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発行日:2022年12月23日 | 更新日:2023年05月10日


2022年10月、積層構造音響特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZに繊維材料のパラメータ(繊維径・繊維密度・嵩密度)だけを用いて吸遮音性能を予測するモデル(Katoモデル)が追加されました。
Katoモデルとは?
どのような時に使うのか?
10月13日に開催された「繊維材料のパラメータを使った吸遮音性能予測技術の紹介」セミナーより、モデルの紹介から計算例までご紹介いたします。

そもそもモデルって何?

多孔質材料のモデルはさまざまありますが、そもそもモデルとは何でしょうか?

モデルとは現実の複雑な現象や構造を、ある目的のために簡略化したものです。
モデルはさまざまなパラメータを持ち、それらに何らかの値を入力することで、その材料特性が定義され、最終的に音響性能を予測することができます。所望の音響性能を得るのにトライ&エラーは必須ですが、これをコンピュータ上で容易に行えることは工数(コスト)の削減に効果的であり、さらなるコストダウンや軽量化などの追加検討も可能になります。

多孔質材料の音響性能を予測するには実効密度と実効体積弾性率が必要

多孔質材料の音響性能を予測するのに必要なものは何でしょうか?

多孔質材料には繊維材料、樹脂フォーム材料をはじめ、発泡コンクリート、セラミックフォーム、アルミ焼結板など様々な種類の材料があります。多孔質材料はフレーム(骨格)と周囲の空隙(孔)で構成されており、吸遮音性能には空隙の性状(大きさ、形)が大きく影響するといわれています。多孔質材料の中において、粘性を持つ空気が膨張・圧縮しながら空隙を伝搬し、粘性および熱交換による損失が発生することにより吸音されるのです。

自由空間の波動方程式は空気の密度と体積弾性率を用いて表されます。一方、多孔質材料中では、自由空間中の空気とは異なる物性を持つと考え、実効密度、実効体積弾性率を定義し、同様の波動方程式で表すこととします。これが等価流体モデルです。

実効密度・実効体積弾性率がわかると、以下の手順で吸音率を計算することができます。


  • ① 実効密度・実効体積弾性率から、材料中での音速やインピーダンス、伝搬定数を計算

  • ② ①の値から、ある厚みをもった吸音材料の表面インピーダンスを計算

  • ③ ②の値から、音圧反射率を計算

  • ④ 吸音率を計算


つまり、多孔質材料の音響性能を予測するには、実効密度と実効体積弾性率が求められれば良いのです。

実効密度、実効体積弾性率を求めるには材料パラメータが必要

では、実効密度、実効体積弾性率を求めるには何が必要なのでしょうか?

前項の等価流体モデルを表す最も基礎的なモデルである「毛細管モデル」を考えます。毛細管モデルは、非常に複雑な多孔質材料の空隙を多数の毛細管(細い円筒上の管の集合)とみなし、その管内を音の伝搬、つまり空気という粘性流体が動いたときの損失をモデル化したものです。毛細管モデルでは、等価流体モデルで定義した実効密度と実効体積弾性率を管の径だけで表現できます。

しかし、現実の多孔質材料は毛細管モデルよりも複雑な骨格構造をもっており、孔の構造から音響特性を等価的に表現するモデルが必要です。それがBiotモデルです。Biotモデルは多孔質材料中の音響特性を表すために、さまざまな材料パラメータを用います。孔の音響的な特徴を表すために必要となるのが、流れ抵抗、多孔度、迷路度、特性長(粘性特性長・熱的特性長)です。また、材料を弾性体として扱う場合には、さらに密度、せん断弾性率、内部損失、ポアソン比も必要となります。これらのパラメータを用いて、実効密度と実効体積弾性率を求めることができます。

