大成建設株式会社技術研究所 石崎 伸次・平松 友孝

1. はじめに

東京国際フォーラムは、丸の内の旧東京都庁舎跡地に建設された複合文化情報施設です。 首都東京の中心に位置し、しかも交通のアクセスが良いので、建物の立地条件は非常に恵まれているといえます。 しかしながら、ホールの音響という観点から見ると図-1に示すように敷地周囲の四方を地下鉄・JRが走っているので、非常に不利な条件にあるといえます。 また、鉄骨造の建物であるので、遮音や防振に対しても不利であります。

当工事では、地下鉄固体伝搬音の低減と、同時使用時に行けるホール間の遮音性能確保が音響上特に重要とされました。 ここでは、その対策として、ボックスインボックス構造、プレキャストコンクリート遮音壁、防振地下壁、ブロッキングマスなどの工法が採用されました。 本稿では、音響工事の中からボックスインボックス工事と遮音工事と取り上げ、それらの施工計画と現場における品質管理について報告します。

東京国際フォーラムの立地条件
図-1 東京国際フォーラムの立地条件

2. 建物の概要

東京国際フォーラムホール棟は、図-1に示すように、大小4つのホールを直列に並べた平面構成になっています。 ホールAは5000席の劇場形式のホールで、会議、集会、大規模な音楽イベントに利用されます。 ホールBは面積1500m2の平土間式のホールで会議、集会、レセプション、展示会に利用されます。 ホールCは1500席の劇場形式のホールで、会議、集会、クラシックコンサートに利用されます。 ホールDは面積400m2の平土間式のホールで、演劇、展示会、トークショーなどに利用されます。

3. 音響工事の品質管理

3.1 品質管理

建設業は、単品受注生産の産業です。建物の建設に際しては、品質、工程、コスト、安全の4点が管理上の重要項目とされます。 我々音響屋は、建物の音響性能の品質確保の役割を担っています。工事の品質管理業務では、要求品質を満足すべく、施工計画を立案し、 工事の日常管理を行います。この場合工事の川上からの品質管理が施工計画であり、川下からの品質管理が現場管理であります。 近年ではQC(Quality Control)の考えに基づき、元請けは緻密な施工計画を立てることにより、現場における工事管理を軽減しようと努めています。

3.2 音響工事の品質管理体制

音響工事に関しては、専門的ノウハウが必要とされます。そこで、当工事では工事担当者による品質管理に加えて、 元請け音響担当者と音響工事専門業者から構成される音響工事品質管理組織を設け、ホール音響性能の品質確保に努めました。

4. ボックスインボックス工事

4.1 ボックスインボックス工事とは

ボックスインボックス構造とは、ホール全体を二重構造とし、ホール内部に外部からの騒音・振動が伝わらないようにするものです。 この場合、ホール躯体で構成される1次遮音層をアウターボックス、防振ゴムで振動絶縁される2次遮音層をインナーボックスと呼びます。 床、壁、天井におけるインナーボックスの施工状況を、それぞれ写真-1~写真-3に示します。

インナー床の施工状況
写真-1 インナー床の施工状況

インナー壁の施工状況
写真-2 インナー壁の施工状況

インナー天井の施工状況
写真-3 インナー天井の施工状況

4.2 施工計画

(1)防振系の固有振動数

防振設計の実務では、ボックスインボックス構造を質点系モデルとして扱います。この場合、インナーボックスは質点に、 アウターボックスは基盤に、また、地下鉄固体伝搬音の低周波成分を充分に減衰させるため、防振系の固有振動数は10(Hz)以下に設定されました。

(2)支持方法

ボックスインボックス構造で所定の振動遮断効果を得るためには、防振ゴムは剛性の高い部材から支持する必要があります。 インナー壁の施工を例に取ると、ホール建築で施工実績が多いSRC造の場合、躯体の壁にアンカーを打ち、そこにブラケット(受け金物)と取り付けることが可能です。 しかしながら、S造の場合、プレキャストコンクリート壁はルーズに固定されるので、そこに支持させることはできません。 そのため、防振ゴムの支持部材は、写真-2に示すように、構造梁に限定されます。

(3)サウンドブリッジの防止

インナーボックスとアウターボックスの間に音響的なブリッジができると、防振効果が大きく低下します。 計画段階におけるサウンドブリッジの防止策として、本工事では施工図にサウンドブリッジ危険個所を表示しました。 施工図にはインナーとアウターの縁切り線(Expansion Joint)を明示し、危険個所にはB.B.(Bridge Breaker)と表示しました。

(4)管理書類

工事着手前には工事部位毎に以下の書類を提出し、設計管理事務所の承認を得たのち、施工を開始しました。

  1. 防振ゴム選定書
  2. 防振ゴム検査成績書
  3. 施工要領書

4.3 現場における施工管理

(1)サウンドブリッジの防止

表-1に示すチェック項目に関して現場管理を行いました。品質管理上のポイントは、 アウターボックスとインナーボックスをいかに振動絶縁するか、換言するとサウンドブリッジを以下に防止するかにありました。

