技術部 大橋 心耳
1. 今回の企画に関して
最近「他人に気兼ねせずに心ゆくまで楽器練習をしたい」 「他人に気兼ねせずに思い切り音楽や映画を楽しみたい」との楽器練習室に関する相談を頂く機会が増えて来ている。
人々は、その生活、趣味及び物事に関する価値観の多様化に伴いそこで発生する音の問題への認識を高めつつあり、 いわゆる「気兼ねをしながらの、自分のライフスタイル」よりも「気兼ねをしないで思う存分自分のライフスタイルを・・・」の時代へと移り変わってきている。
本企画では、「これから楽器練習室やホームシアターが欲しいのだが・・」とお考えの方を対象とし、 我々"作り手側"からの技術解説だけに留まらず "使い手側のオーナー"にも原稿執筆をお願いし「導入のいきさつ、 使用しての率直な感想」などを含めその実際を紹介していきたい。
2. 実施例
まずは、実施例の紹介で今回は、戸建て住宅の地下部分に設置されたマリンバ・ピアノ練習室、 続いて戸建て住宅の庭先に設置されたドラム&ピアノ音楽練習室、最後にマンションの一室を改造し施工された浮き構造(振動絶縁工法が施されている)のピアノ練習室など3件を通じ、 この特集「他人に気兼ねせずに心ゆくまで楽器練習を・・・」を実践されている例を紹介させて頂く。
- 実施例その1 真崎邸練習スタジオ(ピアノ・マリンバ)
最初は町田市の"真崎邸楽器練習室(スタジオ琴音)"を紹介する。お母様の真崎さんは、 20年ほど前から町田市の郊外に位置する閑静な一戸建て住宅にお住まいでしたが、 近隣に気兼ねしながら練習をする当時小学生のお嬢様・佳代子さんのピアノ及びマリンバ練習用防音室を設置された。 (17年前・筆者担当)
現在ではそのお嬢様が、マリンバのプロの奏者となられ、新規に住宅を新築される時に、 24時間他人に気兼ねせずに練習できるプライベートスタジオを計画、2002年完成し現在に到っている。
最近では、プロの演奏者としての演奏活動、アルバム製作及び後進の指導などに忙しい毎日を送っておられる。
建築の基本計画にかかわる音響設計
住宅を新築する際に、基本設計段階から「誰にも気兼ねしないで思う存分練習ができる楽器練習スペースが欲しい・・」 とおっしゃられオーナーの真崎さん(お嬢さん)より筆者に相談を頂いたのが2年ほど前だったか・・・土地だけは既に入手されておられるとの事であった。
建設予定地が、ある程度傾斜しているので基本的に地下部分(と言っても入り口部分は道路と高さが同じレベルで、 奥の部分は地下室になる)に、陣取る形が外部への音洩れ対策上コスト的にも有利であるし、 マリンバ(これが我々が想像する以上に実にその寸法も発生する音量も大きい楽器である)の搬出入にも便利である。
その反面楽器練習室の殆どの部分は地下に位置し、採光及び空気の流通経路を確保する目的で練習室の奥の部分に出入り可能なドライエリア (地上に上がることも出来る)を設けその部分への音洩れ対策に留意している。
図-1 真崎邸練習スタジオ見取り図
図-2 楽器練習室の室内(マリンバの鍵盤を壁にイメージ・・・実はこの赤い箱が重低音の吸音に貢献している)
図-3 真崎邸楽器練習スタジオの外観
楽器練習室の発生音量について
楽器練習室を計画するためにまず使用する楽器の発生音量を正確に把握することが肝心であるが、 この事例では、使用楽器としてグランドピアノ1台、マリンバ3台、ドラムセット1台、 場合によってバスマリンバという高さが相当あるので演奏者は踏み台を使用して演奏するという代物まで持ち込む事もあるとの設定であった。
そこで、この計画の当初の段階で各楽器の発生音量を把握する作業を始めた。
図-4に、各楽器の発生音量(1m点での音圧レベル)を示す。
図-4 各楽器の音源レベル測定例
(マリンバの発生音量を実際に測定してみると、ピアノは勿論、ドラム音よりも大きいことが判明・・・関係者一同・・びっくり!)
