ソリューション事業部  藤原 賢

1. はじめに

真耳®Onlineロゴ

弊社では、音の聴き分けトレーニングを支援するサービス「真耳®Online」を展開しています。音響技術者を早期育成する教育体系である「聴能形成」を、一般の企業や教育機関でもより身近に導入するためのサービスとして2019 年にリリースいたしました。それから4 年が経ち、ユーザ数は累計で約1750 名となりました(2023 年11 月時点)。‍
サービスの利用者拡大には、2020 年秋に導入した自習機能[1]リモート訓練[2] が大きく寄与しています。ある企業では、普段は個人ごとにトレーニングを進め、節目のタイミングでは弊社社員による講習会を開催( リモート╱現地) するなど、業態に合わせたスタイルで利用されています。‍
多くの方にご利用いただく中で、蓄積されたトレーニングデータはますます大規模になり、アンケートやインタビューを通じて得られたユーザの生の声も多岐にわたります。本稿では、ユーザデータ・ユーザボイスが、どのようにサービスの向上に生かされているかをご紹介します。‍

   

2. トレーニングとカリキュラム作成

真耳Online 上では、初学者の基礎学習、プロフェッショナルの実践的な訓練など、業界や専門性の異なる様々な用途に応えるため200 を越えるトレーニングコンテンツがリリースされています。‍

図1 真耳Online トレーニングコンテンツ概要
図1 真耳Online トレーニングコンテンツ概要

多くのコンテンツに対して「どこから手を付けて」「どのぐらい」「どんな順番で」やればいいのか判断するのは、導入したばかりの方では困難です。‍
そのため、「この日はこれ」「来週はこれ」という"献立表"が不可欠で、これをサービスの一環として提供しています。ユーザには、例えば毎週1 時間ほど時間をとって、"献立"にある3 〜4 種目のトレーニングを実施していただきます。真耳Onlineではこれを「カリキュラム」と呼んでいます。‍

図2 カリキュラムの例( 真耳 Online Webアプリ画面)
図2 カリキュラムの例( 真耳 Online Webアプリ画面)

カリキュラムの提供は、「なぜ音を聴く力を育てたいのか」というユーザ目標のヒアリングからスタートします。ユーザの目指すものと、開始時点の聴き分けスキルなどの条件から、現実的なゴールを協議したのち、過去の事例・ノウハウ[3] 等を参考にトレーニングの項目・順序・回数を設定していきます。真耳Online のカリキュラムは、このような流れで各社専用のものを作成しています。‍

図3 カリキュラム作成イメージ
図3 カリキュラム作成イメージ

ただし、内容があまり難しすぎるとユーザの心が折れてしまいますし、簡単だと飽きられてしまいます。そのため実施期間の折り返し地点などでアンケートやヒアリングを実施し、その結果を受けて後半の内容や分量を変更するなどの調整も行っています。
このようにユーザの目標に沿ってカリキュラムを構成していくと同時に、これまで蓄積されたトレーニング実績データからの検証も行っています。‍‍

   

3. ユーザデータを活用したカリキュラムの改良

カリキュラムをより良いものにするためには、個々のトレーニング回数が適切であることが望ましいでしょう。回数が妥当であるか検証するためには、「あるトレーニングをクリアした人は、何回目ぐらいでクリアできたのか」という切り口で、以下のような集計を行っています。‍
・各ユーザの、対象トレーニングのデータを抽出する。
・第何回のトレーニングでは何% 正答したか、を取得する。
・連続した20 問で80% 以上正答したことがあるユーザは、そのトレーニングを「クリア」したとみなす。
・得られたデータを「クリア」経験のあるユーザのみに絞る。
・正答率が「50% 未満」「50% 以上80% 未満」「80%」の3 グループ+「クリア済で以後実施無し」の計4 グループに分け、それぞれの人数比率を面グラフで描画する。
例えば、バンドパスノイズの中心周波数を63Hz, 125Hz,...8000Hz の8 択から識別するトレーニングの結果に対して上記の集計を行うと、以下の結果が得られます。‍

図4 実施回数ごとの正答率分布(バンドパスノイズ中心周波数識別)
図4 実施回数ごとの正答率分布(バンドパスノイズ中心周波数識別)
             

グラフからは、次のような情報を読み取ることができます。
・最終的にクリアしたユーザでも、第1 回目のトレーニングから80% の得点ができたのは、全体の30% 程度。
・回数を重ねるごとに、80% 以上得点するor クリアしたことがあるユーザの割合が増えていく。
・第3 回目までで約半数のユーザがクリアし、第8 回目までには約75% のユーザがクリアしている。
つまり、このトレーニングをクリアするためには、少なくとも3 〜4 回、可能であれば8 〜9 回程度の反復練習を見込む必要があるということが言えます。
この集計結果をもとに、各トレーニングについて、ユーザが不慣れでまだ感覚が身についていないのか、実務経験等である程度身につけているのか、など利用開始時の成績に応じてカリキュラム内での分量を調整しております。‍
さらにカリキュラムを改良するためには、ユーザの習熟度合いを考慮することが効果的であると考えられます。例えば同じ正答率60% であっても、不正解であった40% の内訳には、例えば「正解から大きく外れた周波数を回答している」ケースと「隣の周波数帯域などおしい回答をしている」ケースがあることや、前者の「大外し」から後者の「おしい選択肢」を経て正答率が安定してくることが、経験上分かっています。そのような視点を分析に盛り込むことで、個々人の得意不得意や成長段階に応じたトレーニングができるようなります。今後は、このようによりパーソナライズされたデータ活用ができるよう改良を進めてまいります。‍

   

4. おわりに

本稿では、真耳Online におけるカリキュラム作成と、ユーザデータによる検証を例に、ユーザデータをサービスへ還元する取り組みについてご紹介しました。
このほか、ユーザへのアンケートやインタビューを通じて、サービスのご感想や、業務での音の聴き分けについて伺い、それらをシステムやコンテンツに反映させていく、ということも大切にしています。‍
近年では、工業用機械の動作音を題材にしたもの、位相変化や高調波歪みのようなオーディオ機器特有の現象を扱うものなど、より専門性の高いコンテンツ開発を行いました。このようにユーザが実業務の中で出会う課題をベースとしてコンテンツ制作ができる点は、真耳Online 独自の強みといえるでしょう。‍
また、他社様と協業した新たな可能性の模索も進めております。その1 つに、サウンドデザイン分野への応用があります。2022 年から、自動車の走行音や動作音を芸術と工学の両面からデザインする、新たなプロジェクト[4] へ参画しました。お客様の求めるコンセプトに沿って、CAE や心理音響分析などの工学的知見と、アーティストの音楽理論を加味した芸術的知見から、魅力ある音を作り上げる取り組みで、真耳Online は出来上がった音を客観的な耳で評価できるようにする、という主観評価支援の側面を担います。‍
今後とも、多くの方々のご支援にお応えできるよう、真耳Online はサービスの向上に努めてまいります。

参考文献
1) 当社技術ニュース53 号, " 聴こえる、伝わる。真耳®Online",
2) 河原一彦ら,"オンライン授業に対応した聴能形成のシステム構築と運用",日本音響学会2020 年秋季研究発表会3-8-4,
( 2020)
3) 河原 一彦, 聴能形成のカリキュラム構成に関する考察, 日本音響学会2014 年春季研究発表会 2-11-8, (2014).
4)株式会社 coton," 自動車のトータルサウンドデザイン支援サービス"
(2023 年11 月24 日 参照)

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