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発行日:2023年08月14日 | 更新日:2024年01月26日

©Studio Ghibli


愛知県長久手市の「愛・地球博記念公園」内に開園した「ジブリパーク」(日時指定予約制)。スタジオジブリ作品の世界観を表現した公園施設として話題を集め、2022年11月の開園以来、多数の来園者が訪れています。
ジブリパーク 公式HP

今回ご紹介する「映像展示室オリヲン座(以下、オリヲン座)」は、パーク内の、ジブリにまつわる数々の展示物が見られる「ジブリの大倉庫」の中にある映画館。約170の座席が用意され、スタジオジブリ制作のオリジナル短編映画が観られます。

取材にご協力いただいた皆さん。前列左から、スタジオジブリの古城環氏、田島佑輔氏。後列左から、日本音響エンジニアリングの近藤直樹、崎山安洋、佐竹康(写真:八島崇)

「オリヲン座」のコンセプト

日本音響エンジニアリングが「オリヲン座」のプロジェクトに参加したのは2018年12月のこと。スタジオジブリ ジブリパーク事業部で施設担当リーダーを務める田島佑輔氏は、「日本音響エンジニアリングさんには、スタジオジブリの試写室造りに始まり、三鷹の森ジブリ美術館(日時指定予約制)の映像展示室『土星座』の建設でもお世話になっていて、『オリヲン座』についてもわれわれが希望しているものを造ってくれるだろうと考えていました」と、お声がけいただいたいきさつについて語ります。

スタジオジブリ社屋内の試写室(写真:八島崇)

スタジオジブリの試写室が造られたのは1999年のこと。作品の画と音を最終確認する場として、改修を重ねながら今日まで重要な役割を果たし続けています。見方を変えると、試写室は作り手が意図した画と音で作品を鑑賞できる環境であるとも言えますが、実は「オリヲン座」は、この試写室で監督たちが観た映像や聴いた音を体験できる場所にすることがコンセプトの一つとして掲げられているのです。

試写室の改修や機材入れ替えに携わり、作品の音響作業にも立ち会うスタジオジブリ ポストプロダクション部 部長の古城環氏はその経緯についてこう振り返ります。

「試写室と一般的な映画館で一番違うのは音量だと思います。躯体の問題や、シネコンの場合は他のテナントとの兼ね合いもあり、十分な音量を出せないケースもあります。『オリヲン座』は試写室やダビングステージと同じ音量で鳴らすことを前提に機材を選び、調整していますので、作者が意図した迫力が感じられます。『オリヲン座』のコンセプトを手掛けた宮崎吾朗監督は、イメージデザインを作っているころに、ちょうど『アーヤと魔女』という作品の監督をしていました。その作品の音響作業を通じて、ダビングステージや試写室で自身が体感したものをそのまま届けられるものにしたいという気持ちが芽生えたのだと思います」

宮崎吾朗監督のスケッチを建築に

三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室「土星座」は、室内は明るめに造られ、椅子はすべてフラットなベンチシート、上映される作品も短編映画に特化した「小さいお子さんが初めて映画を体験するような場所(田島氏)」ですが、「オリヲン座」は「土星座」の良い部分を取り入れながら、より幅広い層が楽しめる空間になっています。

外光が差し込む丸窓が雰囲気を和らげる。上映が始まると遮光板で閉じる仕組み

遮光板が閉まった状態の丸窓

「室内は少し大人びた雰囲気にして、椅子も長編映画がゆっくり楽しめる仕様にしてあります。それでいて前方にはファミリーで座れるベンチシートも用意しました(田島氏)」

館内は宮崎吾朗監督のスケッチに基づいてアールデコ調に仕上げられています。曲線が印象的なインテリア、クラシカルな意匠のレリーフ落ち着いたトーンの金色が、非日常的な世界観へと誘います。

後壁の映写室

大人びた雰囲気を醸し出すのは、古きよきヨーロッパの劇場を思わせるアールデコ調の内装。これは、宮崎吾朗監督が描いたスケッチを基に造られました。このスケッチが非常に精巧であったと、今回のプロジェクトを取り仕切った日本音響エンジニアリングの佐竹康は振り返ります。「細部に至るまでスケール感はほとんど当初のスケッチどおりに造られています!」

