無響室の性能と機能

音空間事業本部 石垣 充、堀井 理恵、葛西 信輔

1. はじめに

無響室とは、簡単に言えば、読んで字のごとく"響きの無い"実験室です。ここでは、周囲から反射してくる音がないので、対象物から直接出ている音だけにターゲットを絞って、製品の音を測定したり、被験者を室内に入れてアンケート調査をしたり、楽器演奏を行って響きのない直接音のみの録音をする等様々な使い方ができます。

しかし、無響室といえども実際は全く響きがないわけではありません。本当に響きのない部屋を作るのは不可能です。仮に作るとしても、歩ける床もなく、照明もないでしょうから、"恐室"になってしまうことでしょう。

では、"無響室とは何なのか?" "何のためにあるのか?" "どんな実験をしているのか?" "実験以外でも使用できるのか?" など紹介していこうと思います。

2. 無響室の概要

まず無響室は、室形状から図1のように完全無響室と半無響室に大きく2分されます。これらの違いは、基本的に硬い床が「ある」か「ない」かだけです。測定対象が、重い物や床に設置する機器などの場合は半無響室で測定し、それ以外の場合は完全無響室で測定するのが一般的です。壁1面が反射面で、他5面が吸音面となっている壁掛機器用の半無響室もあります。

図1 完全無響室と半無響室
図1 完全無響室と半無響室

完全無響室

測定の精度は高く、限りなく自由音場に近い空間となります。家電・音響機器、小型産業機器、自動車部品メーカーなどが主なユーザーとなります。床面が網状となるため小型軽量の対象物に適していますが、作業性は若干劣ります。

半無響室

床面が平滑で硬いため、測定内容は限られますが、測定対象物の設置は容易で、重量物の各種測定を通常の使用目的とします。自動車、産業機器メーカーなどが、主なユーザーとなります。

次に音響性能という点から無響室を表現するとすれば、測定したい周波数帯域において外部からの騒音が十分に小さく、自由音場が成立している範囲がある実験室と言えます。自由音場が成立している範囲とは、室中央床面で発生した音が、距離減衰の理論式のとおりになる範囲のことで、半無響室の場合は床が反射面なので上方向、斜め上(壁・天井の隅)方向において自由音場が成立し、完全無響室の場合は、全方向において自由音場が成立する事となります。

実際の無響室には、照明や測定装置などの、音を反射する物が多く存在します。この様な"不可避な反射物"においても、その面に吸音マットを貼るなど、反射を無くす努力をします。先に「発生音が距離減衰の理論式のとおりになる」と述べましたが、これらの影響により、測定値が必ずしも理論式通りになるとは限らないために、ISOやJISで許容偏差が周波数ごとに定められており、無響室が完成した後には性能測定をし、自由音場が成立する範囲を確認しなければなりません。

自由音場が成立する範囲は、対象音の周波数、室の大きさ、吸音面の性能によります。例えば、高い周波数の音しか出ない小型のものを近傍で測定する用途の無響室や、大型のものを測定する場合でも十分大きい室ならば、吸音面は厚さ5cm程度のグラスウール化粧板が貼ってあれば十分な場合もあります。(図2)  ※現実的ではありません。

図2 グラスウール化粧板を使用した無響室
図2 グラスウール化粧板を使用した無響室

「外部からの騒音が十分小さい」ことについては、測定対象音より、室内騒音が15dB以上小さければ良いとISOやJISで決まっています。例えば50dBの騒音がでる機械を測るのであれば、室内の暗騒音は35dB未満であれば補正無しで測定することができます。

以上、ここまで概要を述べてきましたが、無響室とは、測定対象物や測定内容によって、かなり違うものとなることを理解していただけたと思います。無響室を作る際には、対象物の性質と測定の目的を明確に理解していくことで、おのずと適切な無響室の仕様が決まっていきます。

