NOE技術ニュース

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発行日:2025年08月01日 | 更新日:2025年08月25日


無響室の全景。床のメッシュパネルを撤去し、すべての面を吸音楔で覆うことにより、無響性能を高めています。吸音楔の形状は先端カットの無い山形で、ワイヤーフレームを使用しないポリウール製のものを使用。照明も測定時には天井裏のキャットウォークに格納します。

2025年1月、鹿島建設が技術研究所西調布実験場にある無響室のリニューアルを行いました。この無響室は1980年代後半から同社の音響測定を支えてきた施設で、これまで3回行われたリニューアルはすべて日本音響エンジニアリングが担当しています。今回のリニューアルにおける狙いと、その仕上がりについて取材しました。

求められた高い無響性能

今回行われたリニューアルにおけるキーワードの一つに、鹿島建設が英国サウサンプトン大学音響振動研究所との共同研究によって開発した立体音響技術「OPSODIS(オプソーディス)」が挙げられます。

OPSODISは、音楽ホールやスタジオなどの設計をする際、設計の段階で空間の音響をシミュレーションするための技術から発展してきたもの。設計図を基にした音響シミュレーション結果を立体音響再生することで、まだ存在していない建物内部の音を確認でき、関係者の合意形成に役立てられてきました。

クロストークキャンセルやスピーカーユニットの配置などに独自の理論を持ち、前方スピーカーのみで全方位にわたる立体音響が再生可能なこの技術は、鹿島建設が製品開発を行ったスピーカー「OPSODIS1」にも搭載されています。OPSODIS1はクラウドファンディングで9億円を超える支援金を集めたことでも話題となりました。

このOPSODIS、およびその技術を用いた製品の性能向上が、今回の無響室リニューアルの大きな目的の一つなのです。鹿島建設 建築環境グループ上席研究員の矢入幹記氏はこう語ります。

「OPSODISのコアな部分のデータを取るためには、一般的な無響室のスペックを超える性能が必要です。通常、無響室はできるだけ音響的な反射をなくすように作られていますが、それでも試験体を置く床や固定する部材によって反射は起こります。私たちは人間の耳に音がどう伝わるのか、耳の複雑な形状での反射を含めて、とても微細なデータを見ています。部屋に反射があると、その中に微細なデータが埋もれてしまうのです。もちろん部屋の反射を完全になくすことはできませんが、限りなく無響性能を追求することで、データの本当の姿が見えくるのです」

他に類を見ない仕組みを導入

「限りなく無響性能を追求する」。このために、リニューアル後の無響室は、室内にある音響的な反射物を限りなく取り除くことができる機構を備えています。例えば、写真では床面や照明器具が設置されていますがデータ測定時に反射となりうるため、これらは格納することができます。順に見ていきましょう。

まず床です。一般的に完全無響室では反射を抑えるために床にはメッシュ状のパネルを用いることが多く、こちらの無響室でも使われています。一般的な無響室との違いは、それらを撤去しての運用が想定されていること。その仕組みを鹿島建設 建築環境グループ副主任研究員の星野嗣人氏に聞きました。

作業を行うときなどは床にメッシュパネルを敷きます。

メッシュパネルを撤去した状態。所々に見える黒いゴムが昇降型床束の先端です。

床束を下げて上に吸音楔を置いた状態。これで床面がすべて吸音楔で覆われました。

「メッシュパネルを支える床束が60本あり、これらは電動で昇降するようになっています。パネルを無響室の外に出した後に床束を吸音楔の根元まで下げ、さらにその上に吸音楔を置くことで床面を吸音楔だけの状態にするのです」

日本音響エンジニアリングの津金孝光は、昇降する床束について「アイデアとして考えたことはありましたが、具現化したのは今回が初めてでした」と言います。「アクロバティックな方法ですが効果は高いです。他の施設の無響室ではないと思いますし、ある意味自信作と言えます」

床を撤去した状態で、試験体や測定装置はどう設置するのか。それを実現したのが細いワイヤーで吊るす方式です。無響室の天井裏にはキャットウォークがあり、そこから吸音楔の隙間を貫通させることでワイヤーを室内に下ろしています。ワイヤーはキャットウォークに設置された回転装置で高さを調整します。この装置は0.1°ステップでの回転が可能なため、試験体や測定装置の位置をミリ単位で調整できるようになっていて、かつ細いワイヤーは反射が少なく、理想的な測定環境の構築に役立っています。キャットウォークを使った仕組みについて日本音響エンジニアリングの石垣充は次のように話します。

(写真左)天井裏に設けられたキャットウォーク。人間が立って作業できる高さがあります。ここからワイヤーを吊り下げて試験体を固定します。
(写真右)吊り下げたワイヤーで試験体を固定しているところ。奥に見えるダミーヘッドで、耳の複雑な形状で音がどう反射するかを測定します。

「ワイヤーを吊り下げる位置は任意で決められます。その位置の吸音楔を抜いてワイヤーを通した後に再び楔をはめ込むのですが、抜きやすく、かつ落下しない微妙な締め具合が苦心したところです。照明器具も、測定時には不要なのでキャットウォークに格納できます」

音の伝わりの真の姿を見る

こうして完成した無響室は、極限までその性能を高めている印象で、先述したOPSODISの性能向上や、建築分野における質の高い空間作りのための技術開発への貢献が大いに期待できます。最後に、今後追求したい方向性を矢入氏にうかがいました。

「人間が、どういった音を快適と感じるのか、不快と感じるのか。どういう条件で耳に入ってきたときにそう感じるのか。生理や心理に関係した部分で、実は分かっていないことがたくさんあるんです。高性能な無響室ができたことで、そういったことがいろいろ分かってくるんじゃないかと期待しています。その第一歩として、ここで微細なデータが示す音の伝わりの真の姿を見ていきたいと思います」

(撮影:八島崇・広川智基 ※写真に記載のないものは八島崇)

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