ソリューション事業部 森尾 謙一

1.聴能形成とは?

音響技術者に必要な能力とはなんでしょうか?音の物理特性に関する幅広い知識や最新の技術に関する知見が必要になるのですが、こと「音」を扱う場合には、それらの知識・知見とともに音の違いがわかる鋭い感性が必要となります。またその音の違いを表現し、他者に伝える能力も要求されます。このような音響技術者が必要とする能力を体系的に習得する訓練方法が「聴能形成」です。

聴能形成は、九州大学音響設計学科をはじめ様々な大学、教育機関で実施されてきました。これら教育機関では、音の物理的特性を学ぶだけでなく聴能形成を行うことで実際に音を聴きわけるトレーニングを行います。それにより音の違いを物理特性と結び付ける能力を身に着けることができるのです。聴能形成は以下の3項目を目的としています。

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図1 聴能形成の目的

2.企業への聴能形成導入

聴能形成は教育機関だけでなく企業への導入が進んでいます[1]。それには以下のような背景があります。

・計測機器、コンピュータ支援によるOJT経験の不足
・音響技術者の後継者育成
・音に関する表現語の統一の必要性

近年、計測機器やコンピュータの発展に伴い、優れた分析方法による数値化や可視化が行われ、業務効率を上げている一方、実際に音を聴いて評価する機会が減っており、熟練者がこれまで経験的に蓄積してきた技術をどう継承していけばよいのかという点が課題になっています。また、業務上のコミュニケーションを円滑に進めるために音の表現語を組織内で統一したいという話をよく耳にします。

図1 聴能形成の目的
図2 段階的なトレーニング内容

3.聴能形成の導入例─トレーニングコンテンツ─

聴能形成ではどんなトレーニングを行っているのでしょうか。多くの場合、聴能形成によるトレーニングは週1、2回、1~2時間を3か月間程度行います。

トレーニングの初期段階では音の違いを聴き分けることから始めます。純音の周波数違い、音圧レベル違い、スペクトル変化による音色の違いなどを聴き分けます。回答結果を集計し、正答率が80%~90%程度を上回るようになると次のレベルに進みます。次のレベルでは音を物理的特徴と関連付けて表現できることを目標とし、訓練者は音の違いの程度を物理的なパラメータで答えます。ここでは、純音やバンドノイズの中心周波数[Hz]、2音源の音圧レベル差[dB]、音色の変化から山付けされた周波数帯域の中心周波数[Hz]などのトレーニングを行います。音の響きの長さ(残響時間)に着目したトレーニングや、デジタル信号処理の量子化分解能[bit]、歪度、位相の変化など、業務内容に関連したトレーニングも実施されています。自動車の異音の大きさをランク付けするトレーニングの効果なども発表されており[2]、実際に業務で向き合う音を対象としたトレーニングにも効果があるとされています。

なかには実習の時間を設けて製品の音を自分の言葉に置き換えて表現する訓練や、訓練者同士でどのような音の聴き方をしているのかを話し合う時間を設けて、聴き分け方のコツ・気づきを誘発させるような方法をとっている場合もあります。

表1 聴能形成コンテンツ例(弊社新入社員研修で使用)
表1 聴能形成コンテンツ例(弊社新入社員研修で使用)

4.聴能形成の導入例─運用方法─

聴能形成の導入時には、オーディオ機器など費用のかかるハードウェアの導入に注力しがちなりますが継続的にトレーニングを行うには以下のような点に目を向ける必要があります。

・トップダウン方式での導入
・業務としての位置づけ
・クラス分けと資格制度
・トレーナーの負担削減

うまく導入されている企業では聴能形成によるトレーニングを受けることが業務として認められており、トレーニング用の時間を確保しています。また、トレーニングの成果が評価され、上級のトレーニングで成果を残すことが社内でのステータスとなっています。それがトレーニングへのモチベーションとなるケースもあります。社内の資格制度と結び付けて、例えば音に関する決定権を持つには聴能形成によるトレーニングが習得済みであるとしている企業もあります。

また、聴能形成によるトレーニングを継続していくには運用の負担を小さくしていく必要もあります。回答集計や、音の再生、回答用紙の作成はトレーニングを行うたびに実施する必要があります。そこで、コンピュータや専用システムを使い運用の負担を軽減するのも一つの手です。

弊社では「真耳」という聴能形成専用システムを製作しています。こちらのシステムは九州大学音響設計学科でも使用されているシステムです。コンピュータを使って音のスケジュール再生や回答の集計を行います。回答者はタブレットPCやノートPCを使ってクイズゲームのような感覚で回答をすることができます。真耳システムでは正答を逐一回答者にフィードバックできるためよりトレーニング効果を高めることができます。

図3 聴能形成専用システム
図3 聴能形成専用システム

5.トレーニング効果の持続性

聴能形成についてよく質問の場にあがるのはその効果の持続性についてです。図4は訓練者を2つのグループ、過去に聴能形成によるトレーニングを受けたことのないグループ「経験なし」とトレーニング後少なくとも3年以上経過したグループ「経験あり」に分類し、各グループの成績を求めたものです。縦軸は正答率を、横軸はトレーニングコンテンツの種類とその難度を示しています。難しいトレーニングでは「経験あり」のグループの方が「経験なし」のグループより正答率が上昇する傾向が見られ、トレーニングの効果が持続していることが確認されます。このように、聴能形成によるトレーニングの効果は一過性のものではないことがわかります。

また、「経験あり」のグループでは正答率の個人差が小さくなっており、トレーニングによって音に対する評価のバラツキが軽減できることを示唆しています。

図4 トレーニング効果の持続性
図4 トレーニング効果の持続性

6.おわりに

音をあつかう業務の中で「耳を鍛えたい」、「組織内で評価を均一にしたい」というニーズはあります。一方でどのようなトレーニングが必要なのかわからないという方が多いのではないかと思います。弊社の真耳システム導入を検討されるお客様の中でも、音響技術者向けのトレーニングについての情報がなかなか得られず、「聴能形成」というキーワードにたどりつくのが困難だったという話を聞きます。そこで今回、聴能形成について紹介させていただきました。本稿がこれから音に関するトレーニングの導入をお考えの方々の参考になれば幸いです。

参考文献

[1]河原 一彦,岩宮 眞一郎,高田 正幸,伊藤 寿浩,小林 哲, "音響関連企業に対する聴能形成教育の技術移 転―ヤマハ(株)への技術移転事例報告―", 音響学会騒音振動研究会資料N-2009-63(2009).
[2]西山友幸,高田正幸,河原一彦,岩宮眞一郎,自動車走行音中の異音の判別における聴感訓練の有効性について,日本音響学会講演論文集(秋),9191-920(2004).

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