これらの発生音が外部に対して何の影響も及ぼさないことを念頭に必要遮音量が算出され、 それらに見合った壁・天井・建具(扉、窓)及び設備(換気扇etc)の仕様を決めていく。
本事例の場合は、半地下構造を採用し楽器練習室から表の道路に出入りする部分は、 母屋の玄関部分を前室として配置、総合的な防音対策を計画しコストを下げる工夫を行っている。
室内音響設計・調整作業
楽器練習室内で具体的に好ましい響きを実現する方策は、担当する音響設計技師の考え方にもより多様であるが、 我々の目標として、「実際に使用するユーザーが"自然な楽器音に触れられる"と感じる程度」の音響処理を実現することが挙げられる。
今回の楽器練習室は、メインがマリンバ!音響的には低音から高音までアタックの強いパルシブな大きな音を発生する。 特に拍子木をたたいたときに出るような一種独特なキンキン音を伴うことが大きな特徴のひとつである。それと太い共鳴管により重低音が増幅され、 この重低音が室の低域固有振動数と合体するところでブーミーになり特定の音階で音の強弱が生じ易くなる事が懸念された。
室内音響設計のポイントとしては、
- まず最初に、躯体(ここではコンクリートの床、壁、天井)の寸法比をあらかじめ検討し、重低音のバランスを検討する。
- 基本的に吸音を少し多めにする。(平均吸音率を30%程度に設定する)
- 室の重低域の固有振動数の処理を目的とし、壁面に共鳴機構を設けた吸音体を設置し、 かつその外形上の凹凸で高域の拡散を兼ねる。
- 天井部分は、空気層を確保し重低域まで吸音処理を行う。
実際に施行が始まり、順調に工程が消化されある程度の仕上げの段階に移る時が来た時に、 我々が作業の進行状況を確認する意味と発注者側である楽器演奏者の"音合わせ"を行うことがある。・・・洋服で言うところの "仮縫い作業"である。
完成真近の楽器練習室内で楽器演奏をしていただき、外部への音洩れは勿論のこと、 室内の響き具合の両者立会い確認となる。又、この時に、「ちょっと低域がブーミーで不自然・・」とか、 「何か高音がきつくて疲れる感じ・・」などと忌憚のないご意見を頂くと、室内のしかるべき部分に対し"おまじない" と我々は呼んでいるが、吸音材料・反射材料の配置や量並びに角度などの調整を行う。
このような作業を続けていくと結果的に、先程筆者が解説した"自然な楽器音に触れられる"感じに限りなく近づいて来るのである。
本事例では、住宅新築のタイミングに合わせた楽器練習室の計画であったので、 事前に施主を交え住宅メーカーと弊社側で楽器練習室の詳細部分にまで種々の検討を加え進める形が取れたので作業は順調に運びコスト的にも有効であった。
又、中間調整〔音の仮縫い作業〕として、施主及び演奏活動グループのメンバーにも参加いただき、音決めが行われた。
主な調整項目としては、当初の検討時点で懸念されていた"重低音の処理"及び"キンキン音"であったが、 基本的に室の寸法比等を含め、予め計画段階から検討処理が行われていたので、仕上げ材表面の調整程度の"おまじない"で仮縫い作業は終了した。
以下に使用者側からのコメントを紹介させて頂く。
まず最初は、お母様から・・・
娘が、小学2年生の終わりごろ、すでに楽しんでいたピアノに加え、「マリンバがひきたい」といいだしました。 少し調べてみましたところ、「楽器の大きさも音」も予想以上に大きいことが分かりました。
当時、我が家は築4年目、わたくしどもは音楽好きなものの門外漢です。新築前にピアノをひきたいといっていた娘のために、 すでに我が家にあったピアノの設置場所は予定していましたが、特別な部屋ではありません。 ピアノも比較的誰でも通過するお稽古のひとつになるかも知れない、としか考えていませんでしたから、 弾き始めてからは窓を閉め、制約した時間の範囲内でさせていました。ただ、わたくしどもの思いの中には、 子どもたちに「目にはみえない(物品ではない)贈りもの」を大事にしたいと考えがあり、 その一つとして《音楽好きな大人になる》ということで、その環境だけは提供したいと思っておりました。
そして、マリンバ・・・・。すでにはじめていたピアノが大好きで、 すこぶる活発な娘にはピアノ以上に本当にぴったりな楽器に違いないと感じていましたので、 「そんな楽器は無理よ」と反対ができませんでした。ただちに楽器の置き場所と音をどうするかが、我が家の問題となりました。 ピアノだけでも問題になるような、特に音に対してシビアな居住地ですので、選択の余地がない決断で「小さな我家の防音工事をする」ことになりました。 当時は将来、音楽を専攻するようなことは予想していませんでしたが、高校を卒業までの約10年間の本人なりにやれる環境が用意できれば、 きっと「音楽好き」に加え、「適切な配慮」と「思う存分することの達成感」を娘に贈ることができると思ったからです。
知り合いの音響工学研究者に紹介いただいた日本音響の大橋さんが、当時、個人住宅の工事など視野になかった時代に、 みごとに念願をかなえてくださったのです。
続いて真崎さん(本人)から一言
5才でピアノを、9才でマリンバを弾き始めた私は、とにかく楽器を弾いていることが大好きな女の子でした。 楽器が弾きたくて朝目を覚まし、朝飯前にピアノを弾き、学校から帰ってきたらまた弾く、という子供でした。
ところが、両親は私には言いませんでしたが、近所からの苦情がずいぶんあったようです。
