技術部 関根 秀生
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2021年8月5日 追記
1. はじめに
私たちに寄せられる騒音問題の多くは、騒音発生源がはっきりしています。 たとえば、戸外では電車、自動車、工場の騒音など、建物内では隣室のピアノや話し声、上階の足音などです。
これらの音は、電車の時刻表で通過時刻を調べて待機したり、試験的に音を発生させることにより現状測定を行い、対策検討をはじめることができます。
ところが、中には「何の音だか分からないが気になってしょうがない」という相談が寄せられます。 その状況は、「夜中になるとうなり音が聞こえる」とか「あちこちからミシッ、バシッという音が聞こえる」など様々です。 えたいの知れない音というのは不気味なもので、レベルが小さくてもその音に敏感になり、近隣住人との関係に支障を生じたり、不眠など身体に変調をきたす場合もあります。
このように音源がはっきり特定できない音は、「異音」とか「怪音」などと呼ばれています。
学会では、「発生原因が解りにくい音」という定義で「不思議音」という名称を提唱しています。1)
ここでは、測定に携わる立場で、不思議音の概要と、効率よく測定するための手法について紹介します。
写真1 こんな場所で発生することも...
2. 不思議音の概要
不思議音と呼ばれている音の種類と推定される発生原因の例を表-1に示します。
表-1 不思議音の種類、推定される発生原因の例
発生源(場所) | 原因、音の状況など |
室内 | サッシ枠や外壁部材の熱膨張・熱収縮(バシッ、ミシッ、バンッ) |
近隣住戸(集合住宅) | 足音、扉の開閉(ドンドン、バタン) いびき、咳、話し声など エアコン室外機(ブーン) 冷蔵庫のコンプレッサ(ブーン) 掃除機(ゴーッ) ウォーターハンマー(カンッ、コン) 熱帯魚水槽のクーラー(ブーン) |
共用施設(集合住宅) | 変動設備の動作音(ウィーン) 雨水ピットの排水ポンプ動作音 屋上ルーバーの風きり音(ピュー) 雨水の水滴落下音(コン、ポツン) 立体駐車場稼動音(ウィーン、コン) |
外部 | 煙突や外部配管の風による笛なり(ヒョロロ) |
これらの音は、発生原因から
- 1) 自然現象により発生するもの
- 2) 人の生活音が原因のもの
- 3) 設備機器の動きに伴うもの
に大別でき、伝搬経路で分けると
- ア) 空気音により伝搬するもの
- イ) 振動が躯体を伝搬し部屋で再放射されるもの
の2つに分類できます。
この中で、設備機器などに伴う音が原因の場合、音の発生と設備の稼動状況を同時に確認することで比較的容易に探索できます。 ただし、この種の音は躯体伝搬を介して発生する場合が多く、思いもよらない場所の機器が原因であることがあります。
人の生活音が原因の場合、発生する時刻は様々ですが、水周りやトイレの使用に伴う音は起床や就寝の時間帯に集中したり、掃除、洗濯などは毎朝同じ頃定期的に発生するなど、生活習慣のパターンに沿っている場合もあります。 具体的な音源を確認するには、近隣の住民の方に協力してもらう必要がありますが、プライベートに立ち入ることになるため、協力が得られず原因特定が実現できないこともあります。
最も見つけにくいものは、自然現象によって発生する音です。対策する前に、発生源の位置とメカニズムを調査しなければなりません。 そのために発生の頻度や時間帯、発生するレベルなどの発生状況と共に、気温や風向風速、天候などの気象条件も併せて観測し、関連を調べる必要があります。
しかし、自然現象により引き起こされる音は発生が不定期なため、測定の多くは難航します。 また、発音状況が確認できても必ずしも発生源がわかるわけではありません。 発音のメカニズムにまで及ぶとさらに奥が深く、建設会社、設備会社、建材、機器メーカーを交えて試行錯誤を繰り返しているのが現状です。
3. 発生音の長時間収録と自動抽出
先にも述べた通り、不思議音の測定で厄介な点は、いつ発生するかわからないことです。 私たちが発生状況を測定するときには、対象室にマイクロホンを設置し、音が発生するまで収録し続けます。 収録時は、録音内容をずっと聴き続け、周囲の状況を記録し、音が発生すればその時刻や継続時間などを記録します。 頻度が低いものになると、一昼夜続けても発生しない場合があります。
その間、ひたすら録音状況を聴き、数時間おきに収録テープの交換を行う..。 これだけでも大変な作業で、観測担当者は休む暇もありません。 「もっと簡単に測定できないのか?」と相談を頂くのですが、長時間録音できて任意の場所をすぐ再生できる機器がなく困っていました。
やっと近年、コンピュータのサウンドカードの音質とハードディスクの容量が進歩し、これらを利用して長期間無人でデジタル録音することができる環境が整ってきました。 サウンドカードは、高性能なものを選べば現在の録音機と遜色ないレベルまで向上しています。 ハードディスクは100GB(ギガバイト)を超える機種も出回っています。
