動測定システムは、平成13年4月から運用を開始し、その後に行われた精度検証でも高い精度と補足率が実証されました。 また、高度コース局のデータを収集し処理する中央局システムも併せて構築し、そこでは航跡監視のための様々なデータ処理ソフトウェアが稼動しています。

ここでは、この新しい航跡自動測定システム開発に至る経緯とその概要をご紹介させていただきます。

2. 成田空港をとりまく状況と航跡測定のニーズ

2-1 成田空港の概要

成田空港(新東京国際空港)は昭和53年に開港した日本を代表する国際空港で、ほぼ南北に伸びる4,000m滑走路を持ち、1日当り最大370回もの離発着が行われています。 沖合展開が完了した羽田空港(東京国際空港)や、当初から海上空港として計画された関西国際空港とは異なり、成田空港は典型的な内陸空港であるために飛行経路直下やその近傍に多くの集落が散在しています。 そのため、騒音の影響を受ける住民の数も多く、航空機騒音は地元にとって大きな問題となってきました。

こうしたことから、周辺自治体等では騒音測定局(固定局)を設置して航空機騒音の常時監視や実態調査を行い騒音環境の把握を行ってきました。

成田空港の位置
図1 成田空港の位置

2-2 航跡測定の必要性

航空機、とりわけジェット機は、その機体の大きさ同様に大きな音響パワーを持っているので、その飛行経路により騒音の分布に大きな影響を与えます。 つまり、ジェット機が一定の範囲を越えて飛行すると、それだけ騒音被害を受ける範囲が広がるわけです。 また、航空機が定められたコースと異なる飛行を行った場合、騒音面だけでなく住民心理にも大きな影響をもたらします。 そのため、開港当初から、航空機がどこを飛んだかを把握することに大きな関心が寄せられ、千葉県や成田市などの自治体による航跡調査の試みがなされてきました。

また、成田空港では、最近、全国で唯一、航空管制のレーダー情報が提供されていますが、その検証のためにも、独自の航跡測定が求められました。

3. 航跡測定の変遷

3-1 航跡調査の試み

千葉県では、開港当初より航跡調査の必要性を痛感され、様々な試みがなされてきました。 そのひとつがカメラと大型分度器を用いる測定で、飛行コースの側方で見晴らしの良い場所に大型分度器を設置し、航空機の機体が測定点から見て真横になった時にカメラのシャッターを切り、同時に大型分度器で航空機の仰角を測定するものです。 後日、現像したフィルムから写された機影の長さを測り、航空機の全長と撮影に使ったカメラレンズの焦点距離との比率から航空機までの距離を求め、その距離と分度器で測った仰角から座標を計算するものです。

このほかに、飛行経路を挟んで向かい合う2地点に大型分度器を置き、航空機がちょうど間を通過した時の仰角を測り、 2地点間の距離とそれぞれで測定した仰角から三角測量の原理で水平距離と高度を計算する方法もとられていました。 それぞれ、身近な機器で簡単に測定できるという利点はありますが、測定誤差が大きく、 連続した航跡が得られないなどの問題から、新しい測定方法への期待が高まっていました。

そこで私たちは、自動測定に重きを置き、測定対象とする断面を通過する航空機の座標を常時測定することを狙った、 断面高度コース測定システムと、有人測定ながら20kmもの区間を飛行する航空機の立体的な航跡を連続して測定することが可能な簡易経緯儀を開発しました。

3-2 成田市に設置した断面高度コース局

自動測定により航空機の通過断面を常時監視する断面高度コース局は、2地点から仰角を測定する手法を応用したものです。 人が目で分度器を覗いて仰角を測る方法を、航空機騒音の到来入射角度を精度良く自動で測定する方法に置き換えたものです。

断面高度コース測定局配置図
図2 断面高度コース測定局配置図

断面高度コース測定局写真
断面高度コース測定局写真
図3 断面高度コース測定局写真

昭和62年に赤荻、野毛平工業団地、磯部及び長沼の4ヶ所に設置され、常時測定が開始しました。 各測定局では航空機騒音の到来方向ベクトルを測定し、成田市役所内に設置した中央局にリアルタイムでデータを送信し、そこで解析処理して断面座標を算出し、2つの断面を通過した航空機の座標を中央局のコンピュータ画面にリアルタイムで表示するとともに、座標データをハードディスクに記録しています。 こうして蓄積されたデータから、長い間、住民からの苦情が多かった、飛行コースより西側を飛行するという、いわゆる「西ズレ」も確認され、その後改善されたといった成果を生む基礎資料としても活用されてきました。