幼い頃は、音のもたらす問題がよく分かりませんでしたが、今になって音が周りに与える影響がよく理解できるようになりました。 当時、両親が部屋を防音することで楽器を弾くことの好きな私の心を痛めず、その芽をつぶさずに弾きたいように弾かせてくれ、 それをそっと見守り、私の音楽と共存する生活を守ってくれたことに感謝感謝です。両親と日本音響さんが作ってくれたこの防音室のおかげで思う存分練習でき、 大好きな楽器を続けることができました。その結果、マリンバ奏者としての今の私があるのです。
ピアノよりもマリンバは打楽器ですから、音がよく漏れます。実際マリンバ奏者の仲間は、 近所への音漏れをかなり気にして、窓は勿論、雨戸も閉め切って時間も制限して弾かなければいけないのが現状です。私は、 中学生の時の吹奏楽がきっかけで太鼓も叩くようになりました。すると防音していない部屋の自宅での練習は不可能だったことでしょう。 音楽仲間とアンサンブルをしたり、生徒のレッスンも時間が制限されては継続することが出来ません。 音楽を続けてきた生活に防音室は欠かせないものでした。
結婚当初は、マンションに住むことになり、2台あるマリンバの1台をマンションに置きました。 実家に練習に行けるときは通いましたが、マンションのマリンバは結局苦情が怖くて弾けませんでした。弾きたくてたまらない時、 鳴るか鳴らないかの音でこそこそ弾き出してもそんな練習ではかえって下手になっていくようで、練習になりません。 子供を2人出産した後は、なおさら実家に通うのも限界になりました。 大きな現在の2つ目の防音室は、「スタジオ琴音」と名付けられた20畳の夢の空間です。 ホールのように吸収面と反響面があり、照明も練習用とホームコンサート用に切り替えられるようになっています。
この防音室は、私の活動の中心となっているマリンバアンサンブル琴音の練習やピアニストとの合わせ、 生徒のレッスンなどが行われています。頻繁に行うホームコンサートは照明を変えてコンサート気分に楽しんだり、 防音室は大活躍です。また、最近は、新たな試みとして子供達のマリンバアンサンブルも始めました。 沢山の楽器を一斉にたたくので当然大音量になります。しかし、安心して練習させることが出来ます。それに、 最近我が家の2人の子供も練習を始め、特に5才の息子が太鼓好きで、ドラムセットをがんがんたたきます。大きな音ですが、 どんどんやってごらんと言えるのが本当に嬉しいです。
練習するときに、安心して集中出来るという環境は、やはり周りへの迷惑が気にならない、 気兼ねなく弾ける、弾きたいときに弾ける、ということだと思います。実家の防音室と今の防音室で大きく変えたところは、 家族との生活空間とは別の部屋にすることでした。実家の防音室はすでに住んでいた家を改造したもので、リビングにあったため、 生活空間のまん中を占領していました。当然家の外への気兼ねはなくても、家族への気兼ねが大いにありましたが。 しかし今の防音室は完全に生活空間と分けたので、24時間弾きたいときに弾けますし、ちょっと現実離れした気分になれる自由な空間です。
今も、朝早く起きて朝飯前に楽器を弾くのが気分爽快ですし、他人に気兼ねなく、心ゆくまで楽器が弾けて、 こんなに恵まれた幸せな環境はありません。
防音室「スタジオ琴音」は、私にどこまでも可能性を与え、活動を広げ、やりたかった夢を叶え、 さらなる夢を持たせてくれる、そんな宝の空間です。
この環境を作るのに協力して下さった日本音響さんと両親と家族に改めて感謝しております。
スタジオ琴音 真崎 佳代子
図-5 佳代子さん(右)とアンサンブルメンバーとの音合わせ風景
図-6 チビッコマリンバ教室も好評で将来のミュージシャン養成中
真崎佳代子さんの活動情報は、
[http://www.city.nerima.tokyo.jp/chiiki/atrium/kiroku/044.html]
である。
- 実施例その2 高木邸楽器練習室(ピアノ・ドラム)
続いて、百合丘にお住まいの高木夫妻が設置された、プライベート楽器練習室である。
旦那の高木さんは、電子機器に関する輸入商社マンで、背広を脱ぐと厳つい(?失礼)体格のドラマーに変身する。 一方奥様は、Piano 及びJazz Vocalを担当され、本当かどうか、筆者には定かではないがその縁で結ばれた・・・のかも。楽器練習室の設置目的は、まずは旦那のストレス発散の場、ドラム演奏に始まり大音量での音楽鑑賞も視野に入れている。 仲間同士で集う場所として時にはワイワイ集って音楽演奏会。勿論盛り上がれば大宴会もOK。
たまには夫婦しっとりとJazz Vocal・・・なんてあるのかも。
図-7 (夫婦での音合わせ風景・・息がぴったり合っていてうらやましい限りで・・)
いわゆるこのドラム小屋計画は、基本的に打楽器を想定した大音量の楽器練習室である。 この種の音源に対しては、どのような方策を講じても到底マンションなどでは、24時間いつでも練習OKという訳には行かないもので、 今回は、百合丘の閑静な住宅地内戸建住宅の庭先の一角に離れとして設置された。
当初は、実際のドラムセットを想定していたのであるが、 遮音上の問題ではなくスペース的にシンセドラムの方が占有面積が少ないので室内の有効活用に結びつくとのことで現在に至っている。 勿論、実際のフルセットのドラムも入れたこともあるそうである。
図-8 ドラム練習室概観(庭の木々に囲まれた格別なスペース)
図-9 室内の様子(少人数の音合わせには、最適とのこと)
読者の皆さんは、写真と簡単な図面があれば、この楽器練習室の様子が既にお判りと思われるので、 細かい紹介は又の機会に譲り早速、使用者のコメントを紹介しよう。
高木さんから・・・
利用者急増!
