工事部 岩渕 淳
1 はじめに
コンシピオ・スタジオが昨年(1993年)11月にオープンしました。
このスタジオは、コンセプトが高橋幸宏氏(OFFICEINTENZIO)、プランニングが田中信一氏(SUPERB)、デザインが山本耀司氏(Y'S)、マネジメントが高橋信之氏(SUPERMUZAK)といった、錚々たるメンバーが名をつらねておられます。
場所は、地下鉄有楽町線の月島駅より徒歩1分の旭倉庫の3階にあります。
なお、旭倉庫はRC4階建ての倉庫で、従来の倉庫業務を縮小し、フォトスタジオ、ブティック、アンティーク家具ショップ等の最新のファッション感覚あふれるテナントビルに衣替えようとするもので、コンシピオ・スタジオは、その中核をなすものです。
今回、当社はコンシピオ・スタジオの設計・施工をさせていただきましたので、その概要をご紹介させていただきます。
左から、田中信一氏、高橋幸宏氏、山本耀司氏、高橋信之氏
2 スタジオの概要
スタジオの構成と大きさは下記のとおりで、平面配置を図-1に示します。
スタジオ | 68.4m2 | CH=4.9m |
コントロールルーム | 63.3m2 | CH=4.9m |
ピアノブース | 12.6m2 | CH=4.2m |
ソロブースA | 9.0m2 | CH=4.2m |
ソロブースB | 8.2m2 | CH=2.8m |
サウンドロック | 5.3m2 | CH=3.7m |
マシンルーム | 12.4m2 | CH=3m |
なお、コントロールルームのモニタースピーカにはダイナオーディオM4M4、コンソールはオーバークオリティ-OQM8196(GMLMFA)、ピアノブースにはベーゼンドルファーがセットされています。
スタジオ内部の建築仕様は、下記のとおりです。
- 固定遮音層
鉄骨軸組、軽鉄下地、石膏ボード12mm2層 - 浮遮音層
鉄骨軸組、コンクリートブロックB種100mm,120mm
天井及び一部壁、軽鉄下地、石膏ボード12mm2層ロックウール充填 - 吸音層、仕上げ
天井 化粧サウンドトラップ(グラスウール 25mm、ガラスクロス)
壁吸音面 木下地の上クーストン(ヒル石加工品)
壁反射面 コンクリートブロックのまま。
図-1 スタジオの平面図
3 スタジオの設計
コンセプトがはっきりさせることは、何をするにしても重要なポイントになります。多くの人が携わるプロジェクトでは、意志の統一を図る上で、コンセプトを明確にすることが大切になります。また、意志の統一を図るのですから単純な方がいいでしょう。
このスタジオに関して提示されたデザインのキーワードは、次のとおりでした。
- ヘビーデューティー
- コンクリートむき出し
- 鉄部むきだし
- 鉄とコンクリート
- 無駄な装飾を排除
- 従来のスタジオデザインに捕らわれない
- メトロポリス(ロンドン)をもう少しラフに
- シャープで新しい感覚
- 機能美
- これは一体何だろうか?
