Super Quiet Motion ― 超静音動作への挑戦 Fordにおける新遮音評価システムの開発プロジェクト

ソリューション事業部 松尾 浩義、関藤 大樹、高島 和博
Changan Ford Automobile Co., Ltd. Young, Shaobo Zhou, Shuyuan

1. はじめに

自動車に防音性能が求められる部分があることは、ボンネットを開けると聞こえる大きなエンジン音が車内に乗り込むと静かになったり、外部での喧騒を気にせず車内で会話できたり音楽を楽しむことができたりすることからも想像できるでしょう。そう、快適な車内環境を実現するために、限られたスペースでうまく音をコントロールしているのが自動車です。そこには、遮音、吸音といった物理的要素から、人間の聴感といった心理的な要素までも考慮した細やかな設計と、それを裏付ける実験の積み重ねがあるのです。また、燃費に関する要求から、このような性能を実現するための防音材もより軽量かつ効果の高いものが要求されています。

今回ご紹介させていただくのは、中国の自動車メーカー、Changan Fordとのプロジェクトです。中国におけるFordブランドの乗用車の生産を手がけている会社で、本社とテクニカルセンターは内陸部の重慶にあります。彼らは中国の市場に合うようなローカライズにとどまらず、低騒音化による快適性の向上にも取り組んでおり、今回ご紹介する世界的にも非常にユニークな設備を一緒に構築する機会を頂きました。プロポーザルから完成まで足掛け3年かかった、我々にとっても非常にチャレンジングなプロジェクトでした。

2. コンセプトと技術の概要

2.1 Super Quiet Motion - 超静音動作

端的に言えば、「マイクロホンを自動的に動かしながら、動作音を気にせず動いている間も音を高精度に収録したい!」、その目的のためにタイトルにもあるSuper Quiet Motion(超静音動作)の実現が必須となりました。

今回ご紹介するのは自動車部品の遮音性能測定のために開発した設備です。最近のトレンドとしては残響室と無響室を結合した部屋で、部屋の間に試料をセットして測定することが一般的です。私たちもこれまでに数多くの遮音測定のための残響室-無響室と測定システムを自動車メーカーをはじめとするお客様に納入してきました。

さて、遮音の評価では、成型する前の平板状の材料を使って素材や積層構造の最適化を行うことが多いのですが、最終的には自動車部品用に成型した状態を評価します。その目的は、凹凸を伴ってプレス成型された状態では部位毎に圧縮度合いが異なり、遮音性能のバラつきが出るためです。基本的に遮音性能を向上させるためには、部位ごとのバラつきを減らし、均質な遮音性能が必要となるのですが、自動車のように想定される音源の強さが部位毎にバラつきがある場合には、適切に構造や厚みに変化を持たせる設計をすることで、重量とコストを抑えた防音材が実現できます。このような設計を行う典型的な部品は、ダッシュインシュレータ(ダッシュサイレンサー)やフロアモジュールであり、大きなものでは3m×2m程度の試料の評価が必要です。

本プロジェクトでは、従来は等間隔に設定された受音点でマイクロホンを固定し、離散的に音響評価をしていたのに対し、マイクロホンを移動させながら測定することで大幅な時間短縮を狙いました。ロボットが移動中に音響測定を行うため、駆動音や振動が測定結果に影響を及ぼすことがないよう、慎重に設計と実装を行う必要があります。この機構の実現が本プロジェクト成功の一つのカギでした。

2.2 Conformal Scan - 自動凸凹スキャン

もうひとつのキーワードがConformal Scanです。Conformalとは「形状に沿った」という意味で、部品の凸凹を自動検知し、マイクロホンと部品との距離が一定になるようにマイクロホンを自動的に移動させる機能を開発しました。

測定対象となる、自動車のダッシュインシュレータやフロアモジュールは、凹凸のある材料です。凹凸に沿った音響測定が容易にできれば、部品の遮音性能のバラつきを正確に評価することができます。ただ、リアルタイムに動きながら対象物との距離を正確に測定し、動作を制御するシステムを構築しなければなりません。この制御の実現も、本プロジェクトの成否を握る重要なカギとなりました。

3. メカの構成について

3.1 基本構造

XYZ3軸の直交型の床置き移動装置です。しかし常設では作業に支障を来たす可能性があったため、開口面近くの床に穴を掘り、専用のブラケットを埋め込むことで、装置自身の設置位置を精密に再現できるようにしました。これによりお客様による装置の移動が楽に行えるようになりました。

表1 移動装置本体諸元表
表1 移動装置本体諸元表

3.2 動作と駆動音

この装置の最大移動速度は、左右X軸100mm/s、上下Y軸40mm/s、前後Z軸400mm/sと、マイクロホン移動装置としてはかなり高速で, 前後Z軸は通常の約10倍の速さです。

