航空機騒音に関するベスト追求型の環境アセスメント 睡眠覚醒リスクを用いた航空機騒音の評価

DL事業部 小橋 修

1. はじめに

国内における多くの飛行場周辺で発生する航空機騒音は、「航空機騒音に係る環境基準」に定められた評価値であるWECPNLにより評価されます。WECPNLが基準値を超過する、あるいは、基準値を超えるか、超えないかというような地域では、国や地方自治体による航空機騒音の測定と評価が行われています。一方、航空機騒音が聞こえていても、飛行場や飛行コースから遠く離れるために騒音レベルが低い、あるいは飛行場の離着陸回数が少ないなどといったことから、基準値を十分に満たす地域もあります。このような地域では航空機騒音の影響がないのかといえば、実際にはそうとも言えず、様々な事情により、周辺住民からの問い合わせが寄せられることは少なくないようです。

今回はWECPNLによる基準値は十分に満たしているものの、WECPNLには反映されにくいといわれる睡眠妨害が将来的に懸念される、といった地域において、睡眠覚醒リスクという健康影響指標に基づいたベスト追求型の環境アセスメントを行うことにより、結果的に事態が改善された事例について紹介させていただきます。なお、睡眠妨害リスクの評価については、航空機騒音と睡眠妨害等の影響における研究に精通されている、京都大学大学院・平松幸三教授(現名誉教授)ならびに松井利仁准教授のご助言・ご指導のもとに進めました。

2. 浦安市の現状

今回、事例紹介させていただく地域は、東京ディズニーランドで有名な千葉県浦安市です。

図1 浦安市に騒音影響を与える飛行コースの概要図
図1 浦安市に騒音影響を与える飛行コースの概要図

浦安市は羽田空港(東京国際空港)を離着陸する航空機の騒音影響を受ける地域です。羽田空港の年間離着陸回数は約33万回、1日あたり900回を超えます。ただし浦安市に騒音影響を与えるコースを飛行する割合は全体の2割以下に限られます。離陸機は北海道などの北方面に向かう航空機が市内上空を飛行します。この飛行コースは、ばらつきが大きいため、市内における騒音影響は個々の飛行コースにより大きく変化します。一方、着陸機の飛行コースは風向や風速、視界の良し悪し等の気象条件により変化します。いくつかある着陸コースの中で市内に騒音影響を与える飛行コースは、22VOR/DME 及び22ILSと呼ばれるものに限られます。また羽田空港には様々な種類の航空機が飛来します。この航空機の機種や航空会社の違いにより、市内で発生する騒音レベルも変化します。

写真1 エンジンを4発装備するジャンボジェット機 B747-400D
写真1 エンジンを4発装備するジャンボジェット機 B747-400D

写真2 羽田空港に最も多く就航している航空機 B767-300
写真2 羽田空港に最も多く就航している航空機 B767-300

3. 将来的な騒音影響の懸念

羽田空港では再拡張計画の一環として、D滑走路と呼ばれる新たな滑走路の供用が計画されています。当初計画では、悪天候時にD滑走路へ着陸する際の飛行コースが、浦安市内上空を横切る形で設定されていました。しかし市民への騒音影響を懸念した浦安市の強い要請により、海上を通過するコースに変更されました。

図2 浦安市内における飛行コース案
図2 浦安市内における飛行コース案

浦安市はこの変更案について、昼間の時間帯における飛行コースとしては了承しました。しかし再拡張計画では深夜早朝時間帯(23時から6時まで)における増便も計画されているにもかかわらず、この飛行コースの提示がなかったため、航空機騒音による睡眠妨害が懸念されました。そのため浦安市では、睡眠覚醒リスクによる環境アセスメントを行うことにより、睡眠妨害の懸念に対する最も良い解決方法を見出すこととなりました。

