DL事業部 東岡 泰一、水野 貴宏

1. はじめに

今や交通分野の大きな役割を占め、なくてはならない存在となった航空機ですが、利便性や経済効果と引き換えに、周辺環境へと与えている影響は決して少なくありません。航空機が与える環境影響の主な要因の1つは航空機騒音です。そのため、航空機の騒音を制御する技術の研究・開発が日々行われており、これらの技術革新の結果、新型航空機が登場するに従って、航空機自体から発せられる騒音は年々小さくなる方向へと進んでいます。また、空港自体を海上に建設して騒音源となる航空機の航路を市街地から離れた沖合へと移動させることにより、市街地へと到達する騒音を低減させる取り組みが羽田空港、関西国際空港、中部国際空港など日本各所で行われるようになってきました。

航空機の騒音影響が小さくなることは周辺環境にとって歓迎すべきことです。しかしながら、航空機騒音を測定・評価するという視点で考えた場合、航空機騒音と航空機以外の騒音の区別がつきにくくなるということは、正確な測定・評価が難しくなることに加え、各担当者の精査に係る手間が増えてしまうということに他ならないのもまた事実です。

また、航空機騒音の測定を行う上で、測定地点の選定は結果に大きく影響しますが、理想的な環境の地点で測定を実施できることが決して多くはないのも事実です。目の前に交通量の多い道路がある場合など、周辺に大きな騒音源がある場所で測定を行わなければならない場合、航空機騒音が小さくなくても、周辺の音源に影響を受け、航空機騒音を正しく評価できない事態も考えられます。

弊社ではこれまで航空機騒音とそれ以外の騒音を自動で識別し、航空機騒音のみを抽出する自動識別装置を独自開発し、航空機騒音測定の省力化と高精度化に貢献してきました。航空機が発する電波を捉えることで航空機の接近を検知し、騒音レベルと電波の電界強度の時間的な相関から航空機騒音を自動で識別する「航空機接近検知識別装置RD-90」や航空機が自機の高度を測定するために発する電波を基に、航空機が測定地点に最も近づいた時刻を判定する「航空機最接近検知識別装置 RD-100」などがその例となるものです。

図1 電波式航空機自動識別による航空機騒音の判別
図1 電波式航空機自動識別による航空機騒音の判別

これらの自動識別装置の識別率は95%以上という高い実績を誇りますが、航空機騒音が明確に区別できる場合に比べ、航空機騒音とそれ以外の騒音のレベルが拮抗している場合、正確な自動識別が困難な状況に陥ることが想定されました。

そこで弊社では、弊社独自の全方位音源探査識別技術を活用し、これらの諸課題を解決する装置を開発しました。ここではその最新技術と装置について、事例を交えご紹介します。

2. 全方位音源探査識別技術

全方位音源探査識別技術は騒音計のマイクロホンに「何の音が」「どの方向から」「どれくらいの大きさで」入力されたかを判定することで、航空機騒音が卓越していたか否かを識別する技術です。音源の到来方向を分析するための技術には古くから知られる「相関法」を用いた方法がありますが、ここでご紹介する全方位音源探査識別技術との間に大きな違いが表れるのは、複数の方向から同時に音が到来した場合です。

相関法は卓越する単一の音源から到来する音を分析することを想定し、考案された技術です。従って、複数の音源から同時に似通ったレベルで音が到来した場合、正しい結果を得ることができません。一方、全方位音源探査識別技術では、同時に存在する複数の音源についてそれぞれの強さ、到来方向を分離・特定することが可能です。また、それぞれの音源の強さを把握することで、測定地点に対しどの音源が与える影響が大きいかまで判定することができます。

図2 相関法(左)と全方位音源探査識別(右)の違い
図2 相関法(左)と全方位音源探査識別(右)の違い

航空機騒音の自動測定においては、航空機騒音とそれ以外の騒音が複数混在している中で航空機騒音だけを識別し、抽出する必要があります。

弊社ではこれまで、全方位音源探査識別装置として、DL-SBM、SD-100を開発し、航空機騒音自動測定装置(DL-100シリーズ)と組み合わせることで精度の高い航空機騒音識別を行ってきました。今回は、航空機音源探査識別装置 SD-100による識別の方法と、それを用いた実例をご紹介させていただきます。

