喧噪音を用いた残響時間の推定

コンサルティング事業部 中村 智幸

1. はじめに

私たちは御客様からの御依頼により、新築計画建物の会議室やエントランスホールの残響時間の計算を行う場合があります。検討結果のレポートには「500Hzで残響時間○○秒。文献の最適残響時間程度になると思われます。」というようなコメントをします。しかし、御依頼の御客様から「○○秒といってもピンとこない。」「○○ビルのエントランスホール位とか言ってもらえると分かりやすい。」という御意見を頂くことがあります。数値と体験が結びつくと御理解頂けるのに...実際に使われている建物の残響時間を測れないだろうか?...しかし、残響時間の測定を行うには大きな音を発生させるので通常の営業時間帯に行うことは不可能だし...依頼主に関係の無い建物の場合は使用許可を得ることは難しいだろうし...現実的ではない...、というジレンマに陥ります。

そこで、今回御紹介する残響時間の測定方法は建物内で発生している喧噪音を用いるもので、発生音源の条件が適当であればビルの通常営業時間帯に数分間録音してくるだけで残響時間を分析することができますので、前述の様な悩みを解消する手助けになるのでは...と期待している方法です。

2. 原理

ではまず、分析手法の原理について御説明します。分析の最初のステップとして自己相関関数というものを用います。相関関数の一種なので、関係性が高いと「1」に、関係性が低いと「0」に近くなります。

まず、喧噪音自体が無相関なノイズ(図1)であると仮定します。この無相関なノイズの自己相関関数を計算すると時間 : 0で1、それ以外は0となり、インパルスそのものとなります(図2)。

それに対し建物内で収録されたノイズは無相関ではなく建物の残響音が含まれているノイズということになりますから、このノイズの自己相関関数を計算すると残響音の特性が抽出されます(図3)。つまり、下式のようになります。

[無相関なノイズ×残響特性]の自己相関関数
=[無相関なノイズ]の自己相関関数×[残響特性]の自己相関関数
=[インパルス]×[残響特性]の自己相関関数
=[残響特性]の自己相関関数

残響特性はつまりインパルス応答のことなのでインパルス応答の自己相関関数が求まったことになります。

次の考察として、通常、インパルス応答から残響時間を初め種々の音響指標を求めますが、では、インパルス応答の自己相関関数から残響時間を求めることは出来るのでしょうか?

残響音は指数減衰している事が知られています。つまり、室内で観測されるインパルス応答も指数減衰しています。指数減衰している正弦波(図4)をインパルス応答に見立てて、この正弦波の自己相関関数を計算してみましょう。すると、位相はずれますが全く同じ減衰特性の正弦波が得られます(図5)。よって、インパルス応答の自己相関関数をインパルス応答と同様に扱っても残響時間が求められることになります。

図1 無相関なノイズ又は残響音を含むノイズ
図1 無相関なノイズ又は残響音を含むノイズ

図2 無相関なノイズの自己相関関数(インパルス)
図2 無相関なノイズの自己相関関数(インパルス)

図3 残響音を含むノイズの自己相関関数
図3 残響音を含むノイズの自己相関関数

図4 指数減衰している正弦波
図4 指数減衰している正弦波

図5 指数減衰している正弦波の自己相関関数
図5 指数減衰している正弦波の自己相関関数

3. 実際の喧噪音の分析

分析の方法をおさらいした上で、実際の建物で喧噪音を録音し、分析してみることにしました。

エントランスホールのような喧噪音が十分充満している場所を幾つか選び、通行の邪魔にならない所で2~3分程度PCMレコーダーに喧噪音を録音しました。マイクロホンはレコーダーに付属している物を用いました。

後日社内で、録音が良好な1分程度を選び、FFT分析ソフトを用い自己相関関数を分析しました。得られた自己相関関数の波形を当社の分析ソフトで1/1オクターブバンド周波数帯域毎にシュレーダー積分し、S/Nを確認しながら残響時間を読み取りました。尚、S/Nが十分で素直な減衰波形が得られた周波数帯域は125~2kないし4kHzでした。

7つの建物でデータを取りましたが喧噪音が十分でなかった3つの建物では良い結果が得られませんでした。ここでは分析可能だった4つの建物について分析結果を御紹介します。分析対象の条件は以下の通りです。

分析対象の条件表
分析対象種別対象室天井容積
建物A オフィスビル エントランス
ホール
石貼り 石貼り、ガラス、塗装 塗装 約3,000m3
建物B 複合施設 地下
コンコース
石貼り ガラス、塗装 塗装 約3,000m3
建物C オフィスビル エントランス
ホール
石貼り、
タイルカーペット
(バルコニー)
石貼り、ガラス 塗装 約3,000m3
建物D オフィスビル アトリウム 石貼り 石貼り、ガラス
(ロールスクリーン)、
パンチングメタル
ガラス
(ロールスクリーン)、
パンチングメタル
約25,000m3

分析波形の例として各建物の500Hz帯域の自己相関関数とシュレーダー積分した波形を図6に、また、波形から読み取った残響時間のグラフを図7に示します。

RT30(30dB減衰するまでの時間から推定される残響時間)を読み取りたかったのですが、S/Nが確保できなかったのでRT20を残響時間としました。分析結果のグラフを見るとどの建物も周波数特性はほぼ平らでした。吸音材の無い建物Aと建物Bは残響時間が長く、5~6秒程度で、吸音材の有る建物Cと建物Dは若干短く、4~5秒程度でした。建物Cに比べ建物Dは容積が大きいので残響時間がもっと長くなってもおかしくないのですが、吸音材の面積が多かったので残響時間が同程度になっているものと思われます。

図6 分析波形の例(500Hz帯域、上から順に建物A~D)
図6 分析波形の例(500Hz帯域、上から順に建物A~D)

図7 残響時間分析結果
図7 残響時間分析結果

4. おわりに

試験音を用いない残響時間の分析方法について御紹介しました。十分な音量、十分な周波数帯域、且つ無相関な喧噪音が充満していることが条件となりますので、いつでもどこでも利用出来るというわけではありませんが、一つの選択肢にはなるのではないかと思います。

既成の測定方法にとらわれず今後も色々なアプローチを試み、御客様のニーズに応えていきたいと考えています。

参考文献

1) 中村智幸他 : 自己相関関数による残響時間の推定の試み(日本建築学会大会1990,10)
2) 渡辺卓也他 : 公共大空間の残響特性についての実態調査(日本建築学会大会1993,9)