駆動音については、移動装置に取り付けたマイクロホン(音響インテンシティプローブ)において最大34dB(A)に加え、1/3オクターブバンド毎に最大音圧レベルが規定された大変ハードルが高い要求でした。

3.3 各軸の設計方針

動作音のスペックを考えた場合、最大の関門は最高速度で動作する前後軸の駆動音対策とマイクロホンの取付方法でした。これらは机上の設計だけでは進まないと判断し、試作機によるテストを繰り返し、構造を煮詰めました。

水平軸

当初、お客様から超音波式リニアモータの採用について打診があり、水平軸にこだわらず他の軸も含めて可能ならば使用してみたいと要望されました。早速に検討を行ないましたが、トルクが十分に満たせる機種がなく採用できませんでした。しかしながら、原理上超音波による振動を利用しているので、電界や磁界の影響が無く、単体の駆動音も従来モータより静かなはずです。コスト面も含めてモータメーカの今後の開発に期待したいところです。

今回は、 ACサーボモータとタイミングベルトの組合せで、摺動部の工夫により駆動音の要求性能を満足すると判断しました。ただし、ベルトとプーリのかみ合いによる音の発生は避けられないので、適切な張力と配置を試験運転させながら決めていき、場合によってはカバー等で駆動音対策を施しました。レールは上下に2段組として剛性を確保しています。ローラのサイズと材質、分散配置を吟味して駆動音を抑えることに成功しています。

図1 左右軸と上下軸
図1 左右軸と上下軸

また、できるだけ軽く、反射が少ない細めの構造にしたかったので、マイクロホンや制御のケーブルを可能な限り外部に露出させて、収納する部分を減らしたオリジナルの中空パイプを使用しています。そのパイプを2本立てした柱の間を、前後軸が上昇・下降する設計としました。露出させたケーブルは相当な本数になりましたが、ガイドを数箇所に設けることで、動きをスムーズに行わせ、駆動音の問題を解決しています。

駆動系には他の軸と同様にタイミングベルトを使用したのですが、ウォームギヤと、それに接続する伝達ベルトの音に最後まで悩まされました。

前後軸

本設計に至るまでに時間をかけて試作と駆動音評価を繰り返し行いました。マイクロホン自身が対象物を前後に避けながら動作するので、マイクロホンを先端に取り付けたレールそのものを前後させなければなりません。しかも可動範囲が1m以上あり、そのために、たわみが少ない形状検討と、その取付方法をどうするかという点で、より細かな設計が部品選定の段階から必要でした。

摺動部はウレタンゴムのローラを複数配置し、長い前後軸をバランス良く受けるようにしました。その長さやローラの数、締め付け具合、レール自身の加工精度等まさに職人芸です。

ベルトの全体の巻き方も通常の閉ループではなく、プーリの当たり面を減らした開ループ駆動方式が良い結果となりました。勿論、ギヤレスのダイレクト駆動です。マイクロホンケーブルはレールの中を通過させて固定することで、高速移動時の干渉を避けています。

マイクロホン取付治具

まず、駆動音のうち、空気伝搬音と固体伝搬音・振動の影響を切り分けることからスタートしました。空気伝搬音の対策はある程度短期間に練ることはできましたが、固体伝搬音・振動への対応は、試行錯誤の繰り返しで随分時間がかかりました。最終的にはゲルの持つ衝撃吸収性と防振性能に着目して、その小片を挟みこむ構造にしました。保守性も考慮したデザインの中に上手く納めることができたように思います。

図2 前後軸とマイクロホン取付治具
図2 前後軸とマイクロホン取付治具

距離センサー

レーザー距離センサーを2台使用しました。スキャニングを行うために重要な対象物の凹凸データは、進行方向のレーザー距離センサーが先読みを行い対象物の2次元形状を正確に把握することから得られます。高速にデータを取り込みたいので、センサーとのインターフェイスはアナログにこだわりました。ハードウェアの領域でダイレクトに処理をおこないたかったからです。採用したセンサーは測定距離1m~3.5mのロングレンジで、測定精度も実用上±2mmと、今回の対象には適切でした。

障害物センサー

お客様との打合せの中で、例えばモータシャフトが何らかの原因で空転した場合のマイクロホンの位置はどのようにして担保するのかという話題が出ました。一般的に利用するサーボシステムはモータ単体とそのサーボドライバーとの中でのみ完結しているセミクローズ制御で、フルクローズ制御と呼ばれる装置先端の負荷の情報までフィードバックしている方式ではありません。今回は駆動する軸側にも位置決めの監視を行う別のレーザー距離センサーをXYZ各軸先端付近に追加し、制御プログラムにも組み込みました。

図3 距離センサー 図3 障害物センサー(右)
図3 距離センサー(左)と障害物センサー(右)

