航空機騒音測定に係る最新技術の紹介

DL事業部 忠平 好生

1. はじめに

東京国際空港(通称、羽田空港)は、我が国最大規模の国内航空輸送の拠点空港であり、旅客数は日本最大、国内線主体にもかかわらず世界第4位を誇っています。同空港には、長さ3,000mの平行滑走路(A及びC滑走路)と長さ2,500mの横風用B滑走路がありますが、航空機発着回数が1日約800回程度と空港処理能力の限界まで使用されているのが現状です。

同空港では、騒音対策を目的とした沖合展開事業の結果、空港近辺の陸域への騒音影響が低減し、現在では主として東京湾を隔てた沿岸部において騒音監視が行われています。空港から離れた地点になるため、飛行経路のバラツキも多く、航空機騒音と観測地点周辺の環境騒音との差も大きくない傾向があり、従来の空港近辺での騒音監視と異なり、自動測定装置による常時監視に関して様々な難題がありました。また、今後4本目のD滑走路をさらに沖合に建設する計画も進行中で、これが供用開始になれば大幅に発着回数が増加するため、航空機騒音の問題はさらに複雑になる方向に進むのは間違いないでしょう。

羽田空港のように沖合展開、あるいは海上建設といった方向に空港整備が進んでいく中で、弊社は数年前から航空機騒音の新たな自動測定技術の研究開発を推進してきました。今回は、羽田空港ならびにその周辺に導入された弊社の最新技術について、実例を交えてご紹介します。

2. 羽田空港周辺における航空機騒音監視の課題

羽田空港を離着陸する航空機は、図1に示すとおり、東京湾の湾岸周辺のほぼ全域が飛行空域となっています。 この空域には成田空港やヘリポートの民間機を始め、木更津飛行場、下総飛行場等の自衛隊機も飛び交っており、周辺地域はこれら複数の飛行場の離着陸機による騒音影響を受けています。一般に航空機騒音の評価は、空港・飛行場ごとに区分して行われます。すなわち、このような空域錯綜地域における航空機騒音の測定では、上空を飛行する航空機の騒音と自動車などの他の騒音を区別するだけでなく、その航空機が測定対象の空港・飛行場の離着陸機であるかを判別しなければなりません。

従来、弊社の航空機騒音自動測定システムにおいて、対象空港の離着陸機による航空機騒音の判別は、複数の観測地点における同一機による航空機騒音を特定し、空港側から提供される分単位の運航実績データと各地点の航空機騒音観測時刻を時間差により照合することで行ってきました。 羽田空港ではラッシュ時には離陸間隔ならびに着陸間隔が最短で90秒となり、分単位の運航実績データでは自動照合だけで十分な精度を得るのが難しく、また飛行経路のバラツキも大きいことから、手作業による照合結果の修正作業が必要となっていました。

いかにして対象空港離着陸機による航空機騒音のみを自動で精度良く判別するか、これが大きな課題の一つとなっていました。

図1 羽田空港離着陸機の主な飛行経路
図1 羽田空港離着陸機の主な飛行経路

また現在、新空港の建設は、関西、中部、神戸、北九州に見られるように海上建設が主流となっています。 羽田空港においても沖合展開事業、再拡張事業と海上へ向かって拡張が進められています。

海上空港の利点の一つとして、住宅地のある陸域での航空機騒音の影響を低減できることが挙げられます。 つまり、騒音レベルが大きな低高度での飛行経路を海上に設定し、陸域上空を高高度で通過することで周辺住民への騒音影響を少なくするというものです。

従来、空港周辺での航空機騒音測定と言えば、「航空機騒音のうるささの程度を把握する」こと(環境基準の監視など) が目的とされてきました。しかし、これらの海上空港においては、「陸域に影響がないことを確認する」ことが目的に変わってきています。 レベルの小さな騒音を精度良く測定する技術...多少の矛盾すら感じますが、海上空港周辺の航空機騒音監視のためにこの技術の実現が切望されているのが現実です。

海上空港では、陸域上空を通過する航空機による騒音は、その他の日常の環境騒音と同程度のレベルとなるケースが少なくありません。 航空機通過時に他の騒音が騒音計のマイクロホンに混入する、いわゆる「かぶり音」の影響が無視できません。 環境省(当時の環境庁)の航空機騒音監視測定マニュアルによると、航空機騒音発生時には暗騒音よりも10dB以上大きな最大騒音レベルを記録し、集計することになっています。つまり、航空機騒音と暗騒音のレベル差が10dB未満の場合、測定された騒音レベルに暗騒音のエネルギーが含まれてしまうということです。かぶり音が混入した場合も同様、航空機騒音の騒音レベルが実際よりも大きな値が得られてしまうので、その騒音レベルは集計から除外するのが一般的です。