もう作ってから5年になりますが、最近は利用者急増です。もちろん私、妻も利用してますが、 息子の友達も利用しています。・・・「使いたきゃビールでも差し入れろ!」といいたいところですがかみさんに 「ご近所付き合いにヒビが入る」と止められてます。出したい時に音が出せるってこれ以上の楽しさはありません。
自然な響き!
音がいい!というより自然なんです。通常の防音室っていうのは、耳の圧迫感があるか、風呂場みたいか、 誰でも経験のある音空間の響き・・・最悪です。しかし我が家の防音室は・・本当にさすが!といった感じです。 オーディオ鑑賞でも最高の響きです。そんじょそこらの音響設計とはわけが違う・・失敗してからでは後の祭りですから・・・・ (ちょっとよいしょしすぎですか)
自分は今ステージにいる!
好きなミュージシャンのライブCDとシンクロで演奏する。CDとシンセドラムをミキサーで調節、 オーディオからガンガン音が出る。自分がへたなのわかるけど・・満足感充分!ジョンボーナム万歳!日本音響万歳!
息子もかみさんもカラオケしてる!
通信カラオケは無いけどCDのボーカルマイナスでカラオケしてます。キーも変えて歌の練習してます。 かみさんは時々ライブ出演があるからマメに発生練習してます。
息子のバンド練習!
「ちわーっす」ギター抱えて練習にきてます。自分の中学高校の時には考えられなかった。 楽しそうにやってるし、・・でももう少し基礎練習しろよ!
音楽一家の宝物!
「父ちゃん!ビートルズ/リボルバーはやっぱりいいよなー」「おお!!ラバーソウルも聞いてみな」 家には親子の断絶は無いみたいです。共通の話題あるし、みんなで防音室利用して楽しんでます。皆さん! 短い人生好きなことにお金使いましょう!
高木ファミリーにとって、周辺に対し防音対策上の気兼ね及び家族間の断絶とは無縁のようである。〔筆者〕
図-10 高木邸楽器練習室見取図
- 事例その3 I氏ピアノ練習室---工事部 石垣 充
次に、北区にあるマンション(RC造)の3階に作った"I邸ピアノ練習室"を紹介する。 名前は伏せてほしいとのご要望なので、Iさんと表記する。
Iさんはスタインウェイのピアノをお持ちで、今までは、居間に置いてあった。 ここには当然ながらTVも置いてあり、お父さんがTVを見てくつろいでいるときに、息子さんがピアノを弾くということも多々あったようである。 そんなときは、お父さんは隣の部屋に避難して、それでもピアノの音が大きすぎてヘッドフォンを使うことになっていたようである。
それだけならまだ家族内のことなので良いが、つい最近、近所付き合いの中で上下左右の住戸に、Iさんの想像よりも、 かなり大きな音で聞こえていたことが判明してしまった。ここの皆さんは、とても仲の良い付き合いをされていて―遠慮があったかどうか定かではないが―苦情は一切無かったそうである。 このような状況から防音工事を依頼された当初Iさんの計画は、奥さんの表現を拝借すると、「ベットルームを改装して息子とピアノを押し込む」というものであった。 つまり、今回作る部屋は、ピアノ練習専用ではなく、息子さんの部屋でもあったのである。
それでは、"防音工事"の内容を述べよう。
"遮音構造"仕様について
既存の天井、床を解体し、間仕切り壁のみを残して、その内側に、別個に振動的に絶縁された箱(床、壁、天井)を追加する。 (これを、浮き遮音構造と呼んでいる。)
浮き床に関しては、グランドピアノの重量と発生する音量に対処するためコンクリート版を木板とサンドイッチにした構造である。
浮き側の壁は、木下地に石膏ボード15mm厚のものを2層(隣戸間のみ3層)貼ってあり、裏にはグラスウールを充填している。
又、既存の間仕切り壁には石膏ボードを貼増して遮音補強を行っている。
"遮音構造"性能について
楽器練習室が完成間じかの時点で、ピアノを音源とした簡易測定を行い、床、壁、天井部分の遮音量を実測し、 建築学会の評価方法でD-75をクリアしていて、当初の設計量を満足していることを確認できた。
実際、測定の時に、上下と隣の住人に立ち会っていただいき、「全然聞こえなくなった」との評価を頂けた。ただ、 グランドピアノなので、ダンパーの戻るショックが大きく、下の階はその振動が音に変換されて多少聞こえることが確認されているが、 許容範囲内とのことである。(ピアノの演奏音は全く聞こえない)。
