キングレコード関口台スタジオ

キングレコード(株)ソフト技術部 千葉 精一

はしがき

この度、ご紹介させて頂く「キングレコード関口台スタジオ」は昨年7月末に完成、 今日まで順調に、しかも好評のうちに稼動し、約1年数ヶ月が経過いたしました。

振り返れば2年前の3月、この文京区関口大の地にスタジオを新設する話が盛り上がり、 日本音響エンジニアリング(株)の方々、鹿島建設(株)の方々と激論を交わしながらの完成までの1年数ヶ月は、 忙殺の日々でありましたが、今となっては楽しい思い出となっております。

ここに当スタジオが完成に至るまでの経緯や配慮したポイント、コンセプト、 独自のアイディアなどにつき紹介させて頂きます。

1. キングレコードのスタジオの歴史

我が社は昭和5年、講談社レコード部として産声を上げ、昭和11年に初代スタジオを音羽の杜に開設、 第二次世界大戦をはさみ28年間使用されました。

この初代スタジオは木造ではありましたが、当時としてはまだ珍しい冷房も完備した大変響きの良いスタジオで、 「憧れのハワイ航路」(岡春夫)、「お富みさん」(春日八郎)、「哀愁列車」(三橋美智也)、 「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよ)など数多くのヒット曲を生みました。

その後、昭和39年音羽通りに面した場所に本社ビルを建設、 この中に2代目のスタジオとして2つの録音スタジオと編集室、マスタリング室(当時はカッティング室)などを設備し、 平成8年7月までの32年間稼動してきました。

この2代目スタジオからは、「恋の季節」(ピンキーとキラーズ)、「青葉城恋唄」(さとう宗幸)などのヒット曲が生まれました。

このスタジオの特徴は1枚が約3トンのコンクリート製回転壁が12枚設備され、スタジオ内の残響時間を可変できる、 という代物で茂田社長も若かりし頃設計に携われたと伺っております。

3代目のスタジオになる「関口台スタジオ」は講談社の新社屋建設事業の一環として計画されたもので録音スタジオ、 CDプリマスタリング室、映像編集室、マルチメディア・スタジオなどを備えたスタジオ専用ビルとして建設されたものであります。

この内、映像編集室とマルチメディア・スタジオは手狭になったこともあり、 本来11月、江戸川橋の「音羽YFビル」内の新設スタジオ(内装工事:日本音響エンジニアリング(株))に移設しました。

2. 関口台スタジオの建設概要

  1. 工事概要

    • 建設場所:文京区関口2-4-16
    • 敷地面積:1,395m2
    • 建物面積:799m2
      鉄筋コンクリート打ち放し構造
    • 延べ床面積:2,176m2
      地下2階、地上2階の4層構造
  2. 建物の構造

    この建物は傾斜地に建設されたため地下2階が入路と車路になっています。(図-1参照)

    キングレコード関口台スタジオの構造
    図-1 キングレコード関口台スタジオの構造

    • 地下2階:正面玄関(エントランス)、受付、駐車場(駐車台数15台)、電気室、空調機械室2室、消化ポンプ室など
    • 地下1階:大型スタジオ、アーチスト・ロビー、CDプリマスタリング室4室、メインテナンス室、 レッスン室、テープ保管倉庫、EMT(残響付加装置)室など
    • 1階:中型スタジオ、映像編集室、マルチメディア室、オーディオ編集室2室、アーチスト・ロビー、屋外テラスなど
    • 2階:事務所、オーディオ編集室2室、アナログ・カッティング室、資材倉庫など
  3. 設計、建築、施工

    • 建設設計:KAJIMA DESIGN
    • 建築施工:鹿島東京支店
    • 音響設計、内装設計:日本音響エンジニアリング(株)、鹿島建設(株)
    • 内装施工:日本音響エンジニアリング(株)
    • 電気設備施工:東光電気工事(株)
    • 空調設備施工:東洋熱工(株)
    • 音声映像通線工事:(株)スタジオイクイプメント

3. スタジオ機能と概要

この建物はスタジオ専用の建物であることを考慮し、音響設計、内装設計、空調設計、 受電設計などに独自のアイディアを可能な限り取り入れることを試みました。

特にスタジオ・デザインは外人の著名デザイナーを起用する案もありましたが、工期の問題もあり、 日本音響エンジニアリング、鹿島建設、キングレコードの3社が有するノウハウと頭脳を結集して 『今までに無いスタジオを建てよう』を合い言葉に完成を目指しました。

