ソリューション事業部 騒音環境改善チーム 青木 雅彦 小池 宏寿
本業務は騒音源の対策を検討されている企業様向けのサービスです。
個人で騒音にお困りの方、騒音の相談を受けている管理会社の方向けには対応しておりませんが、こちらが参考になれば幸いです。
1.はじめに
銅をリサイクルするために、回収した古い電線等を粉砕・分別する設備をナゲットプラントと呼びます。この設備は発生音が大きいため騒音等が問題になる場合があります。今回はこのナゲットプラントから発生していた低周波音を対策した事例をご紹介させていただきます。
2.状況の確認
エンドウメタル工業株式会社様は非鉄金属屑の仕入れ及び販売を事業とし、神奈川県内に本社と三か所の工場があり、中部、東北、関西に支社があります。ISO14001を取得し、再利用可能資源を回収・分別し循環型社会の実現を目指すことを環境方針としてリサイクル事業を行っています。その工場にナゲットプラントを導入する時も、事前に発生音の大きい粉砕機を防音室内に設置する等の対策を実施されていました。
ところがプラントを稼働してみると、近隣のマンションにお住まいの方から、音が気になるとのご指摘がありました。そのため稼働したばかりの新しいプラントの運転を止めて、対応を検討する中で当社にご相談をいただきました。
そこで下見にお伺いし、近隣の方のご了解をいただいた上でナゲットプラントを稼働してみると、工場内だけでなく、屋外、さらにはマンション居室内にも低周波音が伝搬していることを確認しました。下見の後、工場側から対策工事提案の依頼をいただきました。
しかし、対策工事の仕様を決めるためには、工場からマンション居室への低周波音の伝搬経路を特定し、さらにどの程度その低周波音を下げなければいけないのかを検討する必要がありました。下見時の印象では、図1に示すように空気伝搬音だけでなく、固体伝搬音の影響も確認する必要があると思われました。
図1 低周波音の伝搬経路の推定
空気伝搬音と固体伝搬音では低周波音の伝わる経路が異なります。したがって対策も異なり、空気伝搬音に対しては重い材料等で囲う遮音対策が有効です。しかし振動が伝わり、室内で音として放射する固体伝搬音については、防振対策が必要です。
また、設備停止時のマンション居室内はかなり静かだったため、どの程度まで低周波音を低減しなければならないか、対策の目標値を決めるためにも、測定を行い、充分な検討が必要だと思われました。そこで工場側には対策工事のご提案の前に、対策の仕様を決めるための調査が必要であることを伝え、早速調査を実施することになりました。
3.調査結果
3.1対策目標値
ナゲットプラント稼働時と停止時にマンション居室内で測定した音の測定結果を図2に示します。
図2 マンション居室内の測定結果
測定によると、ナゲットプラントを稼働させると、粉砕機の影響によりマンション居室内で低周波音が発生しており、そのピーク周波数は50Hzでした。またそのレベルは環境省が示す"低周波音の心身に係る苦情に関する参照値"を最大で10dB程度上回っていました。
この"参照値"は、低周波音の苦情が発生している時に、測定値がこの値以上であった場合、(振動や耳鳴りではなく)低周波音が苦情の原因である可能性が高いという目安とされており、対策や設計の目標値ではありません。そこで私たちはナゲットプラント稼働時と停止時のレベル差に着目し、稼働時でも停止時と同程度のレベルになるよう、すなわち50Hzの低周波音を30dB程度下げることを目標として、具体的な対策案を検討することにしました。
3.2対策方法
対策案の検討にあたり、伝搬経路毎の影響を推定するため、マンション居室内の振動測定結果から、振動が原因で固体音となって伝搬し、室内に放射している低周波音の大きさを推定しました。また低周波音の測定値とマンションの窓等の遮音性能推定値から、居室内に透過する空気伝搬音の影響も推定しました。
この推定はかなり難しい検討でした。固体伝搬音が室内に放射する場合、壁と天井、床の6面から放射すると考えられますが、家具等が置かれた居室で各面の振動を正確に測定することは難しい状況でした。また空気伝搬音が透過する窓についても、メーカーには50Hzの遮音性能データがなく、過去の測定例等から何とか推定しました。このように不確定な要素が多い中で、私たちが推定した空気伝搬音と固体伝搬音の影響例を表1に示します。
表1 50Hz の空気伝搬音と固体伝搬音の推定例
表1に示すとおり、マンション居室内への影響は空気伝搬音の方が大きいと推定しました。したがって、まず低周波音を30dB程度下げる遮音対策が必要でした。
しかし、この表で分かるとおり、空気伝搬音を仮に対策目標値どおり低減させたとしても、固体伝搬音の影響がそのまま残ると、全体の低周波音(合成値)からは5dB~6dBしか下がらないことがわかります。上記の検討結果より、マンション居室内で50Hzの低周波音を30dB程度下げるには、空気伝搬音に対する遮音対策と、固体伝搬音に対する振動対策の両方でそれぞれ30dB程度低減する対策が必要だと判断しました。
4.対策案の仕様
実は遮音対策と振動対策で50Hzの低周波音をそれぞれ30dB程度下げるというのはかなり難易度の高い対策です。そこで社内での検討と併せて、防振の専門会社である特許機器株式会社様にもご協力いただき、仕様の検討を重ねました。
その結果、遮音対策として粉砕機を二重防音室内に設置することにしました。また防振対策として、特殊防振架台上に粉砕機を設置することにしました。
図3 遮音構造
図3 特殊防振架台
5.可聴化シミュレーションによる試聴
工事の実施に先立ち、対策目標の妥当性を確認するため、当社の試聴室で工場の皆さまと可聴化シミュレーションによる試聴を行ないました。
具体的には試聴室内の静けさをマンション居室内のレベルに合わせ、室内で聞こえている50Hzの低周波音を模擬的に作成し、実際の大きさに近いレベルで再生しました。その後、そのレベルから-10dB、-20dB、-30dBと再生音のレベルを下げ、聞こえ方がどう変化するかを関係者で試聴しました。その結果、現況から20dB下げるとほとんど低周波音は聞こえなくなり、30dB下げると関係者8人全員がまったく聞こえなくなることを確認しました。そこで対策目標値の30dB低減は妥当だと判断し、対策工事をご発注いただきました。
6.対策工事の効果
対策工事完了時に検収測定を実施し、ナゲットプラントを試運転して対策効果を確認しました。その結果、工場内外の低周波音、振動測定結果から、50Hzの低周波音と振動は目標とした30dB程度低減していることを確認しました。
二重遮音構造
防音室
特殊防振架台
粉砕機設置
7.お客様の声
問題が発生してすぐに数社に対策を相談したのですが、どこも責任を取れないと引き受けてもらえませんでした。しかし日本音響様には対策までの流れを示していただき、特にシミュレーションにより対策効果を事前に試聴室で聞くことができたおかげで、安心して対策工事を依頼しました。今後他社が同じプラントを立ち上げる時は、日本音響様を紹介したいと思っています。また外部への伝搬が対策できただけでなく、工場内も、近くで電話ができなかった以前と比べて静かになりました。そのため、従業員が作業する環境もよくなり、対策工事を実施してよかったと思っています。
本業務は騒音源の対策を検討されている企業様向けのサービスです。
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