営業部 中野 徹

1. はじめに

10年程前に、アメリカのスタジオを見学した際、スタジオの設計者と話をすることができました。スタジオの話はさておき、その設計者の言葉にひっかかるものがありました。「日本人は、低い音に対して感覚が鈍い」といった内容だと記憶しています。私は、振動の方から音の分野に入ったため、低い音に対して多少自信があったので、はて、彼は何故この様なことを言われたのかと不思議に思いました。 その時、自分なりに何故だろうかと考えてみました。思い付いたままに述べてみますと、

A.身長の差かなあ~

弦でも棒でも、弾いた時に出る一番低い音は、その長さが長い程低くなります。アメリカ人の方が日本人よりも身長が高いため感性の共鳴 周波数が低いのかなあ~。
しかし、彼(設計者)は背が低いのになあ~。

B.自然環境の差かなあ~

日本は確かに狭い。「前は海、サア-ヨ-ウ-後ろは山よ-」ではないが、海があり、すぐ山であり、その中を川が流れる。 音は至る所にあり、自然環境を楽しむには最適であるが、音はすぐ何かにぶつかってしまい遠くまでは届かないし、また、届く必要もない。その場その場で音を楽しめる。
アメリカはどうだろうか?地平線が延々と続くだだっ広いところで、牧場を、農場を営んでいる。かつては、地平線遥か彼方からの地響で幌馬車隊の、バッファロ-の到来を、或いは、インディアンの襲撃を知ったであろう。
そうだ、彼等の遺伝子の中には、これらの情報が組み込まれているのだ。たしかに地響は低い音だ。低い音を体で感じ取っていたんだ。広いところで、とにかく遠くまで伝わる低い音には慣れていたんだ。日本は狭いため中高音の微妙な音の震え、囁き、重なりに強いんだ。しかし、「シャメ-ル」の如く、微妙な音の重なりをみごとに聞かせてくれたマントヴァ-ニ-の様な作曲家は日本人にいないなあ~。何故演歌なのかなあ。それとも西部劇の見すぎかなあ~。

C.住宅の差かなあ~

日本の住宅は木と土と紙で出来ている。たしかにアメリカも木造が多いが、何となく丸太を重ね合わせてガッチリ(雑に?)作られている様な気がするが。(又も、西部劇の見すぎか?日本の住宅の中では、確かに低い音は、バシッと返ってこないし、かえって、住宅が振るえ、音が濁ってしまい、いやらしい音になってしまう。住宅構造の差が、低い音に馴れの差を生じたのか?もっとも日本では、家の中で、音をドンドン、ブカブカ出来る程部屋は広くはないし、すぐ隣りから、上下から苦情がくるし、全くイヤニナッチャウナアー。

D.楽器の差かなあ~

確かに、日本古来の楽器で、低い音を出すものは少ない。せいぜい太鼓である。しかも、出番は少ない。考えてみると一番低い音の出る、腹にドンとくる大太鼓が主役だったのは、祭りの時だけの様な気がする。一方、アメリカでは、ドラムが、ベ-スが、キックが、低い音の出る楽器が主役となるものが多い。音楽で、主役となる楽器にこれ程の差があっては、当然、日本人は、「低い音に慣れていない=低い音に鈍い」と言われても仕方がないのかなあ~。
無響室

