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発行日:2024年02月07日 | 更新日:2024年02月07日

和太鼓空間 bitでの練習風景。これだけの数の和太鼓が同時になると音圧もかなり大きくなりますが、スタジオの外には全く音は漏れていませんでした


2023年8月、名古屋市緑区に完成した和太鼓空間 bit。モダンなデザインの建屋の中に、広さ約108平米、天井高約4mの広々とした空間を有する、和太鼓の演奏に主眼を置いたスタジオです。運営するのは、プロの和太鼓演奏者であり、講師も務める西尾清貴氏。このスタジオはいかにして生まれたのか、お話をうかがいました。

難しさが伴う和太鼓の練習場探し

西尾清貴氏

2006年に、留学先のアメリカで和太鼓に出会ったという西尾氏。「アメリカ人の後輩が日本へ留学したときに和太鼓の演奏を見て感銘を受け、アメリカに戻ってきて“和太鼓のチームを作りたい”と言い出したのが始まりでした」と振り返ります。和太鼓についての知識はなかったものの「日本に関係したことなら手伝うか」と、日本から和太鼓を輸入したり、教えてくれる先生を探したり、練習場を確保したりといったアメリカ留学中の活動を通じ、初めて和太鼓に触れたのだとか。

翌年、アメリカの大学を卒業し日本で就職した西尾氏は、仕事の傍ら習い事として和太鼓を始めます。するとすぐに先生から「プロにならないか」との誘いを受け、仕事と並行しプロチームの研修生として活動をスタート。和太鼓に初めて触れてからわずか1年でプロの道に入り、研修生の肩書きが外れてからは和太鼓の演奏と指導に専念、2016年にチームから独立し、個人で演奏や指導の依頼を受けるようになったとのこと。

驚くようなスピードでプロとしての歩みを進めてきた西尾氏ですが、和太鼓の練習場探しには難しさが伴いました。音圧の大きい和太鼓は、それだけ周囲への音の影響も大きいからです。

「練習には主に公民館を使っていました。公民館といいつつ実態は大きなホールのようなところや、山の中にあるため周囲への音の影響を考えなくてよいところなどです。ただ、どうしても音が出せないこともあり、そんなときは太鼓の片側の革を外して中に綿を詰めて音が出ない形に改造し、叩くことだけを練習することもありました。その場合、実際にどんな音がするかは本番まで分からないわけです。それに加えて、コロナ禍で場所が使えなくなるケースも出てきて、拠点となる自前の場所の必要性を考えるようになりました」

大きい音圧に対応するための構造

候補となったのは「かつて曽祖父の時代から自宅があった」という土地。敷地内の別の場所に自宅が建て替えられ、そこは更地になっていました。家族で検討してこの場所に和太鼓練習場を建てることが決まり、日本音響エンジニアリングがスタジオ造りを担当することになりました。プロジェクトを取り仕切った日本音響エンジニアリングの稲毛大輔は、当時をこう振り返ります。

日本音響エンジニアリングの稲毛大輔

「扱う楽器が和太鼓ということで、ハードルの高さを感じていました。非常に音圧が大きいので高い遮音性能が求められます。一方で建築にかけられる予算にも上限があります。過去に和太鼓練習場を作った経験がありましたので、そのときの音圧データを利用して、周囲の環境騒音に対してどの程度の遮音性能なら音漏れが抑えられるか遮音検討を行いました。ここは近くに大きめの道路が通っていることもあり、昼間はそれなりの騒音があるのである程度は大丈夫。ただ住宅街ですので、交通量が減る時間帯の21時から翌朝6時まではわずかに漏れる低い音があるという条件でご提案をさせていただきました」

和太鼓の演奏音と環境騒音を時間の経過で比較したグラフ。点線が和太鼓の演奏音の予測値、折線が環境騒音。21時から翌朝6時までは和太鼓の演奏音が上回っていることが分かります

スタジオが完成した後、スタジオ内に置いたスピーカーで和太鼓の音を発生させて、外部に漏れてくる音の大きさを測り、そのレベル差から遮音等級を確認したグラフ

遮音性能の鍵を握る壁の構造について、施工管理を担当した日本音響エンジニアリングの川合正浩はこう語ります。

日本音響エンジニアリングの川合正浩

「この建物は、まず固定遮音層となるコンクリートでできた外壁があり、その中に遮音壁を3層建て、さらにその中にスタジオの仕上壁があるという構造です。スタジオの仕上壁は、最終的に音場を整えるための吸音壁になっています。これだけの壁を立てるため、それぞれの壁が少しでも位置がズレると最終的なスタジオの広さを確保するための調整が難しくなるので、壁位置についてはしっかりチェックしながら進めました」

スタジオ全景。奥の鏡はカーテンで覆って音の反射を抑えることもできます

外壁と浮遮音壁の間には人が通れる程度の空間が設けられています

床との平行面をなくすため、せり上がる形で造られた天井に、直方体のサウンドトラップを並べて吸音させています

印象的なデザインの天井はサウンドトラップで、低域を含めた吸音の役割を果たしています。さらに奥の黒い部分は中高域の吸音を担います。また、天井自体が斜めにせり上がる形になっており、フラッターエコーの発生を抑えています。

天井高については西尾氏からも「できるだけ高くしたい」というリクエストがありました。

「愛知県内にある太鼓スタジオはすべて行っていると思いますが、既存の建物の中に造られたスタジオは防音のために天井が低くなっていることが多く、そうしたスタジオでは太鼓を叩いた音がすぐに跳ね返ってきて耳が痛く、耳栓を着けることもありました。天井が低すぎるところではバチを振り上げたら当たることも。そんな経験があったので、天井高は少なくとも3mは確保したいというお話をさせていただき、最終的には4mに仕上げていただきました」

音響について西尾氏は「愛知県内の太鼓スタジオをいろいろ回ってきた中でダントツ」と評します。

「文句なしです。音の響きが良くて耳に優しい。音が響きすぎて痛く感じることもなく、逆に音が吸われすぎていると感じることもない。気持ちよく叩けています」

和太鼓空間bitの外観。モノトーンのモダンな造り

2023年12月からはレンタルスタジオとしての貸し出しも始まった和太鼓空間 bit。和太鼓の練習や発表での使用はもちろん、ピアノ、弦楽器、管楽器などの演奏にも適した音響で、幅広く活用されそうです。

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