測定結果は市役所ロビーに情報公開装置を設置して一般にも公開され、市民が前日のデータや過去のデータをいつでも見ることができるようになっており、 平成9年に成田空港周辺地域共生財団航空機騒音調査研究所が設立され、データ処理がそちらに移管されてからは、市役所のロビーだけでなく、インターネットで広く一般にも公開されるようになりました。

リアルタイム断面座標表示画面
図4 リアルタイム断面座標表示画面

インターネット公開データ インターネット公開データ
インターネット公開データ インターネット公開データ
図5 インターネット公開データ

3-3 簡易経緯儀による測定

有人測定で、航空機の軌跡を連続かつ長時間把握する手法を確立するため、 大気観測などで広く使われている測量用のセオドライトにパルスエンコーダを組み込み、方位角・仰角をパソコンに自動で取り込むことのできる簡易経緯儀を開発しました。

簡易経緯儀写真
図6 簡易経緯儀写真

観測者が取り付けられた望遠鏡を覗いて航空機を追跡すると、時刻とともにエンコーダが読み取った望遠鏡の方位角と仰角がパソコンに取り込まれていきます。 この装置を複数地点に置いて航空機を追跡しデータを処理し、その航跡を求めるものです。 簡易経緯儀は0.1°の分解能でデータを取り込みますので、十分な視界が得られれば、20数kmにわたって数10mの誤差で航跡を測定することが可能となります。 また、夜間でも航空機の燈火を目標に追跡できます。

平成2年~5年の4年間に、この装置を使って、成田空港北側で延べ3,000機の航跡データを測定しました。 同時に航空機騒音周波数分析測定を行い、受音点から航空機までの距離(スラントディスタンス)と周波数分析データを照合し機種毎の音響パワーレベルを求め、航跡データと合わせてデータベースにまとめました。 こうして実測したデータから作成したデータベースはまさに実態を反映したものとなり、このデータを用いてシミュレーション計算を行って騒音コンターを作成したところ、実状に近い、実測値とほとんど差のない結果を得ることができました。

こうしたシミュレーション手法は、その後も広島空港、新千歳空港、伊丹空港そして羽田空港などでも採用され、 環境基準類型分けの基礎資料としても活用されてきました。

簡易経緯儀で測定した平面・断面航跡図の例(大阪国際空港)
図7 簡易経緯儀で測定した平面・断面航跡図の例(大阪国際空港)

簡易経緯儀による測定手法は、視界が良ければ20km以上の範囲にわたって高い精度で測定できますが、目視による測定であるため天候によって測定範囲が制限されたり、有人観測であるために長期間の調査は困難となります。 そのため、「簡易経緯儀で測れるような連続した航跡が、視界と関係なく自動で測定ができないか?」という要望・要請が発生し、これが新しい航跡測定システム開発のきっかけとなりました。

4. 新しい航跡測定システム

4-1 高度コース測定システムの開発

新高度コース測定システム開発の過程で、様々な方面から航跡測定に対する新たなご要望をいただき、先駆的な開発にきっかけを与えました。 そのひとつが、平成5年から7年の臨海副都心(台場地区)周辺で実施した、羽田空港離発着機の航跡自動調査で、航空機が衛星通信を妨げる可能性がないかどうかを確認するものでした。 また、平成7年及び8年度に新千歳空港周辺でも新たな自動測定装置を使っての短期調査も行われました。

こうした経験を積みながら、成田市で稼動している断面高度コース測定システムに改良を加えていきました。 測定性能を向上させるためには、航空機が発する騒音の到来方向ベクトルを、どれだけ長い間精度よく測定できるかということが、重要なテーマとなりました。

そのため、航空機の騒音を捉える複数のマイクロホンから成る音響ベクトルセンサにも工夫を加え、より高い場所に取付けながらも経時変化によるマイクロホン位置のズレを補正する機構や、反射の影響を受け難くする構造も考案しました。 また、飛行経路を挟むように配置するのではなく、航空機の騒音をできるだけ大きな音で長時間捉えることができるように飛行経路直下に配置し、デジタル処理アルゴリズムを工夫して分解能の向上や測定範囲の拡大を図りました。

