システム事業部 田中 菜津

1. はじめに

全方位音源探査システムNoise Visionの発売から数年が経ち、国内外の自動車関連のお客様に幅広くご利用いただけるようになりました。その中でNoise Visionに対する要望も多く、頂いてきました。皆様の貴重な現場からのご意見・ご要望は、システムのバージョンアップの際に反映し、使い勝手のよいシステム構築を図ってきました。

図1 Noise Visionシステム
図1 Noise Visionシステム

ハードウェアに関しては、最初は直径260mmという人間の頭よりも一回り大きなセンサーで販売を開始しましたが、多くの皆様から小型・軽量化の要望を頂いてきました。その結果現在では、直径165mm、200mmというセンサーをラインアップに加え、使い勝手の向上を図りました。それ以降も皆様のご要望に応えられるよう開発を継続していますので、今後の展開にご期待頂ければと思います。

ソフトウェアに関しては、アルゴリズムの見直しと処理の効率化で大幅な高速化を達成し、その集大成としてリアルタイム処理機能の開発を行いました。これまでのシステムでは、データ収録 → データ分析と2段階を踏んでいたのですが、この機能を使えば、実際に起きている騒音現象をパソコン上でリアルタイムに可視化できます。これらの処理はすべて、Windows上のソフトウェアで行い、DSPやFPGAのようなハードウェアの併用は行っておりません。Noise Visionは31本のマイクロホンを使っておりますので、それらの信号を全てソフトウェアだけで処理するためにはかなりの工夫を必要とします。しかし、お客様の強いご要望と私たちのアイデアを盛り込んだ結果開発に成功し、おかげさまでこの機能も多くの皆様にご利用いただくようになりました。

ここでご紹介させていただく「オーダートラッキング分析オプション」も、お客様の強い要望を受けて製品化したものです。

2. オーダートラッキング分析とは

騒音の測定に馴染みがある方でも、機械系の騒音現象に携わったことがなければ「オーダートラッキング分析」という言葉すら耳にしたことがないかも知れません。まずはオーダートラッキング分析について、簡単にご紹介したいと思います。

図2 回転機械の一例 (ファン)
図2 回転機械の一例 (ファン)

まずこの分析は、エンジンやコンプレッサ、モーター等、回転機械を対象とします。回転機械では、回転速度に対応した振動・騒音が発生しますが、部品や伝達経路の固有振動数(固有周波数)と回転速度で共振が発生した場合、騒音は非常に大きくなります。場合によっては機械の故障の原因ともなりますので、回転数と振動・音を伝達する構成部品での固有周波数の関係は非常に重要です。このような目的で開発されたのが、オーダートラッキング分析です。

オーダートラッキング分析とは、回転速度を意図的に変化させ(通常は上昇もしくは下降)、その回転速度に追従して対応する次数成分(音響的には倍音成分)のみを高精度に抜き出して分析する手法です。

まず分析のためには、対象となる音圧や振動加速度といったデータの他に、リファレンスとなる回転数信号(一般的には回転に同期したパルス信号)の収録が必要です。自動車では、点火プラグの発火パルスから取ることもできますし、制御信号から取得しても構いません。

回転次数の考え方は、次の通りです。例えば、8枚の羽根を持つファンが1分間に60回転していた場合、ファンは1秒で1回転しますが、羽根の枚数の関係で0.125秒(1/8秒)を基本周期とする騒音が発生します。周波数は周期の逆数ですので、基本周波数、すなわち1次成分は8Hzとなります。同様に2次成分が16Hz、3次成分が24Hz...となるわけです。これらの次数成分を精度よく抽出し、分析する必要があります。しかも、オーダートラッキング分析では回転速度は上昇または下降しますので、非定常な状態で如何に精度よく対応する次数成分を抽出できるかが技術的なポイントです。また、通常の騒音の分析では、騒音の時間変化を調べる場合、横軸に時間(秒)、縦軸に振幅を取ってグラフ表示する場合がほとんどですが、オーダートラッキング分析では横軸に回転速度、縦軸に振幅をとってグラフ表示します。

3. Noise Visionでのオーダートラッキング分析

さて、Noise Visionの最終的なアウトプットは、上に示したような通常のオーダートラッキング分析結果とは異なり、音源の可視化結果となります。これまでの分析ソフトウェアでは完全な対応が難しかったため、新たなソフトウェアを設計しました。

分析は次の手順に従って行います。

(A) Noise Visionで収録した音声データを周波数分析し、回転数 ― 周波数の三次元グラフを表示します。回転速度信号には、収録した回転速度信号をそのまま利用することもできますが、ギア等での複雑な変換を考慮し、回転速度信号を演算して利用することも可能です。

図3 回転数―周波数分析結果の三次元グラフ
図3 回転数―周波数分析結果の三次元グラフ

(B) 回転数―周波数グラフの中で、右上がりの直線がいくつも見えますが、それぞれが次数成分に対応します。逆に、回転数に関係なく特定の周波数で常に大きな成分が見られる場合は、一般的に系の共振を表します。可視化したい次数成分をグラフ上でクリックすると分析対象次数として登録され、分析が行われます。
(C) 計算が終了すると、グラフ上で選択した次数成分がオーダートラッキング分析結果に追加されます。オーダートラッキング分析結果のうち、可視化したい回転数を選択すると、対応した回転数・次数の音源可視化結果が表示されます。
(D) 音源探査結果は回転数に応じたアニメーションとしても表示可能です。下図の結果では、自動車のエンジンを対象にした分析結果を示しており、エンジンの手前側に卓越した音源があることを示しています。

図4 オーダートラッキング分析結果(上)、回転数―周波数分析結果(左下)、対応した音源探査結果(右下)
図4 オーダートラッキング分析結果(上)、
回転数―周波数分析結果(左下)、対応した音源探査結果(右下)

今回開発したソフトウェアでは、これらの分析がストレスなくスムーズに実施できるよう、ユーザーインターフェイスを最大限に工夫しました。音源探査・可視化を前提としたオーダートラッキング分析ですので、これまでのトラッキング分析ソフトウェアとは異なるユーザーインターフェイスが要求されます。異なる次数成分の可視化結果を簡単に比較できるなど、これまでのNoise Visionソフトウェアにない様々な機能が盛り込まれました。これからは回転機器の騒音を対象としている皆様に、より効率的で高精度な分析をご利用いただけるようになります。また、上の例ではエンジンルームを分析の対象としましたが、これまで同様車室内の分析でもご利用いただけます。

4. おわりに

はじめにも書かせていただいたように、お客様から様々な要望を頂き、それを消化しながらNoise Visionシステムは進化してきました。今回のオーダートラッキング分析オプションもその一つです。現在、新たな製品も開発中です。近い将来、この技術ニュースでもご紹介したいと考えておりますのでご期待下さい。

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