技術部 小池 宏寿

1. はじめに

7月初旬からNoise Visionを使った測定業務を始めて、もう3ヶ月が経とうとしています。 その短い期間にも、不思議音に関係する測定を3物件、また企業の研究開発に伴う測定(屋外)も2物件程、 実際の業務として行っています。
Noise Visionは、音源探査のシステムとしては他のシステム(音響インテンシティー等)と比べると、 非常にコンパクトであり、かつビームフォーミングによる分析アルゴリズムを最適化したことにより、その分析時間が短いなど、 これから様々な局面で利用できるシステムであると考えています。

2. 実際の測定業務に適用するにあたり

本来Noise Visionは、自動車などの小室内空間の騒音源探査を目的に開発された研究用システムです。 そのため、他の用途の測定業務として利用するには、改良すべき課題がありました。

  1. トリガー機能
  2. 屋外で測定する場合、風の影響に弱い

現状では、1のトリガー機能に関しては、プリトリガー機能を追加してあります。

プリトリガー機能

  • プリトリガーの設定中は、常時騒音データをコンピュータ内に取り込んでいるため、発生した音を確認してから遡って、 プリトリガー部分を含んだ騒音データの取得が可能です。
  • レベルトリガー機能により、ある一定以上のレベルに達すると測定を開始する事も可能です。

また2に関しては、図1に示すような、特注の大きなウィンドスクリーンを製作し、取り付けました。

ウィンドスクリーンをつけたNoise Vision
図1 ウィンドスクリーンをつけたNoise Vision

3. Noise Visionを利用した工場での測定事例

工場騒音は、隣地境界線での騒音規制の問題や、工場内で実際に業務に携わっている方々の、 作業労働環境などの観点から、これからさらに対策すべき課題となっています。ここでは、某工場内で許可をいただき、 測定を行った事例について御紹介いたします。

測定準備風景
図2 測定準備風景

脱硫装置の測定例
図3 脱硫装置の測定例

上記の図3は、脱硫装置(排ガスの中のH2S硫化水素をとるための装置)をNoise Visionで測定したものです。 これをみると、脱硫装置の吹き出し口が赤くなっており、音圧が高い事が分かります。(※赤:音圧が高い 青:音圧が低い)
なお装置近傍で、実際に騒音計で測定した値をこの図にあてはめてみると、図4のようになります。 (※最大値を0dBとして基準化しています。)

Noise Visionの測定結果と騒音計での測定結果
図4 Noise Visionの測定結果と騒音計での測定結果

これをみると、騒音計とNoise Visionの測定結果は、よく対応している事が分かります。なお、 Noise Visionでは1、2回測定するだけで、音源の位置をほぼこのように特定できましたが、 騒音計で装置近傍の騒音レベルを測定するためには、5m近いポールに騒音計のマイクロフォンをとりつけて、 いろいろな箇所を丹念に、時間をかけて測定する必要があります。

工場出入口開口の比較
図5 工場出入口開口の比較

次に御紹介するのは、左右2つの工場の開口を、Noise Visionで測定した事例です。この結果をみると、 向かって右側の開口面からの音の寄与が高いのが一目瞭然です。

騒音計で測定する場合、各建物の開口面で測定した騒音レベルに対して、距離減衰、開口面積による補正などを、 詳細に検討すれば、Noise Visionの測定結果と同様の結果を導きだすことは可能です。しかしNoise Visionでは、 このように直感的で分かりやすい分析結果を、測定から数分後には、現場でモニターに表示させて確認する事ができます。

騒音計での測定(左)とNoise Visionでの測定(右)騒音計での測定(左)とNoise Visionでの測定(右)
図6 騒音計での測定(左)とNoise Visionでの測定(右)

工場内機械類の騒音測定事例工場内機械類の騒音測定事例
図7 工場内機械類の騒音測定事例

図7は工場の中で測定したNoise Visionの測定結果です。左は、天井材などに使用する多孔質材の材料に孔をあける機械で、 材に孔を打ち抜く部分が赤くなっており、その部分から音が発生している事が分かります。また右は、工場内で"ピー"という高い音が聞こえたので、 それをNoise Visionで測定した時のものです。聴感上では、音の反響等により、音源位置は良く分からなかったのですが、 この測定結果によると、図で赤くなっているあたりの配管が音源ではないかと考えられます。

Noise Visionの音源探査により、工場内の騒音源を迅速に識別できることが分かりました。今後は、 騒音伝播を予測するGeonoise(騒音シミュレーションプログラム)を併用し、より早く、そして的確な騒音対策を御提案できるようにしていきたいと思っています。

4. Noise Visionを利用した室内での測定事例

室内でのNoise Visionの利用方法としては、"不思議音探査"あるいは音が出ているところを瞬時に探査できることから、 遮音の悪い箇所のチェックなどがあげられます。今回御紹介するのは、比較的コンター図を見て分かりやすい、 扉の遮音に関する測定事例を一つ。また実験的な試みとして、二つのスピーカから同時に音を鳴らした場合の測定、 そしてNoise Visionによくひきあいに出される音響インテンシティー測定との比較の一部についてです。

会議室扉測定結果(2kHz)
図8 会議室扉測定結果(2kHz)

会議室扉測定結果(ガムテープにて扉下バの隙間を埋める。2kHz)
図9 会議室扉測定結果(ガムテープにて扉下バの隙間を埋める。2kHz)