管理項目 管理方法
防振ゴムの取付位置 正しい位置に取り付けられているか 目視(全数)
防振ゴムの種類 ゴムの種類は間違ってないか 目視(全数)
ボルト・ナット取付 確実に固定されているか 目視(全数)
EXP.J確認 確実に縁切されているか 目視(全数)
ボード取合シール シールの打ち忘れはないか 目視(全数)

表-1 現場管理のチェック項目

実際にインナーボックスの施工を始めると、計画時には想定していなかったアウター側の部材がインナー側まで越境していることがあります。 また、インナーとアウターのクリアランスが小さい部位ではプレキャストコンクリート壁取り付け用のファスナーや構造材の耐火皮膜がインナーボックスと接触することがあります。 現場では、そのような不具合個所をひとつひとつ手直ししながら施工を進めました。

(2)プロセス管理

防振工事の場合、不具合個所が皆無ということは有り得ず、手直し工事は発生するものだと考える方が良いようです。 当工事では品質管理を徹底するためには、施工の結果を管理するだけでは不十分であり、そのプロセスについても管理することが重要と考えました。 不具合個所にどう対処したかを明らかにするため、写真-4~写真-5に示すように、手直し工事の前後の状況を記録しました。

  • インナーボックス工事の是正状況 是正前(仮止め鉄筋の撤去忘れ)
  • インナーボックス工事の是正状況 是正後
  • 是正前(仮止め鉄筋の撤去忘れ)
  • 是正後
写真-4 インナーボックス工事の是正状況
  • 是正前(電気配管が間柱と接触)
  • 是正後
写真-5 インナーボックス工事の是正状況

(3)文書化

プロセス管理とともに品質管理上注力したのは、施工管理記録の文書化です。具体的には、専門工事業者自主検査、 元方受入検査、管理事務所立会検査などの検査報告書を文書化し、それを各ホールごとにファイル化しました。 ここでは、単に検査報告書をファイル化するだけでなく、月例の音響定例会議の席で施主、管理者にプロセス管理の内容を説明しました。 防振工事のように施工後隠蔽される部位の品質管理には、施工管理記録を文書化し、プロセス確認できる管理手法が有効でありました。

5. プレキャストコンクリート版を用いた遮音工事

5.1 鉄骨造遮音壁

(1)プレキャストコンクリート版

当建物は本格的なホール建築では施工例が少ない鉄骨造のホールです。鉄骨造のホール建築において高い遮音性能を確保するため、 ホール外周遮音壁、及びホール間遮音壁には写真-6に示すようにプレキャストコンクリート版(以降、PCa版と表記する)が使用されました。

プレキャストコンクリート遮音壁
写真-6 プレキャストコンクリート遮音壁

PCa遮音壁の仕様を表-2に示します。

部位厚さ(mm)比重標準サイズ(mm)
ホール間遮音壁 200 2.3 2250Wx5000H
ホール外周遮音壁 150 1.9 2250Wx5000H
表-2 PCa遮音壁の仕様

なお、PCa版の標準サイズは2250Wx5000Hであるので、ホール間PCa遮音壁の重量は一枚約5トンです。

(2)クリアランス

鉄骨造の遮音壁には、地震や風に対する建物構造体の挙動に追従する機能とともに、音響上は隙間を無くし音を遮断する機能が求められます。 換言すると、PCa遮音壁には構造上のクリアランスが必要とされますが、音響上のクリアランスは不可です。このように構造と音響では、相反する機能が求められます。

5.2 施工計画

(1)遮音区画

ホール間遮音PCa版は、ホール間に介在する避難階段の片側に配置されました。ホール外周遮音PCa版は、ホール客席・舞台の外周に配置されました。 遮音区画は閉じていて切れ目が無いことが重要です。劇場形式のホールのように形状が複雑な場合には、遮音区画を平面的に把握するだけでは不十分であり、 上下階の水平区画を含めて区画が空間的に成立しているかどうか検討しなければなりません。

(2)ジョイント部および隙間の遮音

遮音材としてのPCa版は隙間が多いことが欠点です。PCa版のジョイント部に20mm、PCa版-梁、PCa版-柱に50mmのクリアランスをもうけましたが、 それらの隙間には、層間変位を考慮した遮音おさまりが必要とされました。

本工事で採用したPCa版と柱・梁の遮音おさまり図を図-2に示します。隙間や遮音欠損部(例えば鉄骨梁のウェブ部)の遮音に関しては、 PCa版の面密度を確保することを原則としました。層間変位を考慮した遮音おさまりに関しては、隙間寸法が20mmに以下になるまで遮音塞ぎをした後、 その隙間に厚さ20mmのロックウールをはさみ、シールする方法で施工しました。