"音響内装仕上げ"について
この部屋は、練習専用では無く、息子さんの部屋になるので、使い勝手を優先する方向で計画した。 壁面の仕上は、吸音と反射をバランス良く割り当てるのが一般的であるが、そうすると吸音層が4面となり、 その厚みで部屋が狭くなってしまう。この部屋には、後述する特徴があるので、対向面が共に反射とならないように、 L形2面のみを吸音層とし、少しでも部屋を広げることを目指した。
この部屋の特徴は、壁2面(L形)に梁があることで、この2面を吸音層として、壁、梁囲いを椅子生地張りのパネルで仕上げた。 梁は、壁から60cm出ていて、そこの下は175cmしかないので、居住空間というよりも、オーディオラック、スピーカー、机、 チェスト等、背が低く奥行きがある家具を置く場所となる。これらは、吸音面を適当に隠して拡散体となり、デッドな感じを減少させ、 壁を防護することにもなり、まさに一石二鳥である。
逆に、梁が無い部分は居住空間で、人が壁に触ることも多いし、背の高い家具を置くことも考えられ浮遮音層に壁紙を直貼して仕上げている。
"部屋の音場"について
椅子生地のパネルの中には、厚さ25mmのグラスウールが入っている。普段は、密度が16kg/m3のものをよく用いるが、 これは、どちらかと言えば音が「やわらかい感じ・やさしい感じ」になり、今回は、スタンウェイの特徴の一つである高域のきらびやかさを生かすために、 「少し硬い感じ・攻撃的な感じ」になる24kg/m3を使った。
完成して部屋に入ってみると、ピアノも家具も無い状態でも、大きい反射面があるので、耳が詰まったような居心地の悪い感じは全然しないし、 吸音面に近寄れば吸音過多な感じは受けるが・・・。ピアノと家具が入ると、思惑の通り、"静かな居心地の良い普通の部屋"となった。 実際にそこでピアノを弾いた感想を息子さんに聞くと「カチッとした感じの音になって気持ちいい」とのことであった。
以下に、Iさん(奥様)に頂きました感想を紹介する。
集合住宅の上下と隣に、ピアノの音が聞こえるのではと以前から気にはしていたのですが、 苦情が出ているわけではなかったので、つい、そのままにしていました。
たまたま階下の奥様とマーケットでお会いした時に、「けっこう聞こえますよ」と言われ、 実際に訪問してみて、自分の家の、隣の部屋で弾いているのかと思われるほど聞こえることがわかりました。又、 子供が学校から帰る時間と食事の時間等を考えると、他の家の、くつろぎの時間にピアノを弾くことになってしまいます。
そこで思い切って防音にしてもらおうと、ピアノの販売元に問い合わせ、日本音響エンジニアリング(株)を紹介していただきました。
工事中は、限られた、住んでいるままのスペースでの、資材の搬入や置き場などに、ご苦労があったことと察せられますが、 いつも気持ちよく作業を進めてくださり、子供たちにも自分たちのために一生懸命働いてくださる方々の姿を見せられて感謝しています。
結果は、上下左右の方にはピアノの音はまったく聞こえなくなったと言われましたし、 実際に日東紡さんの測定でもほぼ完璧との報告を受けています。内装についても、こちらの意向を充分に入れてくださり、 100%満足しています。 もともとベッドルームだった場所の階層なのに元の姿が思い出せないほどで、家の中に、 新しい『音の空間』ができたような新鮮な気分です。
図-11 室の入口から見た室内
図-12 窓側から見た室内
図-13 I邸ピアノ練習室見取り図
3. 楽器練習室の移り変わり
一昔前と言えばカラオケ全盛時代、飲食店などに設置されたカラオケで人々は思う存分気兼ねしないで音楽を楽しんでいた。 しかしその反面その飲食店が周辺の居住者との間でお互いに騒音問題で悩んでいた時代でもある。
弊社が環境庁(現環境省)からの委託を受け「カラオケ装置を設置する飲食店の騒音対策設計・施工に関する指針」を策定した頃でもある。
当時のカラオケを設置していた飲食店の多くは、飲食店ビルの一室を改装して作られたもの、戸建て住宅を改造し表向きはレンガ造り風であるが実は中身は木造のもの、 一番問題となっていたのはいわゆる下駄履きマンションと呼ばれていたが一階部分が店舗スペースで上階が一般居住用のマンションといったものなどであった。