従来の技術レベルでは、このかぶり音の除外処理を自動化することは困難で、現在でもほとんどの場合、実音聴取による手作業で行われています。これは、航空機騒音発生時の実音波形を装置に記録しておき、後に分析担当者が一つ一つの音を再生・聴取することで航空機騒音が卓越しているか否かを判定していくといった膨大な作業です。

いかにしてかぶり音の混入を自動で精度良く判別するか、こちらも大きな課題の一つとなっていました。

3. 離着陸滑走路自動判定技術

弊社は、航空機の発する電波をセンシングする技術を応用し、空港での離着陸時刻を正確に自動測定する技術、ならびに使用した滑走路を特定する(運用方向を含めて)技術を考案・実現しました。

当技術は、弊社の航空機騒音識別で培われてきた 1.航空機接近検知識別装置(RD-90)、ならびに 2.航空機最接近検知識別装置(RD-100)がベースとなっています。

1. 航空機接近検知識別装置(RD-90)

航空機が発するトランスポンダ応答信号電波を受信し、その電界強度レベルと騒音レベルの相関関係から航空機騒音を特定する装置です。 装置単体で航空機騒音の特定が可能で、気象などの外乱の影響を受けにくいなど、現存する他の識別方法よりも優れている点が数多くあります。 また、トランスポンダ応答信号には空港管制に必要な情報が含まれており、これを解析することで航空機の状態や機体固有番号等を得ることができます。

図2 航空機接近検知識別装置(RD-90)の原理
図2 航空機接近検知識別装置(RD-90)の原理

2. 航空機最接近検知識別装置(RD-100)

航空機が発する対地距離測定電波(電波高度計の電波)を受信し、その電界強度レベルの極大値を捕らえることで航空機の最接近時刻を±1~2秒の精度で正確に測定する装置です。 鋭い指向性を持つセンサーを複数組み合わせて計測することにより、航空機の上空通過時の移動方向を得ることができます。

図3 航空機最接近検知識別装置(RD-100)の原理
図3 航空機最接近検知識別装置(RD-100)の原理

離着陸時刻の自動判定は、RD-90の技術を応用して実現しています。滑走路を見通せる場所(滑走路端や管制塔など) にセンサーを配置し、航空機が発するトランスポンダ応答信号電波を常時受信・監視します。 信号に含まれる機体の接地状態と高度の情報を解析し、地面に接地した瞬間あるいは地面から離れた瞬間の時刻を秒精度で正確に計測します。

図4 離着陸時刻の自動判定原理
図4 離着陸時刻の自動判定原理

使用滑走路の自動判定は、RD-100の技術を応用して実現しています。 航空機の通過方向を計測するための6つの指向性を組み合わせたセンサーを滑走路端に設置し、航空機が発する対地距離測定電波を常時受信・監視します。航空機上空通過時の各チャンネルの電界強度レベル波形を解析することにより、滑走路をどの方向からどの方向へ飛行したかを捕らえます。2本の平行滑走路がある場合でも、センサー感度の調整によりカバーエリアを限定することで、どちらの滑走路を使用したかを判別可能です。

図5 使用滑走路の自動判定原理
図5 使用滑走路の自動判定原理

弊社の離着陸滑走路自動判定技術により、従来は分単位の情報しか得られなかった運航実績データが秒単位で自動計測できるようになります。 また、滑走路の運用方向についても、実測による正確なデータを入手可能となり、運用方向別の騒音影響の把握等の分析精度も大幅に向上します。

さらに、当技術と弊社の航空機騒音監視装置(DLシリーズ)を併用することで、羽田空港周辺などの空域錯綜地域において、対象空港離着陸機による航空機騒音を自動的に特定できるという大きな利点が生まれます。

図6 監視対象空港離着陸機の特定方法
図6 監視対象空港離着陸機の特定方法

先に述べたとおり、当技術の離着陸を監視する装置と空港周辺で航空機騒音を監視する装置における航空機の識別は、全く同一のベース技術に基づいています。つまり、空港内外で個別に航空機の固有番号等の情報を採取していますので、空港外で航空機騒音が測定された際に取得した航空機の固有番号を、空港内で離着陸が測定された航空機の固有番号に照し合せることで、発生した騒音が対象空港を離着陸した航空機によるものかどうかを自動的に選別できることになります。

