そんなクリスさんからAEの試聴室Divin Labにて、AGSの設置効果を物理ベースで評価し、世界に発信したいとの提案を頂きました。スタジオをはじめとする小空間の設計・施工を生業とする弊社では、以前よりルームアコースティックス(室内音響)の「質」に着目。聴感印象上では明らかな違いがあっても、エネルギーベースの評価では聴感と相関が高い物理指標を見出すことが難しかったのですが、ここ数年の技術開発の進歩により、聴感印象とよく対応する物理指標、残響減衰変動(Sound Decay Fluctuations, 以下SDF)を開発しました。
SDFのポイントは音場の過渡特性に着目したこと。インパルス応答から計算されるエネルギー減衰波形の「減衰過程」を利用します。例えば、特定の壁から強い一次反射音があるオーディオルームでは、反射音の到来による位相の乱れ(到来時間遅れ)だけでなく、直接音と反射音の干渉によって音圧レベル周波数特性にも乱れが生じるため、思うように音像が定位しなくなります。再生音を聴いた印象はリスナーが少し頭を動かした時に定位が不安定となり左右だけでなく上下方向に音像が移動したり、特定の楽器の音色が変化したり、広がりや奥行き感が再現しにくくなったりすることもあるなど、何かと気になってしまい音楽に没頭して楽しむことができません。一方、音楽に集中できる、オーディオ機器の特性が余すところなく引き出されあたかも目の前に音楽演奏のステージが展開されるような聴感印象をもたらすリスニングルームは、減衰過程上にエネルギーが集中する突出した反射音が少なく、時間的の経過とともに滑らかに減衰する過渡特性を持つことがわかっています。つまり、定常特性である音圧周波数応答特性などでは評価できない過渡状態で起こっている現象がオーディオによる音楽の聴感印象には深く関わっているのです。SDFはこの事実に着目し、減衰波形の滑らかさを数値化し、評価します(特許出願済)。SDFは数値が小さくなるほど減衰過程が滑らかであることを示します。過渡特性といってもこれまでのエネルギーの到来時間配分による評価(初期反射音や後部残響音のエネルギーをベースにする評価手法)や残響時間のような音場のエネルギー減衰時間による指標ではなく、あくまで音質にこだわり、スピーカ再生を前提とするスタジオの調整室やオーディオルームの音質チューニングに活用できる手法として開発を進めているものです[2]。
しかし、今回のターゲットは時間をじっくりかけてスピーカをはじめとするオーディオ機器の設置が吟味され、並外れたチューニングが施されたAEのショールーム、Divin Lab。その音は相当なレベルであることは訪問前から想像に難くありませんでした。この部屋のルームアコースティックスを解析するためにSDFをはじめとする最新の音響測定・評価技術を持ち込み、AEのノウハウと弊社のシナジーにより二日に渡る共同作業を試みる、そんなチャレンジに満ちた企画となりました。