システム事業部 廣澤 邦一

2009年7月5日~9日にポーランドはクラクフのAGH大学でICSV16 (The 16th International Congress on Sound and Vibration) という国際会議に参加いたしました。この会議は音響や振動に特化したもので、世界各国から1000名を超える参加者が集まった規模の大きいものでした。国別の参加者を見ると、ポーランドの参加者が最も多いのですが、上位10ヵ国以内に韓国、日本、中国が入っており、東アジア圏からの積極的な参加が特徴的でした。近年目を見張るような、韓国や中国の技術的、経済的な急成長に比例するかのようで印象的です。

会議の行われたクラクフはポーランド南部にあり、ポーランドの中でも最も歴史のある都市の一つで、世界遺産にも登録されています。現在の首都ワルシャワに遷都するまでは、ポーランド王国の首都でありました。近郊にはあの有名なアウシュビッツ強制収容所があります。


ヴァヴェル大聖堂(Katedra Wawelska):
ポーランド史における英雄的人物や歴代国王などが埋葬されている。

さて、会議にはKeynote sessionという招待講演とRegular sessionという一般講演がありました。招待講演では数名の著名な研究者が約1時間に渡ってご自身の研究を発表していました。中でも、騒音の能動制御 (アクティブノイズコントロール、Active Noise Control) の分野において第一人者でいらっしゃるStephen Elliott氏の発表では、約20余年に渡る能動制御の研究成果により、今では自動車、飛行機、空調システムなど様々な分野で実用化されていることが紹介されており、印象深いものでした。現在では、この技術がヘッドホンに組み込まれているのをよく目にしますが、一般的には表に出てこない技術なので、気づかないところで、数多くの実用例があることでしょう。

会場の様子
会場の様子

この会議で私も発表いたしました。発表した内容は、音響材料の垂直入射吸音率を無響室のような自由空間において測定する自由音場法と呼ばれる測定方法に関する研究です[1]。従来この測定は二つのマイクロホンを用いるのが主流でしたが、近年マイクロホンと粒子速度センサーを組み合わせ、音圧と粒子速度を同時に測定できるPUプローブというセンサーが開発されたため[2]、本研究においてそれを用いて測定する技術を開発いたしました。

図1 自由音場法の測定
図1 自由音場法の測定

この測定方法は、図1のように測定材料を半無響室の床面に直接置いて測定します。さらに材料面に対して音波が垂直入射となるようスピーカを設置します。このように自由音場法は、材料を測定するために切り出すなどの加工をせずに測定することを可能にします。したがって、音響管などで測定することが難しい材料などへの応用が期待できます[3]。

図2 グラスウール(密度 96 kg/m3、厚さ 25 mm)の垂直入射吸音率
図2 グラスウール(密度 96 kg/m3、厚さ 25 mm)の垂直入射吸音率

図2はグラスウール(密度 96kg/m3、厚さ 25mm)の垂直入射吸音率を、以下の3つの方法で求めたものの比較を示しています。図中赤線で示されている "Layers" とあるのは弊社製品の音響特性予測ソフトウェアによる計算値、緑線の"WinZacMTX"は弊社製品の垂直入射吸音率測定システムによる測定値、そして"Free field method"とある青線で示されているのが今回開発した自由音場法による測定値です。WinZacMTXは従来のいわゆる音響管による測定方法であり、材料を音響管に対して適切な大きさに切り出して測定したものです。これらの計算値および測定値は非常よく合っているといえます。したがって、自由音場法による音響材料の垂直入射吸音率の測定は妥当であると考えられます。現在は基礎的な検討を積み重ねていますが、将来は建築内装や自動車の内部の吸音率や音響インピーダンスを施工された状態で測定できることになると考えており、CAEモデルの短時間での構築、標準的な吸音率測定結果と施工状態の差が検証できるなど、多くの応用が期待できます。この分野は日本で取り組んでいる研究機関・研究者は少ないのですが、特にヨーロッパでは研究が盛んで、この会議でも関連分野での発表が数件ありました。本テーマは当社にとっても重要な研究開発課題と位置づけており、この研究の成果を利用した製品・サービスの開発を進めています。

他にも注目すべき様々な発表がありましたが、本会議では「音源探査」が一つのキーワードであったように思います。当社でもNoise Visionという全方位音源探査システムを開発し提供させていただいておりますが、ここ数年、当社に続き、様々なメーカーによって類似の機能を持つ製品が開発されております。また測定原理もビームフォーミングに限らず近距離音響ホログラフィなども用いられ、凄まじい開発競争が繰り広げられています。中でも韓国では近距離音響ホログラフィに関する研究が盛んであるようで、全て韓国の研究者による発表というセッションもあったほどです。

また、当社でも取り組んでいる音響材料の音響性能測定技術や、それを予測する上で必要なパラメータ同定技術に関する発表もありましたが、数は多くありませんでした。そのパラメータの中には直接測定によって求めるのは非常に難しいものがあり、それを如何に簡単にすばやく推定するか、ということが音響材料研究の中における一つのトピックになってきております。まだまだ始まったばかりの研究で、確立した手法はありませんが、本会議では2件ほどこの推定方法に関する試みが発表されており、注目に値するものでした。

以上、簡単にICSV16の紹介をさせていただきました。ここで取り上げた発表はほんの一部に過ぎず、音の分野でも世界では幅広くかつ猛烈なスピードで研究開発が行われています。当社でも何とかこの流れに遅れないよう研究を進めております。このような会議での発表や聴講による情報収集を糧に、皆様のニーズに沿った開発を進め、製品を提供させていただきたいと考えております。

参考文献

[1] K. Hirosawa, et al., “COMPARISON OF THREE MEASUREMENT TECHNIQUES FOR THE NORMAL ABSORPTION COEFFICIENTS IN FREE FIELD METHOD”, in Proc. of ICSV16 on CD-ROM
[2] www.microflown.com
[3] 廣澤他、 「pu-プローブを用いた自由音場法による音響材料の吸音率測定 -数値解析と実験による球面波補正に関する検討-」、 自動車技術会学術講演会前刷集、 11-09 (2009. 5)