3. 航空機音源探査識別装置 SD-100

音源探査による航空機騒音識別を行うために弊社が最初に開発したのが、DL-SBMという識別装置です。DL-SBMは非常に精度良く航空機騒音を識別できますが、その反面、センサーが大きく、データ収録のための装置も大がかりなものでした。

対してSD-100では、DL-SBMで用いていた技術とは違ったアプローチで音源探査を行っています。その結果、高い識別精度を保ったまま、センサー及び装置筺体の軽量化・小型化に成功しました。下図は、実際の設置例です。右端の騒音計マイクロホンに比べて一回り大きい写真中央のセンサーが、SD-100のセンサーです。

図3 SD-100センサー(写真中央)
図3 SD-100センサー(写真中央)

4. SD-100による音源探査の仕組み

SD-100は、センサー部分のマイクロホンの配置に特徴があります。次の写真に示すように、センサー内部にはマイクロホンを6本備え、全てのマイクロホンの面がセンサーの中央を向くように配置されています。

図4 SD-100センサー内部
図4 SD-100センサー内部

SD-100の音源探査に用いている手法は、マイクロホンが向いている方向に指向性を持つ(このような指向性のことをカーディオイド(Cardioid)といいます)マイクロホンを三次元直交軸上(X軸・Y軸・Z軸の各軸上)にそれぞれ向かい合わせて配置することで全方位の音源探査を行うもので、カーディオイド同士が向き合っていることからこの音源探査手法は「C-C法」と呼ばれています。

C-C法を用いることで、3次元的な音の到来方向とその音源強度は、次のようにして求めることができます。

  1. ある瞬間にそれぞれのマイクロホンへ到達した音の音圧を測定します。
  2. 向かい合っているマイクロホン同士の音圧レベルの差を求めることで、それぞれの軸ごとに音の到来した向きと強さ(音響インテンシティ)を求めます。
  3. 3軸それぞれの結果を合成することで、センサーへ到達した「音の方向」と「音の強さ」を知<ることができます。

図5 C-C法による音源探査のイメージ
図5 C-C法による音源探査のイメージ

ただし、C-C法では、ある瞬間の測定結果のみに着目すると、求められるのはその瞬間に卓越していた音の方向と強さのみ、すなわち1つの音源の方向しか指し示すことが出来ません。

それでは、その測定結果から、航空機とそれ以外の音が入り混じり、複数の音が同時に発生するような状況下でどのようにして「航空機騒音」を識別するのでしょうか?

5. SD-100を用いた航空機騒音識別の方法

識別方法についてご紹介するに当たって、簡単な例を2つ考えてみます。

ある瞬間に測定された音の方向と強さを、1本の矢印で表すことにします。SD-100の音源探査結果は1/100秒に1回得ることができます。すなわち、例えば1秒間の測定結果を全て表示すると、100本の矢印が描かれることになります。

まず、1秒間の間に、卓越する音源が1つしかなかった場合を考えてみます。音源が1つであれば、矢印の全てがその音源の方向を指し示します。すなわち、矢印のバラつきは少なくなります(図6)。

では、同じ1秒間の間に複数の音源が存在した場合はどうでしょうか。

図6 音源が1つの場合の測定結果例
図6 音源が1つの場合の測定結果例

AとBという2つの音源があったとします。瞬間ごとの矢印は、Aの音が卓越した瞬間はAの方向を指し示し、逆にBの音が卓越した瞬間はBの方向を指し示します。また、AとBにレベル差があまり無い瞬間には、AとBの中間あたりを指し示します。これを同じように100本の矢印を全てプロットすると、音源が1つしかなかった場合に比べると矢印のバラつきが大きくなることがわかります(図7)

図7 音源が2つの場合の測定結果例
図7 音源が2つの場合の測定結果例

このバラつき具合を数値化して表すことで、バラつきが少なければ1つの音源が卓越していると判定ができますし、逆にバラつきが大きければ卓越する音源がない、言い換えると、対象とする音源に対して影響を与える「かぶり音」が存在する、という判定を行うことができます。

さらに、卓越している音源がある場合、その音源が航空機か否かの判定は、測定地点と航空機の位置関係を利用して行います。音源の方向が測定地点から見た航空機の方向と合致していれば、その時刻に発生した騒音は航空機騒音であると判定できます。