納まり部位(Aタイプ) 納まり部位(Bタイプ)
柱と遮音版との取合い-1(L≦50mm) 柱と遮音版との取合い-2(50<L≦200mm)
遮音欠損部および隙間の遮音 遮音欠損部および隙間の遮音
納まり部位(Cタイプ) 納まり部位(Dタイプ)
梁と遮音版との取合い-1(L≦50mm) 梁と遮音版との取合い-2(50<L≦200mm)
遮音欠損部および隙間の遮音 遮音欠損部および隙間の遮音
納まり部位(Eタイプ) 納まり部位(Fタイプ)
梁と遮音版との取合い-3 フランジ間遮音塞ぎ
遮音欠損部および隙間の遮音 遮音欠損部および隙間の遮音
図-2 遮音欠損部および隙間の遮音

(3)PCa版の代替遮音材

ホール外周遮音壁の場合、PCa版が梁に対して斜めに取付く個所や梁の真下に取付く個所などがあります。 これらの部位には梁を追加するなどの処理により、極力PCa化することにしました。それでもPCa版の施工が不可能な部位については、代替遮音材の検討が必要となりました。

PCa版の代替遮音材の選定に際しては、原設計であるPCa版と同程度の遮音性能を有する材料であることが最優先されました。 その結果、PCa版と同程度の面密度を持つ単材という条件を満足する材料として、セメント系湿式耐火間切壁、いわゆるショットクリートが採用されました。 これは、立体状溶接金網にプレミックスモルタルを吹き付けたものです。

5.3 現場における品質管理

遮音の品質管理に関しては、決まった手法が確立されていません。遮音欠損の事例を見ると、壁仕様そのものに起因する不具合よりも、 取合い部や隙間の遮音処理に起因する不具合の方が多いようです。当工事では、 遮音の品質管理上ジョイント部および隙間が重要であると考え、以下に述べるプロセス管理を行いました。

A. プロセス管理シートへの記録

専門工事業者は検査対象部位が図-2に示したおさまり図どおりに施工されているか、チェックし、 合格のときはその範囲をチェック用平面図に表示します。不合格あるいは未施工のときは、その部位を平面図にプロットし、 プロセス管理シートにて是正されるまでフォローしました。なお、遮音おさまりが標準仕様と異なる場合は、そのおさまりを手書きして明記しました。

B. プロセス管理報告書の提出

各階の施工が終了した段階で専門工事業者はプロセス管理報告書を提出しました。

C. 設計管理事務所による立会検査

内装材により遮音壁が隠蔽される前に設計管理事務所の検査を受けました。

5.4 設備貫通部の遮音処理

設備工事の貫通部処理は、建築工事の遮音塞ぎと同様に、遮音性能に大きく係わります。設備工事の乗り込みは、 建築工事の後になるので、設備工事の遮音塞ぎが建築工事の工程に対して遅れることがあります。当工事では、 内装材により遮音壁が隠蔽される前に設計管理事務所・設備工事担当者と合同の音響パトロールを実施し、建築と設備全体の遮音塞ぎの状況を検査しました。

6. 音響性能測定

2次遮音層施工後には、設計事務所の音響コンサルタントであるヤマハ(株)音響研究所により、各ホールの地下鉄固体伝搬音測定、 ならびにホール間遮音性能測定が行われました。その結果、地下鉄走行時の室内騒音は、ホールAとホールCがNC-20以下、 ホールBとホールDがNC-15以下であることが分かりました。また、ホール間遮音性能については、各ホール間でD-85前後の遮音性能を有することが分かりました。 以上の測定結果から、当ホールは地下鉄固体伝搬音と遮音性能に関して、設計目標値を満足していることが分かりました。

7. むすび

最後に、音響工事の品質管理上の問題点と今度の在り方について若干補足します。

(1)川上管理と川下管理

音響工事の場合、施工計画を綿密に立てても、図面に表現されていない部分で不具合が生じます。 また、音響工事はその特殊性ゆえ、専属の職人が確保できず、同じような不具合がいつまで足っても発生します。 その意味で音響工事の品質管理は川上管理に馴染みにくく、川下の現場管理に依存する部分が大きいといえます。

(2)設備工事業者の音響工事品質管理

公共工事のように設備工事が別途発注になる場合音響工事の品質管理に対して、建築工事設備工事が共通の認識をもつことが重要です。

(3)これからの品質管理について

今後はISO9000シリーズの品質システムが適用される工事が増加すると考えられます。 従来のように結果が良ければ良しとする品質管理のやり方では通用しなくなります。結果を管理するのではなく、プロセスを管理し、 それを記録として残すことが求められます。その意味で、東京国際フォーラムホール棟の品質管理手法が、今後の音響工事の参考になれば幸いです。