4. 制御プログラムについて

本プロジェクトでは、静音・低振動作するマイクロホン移動装置本体の開発の他に、移動装置を自動制御させるための制御装置の開発が必須であり、具体的にはFPGA上のプログラムにより制御を行ないました。と言うのも、測定対象物の表面形状と放射音の測定を同時に行う必要があり、表面形状の測定→マイクロホンの移動軌跡の決定→実際の移動装置の制御という一連の流れを遅延なくリアルタイムに処理し続ける必要があったからです。具体的には、図4のように、移動装置のX軸をスキャニング方向に動かしながら、X軸と一体となって移動するレーザー距離計で対象物の表面形状をリアルタイム計測しつつ、Z軸先端に設置されたマイクロホンの移動軌跡情報を計算し、その作成された移動軌跡情報に従ってマイクロホンの位置を制御するアルゴリズムを開発しました。

しかし、実際にテストをしてみると、様々な難問が待ち受けていました。最も難しかったのが適切な移動軌跡の生成です。測定対象物の表面形状が急激に変化する箇所をスキャニングする場合、Z軸の最大移動速度や加速度に制限があること、また、移動時の動作音を一定レベル内に抑える必要があることから、あまりにも急激な速度変化を与えることは不可能でした。そこで、レーザー距離計で得られた距離情報からそのまま移動軌跡を生成するのではなく、移動平均などを使用して平滑化された移動軌跡を生成し、その軌跡に従ってマイクロホンを移動させるようにしたところ、問題はかなり改善されました。但し、あまり" 安全め"な移動軌跡、つまり凹凸の追随を滑らかに近似しすぎてしまうと、そもそも"Conformal Scan"でなくなってしまうので、スキャニング速度はユーザーインターフェイス上で選択できるようにし、速度に応じて凹凸の追随能力を変化させるようにしました。

図4 リアルタイムスキャニングのイメージ
図4 リアルタイムスキャニングのイメージ

なお、今回開発したシステムにおける音響分析機能は、お客様が開発しており、弊社からはご提供しておりません。そのため、収録したデータを簡易に分析するサンプルソフトウェアを作成し、現地にて、Changan Fordのエンジニアに対して、分析方法も含めたトレーニングを行ないました。彼らによれば、一昔前は中国で振動騒音を研究テーマとしている大学はほとんどなかったとのことです。しかし、現在は徐々に増えているとのことで、Changan Fordの若手エンジニアも騒音・振動の基礎知識をしっかりと身につけておられ、技術的な知識は日本のエンジニアに引けを取らないレベルで、まさに急成長している企業、国であることを実感しました。現在では私共が納入したシステムに現地の優秀なエンジニアの手が加わり、対象物からの音響放射の様子の可視化や遮音弱点部位の特定に利用されています。

5. 終わりに

今回のプロジェクトは、ロボットを制御するようなモーションコントロールのノウハウとFPGAへの実装技術、Super Quiet Motionを実現する機械設計と製作、これらをコントロールするソフトウェアが高度に融合したものです。盛夏の折、出荷前には関係者が一同に会し、テストを徹底的に行いました。このように多くの方にご協力頂いた結果、このシステムを中国・重慶に設置し、稼動させることが出来ました。この場を借りてお礼申し上げます。

測定の時間短縮と精度を両立したこの手法は、多くの応用が期待されます。今後、様々なお客様に提案させていただく所存です。

図5 実験室における開発テスト
図5 実験室における開発テスト

6. Changan Fordについて

Changan Fordの前身は、Changan Ford Mazdaであり、その名の通り中国のChangan自動車グループとFord、そして日本のマツダの合弁企業として2001年に本社を中国・重慶(Chongqing) として設立されました。2003年に操業を開始、Fiestaを20,000台程度生産できる規模でしたが、2004年に50,000台、2005年に150,000台の出荷と急成長を遂げ、中国におけるFordブランド乗用車の一大生産拠点となっています。

その後、Changan FordとChangan Mazdaと二つの会社に分かれましたが、Changan Fordだけでも2013年には678,000台のFordブランドの乗用車を生産しています。

お客様の声

今回新たに開発した「音響スキャナ」は、自動的に試料の表面をスキャンしながら音響インテンシティの測定ができます。測定の間、音響インテンシティプローブの位置は測定結果とともに逐次記録され、試料と音響インテンシティプローブの距離は、レーザーセンサーを使って一定に保たれます。音圧でなく音響インテンシティを測定するため、試料の近傍での測定により、音響的な弱点箇所や音漏れを正確に測定することができるのです。そのため、防音材の厚みを場所ごとに変化させるといった最適化が可能になりました。

私達は、この技術開発が防音材の性能評価の重要な進歩と考えており、Changan Fordにおける防音材の扱いと設計に多大な恩恵をもたらすと確信しています。

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