1. 環境空間と住居空間

a. 新スタジオ周辺はいまだに武蔵野の面影を残す樹木に囲まれた緑豊かな環境にあり建物の周辺は可能な限り緑を配すように留意しました。
b. 「都心にあるリゾート・スタジオ」の雰囲気を持たせる為屋外テラスを設置しました。
c. モニター室は2つのスタジオ共60m2の広さを確保し、モニター・ルーム内でシンセサイザーのレコーディングが楽にでき、 且つ長時間作業しても疲れない空間にするよう留意しました。
d. 地下1階のアーチストロビーは自然光を取り入れた明るい空間とするため3フロアー吹き抜けのトップライトを設けました。
e. 1階のアーチストロビーは外光を十分取り入れるように広いガラス面の窓を採用しました。(写真-1)
f. 内装、照明は「明るいスタジオ」のイメージで設計し、蛍光灯は極力避け、暖色系のハロゲン灯を多用しました。

1階アーチストロビー
写真-1 1階アーチストロビー

2. 録音スタジオ

録音スタジオの規模とハコ数については討議に討議を重ね、その結果大型中型の2つのスタジオ構成としました。

2-1. スタジオ-1 (写真-2)

第1スタジオ
写真-2 第1スタジオ

スタジオ-1
図-2 スタジオ-1

a. 30人程度のレコーディング・オーケストラが同時録音できる規模で設計しました。
当社は演歌やアニメのBGMなど大編成の同時録音が多いため、この規模のスタジオは必要と判断されました。(図-2)
b. 天井高は遮音層までが10mと、国内の録音スタジオの中でもトップクラスのものであり「ヌケの良い」音場を目指しました。
c. 高さ可変型のアクリル(厚さ8ミリ)反響板を設け、残響キャラクターの調整を可能にしました。
特に弦楽器のでは後方の奏者の音を前方マイクに向けて反響させるため厚みのある音を収音できるという利点があり、 演奏者にも「楽器が良く聴き取れる」ことを考慮し設計しました。
d. 基本的にメインフロアーは残響を豊かに、ブースは残響を少な目に設定しました。(図-3-1、図-3-2)

残響時間測定結果 メインフロアー
図-3-1 残響時間測定結果 メインフロアー(スタジオ-1)

残響時間測定結果 ブース
図-3-2 残響時間測定結果 ブース(スタジオ-1)

e. 外光を取り入れるため高さ5.2mの南壁面にブラインド付き窓を設置しました。
f. 楽器のセパレーションを確保するためのブースは4室を設けていますが、このほかにモニター室背面にあるレッスン室、 及びスタジオへの入路部もブースとして使用できるようマイク入力端子、モニターテレビ(指揮者を見るためのもの)、 キュー回線なども設備し、トータルでは6室のブースが利用できるよう設計しました。
g. 電気楽器をスピーカで鳴らしたいミュージシャンのために各ブースには直径50mm程度の貫通孔を設け、 ここに電気楽器用ケーブルを通し、奏者はブースの外で演奏できるよう配慮しました。

2-2. スタジオ-2 (写真-3)

第2スタジオ
写真-3 第2スタジオ

スタジオ-2
図-4 スタジオ-2

a. 小編成のバンド、各種楽器やヴォーカルのオーバーダビングなどを目的とした中規模スタジオとして構成しました。(図-4)
b. モニター室は音質的に差異が生じないよう、面積や内装構造を可能な限りスタジオ-1に準じる設計としました。
c. メインスタジオ壁面の片側は化粧コンクリート・ブロック構造とし、 その反対壁面は桟木を用いた吸音クロス・パネルとし吸音に成り過ぎないような構造としました。
d. ピアノ用ブースは取り外し可能な衝立を用いたアルコーブ形式とし、広い面積が必要な際にも対応できる構造としました。
e. スタジオに近接した前室部に簡単なミーティング・スペースを設けました。
f. スタジオ-1と同様、電気楽器用に貫通孔を設けました。
g. スタジオ-1と-2は相互にモニターテレビで結ばれており両スタジオをドッキングしてひとつのスタジオとしての使用を可能としました。

2-3. 調整卓とモニタ・スピーカ

スタジオ-1(写真-4)には英国リソッド・ステート・ロジック社製の最新機SL-9000Jシリーズの72チャンネル入力仕様のものを、 スタジオ-2には同じく英国ニーヴ社のVRザ・レジェンドの72チャンネル入力仕様のものを導入しました。

第1スタジオ・モニター室
写真-4 第1スタジオ・モニター室

今回の導入に際してデジタル方式の調整卓も検討してみましたが、現時点ではフォーマットも流動的であり、 またレコーディング用としてはいくつかの問題点もあるためいずれのスタジオもアナログの調整卓を選択しました。

モニタ・スピーカについては前の音羽スタジオから使用して実績も、慣れもあるジェネレック社1035-A型をスタジオ-2にも設置し、 同型ニューモデルのB型をスタジオ-1に新規導入しました。

