Aスタジオ。Dolby Atmos Home 9.2.4ch対応のMAルーム。Bスタジオでレコーディングする際のコントロールルームとしても機能します
映画やテレビで使用される音源の制作や著作権管理を中心に事業を展開しているgiftedが、2023年秋に完成させたスタジオhemisphereDB REC。MAルーム、ナレーションブース、フォーリーステージ、レコーディングルームなどを備え、自社の制作業務で使用するだけでなく、社外への貸し出しも見据えた仕様となっています。
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Aスタジオ。Dolby Atmos Home 9.2.4ch対応のMAルーム。Bスタジオでレコーディングする際のコントロールルームとしても機能します
映画やテレビで使用される音源の制作や著作権管理を中心に事業を展開しているgiftedが、2023年秋に完成させたスタジオhemisphereDB REC。MAルーム、ナレーションブース、フォーリーステージ、レコーディングルームなどを備え、自社の制作業務で使用するだけでなく、社外への貸し出しも見据えた仕様となっています。
スタジオ作りの計画が始まったのは2022年のこと。その経緯を、代表取締役でありエグゼクティブプロデューサーの小関孝宏氏はこう語ります。
giftedの代表取締役、小関孝宏氏
「もともと私はテレビ番組の音響効果、いわゆる音効の仕事をしていました。番組の中で使用する楽曲を選ぶのが主な仕事だったのですが、イメージに合う曲を探すのに苦労することも多く、それならばとgiftedを立ち上げ、音効目線で音楽を制作して、全国の音効会社やフリーランスの音響効果の方に提供する仕事を始めたのです。その後、事業が大きくなり、自社でレコーディングできるスタジオが欲しいと考え始め、どうせならMAもやりたい、今からMAルームを作るなら2chではなくイマーシブにも対応させたいと構想が広がっていきました」
さらに小関氏は、映画の音響効果の制作も行いたいと考えていました。
「俳優の動きなどに一つ一つ音を付けていく映画の音響効果の世界に憧れがありまして。それを行うならフォーリーステージが必要だろうということで検討を始めました」
フォーリーステージ。映画の撮影所のそれに匹敵する広さと設備を備えています
フォーリーステージとは、さまざまな材質の小道具や家具、床面が用意された効果音制作のためのスペース。今回のスタジオ作りを日本音響エンジニアリングに依頼していただいたきっかけの一つが、フォーリーステージの実績の豊富さだったと言います。さらに、「私はフォーリーに関してはまったくの素人」という小関氏は、使う側の専門家の意見が必要だと考え、フリーランスの音響効果技師である松浦大樹氏に連絡を取りました。松浦氏はそのときのことをこう振り返ります。
フリーランスの音響効果技師、松浦大樹氏
「私の経歴や行った仕事を掲載しているSNS宛に連絡をいただいて。映画の撮影所にあるフォーリーステージに匹敵する規模のものを作られようとしていることに驚きました。それで興味を引かれ、お話を聞いてみようと思ったのです。国内のいろいろなフォーリーステージでの作業を経験してみて、良いと思うところや、もっとこうしてほしいと思うところがあります。このスタジオにその知識を生かせたらと考えました」
松浦氏は、ユーザーの視点でフォーリーステージの仕様にアイデアを提供。作業ごとに物の移動や視線の移動が発生しないように配置を工夫したり、持ち込みの荷物を移動させる動線を確保したりといったことが行われています。
また、松浦氏は「音の環境も楽器の演奏を録るスタジオとは違う」と言います。
「物音や足音を録るので、空間がデッドすぎると映像に合わせたときになじまないことがあるのです。そのため基本はライブに録れるようにしておいて、響きを抑えたいときはカーテンで調整できるようにしていただきました」
日本音響エンジニアリングの葛西信輔はこう語ります。
日本音響エンジニアリングの葛西信輔