当時は、カラオケに関する音量の測定方法さえも確立されておらず、又それに伴う騒音対策も店の構造が種々雑多でいわゆるケースバイケースで対応している状況で、 対策を成功させることは至難の技であった。
当然のことながら防音対策工事は費用的な面からも相当な設備投資と考えられ、我々のところに相談が舞い込むのは、 業務用途の話が殆どで、純粋に個人レベルで音楽や楽器を楽しみたいといったものは極めて少なかった時代である。
最近では、人々のライフスタイルに対する意識の変化に伴い、建築的、工法的な面においても技術改良が進み、 種々の制約も少なくなり、プライベートスタジオ、楽器練習室、ホームシアター、リビングルームなどの防音・室内音響に関する個人レベルの相談にも対応可能となってきた。
今後更に増加する傾向にある楽器練習室に関する相談は、従来の業務目的の投資の意味合いから、 「自分自身が他人に気兼ねしないで、心ゆくまで音楽、楽器、映像を楽しむ・・・」いわゆる、 個人のライフスタイルに対する投資の意味合いにその重心が大きく変化してきている。
それでは、他人に気兼ねをしないで音を楽しむことができるスペース確保を実現する為に必要な検討項目の解説から始めていきたい。
4. 楽器練習室計画のポイント「検討項目」
まず最初に設計・施工段階に入る前に入念なオーナー側と製作側の意思疎通が必要である。 以下に示す検討作業(意思疎通)の有無により結果的に、音響対策の効果、建築的な出来栄え、 価格等が大きく左右されることを認識しておく必要がある。
よくある事例としては、
- 大工さんに防音工事をお願いしたのだけれども確かに防音サッシュが使用され、床には厚手のジュータン、 壁の中には断熱を兼ねた吸音材が使用されているが、防音性能的には期待したものとは程遠い物が出来上がってしまい結局音が出せない状態である。
- 専門業者にお願いし、かなりの金額の見積書が出てきたが、専門業者であるから間違いは無いであろうと考えお願いした。 出来上がったスペースはかなり狭く使い勝手もよくない。よくよく考えてみると当初からそんなに大きな音を出すことも考えていなかったので、 いわゆる過剰品質になってしまった。
- 防音効果は、それなりにしっかりしているが、室内の音響状態として"音が吸い込まれてしまうようなツンとした感じ"もあるし、 かつ"低音がこもるような感じ"で長時間室内に居るととても疲れ、音楽に没頭する気分になれない。
などが挙げられ、さて室は出来たけれど実は持て余している・・の図式が見えてくる。
せっかく、音を楽しむためのスペースを作るのであるから、少なくともこれらは避けたいものである。
工事をはじめる前にオーナー側と製作者側で十分な意思疎通が必要なことは既に述べたが、 実はこの計画初期段階でオーナーは頭では判っていても実際にはそうでない場合が多い。
着々と工事が進行し発注者側が中途で出来具合や使い勝手がある程度見えてくる段階になり、 「???・・」と感じたその時、現場で作業をしている工事関係者に何がしかの疑問・注文などを呈しても・・時既に遅し・・・・ 相手側からは「ここまで進んでしまったのでもう後戻り出来ない・・今更ねえ・・」という返答で片付けられ、 うやむやになってしまう事がある。
この時になって初めてオーナーは使い手側の論理と作り手側の論理に大きなギャップが潜んでいることを思い知らされるのである。
実は、通常現場で作業をしている工事関係者は、あらかじめ指示を受けた仕様に従い工程通り作業を進めていくことが任務そのものなのである。
作り手側にも、営業窓口、音響設計担当者、建築設計担当者、現場施工管理者、直接施工にあたる職方さんたち・・・ と実にいろいろな立場の人が関与して動いていくのが実際の現場であり「一度走り出した汽車はなかなか停められないし、 軌道修正はなおさら難しい」ものなのである。
このような事から開放され自分のライフスタイルにマッチした空間造りを「自分の意図するように必ず完成させる為にも」 オーナー側・施工側もお互いはっきりした意思疎通をまず最初に行った上で、工事関係者が仕事に取り掛かる体制を構築して行くべきである。
つまり"最初が肝心"なのである。
それでは、かいつまんでその"肝心"な検討事項を紹介して行こう。
【音響設計検討事項その1】 発生音量はどの程度か?必要な対策量は?