4. 航空機騒音発生状況の把握

睡眠覚醒リスクの評価を行うには、まず航空機騒音の発生状況を把握する必要があります。しかし評価の対象となる悪天候時D滑走路着陸コースは、調査段階では飛行していませんので、航空機騒音予測による騒音発生状況の把握が求められました。このように現状では飛行していないコースによる騒音予測を行う場合、これに最も近似する現状の飛行コースによる騒音の発生状況を把握して、これを基礎データとすることが考えられます。また予測結果をどのような形で検証し、その妥当性を確認するかも重要になってきます。今回は現状の飛行コースから、悪天候時D滑走路着陸コースと同様の計器着陸方式を行っている、22ILSでの騒音発生状況を将来予測の基礎データとすることとしました。また予測結果の検証は、本調査の目的の1つであった市内全域における騒音影響の現状把握を予測により行い、その結果と実測結果を比較して行うこととしました。

航空機騒音の予測手法については、NOE技術ニュースVOL.27で紹介していますので、全体の説明は省略させていただきますが、一部これまでにない手法を用いましたので、これについて紹介させていただきます。

航空機騒音の予測に不可欠な「計算モデル」には、航空機の連続した飛行位置を表す「航跡モデル」と、その航空機が持つ音源の大きさを表す「音響パワーレベルモデル」の2つがあります。これまで私どもが行ってきた「計算モデル」の作成は、現地調査により得た実測データを基本としたものでした。しかし、羽田空港を離着陸する航空機の飛行範囲は広大で、浦安市内に影響を与える範囲の航跡データ全てを実測により取得することが困難でした。そこで実測以外の公開された航跡データとして、国土交通省航空局の「飛行コース公開システム」という、提供されるレーダー情報を基礎データとして、羽田空港を離着陸する航空機1機ごとの飛行コースを表示するシステムに着目しました。

図3 飛行コース公開システムの画面例
図3 飛行コース公開システムの画面例

このシステムは広範囲な飛行コースの把握と、一般への情報公開を目的としているものですが、本システムの設計元である財団法人航空保安研究センターでは、以前からこの基礎データを用いた環境分野における活用について研究を行っておりました。これと今回の調査目的が重なったことから、航空保安研究センターと私どもの共同で研究・開発を進め、航跡モデルを作成するために必要なデータの抽出と変換を行い、1年分のデータを集約して、浦安市に騒音影響を与える飛行コース別に分類・整理した後、それぞれの統計的な飛行範囲とばらつきを求めて、航空機騒音予測に用いる航跡モデルの作成を行いました。

図4 作成した航跡モデルの例(22ILS)
図4 作成した航跡モデルの例(22ILS)

このようにして作成した航跡モデルと、実測調査で得た音響パワーモデルや年間を通じた運航実績から算出した1日あたりの機種別・飛行コース別飛行回数から、市内全域における年間WECPNLの予測計算を行いました。

図5 市内全域における年間WECPNLの予測結果
図5 市内全域における年間WECPNLの予測結果

この予測結果と市内5地点及び隣接する江戸川区2地点における実測年間値及び年間推定値を比較したところ、概ね±1ポイントの差の範囲内にありました。これにより今回の騒音予測に用いる基礎データの妥当性は確認されました。

5. 住民の騒音に対する意識調査

実態に合致した睡眠覚醒リスクの評価を行うには、騒音影響を受ける住民の生活様式や騒音の感受性を考慮する必要があります。そのため住民の騒音に対する意識調査を行いました。この調査はD滑走路の飛行コースにより騒音影響を受ける可能性がある地域に居住する市民の中から無作為に抽出した約3,000人に質問票(アンケート)を郵送して実施しました。

なおこの質問票は調査手法上、記名式で行う必要があったため、質問票の作成にあたっては、京都大学、浦安市、私どもの3者で繰り返し協議を行いながら進めました。その結果、回答率は64.5%と、郵送記名方式での質問票調査としては非常に高い回答率を得ることができました。