E.産業革命の遅れかなあ~

少し前を考えてみると、自然の音、生活環境の中では、ウルサ~イという程の騒音は、特に、低い音は無かった。無かった訳ではないが、少なかった。
現在の生活では、「うるさあ~い」と感じる方が多い。何故だろうか?
自然の音に少なければ、人工音である。人工音も音楽ではなく、機械から出る音である。そうだ、日本は機械化が遅れていた。騒音には慣れていなかったのだ。
今、うるさいと感じる低い音は何なんだろうか?
新幹線だ、高速道路だ、ジェット機だ、工場だ、隣りのク-ラ-の音だ、冷蔵庫の音だ、...数えきれない程出て来る。これらはすべて機械からでる音だ。日本人は機械音に慣れるのが遅れたんだ。
そのため、日本人は低い音に鈍感なのかなあ~。 などなど、と考えた記憶があります。
さて、ここまでスタジオの話しをするために、過去の記憶を呼び戻した訳ではありません。これから、無響室を計画されている方々に、低い音について少し理解をして頂きたかったからです。最近、低音とか、重低音とか、センセラサウンドとか言った、低い音(ゴォーとかヅッヅ-ンとかいった腹に響くような音)の用語がさかんに使われるようになってきました。これは、一重に、日本人の低い音に対する関心が深まったことを意味しないでしょうか?(そう言えば、若い人は背も高くなったし、住宅環境も良くなって音楽も自由に楽しめるようになったし....考えすぎか?)
今後、益々この傾向は続くでしょう。(専門用語を用いると、125Hzまでの低音が対象だったものが、63Hz又は31.5Hzの低音までが対象になだろうということです)
従って、これから無響室を計画される方は、是非、このことを念頭に置いて頂きたいのです。ただし、全てではありません。例えば、時計の音に携わっている方に、低い音云々は無意味です。機器の低騒音化に取り組む方、聴覚実験を行う方などです。計画を進める前にもう一度考えてみてください。
少しくどくなってきましたが、要は、低い音に慣れること、聴き分けること、これが重要なのです。
これから先、10年後、20年後に対応できる無響室を考えて頂きたいのです。
ただ、少し残念なのは、低い音用の無響室となれば、床・壁・天井に低い音を吸収する吸音材を多く使用しなければならず、高価なものになってしまうということです。低い音になればなる程、この吸音材の厚みが増しますし、部屋も大きく造る必要があるのです。
しかし、無響室を使う目的さえしっかりしておけば、それなりに設計出来るものなのです。 では、今回は、これから無響室を計画しようとしている方々を中心に、無響室の考え方、無響室の設計に必要なものはなにか、一緒に考えてみましょう。

無響室-2

2. 無響室とは

既に「無響室」という言葉を使いましたが、無響室とは一体何なんでしょう?話はまた、脇道にそれてしまいますが、「無響室には顔がある」と聞けば、皆さん何をいっているのかと不思議に思われるでしょう。
実は、私も、顔が見えるようになったのは最近です。当社の社長に、「お前も、顔が分かるようになったか」と言われた時、非常に嬉しかったものです。長年、無響室の設計に携わり、実際に施工された無響室を見、性能を検査してきた者から見ると、無響室は、それぞれ個性を持った顔のように見えてきます。威厳のある顔に穏やかな顔、冷たい顔に暖かい顔、気取った顔に素朴な顔、ニキビ顔にエクボのある顔、同じ目的で、同じ様に設計され、同じ様に施工されても、いろんな顔に見えてしまいます。同じ顔は、無いのです。何故でしょうか?
色のせいでしょうか?照明のせいでしょうか?床面のせいでしょうか?付帯設備のせいでしょうか?
それとも、設計者の考え方がそのまま、無響室に反映して、色々な顔の様に見えてしまうのでしょうか。
そうです。単純な様な無響室ですら、同じ物はないのです。又、単純なだけに設計者の意図するところが、そのまま現れてしまいます。単純ほど恐ろしいものはありません。怖いですねえ~恐ろしいですねえ~.無響室を設計しようとされる方、少しは、恐ろしくなりましたか。

--閑話休題--

では、話を最初に戻し、無響室とは一体何なんでしょう。
ところで、皆さん、無響室を見学されたことがあるでしょうか。見学された方なら、中に入ると耳がキ-ンとなるし、自分の声、隣りの人の声が普段と違って聞こえるし、周囲には異様な楔が付いているし、「変な部屋だなあ~」と感じられたことでしょう。
そうです。無響室は、奇妙な部屋なのです。
まず、長年、無響室に携わってきた当社の社員に、無響室とは何かを聞いてみました。曰く、

・静かな部屋で、吸音楔(楔の形状をした袋に吸音材-グラスウ-ル-を詰めた物)が付いている部屋でしょう。
・自由音場(直接音だけが聞え、周りからの反射音が聞こえないような空間-広い草原の100m上空で、気球にブラ下がっている状態を考えて頂ければ十分です)を得るために造られた部屋でしょう。
・JISやISOの規格に従って造られた部屋でしょう。

この様に多くの答えが返ってきます。
一方、実際に無響室を計画し、使っていらっしゃる方々に同じ質問を したらどうなるでしょう。(実は、恐ろしくて-バカにするなとドナ られそうで-質問することができないのですが)恐らく、先ほど以上 に色んな答えが返ってくるでしょう。

無響室-3

それは、無響室の使用目的が異なれば、定義の仕方も違うからです。では、この様に色んな答えの返ってくる無響室を、どう考えれば良いのでしょうか。
少し、難しくなりますが、無響室を定義づけたものがあります。先ほどの答に規格が出てきましたが、一つの考え方としてこの「規格」に従えば良いのです。
とりあえず、規格に従って無響室を定義づけてみましょう。