測定機材の配置関係
図10 測定機材の配置関係

図8は、パーテーションの扉の向こう側に、スピーカを設置し、そのスピーカからピンクノイズ(オールパス)を拡声した条件で、 NoiseVisionで測定しています(図10)。図9は、扉下部の隙間からの音の透過を防ぐように、その隙間をテープで埋め、 再度Noise Visionにて測定した結果です。扉下部の隙間からの音の透過が弱まったため、 吊元側の戸当り部分中央がその次に遮音的に弱いことが分かりました。

図11は、二つのスピーカから同時に音を鳴らした時に、Noise Visionで測定・分析した場合、 分離して識別する事ができるかどうか調べてみました。

二つのスピーカから同時に音を再生した場合
図11 二つのスピーカから同時に音を再生した場合
※スピーカから再生した音はピンクノイズ(定常音)

これをみると、二つのスピーカから発せられた音が、見事に二つに分離している様子が分かります。 なお測定時のNoise Visionの位置が、おそらく左によっていたために、左の方の音が強くでているように表示されています。

一般的に、音の方向を識別するシステムとしては、音響インテンシティーでの測定が実用化されています。 そこでNoise Visionと音響インテンシティー測定で、どの程度違いが現れるか、比較実験をしてみましたので、 その結果の一部を御紹介します。(図12、図13)
測定の条件は、扉の外でスピーカを用いてピンクノイズを拡声し、扉の内側でNoise Visionならびに、インテンシティープローブを用いて、双方で測定を行いました。

防音引戸測定結果(左図:Noise Vision 右図:音響インテンシティー 315Hz)
図12 防音引戸測定結果(左図:Noise Vision 右図:音響インテンシティー 315Hz)

防音引戸測定結果(左図:Noise Vision 右図:音響インテンシティー 2500Hz)
図13 防音引戸測定結果(左図:Noise Vision 右図:音響インテンシティー 2500Hz)
※音源のスピーカから再生している音はピンクノイズ(オールパス)
※なお計測の準備、ならびに測定に要した時間の比較を下記に示します。

表―1 Noise Vision測定と音響インテンシティー測定での要した時間

Noise Vision音響インテンシティー
測定準備時間 約15分 約1時間
計測実時間 約1~2分 約45分
  • 音響インテンシティーの測定範囲は扉下半分1100mm×2100mm(図中ピンクで囲った範囲)であり、 グリッド間隔は110mm×210mmの121ポイント。
  • 音響インテンシティーの測定準備時間には、計測面をグリッドで区切るポイントの位置出しも含んでいます。
  • 音響インテンシティーの測定は、全て手動(トラバースは用いていません)
  • Noise Visionのコンター図は、赤色(最大値)から青色までの範囲で約6dBとなっています。 音響インテンシティーは赤色が正の向きで最大値を示しており(この場合は扉から向かって室内側を正、 扉の外側に向かう方向を負)、青色が負の向きの最大値を示しており、10dB/devとなっています。

Noise Visionの結果をみると、315Hzでは、低在波の影響により、室内の隅で音圧が高くなっている事が分かります。 また2500Hzでは、引手側の上下の隙間から音が透過して音圧が高くなっています。
一方、音響インテンシティーの測定結果では、315Hz・2500Hzどちらも引手側の下バ隙間部分の音が強くでているという事が読み取れます。 なお音響インテンシティーの測定範囲ですが、扉を含めた周辺全てを測定すれば良かったのですが、 計測時間の兼ね合いから扉下半分のみの測定を行いました。

これらの結果をみると、概ねNoise Visionと音響インテンシティー測定では対応はとれていました。しかしながら、 Noise Visionでは自動的に全方位の探査ができるため、音響インテンシティーのように計測面(受音点)に制約を受けず、 また一連の測定にかかる時間の早さ、そして定常音以外にも間欠音の測定ができることなど、音源探査としてのシステムとしては秀でていると考えます。

室内での適用事例では、簡単な扉の遮音、実験的な試みを二つほど御紹介しましたが、 "不思議音"の音源探査など、Noise Visionの利用方法は、他にもまだ新たな可能性があると思われます。

5. 測定に関する留意点

今まで、何件かの測定物件を経て、Noise Visionの測定上においての注意すべき点は、分かってきました。 特に、Noise Visionの設置場所の重要性については、開発者からもよく言われており、一つの設置場所だけで判断すると、 誤った判断を下してしまう可能性もあります。ここでは、その一例をとりあげてみました。

塀を回折してくる音を図14のような条件で測定しました。

測定条件その1
図14 測定条件その1

本来であれば、回折した音が塀の上部に音源として表示されるはずが、 塀から音が抜けてくるような形で表示されていました。そこで図15のように距離を約1mにして、壁に近づけてみました。

測定条件その2
図15 測定条件その2

すると、塀上部に音圧が高い事を示す赤い分布が表示されました。回折した音波が地面で反射し、 回折音とその反射音のNoise Visionに対する仰角が小さく、分離できずに音源の位置がぼやけた可能性が考えられます。 現状でのNoise Visionの各方位の分割角度は、分析時間の効率化をはかるために約5°で設定されています。 ソフトウェア上はさらに詳細に分割することも可能ですが、分析にはさらに時間を要します。

Noise Visionの測定の鉄則は、まず全体を見渡せる場所で測定し、 次に個々の音源位置に対応する近い場所(1m程度が望ましい)で測定することが重要です。

6. 終わりに

Noise Visionによる音源探査は、今まで聴感や音の大きさしか計測できない騒音計による音源探査に比べて、 革命的な進歩であると思います。今後は、このNoise Visionをさらに使いこなし、今まで解決できなかったような、 音に関する諸問題に挑戦していきたいと思います。

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