音響的に言うと・・発生音量・・となってしまうが、早い話がどんな楽器を練習したいか? 又使用するAV機器等?使用する時間帯?人数?などを明確にする必要がある。
発生音量を多めに見積もっておくことは、使用時には安全側ではあるが、 逆に工事費用は必要な防音量に比例し指数的に上昇する傾向にあるし、又遮音構造が分厚くなることにより室内有効面積がかなり狭くなることも覚悟せざるを得ない。 逆に発生音量を少なく見積もってしまうと、結局実際に使用するときに「他人に気兼ねする」必要が生じ、これも本解説の主旨に反するものとなる。
又、居住条件によっては音源側の発生音量だけでなく相手側の現在の音環境を把握しておく必要があることも付け加えておきたい。 防音対策は発生側と相手側の関係によりケースバイケースで検討されるべきである。
結局は、正確に音源の発生音量を把握・設定し、必要であれば隣家などの対象場所における音環境を把握し必要な遮音(対策)量を設定する手間を惜しまずに計画に取り掛かり進めて行くことが、 工事費などとの兼ね合いを考えても二度手間ややり直し等の無用なトラブルを避けることができトータル的に安上がり(妥当)な買い物になる為の最短距離である。
【音響設計検討事項その2】 広さは、どのくらい必要か?
使用する楽器の大きさや台数、収容人数及びそのスペースの他への使用用途などにより、 必要な室の床面積及び天井高の概略が設定できる。
又、通常の生活スペースへの適応性も十分に考慮されるべきである。
「家の中に価格的には手頃な電話BOX大の市販防音BOXを購入し設置したが、楽器練習以外の通常生活時には、 邪魔になってスペース効率が悪いし、楽器練習の成果を仲間内で集まってアンサンブル練習する時に、 BOX内では無理なので結局他の場所を別途手配する必要があるので、最初から室全体を防音化しておいた方が良かった。」 と考えるであろう人は、最初からこの項目を重視するべきであった。
【音響設計検討事項その3】 付帯条件は?
付帯条件は、建築的な面からは新築又は既存建屋の中に計画することを前提とする時、建築的な面からは、 建屋(いれもの)はコンクリート造、ALC造、木造モルタル、又事務所ビル、集合住宅又は一戸建などの条件によりその後の展開が異なってくる。
新設・既存建屋の場合その建屋の構造的な耐荷重などの面、又既設建屋では周囲の居住者に対し何らかの迷惑が及ぶことを考慮に入れ、 その工法(乾式工法か水を使用するいわゆる湿式工法か)、工期・材料搬入経路(どのくらい周囲の住民に工事音や資材搬入通路上の制約などの迷惑を及ぼすか)、 資材置き場などの制約も併せて検討しておく必要もある。
又、必要遮音量に伴う防音構造や室内仕上げのグレードに関する要望などに対し、 予算的な面からの制約も当然のことながらある訳で、それはオーナーの財布との相談となる。
しかし、種々の制約条件下において時により目標性能・仕様の達成が技術的・コスト的に困難な場合も生じる。 この場合は、例えば練習時間帯、楽器の発生音量の低減策などの見直しや室内の仕上げ材など建築意匠上の再検討も大切である。
【音響設計検討項目その4】 室内の音の聴こえ方は?
一般的に楽器練習室としての室内の響き具合は、デッド(吸音が効いていて、音が響かないこと)な状態が一般的である。 一方、風呂場で歌うと適度な響きが付加され歌い手としては、何故か今日は上手な気持ちになれる。さて、楽器練習室としては、 どのような響きが最適であろう・・・?
筆者の経験から楽器を練習する事を大前提にしたときの響きとは、
- まず自分の発した音が自分で的確に聴いて判断出来ること
- 特定の音のみが強調されないこと及び小さく聴こえないこと
- 長時間練習した後で、室外に出て「やっぱり外の方が自然だなあ・・」などと感じないこと
楽器練習室の音の響きに対する認識として
まず・・「他人に気兼ねせずに楽器練習を思う存分」を目的として楽器練習室を作りたいのであるが、 ポイントは「他人に気兼ねせずに」の部分と「楽器練習を思う存分」の部分である。
「他人に気兼ねせずに」を実現する為にはまずしっかりした遮音構造が必要である。 そしてその上で「楽器練習を思う存分」楽しむためには、この室内の自然な響きも重要不可欠なのである。 この二つのポイントが達成され初めて「他人に気兼ねせずに楽器練習を思う存分・・心ゆくまで・・」が叶う訳である。
【音響設計検討項目その5】 どんな人が施工してくれるの?