A. ISO(国際標準化機構)3745の規格に従って造られた部屋

この規格の内容は、非常に厳く、

(ア)室容積は、測定対象物の200倍以上であること。
(イ)吸音層は、測定周波数範囲内で、99%以上の吸音率を有すること。

としています。(詳しくは、ISO3745ANNEXGGUIDLINESFORTHEDESIGNOFTESTROOMS) 日本と外国の国状の差でしょうか?大きいことはいいことだ、で、大きくかつ高性能をもった部屋を無響室と定義づけています。

B. JIS(日本工業規格)z8732の規格に従って造られた部屋

この規格は、ISO規格を拡大解釈したとも言えるでしょう。つまり、上記(ア)、(イ)の項目が取り除かれ、ISOと同様試験室の性能測定(音圧レベルの距離減衰特性、いわゆる、逆自乗則測定)を行い、その性能(自由音場、または、半自由音場)を満足さえすれば、その試験室を無響室と呼びましょう、と定義しています。
以上、規格により、厳密に無響室を定義すれば、上記の内容になりますが、もう少し、簡単に定義するため、前記のISO、JISを更に拡大解釈して、次のように言えないでしょうか。

「無響室とは、ある限られた空間内に、音源・受音点間に自由音場を得ることを目的として造られた部屋」簡単すぎますか?

無響室の使用目的は色々ありますが、要は、測定対象物の音を正確に測定できれば良い訳で、目的さえ明確にしておけば、後は、使用勝手を十分に考慮した部屋を造れば良いのではないでしょうか?(ここらあたりに、無響室の顔がチラホラしませんか)ISOの定義の所で述べたように、大きいことは良いことだで、測定対象物に比べて十分な大きさの部屋であれば、容易に自由音場は得られるものなのです。
例えば、空調とか照明とかを無視すれば、数十mの大きな倉庫ですと、壁面に100mm程度の吸音材さえ貼れば、冷蔵庫の様な家庭製品から、自動車に至までの広い範囲の物が、測定可能対象物となります。(但し、最初に述べた低い音については、検討を要します)。
しかしながら、日本の様な地価の高い国では、大きさよりも吸音材に投資するほうが経済的とも言えるでしょう。(いかにも、日本人的発想ですねえ~。又、顔が、チラホラしますねえ~)ここらあたりが、設計のポイントとなりそうです。

3. 無響室の設計

さて、いよいよ本題に入りますが、少し前置きが長くなってしまいました。 しかし、これで、結構、無響室の本質に触れてきた積もりです。そうです。各自それなりに無響室を定義さえしてしまえば、無響室の設計も90%完了したものと思って下さって結構です。それでまずは、十分です。
あえて言えば、無響室を計画されている方々は、無響室を設計する必要はないのです。
無響室内の遮音をどうすれば良いか、歩行面をどう仕上げれば良いか、吸音構造をどうすれば良いか、その他云々。これらは、専門業者に任せれば良いのです。(例えば、弊社いや、是非、弊社へ....PRのしすぎですか?)
専門業者は、皆さんが計画された内容を絵(図面)に描きます。絵で説明しきない内容は、仕様書で補足します。皆さんは、それらをチェックすれば良いのです。自分の計画した無響室になっているかどうかを。
私ども専門業者は、たくさんの無響室を設計し、施工してきました。専門業者は、色んな経験をしています。それだけ、ああすれば良い、こうすれば良い、といったアドバイスは、十二分に行えます。しかし、本質的には無響室の設計は出来ないと思っています。(勿論、私どもが使用する為の無響室は設計していますし、現に、出来上がっています。ぜひ、見学においでください。)
無響室の設計は、無響室を計画されている方にしか出来ないのです。私どもは、単にお手伝いをさせていただくだけなのです。
ですから、無響室の細部の検討に時間を浪費しないで下さい。もっと、していただくことがあります。では、それは、何でしょう。これが、今回のテ-マなのです。皆さんは、私ども専門業者が図面を描くのに一番知りたいポイントを明確にしていただくことです。幾つかのポイントを明確にすることが無響室の設計なのです。
ごく簡単に、これらのポイントを考えてみましょう。

A. 無響室を造る目的を明確にして下さい。

一般的に無響室の利用目的には、

(ア)ラベリング用
(イ)研究用
(ウ)多目的用

の三つが考えられます。

(ア)ラベリング用

機械や装置等から発生する音の大きさや、特徴を公開する場合に使われる無響室を意味します。カタログ等に載せるデ-タや機械等に明示されている音の大きさを得るために使用する場合と考えてください。

とにかく、音の大きさ、特徴を明確にしなければならないのですから、無響室の設計にも何等かの基準が必要となってくるのです。そうです。前に述べましたISO、JIS規格です。となれば、無響室の設計は、これらの規格にしたがって行えば良いのです。