このモニタ・スピーカは専用アンプと一体で駆動するため最良の状態でスピーカを鳴らすよう設計されているのが特徴であり、 実績的にも数多くのスタジオで導入されているものであります。

今回、両スタジオの調整卓とモニタ・スピーカはともに240Vの専用電源にて駆動されており音質面でも従来の旧スタジオ時代との差異を実感として感じられ、 エンジニアはもとより、アーチストにも好評であります。

3. CDプリ・マスタリング室

3-1. 室数と面積

音楽用CDのプリ・マスタリング業務を行なう部屋で、4室を設備しました。

この内ミュージシャンやアーチスト数人の立ち会いの下でマスタリングが可能なスペースを確保した広めのマスタリング室(約33m2)が2室あり、 他の2室は社内ディレクターや関係者1~2名が立ち会えるスペース(約20m2)としました。

何れの部屋も機械騒音と発熱の影響を考慮し、8m2程度のマシン室を設置しました。(写真-5)

ソニック・ソリューションシステムを導入した第2CDマスタリング室
写真-5 ソニック・ソリューションシステムを導入した第2CDマスタリング室

3-2. 設備機器

4室の内2室はマッキントッシュ・コンピュータ・ベースで編集、プリマスタリングを行う方式のソニックソリューションシステムで構成され、 他の2室はソニー製の編集システム(SDE-3000)で構成されています。

アナログ・レベルでの音質加工用イコライザとして英国製アバロン社製のAD-2077型を2台とフォーカスライト社製Blue-315型を2台設備してあります。 これらは何れも0.5dBステップで周波数レベルが可変できるためシビアーな音質加工を要求されるプリ・マスタリング業務には適したものとして採用しています。

またデジタル・レベルの音質加工用DSPとして24ビットまで対応しているダニエル・ヴァイス社(スイス)製のものとソニー製のDSP-1000を設備しています。

4.オーディオ編集室

オーディオ用編集室として5室を設けていますが、この内1室にはアナログ・レコードのカッティングシステムを設置しました。 勿論従来から使用していた機械の移設でありますが、これを期にチューンアップを図り、 既にオーディオマニアの間で好評を得ている"スーパーアナログ・ディスク"の97年11月発売の新譜を製作いたしました。

また、最近のスタジオ録音は複雑な編集作業を伴うことが多く、 これらをスタジオで長時間作業してはコストアップにも繋がるためコンピュータベースのディジタル編集期として英国SADIE(サディー)社のDAWを導入、 スタジオ・エンジニア専用の編集室を設備しました。このシステムはスタジオでの録音機としての機能からCDプリ・マスタリングなど一連の作業処理が可能であり、 操作性にも優れていることからスタジオ・エンジニア各自がもっぱら活用しているDAWです。

4. 内装音響特性

1. NC値(暗騒音レベル)

完成後の実測は計画当初の設定値を大半の部屋で上回るものであり空調ダクトの設計や細部に渡る工事に苦労のあとが窺えます。
完成後のNC値は次の通りです。

  • スタジオ・フロアー:NC-15
  • モニター室:NC-15
  • CD編集室:NC-20~NC-25
  • 一般編集室:NC-20~NC-25

2. 遮音特性

完成後の実測(測定周波数:500Hz)は次の通りです。

  • スタジオ-1(メインスタジオフロアーとスタジオブース間):37~40dB
  • スタジオ-1(モニター室とメインスタジオフロアー間):86dB
  • 各CD編集室間:66~68dB

5. 受電設備と空調、照明、消火設備

1. AV系専用電源の設置

電源が音質や画質に与える影響を考慮し、次のAV系専用電源を用意しました。

  • 240V、120V系:容量75kVA
  • 200V、100V系:容量75kVA

この容量は十分に余裕を持ったものであり、音質的にも好結果をもたらしているものと考えております。

また、AV系のアースについては動力系アースやコンピュータ等とは別に専用アース(10オーム以下)を設けてあります。

2. 空調設備

大中2つのスタジオはモニター室とメイン・スタジオ(ブースを含む) で個々に温度コントロール及び湿度コントロールが可能な設備となっています。
湿度コントロール設備は電熱器を用いるためかなりの消費電力を用意する必要があり、300kVAの受電設備が設置されています。

各編集室、倉庫、事務所なども個々コントロール可能なセパレート型空調機を設置、 事務所で集中管理やスケジュール管理ができるシステムなども導入しました。

3. 照明設備

このスタジオビルは編集室を含め、 大半がハロゲン灯を使用しており蛍光灯を極力排除したため一般事務所ビルに比べ単位面積当たりとしては規模の大きい照明電源が必要となっています。 特にスタジオでは天井高もある為床面で明るい照度を得るためにかなりの数のハロゲン灯を設備する必要が生じました。