「空間の響きを残すところが始まりだったので、ある程度工事が進むまでは音響的な処置はせず、ある程度出来上がったところで松浦さんにも来ていただいて、実際にマイクを立てて録って、どういう処置が必要かヒアリングして対策を決め、後半に音響的な障害を取り除いていきました」
ここでフォーリーステージ以外のスタジオの仕様を見ていきましょう。
Aスタジオ
MAルームとして使われるのがAスタジオ。Dolby Atmos Homeに対応し、モニタースピーカーはGenelec The Onesシリーズで9.2.4ch仕様になっています。
ナレーションブース
その隣にはナレーションブースがあり、Aスタジオからナレーションを録る用途のほかに、フォーリーステージのコントロールルームとしても機能。また、プリプロなどの仕込み作業もナレーションブースを使って行われます。
Bスタジオ
Bスタジオではレコーディング用途の他に、音楽制作/サウンドデザインのプリプロダクションスペースとしても使用。Bスタジオ単独で収録を行うことも可能ですし、弦楽器や管楽器などの大きめの編成が入るときはAスタジオがコントロールルームとして機能します。
Bスタジオのブース。小関氏の楽曲制作/サウンドデザイン作業にも利用されています
giftedの取締役でありプロデューサーの川口匡暁氏はこう話します。
「このスタジオは1つの業務だけでなく、いろんな用途に柔軟に対応できるようにと考えました。立地が調布市ということで、映画の街でもありますから、自社の制作だけでなく貸し出しは映画業界という意識が強いです」
マシンルームでも制作の作業が行えるようになっています
建築音響的な仕様と特徴を日本音響エンジニアリングの重冨千佳子に聞きました。
日本音響エンジニアリングの重冨千佳子
「Aスタジオは、2chステレオのMA作業においてきちんと収録・ミックスができることを基本に、Dolby Atmos Homeへの対応をしていきました。音源の数が多いので、適切に吸音を施して余計な反射をなくしつつ正確にモニタリングできる音場にすべく、壁の中でさまざまな吸音・拡散処理を行っています。クライアントさんが座られるソファの後ろには弊社のAGS柱状拡散体を導入することで、後壁に近い位置であっても部屋の影響を受けにくく、よりリスニングしやすい環境となるよう工夫をしています」
Aスタジオのソファの後ろには拡散体AGSが設置されています
スタジオには外部からの遮音性能も求められます。その評価についてのエピソードを日本音響エンジニアリングの神崎優が語ってくれました。
日本音響エンジニアリングの神崎優
「スタジオの向かいに消防署があり、そこのサイレンがどのくらい聞こえてくるかを測定しなければならなかったのですが、サイレンがいつ鳴るか分からなかったので、消防署に出向いて行って『音の大きさを測定したいのですがどうすればいいですか』と尋ねたら、朝と夕方の決まった時間に鳴らされることが分かり、気持ち長めに鳴らしてもらえるようにお願いしてきました」
また、重冨は「BスタジオはAスタジオに比べて少しライブに調整している」と言います。
Bスタジオの石壁は意匠的な狙いと音響的な狙いを兼ね備えています
「弦楽器や管楽器の収録が多くなりそうだとのことで、高域まで綺麗に収録できる音場を目指しました。壁の中にライブ感が出るような拡散処理を加え、さらに石壁も印象的な意匠を目指しつつ音響的な拡散にも寄与しています。石壁は少し傾斜させて音場を整えていて、収納されているカーテンで響きを抑えることもできます」
スタジオの外にはリラックスできるラウンジが設けられています
川口氏によると「レコーディングエンジニアの方が何人かいらっしゃったのですが、どなたもすごく響きがいいと言ってくれます」とのこと。今後、映画やドラマでgiftedのDB RECで制作された音を聴く機会も多くなりそうです。
インタビューに答えてくださった皆さん。前列左から、松浦大樹氏、小関孝宏氏、川口匡暁氏、後列左から、重冨千佳子、神崎優、葛西信輔
写真:八島 崇