(イ)研究用

音のデ-タを公表しなくても良い場合、例えば、自社開発用として音のデ-タ得られれば良い場合などに使われる無響室を意味します。
この場合、無響室に何ら制限は無い訳ですから、自由に設計できます。例えば、機側1mで数点音のデ-タが得られれば良いと言うのであれば、それに見合った無響室が設計できるのです。その詳細は後日に譲るとして、ここでは、自由に、音場が設計できる、と解釈しておいてください。

(ウ)多目的用

一つの無響室を、聴感実験用、模型実験用、音のレベル測定用など、幾つかの目的で使用する場合を意味します。例えば、大学等の教育研究機関や各地の工業技術センターなどの無響室が、これに当たります。
この場合、最初から部屋の性能云々よりも、建屋の大きさで無響室の性能が制限されてしまう場合が多いことから、出来上がった無響室の性能を良く把握しておき、使用上の限界を知っておく必要があります。

以上三つの目的及び、その設計方針を考えて見ましたが、いずれの場合も目的に応じて設計しなければなりません。後で、ああしておけば良かった、こうしておけば良かった、では遅すぎるのです。無響室は、一旦出来上がってしまうと、性能が決まってしまうものだと考えておいてください。それだけに最初の目的が重要なのです。

B. どのくらいまで低い音を測定したいのかを明確にして下さい。

低い音を測定するには、広い面積と、厚い吸音層が必要となってきます。それだけ、費用がかかります。
しかし、その必要性は、最初に述べた通りです。私たちは、結論を出すことは出来ません。決めるのは、無響室を設計するあなたです。なお、特に低い音に重点をおくのは、費用に絡むからです。勿論、無響室でも高い音も測定します。現に、耳では聞こえない程高い音の測定を行っているところもあります。高い音も難しいものですが、まだまだこれからと言ったところでしょうか。

C. 部屋の性能より使い勝手を優先して下さい。

無響室の理想は、部屋の中に音を反射するものがないことです。ところが、実際には、音を吸収するのに一番良いと言われている吸音楔ですら、ある高い音を反射してしまいます。
しかも、無響室の中にはどうしても音を反射してしまうものを入れなければならないのです。
例えば、照明です。暗くては、何も出来ないではありませんか。歩行床です。物や、測定器をどうやって運びますか?まだあります。コンセントです。測定用のコネクタ-ボックスです。換気口が必要な場合もあります。又、補機が必要な場合もあるでしょう。まだまだありますが、最後は、扉です。扉がなくては、出入りが出来ないではありませんか。実に、この扉が厄介なしろものです。最も、設計者から見れば、何だ、と思われるでしょうが、製作者側は一番苦労するところです。(またまた、詳細は後日)
さて、部屋の性能より使い勝手優先と言ってしまいましたが、何も、性能はどうでも良いと言っている訳ではありません。何も反射する物がないという条件で、部屋は設計されなければなりません。
ただし、理想に近い状態の無響室が完成されたとしても、非常に使い難いものではどうでしょうか。毎日使うあなた、あるいは同僚部下の方々から「何で、こんなに不便な無響室を造ったんだ」との、不満の声が聞こえそうですねえ。
どうせ無響室の中には音を反射する物を取り付けなければならないのです。だったら、使いやすいように(例えば、扉の位置、開け勝手等)設計してみてはいかがでしょう。反射物には吸音処理をすることも可能です。かなりの効果が得られます。
またまた、くどいようですが、無響室は一度造られると、おいそれとは造り替えがきかないのです。先ず、使い勝手を十分に検討して設計してください。
お手伝いは、幾らでもさせていただきます。
以上三点、無響室の設計ポイントを簡単に述べてみましたが、いかがだったでしょう。簡単に無響室が設計できるような気になって頂けたでしょうか?
次回以降に出てくる、実施例や設計の詳細を参考にして、使いやすい無響室を設計してください。
どんな顔になるのでしょう。楽しみですねえ~。

4. おわりに

今回は、これから無響室を設計される方々を対象に、出来るだけ専門用語を避け、分かりやすく書いてみました。多少なりとも、参考になりましたでしょうか。
途中、「無響室とは」と大上段に構え、無響室の能書きを述べてしまいましたが、諸先生方からお叱りを受けそうです。
何はともあれ、無響室に興味のある方、無響室の必要性に迫られている方は。どうか遠慮なく、弊社にご相談下さい。きっとお役にたてます。
話が、くどくなったところは御容赦御願い致します。