3. 無響室の設計

無響室の仕様を決定するにあたって、前節でその概略を述べましたが、いざ設計の段階になると実にさまざまな方面からの検討が必要となります。「何をどのように測定するのか?」をベースに、ユーザーの使い勝手や目的にあわせた最良の"かたち"に築き上げていきます。また、無響室自体だけでなく、隣接する計測室や搬入経路、保管スペースや実験用資材置場などの検討が必要となり、これらを勝手よく、無駄なく配置することも重要なポイントです。さらに、無響室での測定や実験は長時間にわたって行われることが多いため、測定に携わる技術者や研究者にとって、使いやすく快適な実験(研究)施設とすることもポイントとなってきます。

電気・空調等の設備設計についても無響室の性能を確保するために不可欠な要素となります。空調騒音の制御や室内の温湿度のコントロール、試験体への電気供給、照明の明るさ、制御方法やノイズ対策など、その無響室に求められている条件により綿密に計画を行います。

つまり、建築音響設計と各種の設備設計は、性能を追及する上では、切り離すことの出来ない関係にあり、同じ実験室の様に見える空間でも、これらの計画の中で何種類にもその表情を変えて、単なる実験施設ではない個性の有る空間へと変わってきます。

無響室設計の必要条件

  1. 測定対象物の特徴とその大きさ及び重量
  2. 測定したい周波数帯域とレベル
  3. 測定対象物から測定点までの距離
  4. 無響室の設置場所、周囲の環境と暗騒音レベル
    その他、シールドの有無など

4. 無響室の吸音体

「無響室の性能を確保する=自由音場が成立する」ために、室内は吸音することになります。一般的に仕上材として、グラスウールを使用した吸音体を室内に設置します。その形状は、用途・目的によってさまざまですが、代表的な吸音体の例を以下にあげます。

吸音楔

低い周波数まで吸音性能が期待できるこの楔型が最も一般的な無響室の吸音体で、性能的にも最も優れています。

スピーカーやマイクロホンの特性の測定など高い測定精度を要求される場合などに用いられます。構造は、ワイヤーでフレームを組み、内部にグラスウールを充填し最後にグラスウールの飛散を防ぐために、音響的に透過性の高い布で袋状に覆います。奥行き60cmが標準サイズですが、更に低い周波数を吸音することが望まれる無響室では1m以上の楔を採用することもあります。但し、奥行きが大きくなる為に、室内の有効寸法としては狭くなってしまいます。

図3 吸音楔
図3 吸音楔

吸音ユニット(台形断面)

ユニットの造りは、吸音楔と同じフレーム構造ですが、奥行き30cmを基準としているため、施工性(搬入・取付など)が良く、製作コストも吸音楔より安価となります。但し、スペース効率とコストパフォーマンスの良い吸音体である反面、低い周波数帯域での吸音性能が吸音楔に比べ劣るため、中高周波数帯域の音源の測定に適しています。

図4 吸音ユニット(台形断面)
図4 吸音ユニット(台形断面)

写真1 無響室(台形の吸音ユニット)
写真1 無響室(台形の吸音ユニット)

多層式

自社内の製品検査・比較測定といった用途に採用される場合が多く、中高周波数帯域の音源の測定に適しています。

工期は吸音ユニットと同程度ですが、コストは安価になります。しかし、現場施工のため、ユニット式のような移設や交換が出来ません。仕上りとしては普通の防音室と同様にも見え、あっさりとしているので"無響室"としての存在感が薄い印象があります。

図5 多層式
図5 多層式

5. 無響室における一般的な測定

機器メーカーを例に取り上げると、無響室の測定で最も頻繁に行われるのは、ラベリング用のデータ、すなわち、機器から発生する音の大きさや、特徴を公開する(カタログ等に載せる)ためのデータを得る測定です。音響パワーレベルの測定、指向特性、周波数特性などが挙げられます。