- 陰影のある照明
- 高い天井
- ローコスト
これらを個々に見る限り単純で、特に難しい問題はないと思われました。一言でいえば、「ヘビーで機能的な低価格スタジオ」ということになります。ヘビーデューティーとは、重厚で、頑丈で機能的なものということでしょうか。要するに、車に例えれば、乗用車ではなくて戦車ということになりますか。戦車には、居住性は犠牲にしますが、戦闘を行う上で必要なもののみが装備され、機能が第一であり、その意味で、デザイン的にも優れたものとなり、機能美といえるものが感じられます。
コンシピオ・スタジオの設計において一番の難関は、コンセプトを真正面から捉えて実行しようとすると、うまくいけば「戦車」となりますが、上滑りすると「軽トラ」になってしまいかねないことです。いくら機能を優先させた、といっても軽トラではまず納得していただけないでしょう。
最初の打ち合わせ段階から「従来のスタジオデザインにとらわれたくない」との要望があり、クロスパネルの使用をせず、意匠的にはコンクリートブロックや鉄骨を剥きだしすることにより、ヘビーなイメージをつくることが決定していました。そのなかで、当然ながら音響的なクオリティーは維持する、ということが要求されたのでした。
スタジオは通常、外部音から分離するための遮音層、吸音と反射の分配により室内の音場を決定する吸音層の2つから構成されています。しかしながら、コンシピオスタジオには吸音層がありません。吸音層が無いことで、高さのある広い室内空間を確保することが可能となったのですが、吸音はスタジオの音場を決定する重要な部分ですから、無しというわけにはいきません。それを補うための吸音面は部分的に必要となります。
そのため、クロスパネルと同等の吸音の周波数特性を持った材料として、「クーストン」という、空気を通す石の加工品を一部使用するとともに、通常は吸音層のなかにあるサウンドトラップが巨大なオブジェとなって天井やコンクリートブロックの壁面に出現することになりました。
クーストンを使用するにあたっては、国内のスタジオでは初めてということもあって、果たしてカタログどおりの性能(フラットな吸音の周波数特性を持つ)が発揮されるのか、また外国製で代理店もないため直輸入になるなど、不安な点がいくつもありましたが、スタジオの完成後の室内の音場は実用上全く問題ないことから、まずは成功であるといえるでしょう。
4 音響性能
- 暗騒音
メインのスタジオ、及びブース4室(サウンドロック含む)では、空調稼動時においてすべて20dB(A)以下、NCー15以下となっており、静かな空間が得られています。
またコントロールルームにおいても、スタジオ周辺機器及び空調稼動時に28dB(A)となっており、モニターに支障のない静かな環境であるといえます。 - 遮音性能
コントロールルームとスタジオ間については、通常よりも遮音層が少なく、ガラス面も広く取っていますが、500Hzで70dBと従来のスタジオと同等以上の性能を有しています。
遮音扉は39~48dB(500Hz)の遮音量があり、目標とした35dB(500Hz)を上回っています。 - 残響時間
スタジオの残響時間は0.29秒(500Hz)で、比較的フラットな周波数特性となっています。
125Hzにおける値は若干長めになっていますが、サウンドトラップを調整することにより、聴感上でぎりぎりのライブ感を出すようにしています。 また、各ブースでの残響時間は0.12ー0.15秒(500Hz)となっています。
5 ロビーの設計
ロビーについては当社の施工ではないのですが、デザインキーワードとしてはスタジオと同様であるため、いろいろと趣向がこらされています。
まず天井、壁の仕上げですが、スタジオでは遮音のため不可能であった、躯体面剥きだしであり、天井高も躯体そのままの6.8mあります。
この広い空間の一角にバーカウンターや架設材を使用したステージが配置され、床面にはナスカ平原の地上絵が描かれているのです。また天井にはたくさんの天井扇が取りつけられ、照明の水銀灯も躯体に直に固定されています。
将来、このスペースにBスタジオが予定されていますが、この広い空間が無くなってしまうというのも少々もったいない気もします。(これだけのスペースがありながら、何も作らないというのも、よそのスタジオから見ればもったいない話ではありますが。)
6 おわりに
スタジオの設計の中で紹介できなかったのですが、施工上、難関だったのがスピーカとモニターテレビの背面固定です。これは「宙に浮いているような感じにしたい」との田中氏の要望によるものですが、固定用のブラケットの製作と取り付けに手間取ったものの、「宙に浮いているような感じ」は実現できたと思われ、私の最も気に入っている部分となりました。
これからも、今回の経験を生かし、従来のスタジオデザインにとらわれない、オリジナリティーあふれるスタジオづくりを目指していきと考えています。
ピアノブース