6. 深夜早朝時間帯の飛行コースが提示

騒音予測の妥当性確認と、住民の意識調査が完了して、いよいよ睡眠覚醒リスクの評価を始めようとしていた矢先に事態が急展開しました。これまで進展がなかった深夜早朝時間帯における悪天候時のD滑走路着陸コースが、調査期間中の平成21年9月に国から提示されたのです。

本調査開始時には、海上を直線的に横切る飛行コースにより評価を行う予定でしたが、飛行コース案が提示されたことにより、急遽、この提示案に沿った評価を行うことになりました。この飛行コースは調査開始時に想定していたものに比べ、海上で直線コースに合流するため、市内の一部では陸からの距離が離れました。しかし高度の関係で逆に距離が短くなる場所も出てきました。

図6 平成21年9月に提示された悪天候時の飛行コース
図6 平成21年9月に提示された悪天候時の飛行コース

7. 飛行コース案による騒音予測の実施

平成21年9月案に沿って騒音予測を行ったところ、市内陸域の一部において、B747-400Dが飛行した場合に最大騒音レベルが70dBを超過することが確認されました。

図7 初回提示案による最大騒音レベル予測結果(B747-400D)
図7 初回提示案による最大騒音レベル予測結果(B747-400D)

この予測結果を受けて、睡眠妨害のリスクが高いと見た浦安市は飛行コースの再考を国に要請しました。その結果、更に陸から離れた修正案が提示されました。

図8 修正案による最大騒音レベル予測結果(B747-400D)
図8 修正案による最大騒音レベル予測結果(B747-400D)

再度、修正案に沿った騒音予測を行ったところ、市内陸域において、最大騒音レベルが70dBを超過する地域はなくなりました。また陸から大きく離れたため、多くの場所で最大騒音レベルが小さくなり、場所によっては10dB以上の低下が見られました。

8. 睡眠覚醒リスクによる評価

最後に、2つの飛行コース案に添った騒音予測結果と、住民の意識調査の結果を加味した睡眠覚醒リスクを評価しました。評価方式は、現在最も信頼性が高いといわれている欧州WHO夜間騒音ガイドラインで採用された推定式により、評価対象地域の中で、航空機騒音が1回発生することにより何人が覚醒するかを推計することとしました。

図9 飛行コース案による覚醒人口の比較図9 飛行コース案による覚醒人口の比較
図9 飛行コース案による覚醒人口の比較

まず、家屋の遮音量を20dB(一般的にマンションで全ての扉や窓を閉じた状態を想定)とした場合、初回提示案の飛行コースを最も騒音レベルの高いB747-400Dが深夜早朝時間帯に1回飛行した場合、覚醒する人数は評価対象地域内の人口42,930人中10.4人と推計されました。これに対し、修正案では0.071人と大幅に減少しました。また最も多く就航しているB767-300では0.6人から0人となりました。次に遮音量10dB( 一般的にマンションで少し窓を開けた状態または木造住宅で窓を閉じた状態を想定)とした場合、B747-400Dで初回提示案95.6人に対し修正案38.6人、B767-300で52.5人に対し8.5人と減少しました。

9. おわりに

今回の調査では、環境基準の達成度から騒音影響の有無を評価するのではなく、実測データに基づく騒音暴露値と実際の市民の生活様式や睡眠覚醒リスクにおける最新の知見に基づいて、夜間の航空機騒音の影響を評価しました。今回の調査期間中に国土交通省から深夜早朝時間帯飛行コースの提示が2回あり、そのたびに提案された飛行コースに沿った騒音予測を行いました。飛行コースの改善要請が、覚醒人口という誰にでも理解しやすく、科学的根拠に基づく指標を論拠として行われ、最終的に飛行コースの改善が行われたことは非常に大きな成果であったと考えています。今後、私どもはWECPNLやLdenによる評価に携わって行くことはもちろん、評価値に直接反映させることが難しい様々な問題にも積極的に取り組んで行きたいと考えています。

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