音響パワーレベルは、複数点の時間平均音圧レベルを測定して、測定面の面積と、温度・気圧による補正値を用いて算出します。半無響室の場合は、半球面(10測定点)(図6)で測定する方法や、矩形面(9測定点)(図7)で測定する方法があります。また、完全無響室では、全球面(20測定点)で測定する方法が用いられます。試験室の大きさは、ISO3745では測定被対象物の200倍(例えば1×1×1のものを測る試験室は6×6×5.6)が必要とされてますが、実質的にここまで大きい空間は必要が無いために、JIS Z 8732において、測定範囲内が自由音場であれば良いとなっています。

指向特性や、周波数特性は、主に音響機器(スピーカー)の性能を得るために測定します。指向特性は、完全無響室にターンテーブルを設置し、その上に製品をのせて回転させ、マイク位置は固定で測定する方法が一般的です。(図8)

図6 半球測定表面のマイクロホン配列
図6 半球測定表面のマイクロホン配列

図7 平行六面体測定表面のマイクロホン配列
図7 平行六面体測定表面のマイクロホン配列

図8 スピーカーの指向特性測定
図8 スピーカーの指向特性測定

無響室では縮小模型(実物大もごくまれにありますが・・・)によるシミュレーション実験も可能です。(図9)無響室内の環境を屋外における反射のない状況に見立て、建造物が屋外を伝播する音に及ぼす影響を調べたり、ホールなどの室内模型を利用して得られた結果から音場をシミュレーションし、さらに後述する心理実験に利用するという例もあります。

図9 模型を用いた実験
図9 模型を用いた実験

また、製品や測定方法によっては、無響室内に特殊な付帯設備が必要となることがあります。測定対象物を設置・動作させる為の特殊な設備(クレーンやホイスト等)や、測定自体を自動化する為の設備(トラバース等)など、測定対象となる製品の多様化に伴って、無響室そのものも変化してきています。近年は室内の温湿度を急激に変化をさせ測定を行う環境実験室や、風洞実験室、電波暗室等と無響室を組み合わせた多機能型実験室としての使用も増えてきており、無響室に対するニーズが多様化してきている状況がうかがえます。特にこのような特殊な実験室の場合、施工する際の使用材料、工法等に注意する必要があり、従来の無響室に比べて設計作業自体も複雑になり、施工前の計画にかける時間が非常に重要となります。

6. 無響室における音響心理実験

前節で紹介した、音源そのものの物理測定とともに、その特性が人間の心理、聴感に及ぼす影響を評価する音響心理実験にも無響室が使われることがあります。

一般的な音響心理実験は無響室内で製品が発する音を再現し、それを聞いた被験者がその音に対する感覚的評価(アンケートへの回答)を行うことで、抑えるべき音、生かすべき音などを定量的に把握し、人間の感覚を反映した音をデザインすることを目的として行われています。

また、無響室内で楽器を演奏すると、響きのついていない、楽器そのものの音を収録することができます。ここで収録された音源(ドライソースと呼ばれています)に、実際のホール等の建築空間での測定や研究により得られた結果を用いて響きをつけることができます。このようなシミュレーションによって再現された音場を建築音響的に評価し、音場の性質と人間の聴感的印象の関係を調べる研究もよく行われています。

上記のような被験者による主観評価実験では、設定する感覚的指標の表現(良い、悪い、心地よい、高級感がある 等)によく注意し、単語の持つイメージと求めている結果の方向性がずれないようアンケート項目を設定し、さらに、被験者や試験環境にも注意しなければなりません。シミュレーション空間における、会話の文章了解度、明瞭度試験も同様の手法で行われ、主観評価実験の目的も様々です。その他、無響室が芸術作品の展示場として使用される例もあり、ユーザー側の様々な発想によって、無限の可能性を秘めた部屋と言えます。

写真2 コピー機の騒音測定
写真2 コピー機の騒音測定

7. おわりに

昨年、ドイツの音響研究施設を見る機会に恵まれ、様々な実験風景を見てきました。まだまだ発展の余地がある分野だということが実感できました。さらなる音響技術の発展の一助になるべく挑戦を続けたいと思います。

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