システム事業部 高島 和博、田中 菜津、藤田 祐作

1. はじめに

これまで御馴染みの全方位音源探査システムNoise Visionは、国内外の自動車関連のお客様に幅広くご利用いただいております。コンサルティング案件でも広く利用されているこのシステムは、自動車、環境騒音、航空機騒音といった分野で幅広く利用されている他に、スタジオの音響障害の発見等にも威力を発揮して参りました。球体状のマイクロホンアレイを利用するこのシステム、応用範囲も広いのですが実は色々と問題点もあります。今回ご紹介するシステムは、お客様のニーズと我々の培ってきた技術を融合して生まれた、非常にユニークな製品です。本稿ではその開発の経緯と製品のコンセプト、利用方法等についてご紹介いたします。

2. 開発の背景

本製品の企画は約1年前に遡ります。これまで開発してきた球体状のマイクロホンアレイは、自動車の中といった閉空間での解析が得意でしたが、自動車で言うところの車外や建機、事務機器等の騒音解析で音源からある程度離れた場所からの測定を余儀なくされる場合、御客様のニーズを満たす音源分解精度が得られにくいという問題がありました。

自動車での典型的な例は、車外での風騒音の解析です。高速走行の際、車両周囲の空気の流れの乱れが原因で風騒音が発生し、それが車内で聞こえることで問題になります。発生する音もホワイトノイズのような音から、時には特定のピッチを伴ったホイッスル音と呼ばれるような音まで様々です。この音を低減するために車両の一部、例えばドアミラー等の部品形状を検討することが一般的に行われています。部品形状を検討するといっても大変微妙な形状変更ですので、まずは音が出る原因となっている場所を正確に突き止める必要があります。そのためには、風洞実験設備でのテストが欠かせませんが、その環境が大変な曲者。なぜなら、車が高速走行している状況を室内でシミュレートする訳ですから、当然100km/hを軽く超えるスピードで風が吹いています。その中にマイクロホンを設置すると...皆様想像されるとおり、マイクロホンが風に吹かれてしまい、まともに測定できません。ウィンドスクリーンで防御するという手段も考えられますが、ウィンドスクリーン自身が吹き飛ばされるおそれがあり、非常に危険です。ということは、風の影響が少ない場所から狙いを定めて測定する以外に手段がないのです。

このような状況では、例えば車両から5m程度離れた場所から、数cmの精度で音源を同定する必要があります。つまり、これまでの音源探査よりも非常に細かく音源を分解し、評価できるシステムが必要なのです。このようなシチュエーションは他にも多くあり、我々も新たな技術開発を行い対応する必要がありました。重要なポイントは2点あり、一つは新型のマイクロホンアレイの開発、もう一つが解析精度を更に向上させるアルゴリズムの開発です。

3. 新型平面マイクロホンアレイOTAR

それではまず、今回開発した平面マイクロホンアレイをご紹介しましょう。写真1をご覧下さい。

写真1 Optimum Typhoon Array(OTAR)
写真1 Optimum Typhoon Array(OTAR)

その名称はOptimum Typhoon ARray(OTAR)です。正面から見たマイクロホンの配置が気象衛星から見た台風のように見えることから名づけられました。

まず特徴的なのは、名前の通りそのマイクロホン配置でしょう。写真1のシステムでは、60本のマイクロホンを使用していますが、2種類のアレイモジュール(直線モジュールと曲線モジュール)によりマイクロホンアレイ全体が構成されています。各アレイモジュールには、6本ずつマイクロホンを取り付け、それぞれマルチケーブル1本で結線します。マイクロホンの配置は数値シミュレーションで徹底的な検討を行った結果得られた、まさに最適配置と言えるものです。このシステムでは2種類のアレイモジュールを併用することにより、モジュールを1種類に限定した場合よりも音源同定精度の大幅な向上に成功しています。(特許出願済)

また、モジュール構成とした理由は、モジュール単位の組み合わせにより、用途に応じてサイズ、チャンネル数を変更したマイクロホンアレイを柔軟かつ容易に作成できるためです。実際このシステムを基本として、次のターゲットに向かった開発が進んでいます。

続いて特徴的なのはそのサイズです。写真1の構成では直径が2.7m程度あります。写真で見るとその大きさを実感できにくいと思いますが、弊社のシステム製品としてはかなり大型の部類に入ります。もちろん、このシステムの解析対象、つまり周波数、測定距離等を考慮した上での構成ですが、逆にこのようなサイズでマイクロホンを60本に抑えることができたことも大きな成果です。さらに、高精度なカメラを装備し、精緻な可視化に対応しています(写真2)。

写真2 曲線状アレイモジュール 写真2 高精度カメラ
写真2 左:曲線状アレイモジュール、右:高精度カメラ

4. 新解析手法 仮想リファレンス信号による相関分析

解析手法は、このタイプのマイクロホンアレイで一般的に行われているビームフォーミング法ですが、球体状マイクロホンアレイの際に開発した低周波域での分解能劣化を最小限に抑える最適化技術を適用し、高い分解能を低周波まで維持しています。

今回はさらに新しい解析手法を導入しました。図1の左は、無相関なノイズを放射する2本のスピーカから4m離れた場所に設置したOTARで測定した結果を解析した結果です。2つの音源が特定できていることがわかりますが、両者の間は完全に分離できているとは言えない状態です。一方、右図は右側のスピーカだけが音を出している状態ではなく、両方のスピーカが音を再生している状態から右側のスピーカの寄与を信号処理で除外した解析結果です。簡単に言えば、右側のスピーカの音を「無かったことに」できる技術で、完全に左側のスピーカだけが音源として同定されていることがわかります。通常、このような解析をするためには、スピーカの近くに別途リファレンスマイクロホンの設置が必要になりますが、今回開発した技術ではリファレンスマイクロホンを設置することなく音源の解析精度を高めることができ、様々なシーンで応用が期待できます。(特許出願済)

図1 2つのスピーカからの音を解析した例(4000Hz、左:通常の解析結果) 図1 2つのスピーカからの音を解析した例(4000Hz、右:右側のスピーカからの寄与を信号処理で除外した解析結果)
図1 2つのスピーカからの音を解析した例
(4000Hz、左:通常の解析結果、右:右側のスピーカからの寄与を信号処理で除外した解析結果)

5. 適用と今後の展開

このシステムは最初にご紹介した風騒音解析の他にも様々な状況で利用可能です。特に建機や工場といった、測定対象が非常に大きく詳細な近接測定が困難な場合の利用が効果的です。下図はコンプレッサの音源を同定した例で、狭い領域に分布する音源が高精度に複数同定されていることがわかります。

図2 コンプレッサの音源同定の例(1700Hz-2500Hz)
図2 コンプレッサの音源同定の例(1700Hz-2500Hz)

6. おわりに

今回はNoise Vision シリーズの新製品をご紹介させていただきました。紙面も限られており、技術の詳しいご紹介は出来ませんでしたが、新たな可能性の一端を感じていただければ幸いです。今後も更にラインアップの拡充を図れるよう、開発スタッフ一同努めて参ります。お客様の環境でのデモにも対応できますので、お気軽にお申し付け下さい。

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