またスタジオでは調光ノイズが録音に影響を与える可能性を考慮し調光盤をスタジオから遠い位置に設置し遠隔操作により調光を行なうシステムとしてあります。 なお、調光回路の配線にはすべてシールドを施しました。

4. 消化設備

全館にスプリンクラーが設備されています。特に両スタジオと立ち会い用CD編集室2室は排煙設備を設け、 内装材料に可燃性の木材料やクロス生地を用いることが可能となったため内装デザインの面でグレードアップを図ることができました。

6. 日本音響エンジニアリング(株)と一緒に仕事をして・・

日本音響エンジニアリング(株)と私共のお付き合いは古く、約20年前の旧音羽スタジオのトラックダウン・ルームに始まり、 第1スタジオ・モニター室の改装、YKスタジオの新築、今回紹介の関口台スタジオ、そして映像編集とMA、 マルチメディアを中心に本年11月から本格化稼動を開始するキングレコード江戸川橋スタジオ(旧六興スタジオの改装)と、 数々のスタジオを手掛けていただきました。この間、営業窓口は川井部長がずっと担当されて参りましたが、 技術的にも知識が豊かな同氏のアイディアには感心するところが多々ありました、毎回費用のことでご無理をお願いし、 われわれの要望を可能な限り実現していただいたご苦労に感謝いたしております。

関口台スタジオ建設に当たっては工事工期が1年数ヶ月と短く、毎週1回開催される定例会議は熱気に満ちたものでありました。 夏の猛暑の中、額に汗をいっぱい浮かべて、地下鉄の江戸川橋駅から急な坂道を登って会議に臨む川井部長(かなりの汗かきと拝察)の姿、 こちらからの無理な注文に「はー?・・・」という独特の口調のスタイルはつい昨日のように思い出されます。

スタジオの音響反射板の形状や角度、各室のカラーコーディネート、各種建築材料の選択、ピットの位置や形状、照明器具、 各種コンセントの位置等々について、そして必ず付きまとうお金の問題・・・口角泡を飛ばす白熱した議論が繰り返されました。

現場の内装工事を受け持つ工事部の広瀬氏や柿沼氏は完成間近の2ヶ月近くは全く休み無く働いていただき、 広瀬氏は数キロ痩せたそうであります。工事後半は内装、電気、空調の職人さんが多い日には100人近く入り乱れて作業をしており、 そのコントロールだけでも苦労されている様子でした。工事の進行過程では我々の思い付きで急遽、仕様変更や設計変更になることもしばしばで、 そんな時でも広瀬氏は快く相談に乗っていただき、細い体にむち打って迅速に解決してくれました。

室内音響を担当された崎山氏はスピーカの高さ、角度に付き多くのアドバイスとアイデアを頂き、 第1スタジオ、第2スタジオとも当社のジェネレック・スピーカはベスト・コンディションで鳴っているとの評判であります。 当社のエンジニアが同型を設置している他社スタジオで仕事した感想でも「関口台スタジオのモニターが一番!」とのことであります。

今回の内装工事を端で見ていたある工事関係者は「さすが日本音響さん、 目に見えない部分も木材料にも良い材料を使っている、他社とはまるで違う」としきりに云っておりました。
完成してみて、日本音響エンジニアリング(株)と仕事させていただき本当に良かったと思っております。
「ああすれば良かった。こうすれば良かった。」と反省点も多々ありますが、致命的な部分は皆無であり、 細かい部分に付いては徐々に改善していきたいと思っています。
ご協力の程お願い申し上げます。

あとがき

「キングレコード関口台スタジオ」が完成して早くも1年数ヶ月が経ちましたが、アーチストをはじめ、 社の内外から「デザインが良い」「音が良い」「演奏し易い」等、好評を多々得ており、お蔭様で連日多忙なスタジオ・スケジュールで稼動しております。 これも偏に、日本音響エンジニアリング(株)の茂田社長をはじめとする皆様、 鹿島建設(株)の設計長・塚本さん、竜田さん、藤原さんをはじめとする皆様と、そして東洋熱工業(株)、東光電気工事(株)の皆様、 すべての努力とノウハウの結集の賜物であると考えております。

我々キングレコードのスタッフはこのスタジオで仕事をすることに誇りを持ち、 このスタジオからヒット曲を誕生させるべく頑張ることが建設に携われた方々への恩返しと考えております。
最後に、当スタジオの特徴の一つである音響反射板をはじめ音響設計のご指導を賜りました鹿島建設(株) 技術研究所の菅さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。