4.かぶり音自動判定技術

弊社は、Noise Visionでおなじみの全方位音源探査技術を応用し、測定された航空機騒音へのかぶり音の影響をほぼリアルタイムで自動判定する技術を考案・実現しました。

航空機騒音の測定には、計量法をパスした騒音計を用いることが義務付けられています。 騒音計は1本の無指向性マイクロホンで計測を行いますので、上空からの航空機騒音の発生と同時に傍らを自動車が通過するなどのかぶり音が発生した場合、それらのエネルギーが合成された騒音レベルが結果として得られることになります。

調査員が観測地点に常駐している場合であれば、航空機通過時に発生する騒音を目と耳で観察し、騒音計の測定結果に航空機以外の騒音が含まれているか否かを見極め、データを取捨することが可能です。 このような判断ができる理由として、人間の聴覚には、複数の音が到来する状況において、それらを個々に分離し、どの音が大きいのかを判別できる高度な空間分解能が備わっていることが知られています。

人間の聴覚のこのようなメカニズムに着目し、騒音計の無指向性マイクロホンで観測される様々な音が、どの方向からどの程度の大きさで到来しているのかを分析することにより、観測された騒音レベルが測定対象となる騒音源からの寄与で決まっているのか否かを自動判別する方法、それが球バッフルマイクロホン(SBM)による全方位音源探査技術です。

図7 かぶり音の自動判定手順
図7 かぶり音の自動判定手順

図8にかぶり音の自動判定の一例をご紹介します。上図のように傍らに道路がある地点にセンサーを配置し、着陸機が上空を通過するのと同時に自動車が道路を通過した時の音源探査分析の結果が下のグラフになります。

左側のグラフは音源の3次元的な位置を正距方位図法により平面投影したもので、○でプロットされたものが上半球の音源、×でプロットされたものが下半球の音源となっています。 右側の3つのグラフは上から音源位置の方位角、仰角、音源強度レベルの時間変化をプロットしたものです。 グラフ中央の点線の位置が最大騒音レベルを観測した時刻となっています。

グラフ中の黒○×で示した音源が航空機の直接音と地面反射音、赤×で示した音源が自動車という結果となっており、最大騒音レベルを観測した時刻において航空機による音源の強度が卓越しているため、この例では航空機騒音として集計・評価すべきという判定になります。

図8 かぶり音の自動判定例
図8 かぶり音の自動判定例
図8 かぶり音の自動判定例

5. 羽田空港周辺における航空機騒音監視の現状

国土交通省航空局では、羽田空港に離着陸する航空機の飛行概況、航空機騒音の発生状況等についての理解を得るために、飛行コース(動画)及び航跡図ならびに国の設置している騒音監視塔(計8ヶ所) において観測された騒音値についてインターネットを経由して公開する「飛行コース公開システム(東京国際空港)」を、平成18年8月1日から運用開始しています。

同システムにおいては、今回ご紹介した弊社の最新技術(離着陸滑走路自動判定技術及びかぶり音自動判定技術)が採用され、これまで多くの手作業が必要だったかぶり音の影響を受けた航空機騒音の削除、ならびに運航実績と航空機騒音との照合が、ほぼ完全自動で行えるようになっています。このようなシステムは世界的に見ても画期的なもので、今後世界中の注目を集めるようになると思われます。

図9 羽田空港場内の離着陸監視装置
図9 羽田空港場内の離着陸監視装置

図10 羽田空港場外の航空機騒音監視装置
図10 羽田空港場外の航空機騒音監視装置

6. おわりに

弊社の航空機騒音計測技術は、従来から利用者の方々の高い評価をいただいていると自負しておりますが、今後も今回ご紹介しました他にない独自の技術の新たな開発、及び従来技術の更なる洗練を継続して行い、利用者の方々、またその先の地域住民の方々の満足度向上を目指して努力していきたいと考えております。

今回の記事掲載のご了承、ならびに弊社の航空機騒音計測技術に対するご理解とご協力をいただいております国土交通省航空局 飛行場部 環境整備課 騒音防止技術室の方々をはじめ、関係者各位に深く感謝いたします。

おすすめの記事