さらに、航空機が発するトランスポンダ応答信号の電界強度を受信し、そのレベルの強弱から航空機の接近を検知識別する装置(航空機接近検知識別装置:RD90)や、航空機の接近に連動して稼動するコンピュータ制御の全天候型ビデオカメラ、 測定局間の正確な時刻同期を取るための電波時計など、さまざまなセンサーや装置を併用して性能や機能の向上を図りました。

新高度コース測定局写真
図8 新高度コース測定局写真

新高度コース測定局基本構成図
図9 新高度コース測定局基本構成図

4-2 成田市に設置した高度コース測定局

断面高度コース局については、設置から13年もの月日が経過し故障部品の修理や補充にも支障をきたすおそれが出てきたことから、 成田市では平成12年度に既存の断面高度コース局から新しい高度コース局に更新されることになりました。

そこで、空港北側を飛来する航空機をほぼ成田市上空全域に亘ってモニタするための配置を検討し、現滑走路の北側延長線に沿って、 新赤荻(A滑走路北端から約4km)、芦田(同、約6km)、新磯部(同、約8.5km)そして安西(同、約10.5km)の4地点と、西側に大きくズレて飛行する離着陸機の航跡も測定することを狙って、 長沼(磯部局の西側約1kmの地点)にも測定局を設置し、平成13年4月から測定を始めました。

新高度コース測定局配置図
図10 新高度コース測定局配置図

それぞれの測定局で捕捉したデータ(騒音到来ベクトル、航空機接近検知識別、気象など)は一時的にハードディスク保存された後、 ISDN一般公衆回線(INS64)を介して1時間毎に中央処理システムに転送されます。更新前のシステムでは専用回線を引いてリアルタイムでデータの送受信をしていましたが、 回線品質の向上(アナログからデジタルへ)やリアルタイムの必要性とコストパフォーマンスを検討した結果、INS64回線による随時オンラインを採用しました。 中央処理システムではこれら5局のデータを受信し、総合的な処理を行って航跡を求めています。

4-3 中央処理システム

高度コース測定局データの収集・処理・蓄積を行う中央処理システムは、成田空港周辺地域共生財団、航空機騒音調査研究所内に設置されています。 ここでは、各測定局のデータを受信・処理し、空間的な航跡を算出し蓄積しています。 さらに、航跡データをさまざまな形式で表示したり集計処理することのできるソフトウェアも備えています。

中央処理システムのハードウェアは、効率的で安定した処理が行えるように大容量データサーバと2台のワークステーション型コンピュータ (データ受信専用端末とデータ表示・集計用端末)で構成され、相互にネットワークで結ばれています。

また、データの収集から航跡の算出・表示に至る一連の作業は自動処理されています。 このほか、オペレータの判断を加えながら航跡データの2次処理を行う処理ソフトウェアなどもあります。

中央処理システム概念図
図11 中央処理システム概念図

中央処理システム航跡出力例
図12 中央処理システム航跡出力例

処理の概要は以下のとおりとなります。

  1. データ収集(自動処理:1時間毎)

    1時間毎に測定局のデータを自動収集します。測定局にはINS64回線を介して接続し、直前の1時間分のデータを回収します。

  2. 航跡計算(自動処理:1日毎)

    1機毎の飛行航跡を算出します。音響ベクトルデータから方位角と仰角を算出し、隣接した測定局のデータを照合し重複する時間帯のデータから三角測量方式で空間的な航跡を計算します。 また、航空機接近識別データに含まれる高度データや測定局毎の最接近時刻(真上通過時刻)などを校正データとして活用することで精度の向上を図っています。

  3. 運航実績処理(自動処理:1日毎)

    新東京国際空港公団から提供される1日毎の運航実績データをオンラインで収集し、1機毎の航跡データと時刻をキーとして照合しデータベースに登録しています。

  4. 日報出力処理(自動処理:1日毎)

    1日毎の航跡データから、航跡の平面と立面図、断面通過位置図、断面通過位置分布図などを作成し画面に表示します。 ここで出力される断面は最大20面まで任意に登録できるようになっていて、旧断面高度コース局が測定していた「赤荻-野毛平断面」と 「磯部-長沼断面」についても航跡から通過座標を計算していますので、過去十数年間に蓄積してきたデータとの比較も可能となっています。