このSD-100を用いた航空機騒音識別方法は2013年に特許を取得しています(特許 第5367134号)。

この方法を用いると、ある特定の時間幅ごとに、航空機騒音が卓越しているかそうでないかの識別をすることができるため、航空機騒音測定を実施する際に1秒間等価騒音レベル(LAeq,1s) を求めておけば、1秒間毎に航空機騒音識別を行った結果を適用することで、単発騒音暴露レベル(LAE) の算出区間を詳細に評価することが出来ます。

また、音の到来方向を識別のファクターとして用いているため、空港近傍において、電波による方式だけでは識別の難しいリバース音やエンジンテストなどの空港内で発生する音の識別に利用することも出来ます。

6. SD-100による航空機騒音識別の実例

SD-100による航空機騒音識別は既に複数のお客様にご利用いただいており、高い評価をいただいています。ここでは中部国際空港様での運用を例に、SD-100の活用方法をご紹介します。

中部国際空港は愛知県常滑市の伊勢湾沖合約2kmに浮かび、対岸部の陸地と並行に延びる滑走路を備えた海上空港です。開港当初から空港島外に騒音常時監視測定局を4局整備され、継続的に周辺地域の環境監視を実施されています。

騒音常時監視測定局は空港南側(直線距離 約12km)に1局、連絡橋を挟んだ空港の側方(同 約6km)に1局、伊勢湾を挟んだ空港北側(同 約25km)に2局といった配置になっています(図8)。いずれの地点においても空港の海上建設の効果により、航空機騒音がそれ以外の騒音に対して突出した騒音レベルで観測されることは少ないため、周辺環境からの騒音影響を大きく受け、航空機騒音とそれ以外の騒音の区別がつきにくい環境となっています。

このような環境において、航空機騒音を高い精度で識別するために、SD-100による音源探査識別が有用であると認めていただき、2012年3月のシステム更新時に4局全てに導入いただきました。

図8 中部国際空港 測定局の配置
図8 中部国際空港 測定局の配置

各測定局に設置した測定器は単発騒音の記録と合わせて、電波による航空機騒音識別や音源探査識別に必要なデータを自動で記録・蓄積します。それらのデータを、専用通信回線を通じて空港島内のデータサーバに収集した後、測定された単発騒音について、電波による識別を行い航空機騒音か否かを自動判定します。さらに、航空機騒音と判定されたデータについて、音源探査識別の結果を適用してかぶり音の有無を自動判定します

自動判定された結果は、分析員による確認・精査によってより精度の高い結果へ修正され、空港近傍の測定局のリバース音データ等を加えたうえで、確定結果として一般公開されています。データ精査は熟練した分析員によって全データについて緻密に行われ、極めて高い精度を維持されています。

精査が完了している2012年5月から2013年12月のデータについて、音源探査識別の結果かぶり音ありと自動判定されたデータのうち、分析員が自動判定結果をそのまま採用したものを「SD-100の自動判定が正解」として、分析員が自動判定結果を修正したものを「SD-100の自動判定が誤り」として集計しました。「SD-100の自動判定が正解」のデータの割合を音源探査識別の正答率として表したのが以下の表です。

表1 音源探査識別結果 正答率
正答率(%) かぶり音有と
自動判定された
データ数
SD-100の
自動判定が正解
SD-100の
自動判定が誤り
測定局(1) 95.9 11865 11383 482
測定局(2) 97.6 13806 13476 330
測定局(3) 98.4 11090 10913 177
測定局(4) 96.1 5612 5394 218

全ての測定地点において95%以上の正答率を示しており、SD-100による音源探査識別が高い精度を実現していることをご理解いただけるかと思います。

7. おわりに

平成25年4月の航空機騒音に係る環境基準の改正、航空機の低騒音化、空港の沖合展開など、航空機騒音の識別と評価の課題はより一層複雑化・高度化しています。今回ご紹介させていただきました全方位音源探査識別技術のように、弊社では独自技術の研究・開発を押し進めることで、様々な課題に対し、いち早く、最適な解決手法をご提案できるよう努力してまいります。

今回の記事を執筆するにあたり、データをご提供いただきました、中部国際空港株式会社 経営企画部 空港計画グループの皆様のご協力に深く感謝いたします。

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