-精度向上と運用省力化-

駐機風景

1. はじめに

JR名古屋駅から鉄道で約30分、伊勢湾の海上にある中部国際空港は、2005年の開港以来、地域共生を理念に掲げ、航空機騒音の監視とデータ公開を積極的に行ってきました。
この度、中部国際空港は航空機騒音監視システムを刷新されました。中部国際空港が長年培ってきた騒音監視のノウハウと弊社の最新技術を組み込んだ騒音監視システムは、AIの導入によってさらなる精度向上と運用省力化が実現しました。また、様々なデータを活用した航跡表示機能が追加されたほか、クラウド化による利便性の向上も図られました。「精度向上」と「運用省力化」を主眼に設計された新しい騒音監視システムについて、本記事で詳しくご紹介します。

2. 旧システムの課題と新システムでの解決

騒音監視システムの更新にあたり、まずは旧システムが抱える課題を洗い出し、それらを解決する形でシステム設計を進めました。

2-1. 航空機騒音の自動判定精度向上

まず、旧システムは、航空機騒音の自動判定精度が一部の騒音測定局で十分ではなく、測定データの確認や修正作業に多くの人的リソースが割かれているという課題がありました。
航空機騒音を評価するためには、測定された複数の騒音の中から航空機による騒音のみを抽出する必要があります。「航空機による騒音か否か」を自動で判定するには、騒音が発生した時に航空機が近くを飛行していたことがわかる情報が必要です。それらの情報を得るために、既存の騒音監視システムにもRD-90やRD-100、SD-100といった各種センサーが取り付けられていましたが、一部の測定局では十分な自動判定精度が得られませんでした。

  • RD-90:航空機接近検知識別装置

  • RD-100:航空機最接近検知識別装置

  • SD-100:音源探査識別装置

ではなぜ十分な精度が出なかったのでしょうか。理由は航空機の飛行経路と騒音測定局の位置関係にあります。
中部国際空港では、伊勢湾を囲むように4地点で騒音監視をしています。4地点のうち空港北側の弥富局・木曽岬局は航空機がほぼ直上を飛行します。これら2地点では航空機の騒音レベルも大きく、各種センサーのパラメータを調整することで十分な自動判定精度を得ることができていました。

騒音測定局の位置関係
図2-1-1 騒音測定局の位置関係

一方、飛行経路の側方にあたる常滑局や美浜局の場合、航空機は直上を飛行しないため測定される騒音レベルが小さく、パラメータの調整のみで自動判定精度を向上するには限界がありました。陸域への騒音影響が少ないという点は海上空港の大きなメリットの一つですが、それはすなわち航空機騒音測定の難易度が高いということでもありました。
そこで、システム更新にあたり、自動判定の難易度が高い常滑局と美浜局にはより高性能な音源探査識別装置「DL-SBM」を導入しました。また、4局すべての航空機騒音判定にAIを取り入れ、全体の精度向上を図りました。

・DL-SBMの導入
「DL-SBM」は、複数の騒音が同時に発生した場合でも音源を分離し、それぞれの音の強度を解析することが可能です。そのため、航空機の騒音レベルが小さく、また航空機以外の騒音が測定されやすい常滑局や美浜局においても、発生した騒音が航空機によるものなのかどうかを正確に判定できるようになりました。

騒音測定局の外観
図2-1-2 騒音測定局の外観(美浜局)

・「航空機騒音自動判定」AIの専用モデルの開発
弊社では、航空機騒音を自動判定するAI「AndiPredict」を開発し、既に多くのお客様にご利用いただいております。今回のシステム更新にあたっては、実際に中部国際空港の騒音測定局で測定された騒音データを学習させた、中部国際空港専用のAIモデルを開発いたしました。
AIモデルの開発にあたっては様々な騒音のデータを学習させる必要がありますが、闇雲に数多くのデータを学習させれば賢いAIが完成するというわけではありません。偏りなく様々なデータを学習させるためには、いかにバランスよくデータをサンプリングするかが重要です。
航空機は風に向かって飛行します。北風の時は北向きに、南風の時は南向きに飛行します。そのため、航空機騒音の測定データもその時々の風向きによって大きく異なります。一例として空港の北側に位置する弥富局の測定データを見てみますと、冬は北風が吹く日が多く、中部国際空港を離陸した航空機が北向きに飛行する騒音が多く測定されます。一方、夏は南風の日が多いため、今度は南向きの飛行、すなわち空港に向かって着陸する航空機の騒音が測定されることが多くなります。
「航空機騒音の測定データ」と一言でまとめると簡単に聞こえますが、航空機の飛行状況によって測定されるデータの特徴が異なるため、それぞれの音のデータをバランスよく学習させる必要があります。中部国際空港専用のAIモデルを開発する際は、滑走路運用が偏らないよう測定データをサンプリングし、航空機騒音の自動判定精度を向上させました。

2-2. 航跡表示

中部国際空港には、民間航空会社の定期便はもちろんのこと、他にも様々な航空機が離着陸します。騒音影響を正確に把握するためには、これらすべての航空機の航跡が重要ですが、既存の騒音監視システムでは定期便を除く一部の航跡が表示できませんでした。
今回のシステム更新では、以下の3種類の航跡データを活用することにしました。それぞれのデータ特徴を生かし、中部国際空港を離着陸する全ての航空機の航跡を表示できるようにしました。