    中央処理システム断面通過位置図
中央処理システム断面通過位置図
    図13 中央処理システム断面通過位置図

  5. 航跡の選択表示及び年報出力表示(手動処理:随時)

    データベースの強力な検索機能を活用して、日時、離着陸の別、機種、航空会社、飛行目的などの条件を指定しそれに合致した航跡データを抽出します。 そして航跡図(平面・立面図)、断面通過位置図、断面通過位置分布図を表示したり画像や指定条件を保存できます。

    さらに、画面に表示された航跡の指定した時刻の空間座標から、任意に指定した場所(座標)までの直線距離(スラントディスタンス)を計算し表示する機能を持ち、任意の騒音測定局(固定局)や苦情が寄せられた民家までの航跡からの距離を簡単に把握することができます。 また、秒単位で時刻指定した瞬時の航空機位置を表示することも可能です。 この機能により、騒音レベルとスラントディスタンスの関係がわかるので、航空機騒音の寄与を詳細に確認することも可能になりました。

4-4 航跡データの検証

測定システムが構築された後、航跡データの精度を検証するために、前述の簡易経緯儀を使って離陸65機、着陸65機の計130機の航跡を実測しました。 新高度コース測定システムの出力航跡と簡易経緯儀による実測航跡、座標や捕捉率について比較をしました。

航跡データ検証測定写真
図14 航跡データ検証測定写真

両方の測定で得た航跡座標を比較するために、航跡を重ねて比較表示したほか、滑走路北端から延長線上に4、6、8、10kmの4断面と、 赤荻-野毛平、磯部-長沼の合わせて6つの断面通過座標を求め、その差(平均値と標準偏差)を比べたところ、離陸機、着陸機とも概ね±50m以内の差であることが確認できました。 それ以前の断面高度コースシステムではその差が概ね100m程度でしたので、簡易経緯儀の実測結果を校正値とするならば、十分な精度が得られていると評価できます。

さらに座標比較と同様に6断面での捕捉率をそれぞれ求めたところ、10km断面での離陸機の捕捉率が若干低く96%となっているほかはいずれの断面や飛行形態でも98%以上の捕捉率が得られていました。 特に近距離便で機体の小さい離陸機は、10km断面付近では騒音の測定が困難なほど高い高度に達していたり、早めに旋回しその断面を通過しない場合もあって、 100%の捕捉率はまず期待できないことから、検証測定で得られた捕捉率は十分な性能を示していると言えます。

表-1 補足率比較表

A B 4km 6km 8km 10km
離陸 100% 98% 100% 98% 98% 96%
着陸 100% 100% 100% 100% 98% 100%
全体 100% 99% 100% 99% 98% 98%

航跡比較図  離陸機(左)及び着陸機(右) 航跡比較図  離陸機(左)及び着陸機(右)

図15 航跡比較図 離陸機(左)及び着陸機(右)

5. 今後の展望

こうした、音を用いて連続した航跡を測定するシステムは、成田空港周辺で始まったばかりとはいえ、検証実験等からもかなりの性能が得られることが確認でき、民間航空機を対象とする場合には、他の空港でも直ちに適用することが可能と考えています。 今後はさらに、戦闘機の編隊飛行やヘリコプタにも測定対象を広げ、自衛隊・米軍機等の航跡測定への対応を目指した開発も始めています。

また、軍用飛行場への対応だけに止まらず、より一層、精度の向上や捕捉範囲の拡大を図るため、機能・性能の向上を目指していきます。

なお、現場での開発や設置調整を経験しながら、音が多くの優れた情報を持っていること、また同時に、音だけの測定では限界もあること、の印象を持ちました。 そのため、音以外の媒介も組み合わせ補完し合うとさらに可能性が広がりそうだ、とも改めて感じました。

これまでも、我々は、航空機の騒音と同時に、航空機が発する電波を測定し、航空機の識別を行う方法などを提案し実用化してきました。 さらに、より多くの媒介及び情報を駆使し、これまで実現が困難とされてきた数多くの計測について実用化にチャレンジしていきたいと考えています。

おすすめの記事