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発行日:2022年09月16日 | 更新日:2023年05月10日

写真:八島崇

2022年2月、茨城県つくば市に完成した佐藤工業「技術センターSOU」。ゼネコンである同社が、建築および土木に伴うさまざまな実験を行う施設として、創業160周年の節目を記念して造り上げました。ここで紹介する音響実験棟は、「技術センターSOU」の中でも音響に特化した実験を行う施設で、日本音響エンジニアリングも設計・施工、測定機器および測定システムの導入で参加しています。

複数の試験室で構成された実験棟

建築を行う上で音の問題は常に存在します。マンションでいうなら階上や隣の生活音。これから造ろうとしている建物に用いる床や壁の材質がどのくらい音を立て、どのくらい音を通すのか。それらを測定する機能が音響実験棟には備わっています。

「例えば、建材メーカーが性能評価を行っていない材質を使いたい場合や、限られたスケジュールの中で遮音性能についての評価を行わなければならない場合など、自社の施設で責任を持って音の実験を行えることはゼネコンにとって大事なことなのです」

音響実験棟の存在意義についてそう語るのは、佐藤工業 技術センター 建築研究部 上席研究員の吉岡清氏。音のスペシャリストとして、音響実験棟の建設でも主導的な役割を果たされました。音響実験棟は、無響室、2つの残響室(仮に残響室A、残響室Bとします)、2つの箱型試験室、音響模型実験室および計測室で構成されています。

無響室。単体で多様な音響測定を行うほか、隣の残響室との間に試験体(この写真では中央やや左のコンクリートの壁)を設置し、残響室から透過してくる音がどのような指向特性となっているかなどを計測することが可能です

残響室。透明の拡散体を吊り、残響室として拡散音場が確保されるよう調整されています。同じ仕様の残響室がもう1部屋あり、間に設置された試験体の音響透過損失を計測します

試験体移動式カセット。コンクリートの壁を嵌め込んだカセットを2つの残響室の間に挿入しているところ。5本のカセットを載せられる仕様になっています

無響室と残響室A、残響室Aと残響室Bの間には試験体移動式カセットが挿入でき、試験体を取り替えることによって、さまざまな仕様の壁での音の透過がどうなるのか、そこに扉や換気等設備開口を設けた場合どうなるのかといったことが測定できます。

箱型試験室。天井スラブの上に施工した床材に床衝撃源で加振をし、受音室で衝撃音を計測

箱型試験室上部。木枠の立ち上がり部分の内側に測定対象の上げ床などを施工し、右に見える衝撃源で加振します

床衝撃源。タイヤを備えた左の装置は重量床衝撃源で階上での人の飛び跳ねなどを想定した衝撃を加え、右の装置は軽量床衝撃源でコツコツという靴音などを想定した衝撃を加えます

箱型試験室は天井スラブの上に測定したい床材を施工できるようになっており、規格に基づいた床衝撃源で加振をし、階下の受音室内で音の測定を行います。

特徴的な残響室の形状と機能

残響室の形状について吉岡氏は「日本音響エンジニアリングさんの豊富な経験とノウハウを信頼してゴーサインを出しましたが、非常にうまく造っていただき感服しました」と語ります。

昔から残響室といえば、床面が五角形の不整形七面体がよく知られています。この形状は、床╱壁╱天井の対向面で平行面をなくすことで、室内の拡散性をより均一化できるメリットがあります。

「反面、デッドスペースが生まれやすいというデメリットもあるのです」と言うのは、今回のプロジェクトを取り仕切った日本音響エンジニアリングの津金孝光。「限られたスペースに効率よく部屋を配置し、試験体移動式カセットのスムーズな運用を実現するため、デッドスペースのない平面形の部屋とし、室内に拡散体を吊り下げることにより、拡散性を確保する方法を採用しました。これは古来の残響室=拡散性重視という姿勢に対して、近年のISO規格によるところから実務的合理性という概念が入ってきている形状です」

2つめの残響室。1つめの残響室と同じく透明の拡散体を吊り、残響室として拡散音場が確保されるよう調整されています。

「現在、残響室を計画するとして、あくまで古典理論に固執し、不整形七面体にこだわるという選択肢はなく、今回採用される残響室の計画においても近代的な観点を入れることは肝要、許容されるもの、と考えました。ポイントとなるのは拡散板の効果で、これに関して、多数の経験と深いノウハウをお持ちの日本音響エンジニアリングさんに期待して、お願いすることにしました。拡散板が効果を発揮しないと、平面形の形状の採用の判断は成立しないわけです」(吉岡氏)

上の写真を見ても分かるとおり、残響室には透明の拡散体が施されています。

「この拡散体によって音源室側の拡散性を向上させ、より均一な拡散音場とすることを狙っています」と話してくれたのは、設計・施工に携わった日本音響エンジニアリングの石垣充。「その上で、もう一方の残響室に測定用のマイクを立て、間に設置されている試験体の音の透過を計測します。受音側の残響室にも拡散体がありますので、試験体から透過した音が受音側の残響室においても拡散性を確保した状態で、規格に沿った測定が行えます」

一方、無響室では、無響室単体で多様な音響測定を行う他に、残響室を音源室とし、音響インテンシティ法による音響透過損失の測定が可能です。

無響室に設置された天井吊型のガントリー型マイクロフォントラバース(型式;MTS-5)。先端に設置されるマイクロフォン等を任意の位置への移動だけでなく先端軸を水平角と仰角に回転させることが可能です

「無響室では、天井に設置されたマイクロフォントラバースを動かしながら、部位別等、位置によってどの程度音が抜けてきているのかを測定できます。例えば残響室との間に測定対象物として扉を設置した場合、扉の中でもどの部位から音が抜けてくるかなどが分かります」(津金)

佐藤工業の未来を支える存在に

「技術センターSOU」の全景。右に見えるのが音響実験棟

日本音響エンジニアリングが「技術センターSOU」のプロジェクトに参加したのは2019年夏のこと。現地はまだ更地でした。

「つくばエクスプレスと圏央道が近くにあるので、音や振動の影響がどのくらいあるのか、また、敷地内で音や振動の影響を一番受けにくい場所はどこなのかなど、建屋が着工する前の段階で環境調査、測定が行えました。建屋全体の設計は佐藤工業さんの建築設計部門が担当されたのですが、早い段階からコミュニケーションがとれたおかげでこちらの要望もお伝えでき、スムーズに進めることができました」(津金)

スムーズな進行は、現場の良い雰囲気も後押ししたといいます。

「とてもやりやすかったです。例えば、現場の都合で適切な施工順序が取れない場合に、性能上問題があるとお伝えすれば周りの工程を調整して納得いくものを造れるようにしてくださるなど、“160周年記念にふさわしい自社の技術研究施設を造るんだ”という思いで、関わっている皆さんが一つの方向を向いているなと感じていました」(石垣)

これには吉岡氏も「実際にそうです」と応じました。「経験豊富な施工担当者を投入するなど、そういう雰囲気作りは会社としても重視しているのです」

こうして完成した「技術センターSOU」。「SOU」は「ソウ」と読み、イノベーションの創出、豊かな未来の創造、創意に満ちた挑戦、社会を想う技術、現場に寄り添う技術、といった同社の理念が込められています。佐藤工業の、次の10年、20年を支える存在として活用されるに違いありません。

取材に協力していただいた皆さん。左から、日本音響エンジニアリングの石垣充、「技術センターSOU」が施工されている時に入社したという佐藤工業の平岡千春氏、佐藤工業の吉岡清氏、日本音響エンジニアリングの津金孝光

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