繊維材料のパラメータ(繊維径・繊維密度・嵩密度)から音響性能が予測できる「Katoモデル」

従来モデルを使って実効密度と実効体積弾性率を求めるためには、流れ抵抗や粘性特性長・熱的特性長などのパラメータが必要です。しかし、これらのパラメータは繊維材料とは直接関係がない間接的パラメータであり、特殊な測定方法で取得しなければなりません。また、部品としての取り付け過程で圧縮を行うと流れ抵抗などの値は変わってしまいますので、圧縮条件ごとに測定しなければならならず、従来モデルはモデル化には有用であったものの、製品開発とは直結しにくいものでありました。

そこで、繊維材料のパラメータ(繊維径・繊維密度・嵩密度)だけを用いて吸遮音性能を予測する「Katoモデル」が株式会社HOWAの加藤氏により考案されました。毛細管モデルでは孔の径から流れ抵抗や粘性特性長・熱的特性長を計算しているのに対し、Katoモデルでは毛細管モデルを発展させ繊維径、物質密度、嵩密度の関係から粘性特性長・熱的特性長を計算し、実効密度と体積弾性率を取得します。また、Katoモデルにおいては、異なる繊維径、繊維密度からなる複数の繊維で構成される不織布も、その平均的な値として等価繊維径、等価繊維密度を仮定することでモデル化することができ、さらに骨格自体が弾性体としてふるまう場合にも材料パラメータを追加することで対応できるようにモデル化されています。

繊維材料のパラメータによる計算値が実測値とほぼ重なった

PETフェルトを例にとり、Katoモデルを使って吸音率を計算してみましょう。
今回検証に用いたPETフェルトは、繊維径が約30μmのものです。なお、この繊維径は顕微鏡写真から取得しました。

赤線がKatoモデルによる垂直入射吸音率の計算値、青線がφ40の音響管による実測値です。横軸が周波数、縦軸が垂直入射吸音率を表します。実測値(青線)の1kHz付近のディップは音響管に材料を設置したことによる弾性体としてのふるまいと考えられ、これを除くと計算値と実測値はほぼ重なることがわかります。

所望の性能をもつ繊維径を検討してみよう

嵩密度や厚みを変えずに繊維径だけを調整して所望の音響性能をもつようになる繊維径を、新たにKatoモデルが搭載された積層構造音響特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZを使って検討してみましょう。

嵩密度や厚みを変えずに繊維径をだけを細くした場合、通気が少なくなって吸音性能が低くなることが予想されます。従来モデルを使ってシミュレーションする場合、流れ抵抗の変化、あるいは特性長の変化を測定する必要がありました。それに対し、Katoモデルにおいては、直接繊維径を変更することでシミュレーションすることができます。

繊維径を3.35μm~33.5μmに変化させた際の垂直入射吸音率の計算結果をカラーマップに示します。横軸が周波数、縦軸が繊維径、カラーは吸音率を示し、赤くなるほど吸音率は1に近くなっています。

縦軸が小さい値をとるほどカラーマップ上の赤の範囲が広く、濃くなっており、繊維径が細くなればなるほど吸音率は向上することがわかります。そして、ある程度まで吸音率が高くなると、今度は特定の周波数でピークをもち他の周波数では吸音率が低下していきます。このように、Katoモデルを用いることで、繊維径という製品開発に直結するパラメータという形で所望の音響性能をもつ条件を検討することができました。
なお、本操作はSTRATI-ARTZのParameter study機能を使って簡単に実施することができます。

まずは評価版でお試しを。必要なパラメータは当社に計測をご依頼ください

「Katoモデル」は不織布の物質情報だけから吸遮音性能を予測可能で、従来モデルと比較し、より製品開発に近い検討ができるモデルです。最終的にFEMをはじめとする解析ソフトウェアに使用する際には材料パラメータの計測も必要になりますが、まずどのような不織布を試作すればいいのか、使用すればいいのか、検討するために「Katoモデル」は非常に有用なモデルではないかと感じています。

STRATI-ARTZには、今回ご紹介した繊維径の検討以外に配合比率を検討するための機能もございますので、まずは評価版をお試しいただけますと幸いです。また、必要な材料パラメータがございましたら、引き続き当社にて計測も可能です。こちらも合わせてよろしくお願いいたします。

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