・ADS-B
航空機が自ら位置座標や速度、識別情報などを定期的に送信する技術です。衛星測位システム(GNSS)で測定された座標データであるため、精度の高い航跡データを得られます。航跡表示で有名なウェブサイト「Flightradar24」で使用されているデータでもありますが、データ送信設備を備えた航空機の航跡しか表示できません。

・PSSR
空港に設置してある二次監視レーダ(SSR)から発せられるトランスポンダ質問電波と、それに対する航空機からの応答電波をそれぞれ測定局で受信し、その時間差から航空機の二次元位置を算出する手法です。中部国際空港の場合、センターピアの屋上に設置された指向性アンテナがSSRからの質問電波を受信し、システム内で航跡を計算処理しています。

・航空交通情報サービス(JSW)
一般財団法人 航空保安研究センター(ATSRI)が提供する、航空機に関する様々な公式データです。具体的には、国土交通省航空局が管理する航空機の位置情報や出発・到着情報、空港情報などが含まれます。航空局が情報源であるため、非常に信頼性の高い公式データと言えます。
これまではATSRIが航空局から受け取り、加工した上で利用者に提供していましたが、このたび弊社もATSRIからの配信を受け、二次プロバイダとしてJSWを提供できるようになりました。中部国際空港の新システムでも、今まで以上にスムーズにご活用いただけるようになりました。

ADS-B航跡
図2-2-1 ADS-B航跡
PSSR航跡
図2-2-2 PSSR航跡
JSW航跡
図2-2-3 JSW航跡

図2-2-1~図2-2-3は同時刻の航跡図を並べています。ADS-B航跡やPSSR航跡の図には伊勢湾内を飛行する航空機の航跡が描画されていますが、JSW航跡にはありません。ADS-B航跡は精度が高くなめらか、PSSR航跡はすべての航跡を描画可能、JSW航跡は航空局が情報源の公式データなど、それぞれに特長があります。

3. 長期にわたりシステムをご利用いただくために

他にも、次の点に留意し新システムを構築いたしました。

・中央処理システムのクラウド化
旧システムでは、中央処理システムを動かす専用端末が必要でした。今回はこの中央処理システムをクラウド化し、専用端末を廃止しました。クラウド化には様々なメリットがあります。

  • 専用端末の保守や維持管理が不要

  • ハードウェア故障に伴うデータ消失のリスク低減

  • インターネットに接続していれば、どの端末からでもウェブブラウザを通じて集計データにアクセス可能

・すべて最新の機器で構成された騒音監視システム
今後も長期にわたりシステムをご利用いただくために、新システムに導入した測定器は、いずれも最新型のものを採用いたしました。騒音測定器「DL-X1」は従来の測定器からUIを刷新し、より直感的に操作できるようになったほか、航跡表示に必要なデータも取得できるようになりました。

航空機騒音測定器「DL-X1」 操作画面イメージ
図3-1 航空機騒音測定器「DL-X1」 操作画面イメージ

・代替滑走路を見据えたシステム構築
中部国際空港の騒音監視システムには、「どの航空機が、何時何分何秒に、どの滑走路をどの向きで離着陸したか」を判定する使用滑走路判定機能が備わっています。
現在、中部国際空港には1本の滑走路がありますが、完全24時間運用の実現や現滑走路の大規模補修などの課題に対応するため、2025年4月より、代替滑走路の整備工事が始まりました。そのため、今回のプロジェクトではあらかじめ代替滑走路の運用開始を見据えたシステムを構築し、将来は必要最低限のチューニングのみで対応できるようにしました。

・騒音レベルと航空機位置情報のウェブ公開機能
中部国際空港のウェブサイトでは、4か所の騒音測定局で測定された騒音レベルと航空機の位置情報を地図上に描画しご確認いただけます。航空機の位置情報は、日本音響エンジニアリングが二次プロバイダとして配信した、航空交通情報サービスのデータを使用しています。
これまでは騒音と航跡をGIFアニメーションとして公開していましたが、今回ウェブサイトのリニューアルにより、より自由にデータを表示できるようになりました。地図の下にあるバーを操作することで表示したい日時を自由に選べるようになったほか、地図を拡大・縮小したり表示範囲を自由に動かしたりできるようになりました。

航空機騒音測定器「DL-X1」 操作画面イメージ
図3-2 中部国際空港webサイト「現在の騒音レベルと過去データ」
https://www.centrair.jp/corporate/sustainability/environment/observation/result/index.html

・社内報告様式帳票の自動化
騒音監視システムでは、集計結果をExcel帳票として自動出力できます。今回のシステム更新にあたり、新システムで必要な帳票を中部国際空港様と事前に協議を行い、業務で必要となる帳票の種類や様式をヒアリングしました。その結果、これまで社内報告のために手作業で作成していた帳票も、システムから自動的に出力できるよう新たに機能を追加しました。これにより、帳票作成作業にかかる手間や時間を大幅に削減できるようになりました。

4. おわりに

今回のシステム更新プロジェクトは、中部国際空港株式会社および中部国際空港テクニカルコネクト株式会社の皆様と一体となり、密接な連携・協力のもと進めてまいりました。
ご尽力いただいた関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

おすすめの記事