クレッセント スタジオ

工事部 山梨 忠志

1 スタジオ概要

クレッセントスタジオは、環状8号線より少し入った東京都世田谷区砧の静かな住宅街の一画にある会員制テニスクラブのクラブハウスの地下一階部分に作られています。テニスクラブと同じビルの中にありながらスタジオ専用のエントランスとエレベーターを持ち、完全に独立したスペースで、その地下一階部分322m2にコントロールルーム、マシンルーム、スタジオ(4つのブースが付随)、ロビー、オフィス、テープ倉庫がレイアウトされ、各スペースに余裕のあるスタジオとなっています。
コントロールルームのモニタースピーカには、ジェネレック1035A、コンソールは生音を録る為に一番クオリティが高いと言われているフォーカスライト72chを導入し、スタジオにはヴェーゼンドルファー・インペリアルのピアノを備え、かなり贅沢なスタジオ作りとなっています。

2 設計のポイント

コントロールルームは、大型コンソールの導入、打ち込み作業などを想定してリスニングポイントの左右の幅を6.5m、また覗窓から後壁までの奥行きを7.0mとし、比較的大きなルームサイズとしました。また、後方にアルコープを作り、作業の合間に食事や休憩のできる「くつろぎのスペース」も設けています。
モニタースピーカの間隔はエンクロージャ芯間で3.5mとし、スピーカ廻りの下地材には4寸角を用いてスピーカのパワーに負けない構造としています。
さらに、スピーカの音に悪影響を及ぼさない様に、バッフル面や覗窓面には大きな見切縁を使うことを避け、滑らかな仕上面になる様な納まりとしています。
また、コントロールルームに付随するマシーンルームに、発熱量の大きいMTRやラック関係を集め、機器による温度変化や騒音の低減をはかったことから、コントロールルームは従来より静かで空調環境も優れた部屋となっています。

メインスタジオは、アコースティックな音が録れるスタジオを作るということが前提であり、ストリングスの6・4・2・2編成と4リズムが充分に確保できる寸法として左右9.1m、奥行き6.5mの広さを求めました。
高さ方向は、躯体の構造上の制限や空調ルートなどの問題があるものの、奥行きのあるストリングスの響きと快適な居住空間を得るためにできるだけ天井高を大きくし、スタジオの容積を大きくすることに心掛けました。

各ブースに関しては、Dブースは主にボーカル録り、Aブースは主としてドラムを対象としており、Cブースは多目的なブースと考えて部屋を有効利用できる様に間仕切扉を設け2つのブースにセパレートできる多目的ブースと考えました。

Bブースはピアノブースとして固定し、ペーゼンドルファーが充分に納まる余裕のある大きさとしました。
なお、それぞれのブースに個性を持たせるために、天井の形状を各々変えて、フラットな天井部分が殆どない変化のある形状としています。特に、ピアノブースは天井が高い拡散形状とし、ピアノの豊かな音を引き出せるだけの空間を持たせています。また、各ブースとも個室になるため、空調は風量の制御による温度調整が可能なシステムとしました。

