スズキ株式会社 中井 順一
ソリューション事業部 森尾 謙一(聞き手)

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昨年、スズキ株式会社(以下スズキ)四輪車両性能開発部NVH性能開発課は"音を聴き分ける"トレーニング、聴能形成を社内のトレーニングカリキュラムとしてスタートさせました。その導入の経緯と狙いについて、スズキ株式会社四輪車両性能開発課匠(組長)中井順一様にインタビューに応じていただきました。エンジニアのトレーニングとして聴能形成がどのように位置づけられているか、その興味深い一端を垣間見ることができます。ぜひご一読ください。

きっかけは「官能評価の精度アップ」、「原因の特定のスピードアップ」

(森尾)スズキでの音の聞き分けについて教えていただけますか?

(中井)音のトレーニングについては、やらなければならないというところはあったが、あまり浸透してなかったのです。例えば、私たちは自動車の騒音を実際に運転して評価する官能評価を日常的に行っています。官能評価点の付け方には絶対評価と相対評価があるのですが評価者間のバラツキがあるんです。官能評価点の個人差を小さくするシステムができれば一番かなと。

(森尾)官能評価の精度アップが狙いってことですね。

(中井)そうです。聴いた音が何Hzなのかある程度わかれば、排気系だよねとか、タイヤかなとか、原因の特定が自分でできるようになり、問題の早期解決につながります。そういった中で、音の聴き分け能力が必要になってきます。どこが原因だかわからないけど、なんとなくここじゃないかというやり方と、耳で200Hzだ250Hzだとわかるのとではデータの見方すら変わってきてしまうと思うんです。

(森尾)なるほど。音の問題の早期発見の手段として聴能形成を位置づけているということですね。

若手社員のボトムアップ

(森尾)スズキでは初級、中級、上級と訓練者の習得度合いに応じて段階的なトレーニングを行っています。初級では、「純音の高さ」、「純音の大きさ」、「音色」の違いや、「純音の周波数」、「バンドパスノイズの中心周波数」を答えるトレーニングを行っており、中級ではさらに実車走行音を用いています。このようなトレーニングカリキュラムの目指しているところは何でしょうか?

(中井)一言で言うと若手の聴き分け能力の均一化、ボトムアップを狙っています。初級に関しては一通りやって、ターゲットの点数を決めて、その点数に達していないところは何回か繰り返しやってみるようにしています。正答率が良くないトレーニングもありましたが、1,2回やればだいたいコツがわかってくるみたいで、違いがわかるようになってくるようです。

(森尾)面白いですね。聴能形成の目的はスペシャリスト養成と位置付けている導入先が多いんです。でも、スズキでのメインの目的はエンジニアのボトムアップにあるんですね。また、繰り返し行うことでスキルを身に着けていくことが重要なことはどのお客様でも同じことをおっしゃいますね。

音について語れるエンジニアを育成したい

(中井)とがったエンジニアを育成するなら1dB、1Hzの差を聴き分けられるのは大事です。でも、実車で1Hzの違いは正直わからない。それならばわかる範囲で違いを語れる人を一人でも多く作りたいんです。例えば2dB下がったことがイメージできるということは、自分がどういう車を作りたいかというイメージにつながると考えています。考えているのは車の音に対して500Hzくらいのランブルがうるさいよね、エンジン騒音下げたいよね、というようなコメントの出来る人材育成なんです。さらに、トレーニングの上級では何dBだったという、数値として答えさせることができるようにするよう、狙いをもって行っています。そうすれば違いを語れる人たちになるんです。

(森尾)自動車という多くの人々が1つの製品を設計・製作していく中で、いかにイメージを共有し、他のスタッフとコミュニケーションをとるか、そのためにも聴能形成が重要な役割を果たすということですね。

設計者と評価者間でのイメージを共有したい

(森尾)今後の展望について教えてください。

(中井)車に乗って音の評価をする人たちは、少なくとも違いが判るようにしていくべきと考えています。聴能形成によって、車がこんな音になるんだとイメージできるようになれば、重量を軽くすると2dB変わるよ、となったときにその2dBが想像できるようになります。お互いにいい車をつくっていきましょうという中では、設計者と評価する人とが、イメージを共有できない限りはひとりよがりな話になってしまいますよね。イメージが共有できれば、お互いわかりあえるのかなと。私たちの部署がスタートですが、ゆくゆくは各設計部門の設計、評価者にやってもらえればいいクルマづくりにつながると思っています。将来は社内のプログラムとして研究センターで新人教育の一環として実施するのも良いのではないかと考えています。

(森尾)ありがとうございました。聴能形成によるトレーニングがクルマづくりにどんな影響を与えていくか、これからの取り組みから目が離せませんね。

インタビューを終えて

昨今、企業での聴能形成へ注目が集まり、導入が進んできましたが、その導入は主にオーディオに関連する部門でした。今回は少々ターゲットが違いますが、今後の聴能形成のトレンドとなると確信しました。企業で聴能形成が注目されるようになったのは、

●熟練エンジニアのリタイヤ
●OJT での音聴取体験の不足
●組織内での音表現語統一の必要性
●系統的な「音のトレーニングカリキュラム」がない

といったことが背景にあります。

聴能形成は、九州大学芸術工学部音響設計学科の授業として長年取り組まれています。弊社では、その専用システム「真耳」を九州大学(旧九州芸術工科大学)とともに開発し、提供しています。

聴能形成の概要につきましては本誌第43号"音を聴き分けるトレーニング「聴能形成」"で取り上げておりますのであわせてお読みいただければと思います。

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