この項目は、一見音響設計の検討項目とは何も関係が無いように受け止められがちであるが、 実は今まで解説してきた中で大きなウェイトを占める。いくら机上で緻密な検討を繰り返し施工に望んだとしても、 実際に現場で工事に従事するスタッフの力量と人柄が伴わなければ、オーナーにとって満足度の低いものが出来てしまうことが多い。 使い勝手の良い作品を作り上げるためには現場のスタッフに委ねられる部分がかなりのウェイトを占めることを認識し業者を選定する必要がある。
設計段階では、予想もしなかったことが現場では実際に起こる事が多い。 その時に音響的に重要で設計サイドにその状況を的確にフィードバックするべきかそれとも所定の工期を優先し自分の責任の範疇で進めて良いものか?などに対する判断。 又、工事途中でオーナーからの要望や提案に対する対応が現場サイドにも必要なのはいうまでも無い。
言い換えれば、現場サイドには数多くの経験、建築技術、音響技術だけに留まらず今や客先とのコミュニケーションも要求される時代なのである。
参考の為、通常はあまり紹介される機会は少ないが、以下に弊社の技術陣と絶妙の協力関係を展開してくれている経験豊富な職方さんたちを紹介しよう。
まずは、音響工事に欠かせない大工の職長さん(見かけは怖いが、実際もやはり怖い、でも的確に現場で筆者たちの意図を汲んだ仕事を実現してくれる。)
図-14 大工の職長Hさん
職長さんによると、「音響技術の基本に忠実に施工を行う事が本当に大切で、 図面に従ってやれるところはやるけれども・・・でもここの現場のこの場合は、 そうじゃなくてこうした方が旨く行くんじゃないの!もっと勉強しなくっちゃだめだよ大橋さん!」と叱咤激励頂くこともある。
図-15 大工の職長Tさん、Hさん
図-16 大工のSさん
図-17 大工のYさん
図-18 大工のTさん
次に、経験豊富な大工さん達(いつも笑顔が絶えないし、仕事が楽しいとのこと長年、TVスタジオ、 レコ-ディングスタジオなど音響関連施設の施工現場で培われたスタッフ同士の"あうんの呼吸"は見事である。)
図-19 空調設備工事のTさん親子
次に、この種の仕事に欠かせない存在で空調工事担当(大工さんと、電気屋さんとのコンビネーションが見事!)
空調工事屋さん曰く、「個人の楽器練習室においては工事費を安く上げる為に単にエアコンの取り付けで終わる場合も多いけれど、 防音空間というものは密室だから酸欠になるのよ!その為に、防音タイプの換気扇が有効で、値段も意外と安いのよ! 工事途中なら取り付けも簡単で・・安くできるから絶対必要よ!」だそうだ。
図-20 電気工事のNさん
最後は、電気工事屋さん。
「電気工事だって音響的に大切で、油断していて対策を怠ると、配管の中を音が伝わって防音の意味がなくなるのよ!?」
「浮き構造の遮音層と固定遮音層間の電気配管が原因で振動が伝わって防音性能が出ない事だってあるし!」
「電気工事だって、単なる電気工事屋さんでは勤まらないよ!大なり小なり音響的にはいろいろあらあね!」とのこと。
図-21 電気工事のIさん
などなど、結局は「他人に気兼ねせず思う存分楽器練習をするスペースを実現」したいオーナーのもと、 経験をつんだ音響技術者、建築技術者及び現場スタッフとの連携プレー・コミュニケーションが大切なのである。
5. 本企画の今後について
かなり昔、高校生の頃やはり人に気兼ねしながらギター奏者を目指し、 受験勉強そっちのけで木造住宅二階の一室で日夜を問わず練習に明け暮れていた時代が筆者にもあった。 自分なりに考え少しでも外部に音漏れしないように、周囲の窓という窓に家の毛布を引っ張り出し、 釘で窓枠に打ち付けぶら下げていた。お袋からは大目玉を食らっていたが、毛布だけではたいした防音効果も得られなかったので、 お隣さんを始め近所の皆さんはかなり血圧の上がる思いであったであろうと反省している。
そんな経験が今回の企画「他人に気兼ねせずに・・・」の出発点になっているような気がする。
老若男女を問わず、「楽器演奏を楽しみたい、音楽を楽しみたい、カラオケを楽しみたい、ライフワークとして継続していきたい」と希望する人々は、 今後ますます増加するものと考えられ、そこに存在する共通の悩みである「音の問題」について我々音響技術者が少しでもお役に立てればうれしい限りであり、 本事例で紹介させて頂いた楽器練習室のオーナーの皆さんの生の声は、とりわけ「励み」になり本当にありがたいものである。
引き続き次号以降も、本企画の続編を予定し、今回と同様に使用者のコメント等も合わせ実例を紹介して行きたい。
又、楽器練習室の音響設計や遮音構造、吸音構造などに関しての詳しい記事は弊社インターネットホームページの技術NEWS[http:/]をご覧頂きたい。