スタジオのレイアウト図

3 スタジオの音場について

メインスタジオは、最近のスタジオの傾向でもあるライブなスタジオにしたいというオーナーの希望と、設計上安全な音場空間を計画した場合デッド気味になりがちなことから、あえて内装に反射面を取り入れてライブな空間にしようと心掛けました。ライブなスタジオと言っても、単純に残響時間を長くするのではなく、音を拡散させて、ほど良い響きと余韻の中にあってサアーッと音が抜けていく「抜けの良い空間」を求めました。
基本的に、壁の反射面は石張り部分と「合板+ケイカル板仕上げ」の2種類の反射構造を主体とし、天井部分にも三角凸部を作り、一部に合板の反射面を作っています。
吸音と反射のレイアウトについては、床は全てムク材のフローリング仕上げ、壁は8割程度を反射面に、また天井は2割程度を反射面として残りをクロス仕上げの吸音面と考え、基本的に床と壁で拡散をはかり、立体的に天井面で音を抜くという音場空間作りをしました。
壁の反射面である「合板+ケイカル板」の裏側には、浮遮音壁のブロックとの間に不要な空気層ができない様にレンガを積み、固い反射面としています。また同じモードが生じない様に、レンガを積む高さを変えたり質量の違う3種のレンガを積んだり、さらに下地のピッチや材料を変えるなどの工夫を取り入れています。
石張り面に関しては、石の厚みを変えて積み上げ、背後の空気層によって軽い音にならない様モルタルを充填し、どっしりした重低音にも負けない重たく剛性の高い反射面を作っています。
メインスタジオの形状は、コントロールルームより見て手前側の約半分が3.3m、その奥半分が4.4mと可能な限り高い天井としたため、響きの感じがゾーンによって微妙に変化しており、マイクポジションの違いにより色々な音が録れるスタジオになっています。
これらのことから、音の奥行き感を出すためには、平面的な広さを求めるよりも、天井の高い容積の大きな音場空間が必要であると感じられました。
残響時間は、0.6~0.7秒/500Hzを目標としており、実際測定したところ0.63秒/500Hzでした。

4 床の施工について

浮床のアイソレーションは大きく分けて3つのゾーンに区切っています。コントロール部分、4つのブースを伴うスタジオ部分、そしてコントロールルームからスタジオへの動線上でのサウンドロック部分と3つに分け、防振ゴム(M)を使用した防振構造にコンクリート150mmを打ち込んだ浮床を施工しました。
スタジオ部分に関しては、浮床のコンクリート部分だけ、各ブースを独立させるために間仕切部分で振動の縁切りを行い、ブース間で振動による音の干渉が生じない様に配慮しています。メインフロアについても、広い床スペースが一枚のコンクリート板になって、低音域で特定周波数でのモードが立たない様に大・中・小のマス切りでコンクリート板を分割しています。
間仕切壁及び浮遮音壁は、遮音面と音場面の両方を考慮して、すべてコンクリートブロック(C種100mmもしくは120mm)を積み上げ、従来の板振動の生じやすい石膏ボードを用いた場合の様に、鼻づまりの音になる構造を避けています。また従来、この浮遮音壁を先に施工した浮床の上に載せていたことから、部屋の壁際をピットが走るコントロールルームでは浮床コンクリートが肌割れを起こし、壁側に荷重がかかりすぎて部屋中央部に持ち上がり現象が起きることがありました。そのため、今回は浮遮音壁を単独に防振ゴムで受けて自立させ、その後に浮床を施工する方法を採用しています。(詳細図参照)
この施工方法により、コントロールルームでの床の持ち上がり現象は全く見られず、良い仕上りの床とすることができました。

  • スタジオの内観写真
  • 断面図

5 最後に

このスタジオの内装仕上げの特徴は、スタジオやブースの壁に塗装仕上げを多く採用し、従来のスタジオの様に木の素材をあまり使っていない点が挙げられます。
そのかわりに、大理石(フィレット・ロッソ)の水磨き仕上げ(本磨きと比べてつや消し)を反射壁や巾木部分に用い壁の塗装と合わせてプレーンな感じの落ち着いた仕上げとしています。また、間接照明を多く取り入れることによって立体間のある空間を演出しています。
塗装は、ロビーの仕上げに各々に表現力を持った3種類の特殊塗装で仕上げています。天井はヘラ跡を作りワックスで仕上げたマーリット、壁は漆喰の素材をスタッコ風に塗り立体間のあるデザートと呼ばれるもの、カウンターの後ろの衝立壁にはクリスタルスタッコと呼ばれるブルーの中に金色が輝いているものと、それぞれ異なった表情をもつ3種類の塗装仕上げが、床の御影石(ヴェルディフォンテーン)のバーナー仕上げと相まってとても品格のある雰囲気となっています。
今回の経験を生かし、今後、私たちはスタジオをデザインしていく上でユーザーの求めているものを良く理解し、それに対応すべく多くを学ばなければいけないと思います。そして、音響上の基本的なディテールを守りながら、ひとつひとつのスタジオにオリジナリティを持たせる様な、特徴のあるスタジオ作りを心掛けて行きたいと思っています。