一方で、描かれたものを現実の建築に落とし込む上では苦心もありました。内装を担当した日本音響エンジニアリングの近藤直樹は「スケッチの色をどう再現するか、素材の質感をどうするか、想像力を働かせながらの作業でした」と語ります。

青をベースに星が描かれた天井

例えば天井。「オリヲン座」の天井は鮮やかな青に星が散りばめられたデザインになっています。「1m角ほどの板に星の大きさを変えて描いたサンプルを複数用意し、現地で天井の高さまで持って行って宮崎吾朗監督に確認していただきました(近藤)」

こうして、手探りとも言える作業を繰り返しながらスケッチを現実の建築に落とし込んでいったのです。天井に絵を描くことは、建築音響の面でも工夫が必要になります。

「画を描くための塗料を載せるためには一般的な試写室や映画館のように吸音する素材が使えないんです。ただ、三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室『土星座』も天井に絵が描かれており、ほぼ同じ音場を経験していたので、今回も床と壁の調整である程度響きのバランスは取れるだろうと予想していました(佐竹)」設計を担当した日本音響エンジニアリングの崎山安洋はこう語ります。

「フラットな天井面に対して床面は段床で斜めなのでフラッタリングエコーが生じることがないことと、スクリーン裏のメインスピーカーは指向性が制御できるため、おかしな音にはならないだろうという見込みはありました。その上で、床下の空間に低域を逃したり、壁の表から見えない部分の吸音材を厚くしたり薄くしたりしてバランスを調整しています」

試写室クオリティの造り

建築音響の調整と並行して電気音響の検討も進行。こちらは、前出の古城氏が担当されました。

壁半埋め込みのサラウンドスピーカー

「部屋の容積が大きかったので、サラウンドスピーカーもそこそこ大きいサイズのものが必要でした。初めは既製のスピーカーを金具で吊る方法が提案されていたのですが、圧迫感もあるだろうし、意匠的にも美しくないので壁に埋め込む形にしました(古城氏)」

スピーカーを斜め下に向け、かつ天面を天井と平行にするため台形のエンクロージャーをカスタムで製造し、後ろ半分が壁に埋め込まれています。こうすることでエンクロージャー内の容積を増して、低域を豊かにする効果を狙っています。実は、このスピーカーを埋め込む手法は試写室で採用されている手法でもあります。

「試写室のスピーカーを埋め込みにしたきっかけは、その前に設置していた薄型のサラウンドスピーカーの低音が足りないと感じられたことでした。そのスピーカーを入れ替えるときに出てきたアイデアが、エンクロージャーを自作して壁に埋め込む方法だったのです。その手法を『オリヲン座』にも導入しました。部屋の設計チームと、エンクロージャーを作るチームで綿密に打ち合わせしていただいて、可能な限り奥行きを取って30cm弱確保できています(古城氏)」

メインスピーカー

フロントのLCRもエンクロージャーはカスタム仕様。ロー、ミッド、ハイ、それぞれのボックスが分かれていて、個別に角度が調節可能。先述した天井からの反射を抑えるためにツィーターのホーンは少し振り下ろすような形になっています。さらに、下段には大型のサブウーファーが4台設置されています。

バッフル面のフロントスピーカー

バッフル面の裏側

「バッフル面を天井から床まで全面的に作って、表面はすべてきちんと吸音もされています。LCRは、鉄骨軸組みの上にコンクリートを打設したステージの上に乗っている。ちょっとやそっとの音圧では揺るがないです。また、スピーカーはスクリーンぎりぎりまで近づけているのでスクリーン面での反射で音がモヤモヤすることもありません(古城氏)」

これらの仕様は、一般的なシネコンなどではほぼ採用されないものであり、まさに“試写室クオリティ”。そこから生み出されるサウンドは、なかなか味わえない贅沢なものと言えるでしょう。宮崎吾朗監督のスケッチを再現した世界観とともに、ぜひ体験してほしい空間です。

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