営業部 矢野 辰己・高田 雅保

1 はじめに

これまでの技術ニュースで、無響室についていろいろな方面から述べさせていただきました。無響室は近似的に反射の無い空間であることは、名前からもわかっていただけると思います。この無響室とは反対に反射のある空間として残響室があります。また、響きがあるということで有響室とも言います。残響室の詳細については別の機会に譲ることとし、ここでは小型残響室と小型無響室をペアで使うことによって、いろいろな測定が出来ることをご紹介します。

2 遮音性能と吸音性能

材料の音響性能を表す値として、代表的なものに音響透過損失・残響室法吸音率があります。この意味を簡単に説明します。

【音響透過損失 音をさえぎる能力(遮音性能)】

たとえば、あなたがマンションに住んでいるとします。あなたのテレビの音が隣でどの程度聞こえているかを知りたいとき、何が分かればいいでしょうか。「テレビ音の大きさ」と「壁の音をさえぎる能力」が分かれば、聞こえる量はその差として表すことが出来ます。このように、壁の音響性能(音をさえぎる能力)が分かると隣でのテレビの音の大きさを予測することが出来ます。この遮音性能を残響室で測定したものが音響透過損失です。

【残響室法吸音率 音を吸う能力(吸音性能)】

音がある材料に当たるとします。このとき一部の音は反射し、残りの音は吸音されます。この吸音する能力を残響室で測定したものが残響室法吸音率です。どんな材料も吸音する能力を持っています。たとえば、コンクリートの吸音率は2~3%です。コンクリートに当たる音を100とするとき、2~3の音が吸音され、97~98の音が反射されることになります。コンクリートでもほんの少しですが吸音するのです。
これらの値はJIS(日本工業規格)により測定方法が決まってます。

JIS-A-1416「実験室における音響透過損失測定方法」
JIS-A-1409「残響室法吸音率の測定方法」
これらの測定方法の概要について少しばかりお話しします。

【音響透過損失測定方法】

音源用残響室と受音用残響室間に試料を設置します。
音源用残響室において駆動用スピーカで音を発生させて、音源側残響室と受音側残響室で音を測定します。この差から音響透過損失を計算します。
測定系統図を図-1に示します。

音響透過損失測定系統図
図-1 音響透過損失測定系統図

【残響室法吸音率測定方法】

残響室内に試料を設置した場合と空室(試料が無い)の場合のある値の差から計算します。ある値とは残響時間です。この残響時間とは響きが多いか少ないかを表す量です。
測定系統図を図-2に示します。

残響室法吸音率測定系統図
図-2 残響室法吸音率測定系統図

なお、この規格で定められている残響室の大きさは、音響透過損失の場合は100m3以上、残響室法吸音率の場合は150m3以上とされています。

3 残響室って何?

残響室という言葉がたびたび出てきました。残響室は反射のある空間と前にお話ししましたが、これではあまりにも抽象的な表現です。
残響室の設計指針がISO(国際規格)に示されており、要約すると以下のようになります。

a) 適切な容積をもっている。
(後で述べる音の高さと関係します。)

b) 適切な室形状をもっている。あるいは拡散装置を合わせもっていること。
(適切な室形状とは、どこでも音が同じになるように不整形すなわち、平行面が無いように作られることが多いです。)

c) 対象周波数域で適度に吸音が小さいこと。
(反射面とすることと同じです。)

d) 十分に暗騒音が低いこと。

これらのことを満足させて普通の残響室を作るのにコンクリートがよく使われます。でも、後述する小型残響室の場合はコンクリートだけではなく、その他の材料も考える必要があります。

マイクロホンローテータが設置された残響室の写真
マイクロホンローテータが設置された残響室

4 なぜ小型なのでしょうか?

これらの測定方法及び値は、一般に建築材料などを念頭において考えられたものです。また、測定する材料の面積は10m2程度必要です。この面積は一般住戸の隣との壁の大きさがほぼこれに相当することから決まったようです。しかし、材料は建築材料ばかりではありません。たとえば、自動車部材・OA用品など比較的小寸法の材料の音響性能を、上記の規格にしたがって測定する場合、試料面積が10m2程度必要となり、実物に即さないものや製造不可能な材料があり、実用的とは言えない面があります。
そこで、小さな材料で測定できないか、また、材料面積が小さければ、残響室を小さくすることが可能となるのではと考えたわけです。そして、小さな残響室であれば、比較的簡単に設置できる利点があります。
ここで登場するのが小型残響室-小型無響室です。

5 残響室の容積と音の高さの関係

少し寄り道をします。急がば回れです。ここでは残響室の大きさと音の高さの関係を簡単に説明します。
JISにより必要とされる残響室の容積が100m3程度以上になっていることは、前にお話しした通りです。なぜ、このような容積が必要なのでしょうか。低い周波数だと後で述べるように波長が長いので、その波長に対応できるようにするためには大きな寸法すなわち、大きな容積が必要となってくるのです。たとえば、125Hzの周波数に対応した残響室は100m3程度以上ないと測定は出来ないわけです。ここで用語の説明をします。

周波数 音の高さ低さのこと。成人は20Hz~20,000Hzの範囲の音を聞くことが出来るといわれています。
音速 音の速さのこと。空気中では音は1秒間に約340m進みます。
波長 波長=音速÷周波数

125Hzの波長は340÷125=2.7mとなり、人間の身長よりも長いのです。したがって残響室の大きさはこの寸法より大きくなければならないことは直感的に分かっていただけますでしょうか。