そこで、長時間収録するプログラムを作成し実際に収録を行いました。 このプログラムは、起動すると毎正時から収録を始め、WAVファイルとして保存していきます。 ファイルは1時間ごとに分けて日付と時間の名前をつけます。 最後の1分間はファイル作成のため欠測となってしまいますが、59分間の連続収録ファイルをディスク容量の許す限り作成することができます。 1つのファイルサイズは、44.1kHz、2チャンネルで約630MBです。 たとえば80GBのハードディスクを使用すると、約126時間、すなわち5日と少しの収録ができます。
写真2 コンピュータによるハードディスク収録の様子
次に収録された膨大なデジタルデータから対象となる音の発生を抽出する作業です。 今まで無人計測を行う場合には、録音と同時にレベルレコーダで騒音の変動を記録し、レベルレコーダの出力チャートから発音と思しき個所を1つずつ選び、テープを再生して確認していました。 再生テープの頭出し作業も途方に暮れるほど大変な作業です。 この作業を軽減するために、衝撃性の音に限定しての方法ですが、以下の手順で抽出を試みました。
1. レベルデータの作成
記録されたWAVファイルを用いて、レベルレコーダの出力チャートに相当するレベル変動のデータを作成しました。データ作成時の諸元は以下の通りです。
- 周波数特性 :A特性
- 動特性 :速い動特性F(FAST)
- データの間隔 :0.05秒(20データ/秒)
2. 衝撃音の抽出
1.で作成したレベルデータを用いて1ファイル(正時~59分)における騒音の中央値(LA50)を計算しました。 このレベルより一定レベル以上卓越し、継続時間が一定時間以内の発音個所をリストアップした後、各発音時刻から前後2秒程度について、元のWAVファイルから抽出して別ファイルを作成しました。
抽出条件は現場状況によって変わると考えられますが、今回の試みでは試行錯誤の結果、卓越レベルを5dB、継続時間を0.5秒とするのが最も適していると判断され、抽出を行いました。
3. 抽出音の確認と選択
2.で抽出したファイルを順に再生し、明らかに不思議音でないと判断されるもの(緊急車のサイレン、自動車クラクション・カラスの鳴き声など)を削除しました。 具体的には、独立したWAVファイルになっている個々の発音を順に再生して聴き、対象外のファイルをチェックしていきます。 この作業も一見大変ですが、テープを用いたときの頭出しの作業が省けるだけでも楽になったと思います。
この方法を用いて2部屋4日間で延べ約800個の発音を抽出し、頻度、レベル分布を得ることができました。 測定結果の例として、図-1のように発生頻度と温度・天候で対比してみると、晴天時の昼間1時ごろがもっとも頻繁であることが解りました。 これから、発音が日照と深く関わっていると推測できました。
また、発音ファイルをCDに焼き、お客様に実際に聴いて確認していただくこともできました。
図-1 気象条件と不思議音発生頻度の対応例
4. 発生方向の調査方法
発生源が室内にあると考えられる場合は、その位置を調べることで例えば壁・窓枠のどのあたりから発生する頻度が高いかを確認することができ、発生源の推定に有効な手がかりを得ることができます。
探索方法は、ホールなどの音場の空間情報を測定する近接4点法を応用したもので、不思議音に適用する考えは10年以上前に提唱されています。2)
図-2 近接4点法のマイクロホン位置概念図
原理は、室内に4本のマイクロホンを図-2のように配置して音を収録し、各マイクロホン間の位相差(音の到達する時間遅れによる波形のずれ)から、到来方向を分析するものです。 到来方向は、方位角と仰角として求め、原点から部屋の壁面に投影して発生位置を推定しました。
この方法を用いて窓枠の熱膨張に伴う衝撃性の音を探索した例を図-3に示します。 現場において試験音を用いて精度を確認したところ、概ね±3度程度であることを確認しました。 これは3m離れた投影面で分析結果方向を中心とした約30cmの円内に音源がある精度です。
図-3 発音方向の調査例(壁面の展開図)
ただし、この方法で注意する点は、振動伝搬により室内で放射される音の発生方向を探してはいけないということです。 概要でも述べましたが、振動の再放射の場合、室内においては振動の伝搬方向に関係なく音を放射しやすい面(たとえばGL壁や天井)が音の到来方向となってしまい、必ずしも聞こえてくる方向が音源の方向とは限らないからです。 たとえば階下の機械振動が天井から聞こえてくる場合もあります。
5. おわりに
不思議音問題はかなり以前からありましたが、体系立てて研究され始めたのは最近になってからです。 まだまだ不明な点がありますが、逆にこれから伸びる分野であるともいえます。
今回ご紹介した測定方法についても、相互に組み合わせることで音の発生方向を長時間にわたり収録し自動抽出するなど発展させて行く予定です。
私たちは、これからも測定の効率化と高精度化を進め、問題解決の一助となるよう努めていきたいと思っています。
【参考文献】
1) 安岡、不思議音WG委員(騒音制御工学会:不思議音WG):「不思議音 -発生原因が解りにくい音-」建築音響研究会資料AA2000-31
2) 新鍋: 夜な夜な出る無気味な音とその探索 音響技術No.85/Mar 1994
本業務は現在取り扱っておりません。
2021年8月5日 追記