コンサルティング事業部 柳瀬 厚志
1. はじめに
実験室シリーズの第4弾として、「音の実験室クリニック」をご紹介したいと思います。2008年から開催している「音の計測セミナー」に参加された方々から、音響実験室に関する質問や相談などを頂くことがあります。具体的には、竣工当時から実験室の状況や試験方法などが変わったため、現状の実験室の音響性能に問題ないかが気になるといったお話です。
これに対して我々は、実験室の実使用状態での音響性能測定を行い、試験方法・内容に適しているかを診断し、場合によっては具体的な対策方法をご提案するサービスを提供いたしております。
2. 現在の実験室に問題はありませんか?
比較的竣工から年月が経っているユーザー様から、下記のような相談を頂くことがあります。
- 測定データがバラつく、再現性が悪い
- 昔の測定データと傾向が変わった
- 暗騒音が大きくなった(周囲の騒音が気になる)
- 吸音層の汚れの影響が気になる
これらの原因としては、
- 適切な位置で測定しているか
- 室内の反射物の影響はないか
- 経年による遮音構造・吸音層の性能劣化
- 設備機器の老朽化
- 温度・湿度の影響
などが考えられます。
竣工当時は、使用目的(試験方法)に適した実験室であったと思いますが、年月が経つと求められる音響性能が向上し(より静かに、より精度よく!)、試験方法(規定の変更?)や試験対象物の大きさ・形も変わってくるのに対し、実験室自体の音響性能は竣工当時よりも劣化している可能性があるからです。
3. 音響性能の何を確認すべきか?
我々が施工する実験室では、竣工時に音響性能を確認するための測定を行い、測定結果報告書を提出しています。ユーザー様の使用目的を満足する音響性能を実験室が有しているかを確認するためです。よって、現状の音響性能の診断内容も竣工時の音響測定に準じた内容になります。
3.1 音響性能の診断内容
◎自由音場の成立範囲(逆二乗則特性)[無響室] ◎残響時間周波数特性[残響室] ◎暗騒音レベル[共通] ○遮音性能[共通] |
◎必須 : ○選択 |
まず、無響室には必ず自由音場の成立範囲があります。無響室内であればどの位置でも測定OKというわけではありません。自由音場の成立範囲は無響室の吸音層の性能によって変わりますが、周波数によっても異なります。現在行っている試験の対象周波数範囲で必要十分な自由音場エリアが確保されていることが重要です。以下のようなことが当てはまるケースはありませんか?
- 試験の備品として反射物となるものを入れている
- 測定対象の下限周波数が低くなった
本来、反射物がほとんどない無響室内に反射性のものがあると、少なからずその反射音が測定データに影響を及ぼしている可能性があります。また、吸音層の材料や形状・構造によって、実用上測定できる下限周波数が異なりますので、注意が必要です。よって、このような場合は現状の実使用状態で逆二乗則特性の測定を行い、測定対象周波数で自由音場の成立範囲が測定位置をカバーしているか診断することをお勧めします。
次に残響室は、残響時間の減衰特性や拡散性などが室の性能を左右する要素となります。特に残響室法吸音率の測定に関しては、残響時間の減衰の様子や残響時間の分布が一様でない場合、測定位置によって値がバラつく、測定のたびに値が変わるなどといった現象が起こる可能性があります。更に、測定時の温度・湿度のモニターと管理も重要な要素です。
無響室・残響室の共通診断項目として暗騒音レベルがあります。これは測定可能な音圧レベルの下限値を知る上で重要な測定です。近年、低騒音化製品の開発が進む中で、実験室の暗騒音レベルが製品の音圧レベルよりも十分に小さくなければ精度の良い測定は行えません。
遮音性能を選択としているのは、実験室が稼動状態であれば暗騒音レベルを確認することで実験室周りの遮音性能が十分であるかどうか判断できるからです。もし暗騒音レベルが大きくなっている場合には、設備機器の老朽化などの確認と合わせて扉や壁などの遮音性能を確認し、原因の追究と対策案の検討を行います。
4. 弊社研究所設備での性能確認・対策事例
弊社の研究所の設備(無響室・残響室)での性能確認・対策事例をご紹介したいと思います。
4.1 無響室のマイクロホン移動装置の反射の影響
第1研究所の無響室の天井にはマイクロホン移動装置(以下、MT)が設置されています。MTは測定時間の短縮・効率化と測定精度の向上に大きく貢献していますが、無響室から見れば反射物となります。MT設置前後で逆二乗則特性の測定を行い、影響する周波数と成立範囲を確認しました。グラフは横軸:音源からの相対距離、縦軸:相対音圧レベルです。各周波数の上下にある破線がJIS/ISOの許容範囲です。
MT設置により1600Hz、2500Hzにおいて、音源から2mを離れる位置で測定値がバラつき、許容範囲を超えていますが(グラフの赤丸囲み)、MTにフェルト巻きを施すと若干バラつきが小さくなることがわかります。反射物の影響は測定対象である音源の種類、音源と反射物の位置関係・大きさ、測定周波数によっても程度が異なりますので、無響室の実際の使用目的に合わせた診断や対策が必要になります。
図1 MT設置前 | 図2 MT設置後 | 図3 MT設置後(対策後) |
<測定データ>
音源;純音 測定方向;室中央から室隅(対角)へ 備考;測定方向にMT有り 対策;MTに厚手のフェルト巻きを施した |
4.2 小型残響室の残響時間と吸音率のバラつき
残響室法吸音率は残響室内で、測定対象である試料の有無2ケースの残響時間を測定することにより求めますが、残響時間測定値が空間的に大きくバラついていると、残響室法吸音率もバラつきます。残響時間のバラつきを小さくする対策方法として室の拡散性を向上させることが重要です。弊社の小型残響室には半球状を模した拡散体(写真1)を取り付けて拡散性の向上を図っていますが、この拡散体の効果を確認するために拡散体の有り無しの状態で残響時間を328点で測定し(図4)、各点での残響室法吸音率を求め、その結果のバラつきを標準偏差で表してみました。測定試料は、GW32k25tです。
写真1 弊社小型残響室
図4 測定点位置
図5 全328点のうち、各1点で評価した吸音率の標準偏差
拡散体有りの状態は、無い時に比べて吸音率の標準偏差が1250Hz以下で大幅に小さくなっており、拡散体の効果が表れているものと考えられます。1点で評価した吸音率のバラつきが小さくなることは任意の測定点数で測定した結果のバラつきも小さくなると判断できますので、残響室の残響時間のバラつきを知り、拡散性を向上させることは測定データの信頼性を高める上で重要です。
以上、弊社の事例を挙げて紹介させて頂きましたが、これからも皆様のご質問やご相談、さらには「音の実験室クリニック」を通して、皆様のお役に立てるよう努力していきたいと思いますので、ぜひご用命をお待ちしております。