6 小型残響室の特徴

上記のとおりであれば、小型残響室では低い周波数から測定出来ないことになります。小型でも低い周波数から測定可能にならないでしょうか?大は小を兼ねると言いますが、小が大を兼ねることができるでしょうか?
実はなんとかなるのです。参考文献1)、2)をご覧下さい。
この方法は、複数の音源で音を出し、特殊吸音体(低音用)を用いるもので、限界はあるものの、低い周波数から測定出来るようになります。
つまり、複数の音源より音を出すと音源が1個の場合に比べて残響室内の音のバラツキが小さくなります。また、低音用特殊吸音体を用いることにより、低い音をダンピングしてさらに音のバラツキを小さくさせることで、小型残響室の性能を向上させることが出来ます。

マイクロホン移動装置が設置された無響室の写真
マイクロホン移動装置が設置された無響室

7 残響室-無響室法

ちょっと待って下さい。遮音性能を評価する場合、残響室-残響室間に試料を設置して測定することは前にお話ししました。複数個の駆動用スピーカを設置した小型残響室すなわち音源側は、残響室の性能を向上させることができますが、受音側はこのスピーカが無いわけですから残念ながら性能を向上させることが出来ません。
特殊吸音体だけでは少ししか性能は向上しないのです。
また、壁にぶつかってしまいました。なんとかしなければなりません。この遮音性能を測定するとき、残響室-残響室法と呼ばれる方法以外に何かないものでしょうか?
ありました!一言でいうと、残響室-無響室法と呼ばれる方法です。簡単に説明します。音源用残響室を用いるのは残-残法と同じです。もちろんこの小型残響室は
性能を向上させています。違うのは受音室が残響室ではなくて無響室となっている点です。さらに、受音側で測定するのは特殊な音(インテンシティレベル)です。これらを用いることにより、遮音性能を残-残法と同様に評価することが出来ます。3)
遮音性能についてばかりお話ししてきましたが、吸音性能についても、性能を向上させた小型残響室がひとつあれば測定出来るのです。
これまでお話ししたように、性能を向上させた小型残響室と小型無響室を用いることによって、小さな材料の
遮音性能(音響透過損失)と吸音性能(残響室法吸音率)が比較的低い周波数から測定できるようになるわけです。
次にその実際例をいくつか紹介します。

図-3音響材料評価システム
図-3 音響材料評価システム

図-4音響透過損失測定結果(鉄板)
図-4 音響透過損失測定結果(鉄板)

8 実際例

(1) 自動車用防音内装材料等の遮音材・吸音材の研究開発に当たり、小寸法パネルの音響性能を総合的に評価できるようにしたシステムです。
残響室法吸音率、音響透過損失、固体音の低減効果を簡単に自動測定出来るようになっています。4)
システム全体の構成は、図-3に示します。マイクロフォン回転装置を持ち音場性能を向上させた小型残響室(容積9m3)、マルチ音源装置、非接触電磁加振装置、無響室及びデータ解析装置からなっています。小型残響室の音響透過損失測定用の試料開口寸法及び非接触電磁加振装置の試料寸法は可変出来るようになっています。測定は省力化のため、残響室内の回転マイクロフォンと無響室内のマイクロフォン移動装置の動作及びデータ取り込み・分析はすべてコンピュータで制御出来るようになっています。
鉄板の遮音性能を測定した例を図-4に示します。
試料は大きさは50cm×60cmです。鉄板の厚みが増えていくにしたがって、遮音性能が大きくなっているのが分かります。

(2) 自動車用内装材料の研究開発のため小寸法材料の残響室法吸音率を測定するシステムです。5)
測定装置は、マイクロフォン回転装置を持つ小型残響室(容積9m3)、マルチ音源装置、及びデータ解析装置からなっており、図-5のように構成されます。
マルチ音源の駆動、回転マイクロフォンの動作及びデータ取り込み・分析はすべてコンピュータで制御出来るようになっています。
なお、この小型残響室もマルチ音源による駆動、吸音体の設置により性能を向上させています。
吸音性能の測定例(フェルト厚み10mm)を図-6に示します。
実線はこの装置での残-無法による値、破線は別の残響室(容積約37m3)での残-残法による値です。この別の残響室の測定できる周波数は250Hz以上です。測定結果によれば、本装置での吸音性能と別の残響室の吸音性能はよく一致しています。本装置の小さな残響室は、大きな残響室と同程度の性能を持っているといえます。

図-5残響室法吸音率測定装置
図-5 残響室法吸音率測定装置

図-6残響室法吸音率の測定例
図-6 残響室法吸音率の測定例
(フェルト10mm+背後空気層30mm)

9 おわりに

小さな材料を小さな実験室で、簡単にしかも正確に測定できることがわかっていただけたと思います。最近の測定機器は高性能になっており、低い音のデータも表示されます。でも、注意して下さい。前にもお話ししたように性能を向上させたといっても限界はあるのです。

参考文献

1)矢野、中野、大橋、子安「小寸法パネルの音響透過損失測定装置のための基礎的検討」音講論集(1986.10)

2)矢野、中野、大橋、高田、子安「小寸法パネルの音響透過損失測定装置」音講論集(1987.3)

3)矢野、橘、石井「SoundIntensity計測による遮音実験」 音講論集(1982.3)

4)田端、横山、矢野、酒井、中野「小寸法パネルの音響材料評価システム」音講論集(1988.10)

5)小峰、中村、矢野、中野、子安「小寸法パネルの残響室法吸音率測定装置」 音講論集(1987.10)