コンサルティング事業部 早川 篤
1. 昭和初期の木造絹織物工場を映画館に改装
平成22年5月、山形県鶴岡市に「鶴岡まちなかキネマ」がオープンしました。新建築2010 6月号でも紹介されていますが、このプロジェクトは(株)まちづくり鶴岡様が中心市街地活性化を目的とした計画に基づき、昭和初期の木造絹織物工場を映画館に再生する事業で、建築家である設計・計画 高谷時彦事務所・高谷先生、木造文化財の保存工事などで活躍されている安芸構造計画事務所・古川先生、設備にアズプランニング・棚田先生、映写音響関連は(株)ジーベックス様、そして、私どもは「映画館造り」のコンサルタントを担当させて頂きました。
この「鶴岡まちなかキネマ」には165席のシネマ1から40席の小さなシネマ4まで合計4つのスクリーンがあります。木造トラスの小屋組やフローリング仕上げの床、壁は絹織物の経糸横糸をイメージした内装仕上げが用いられ、エントランスやレストランも木造トラスが建築物の歴史を語り、空間全体に木のぬくもり溢れる映画館です。全国的に商業空間としてリニューアルされた歴史的建築物はありますが、このプロジェクトのように「木造建物をそのまま生かす」という個性的な映画館はそうそうお目にかかれるものではありません。音響的にもこれまでの経験では予測できない部分が多く、大きな責任を伴うものでしたが、まちづくり鶴岡様、高谷先生を中心に、各専門分野の技術者がベクトルを合わせ、素晴らしい空間に蘇らせることができました。
平成21年12月既存建物解体開始から近年まれに見る大雪に見舞われた真冬の間、わずか4カ月の工期で竣工致しました。
2. 木造の映画館をつくる
このプロジェクトは、新築のシネマコンプレックスとは異なり、初期の計画段階から次のような難題が山積みでした。
建築的な課題
- 敷地が第二種住居地域であること
- 耐火構造物の考え方と床面積
- 構造補強の問題
映写・映像についての課題
- スクリーンサイズに合わせた階高の確保
- 映写室、映写音響機器のレイアウトと機器選定
音響的な課題
- 木造構造物での遮音量の確保
- 「木造トラスの小屋組を生かす」 室内音響計画
設備的にも難題は多々ありましたが、ひとつひとつ専門家同士が膝を突き合わせて打ち合わせを行い、解決方法を導いて行きました。
3. 木造映画館ならではの音響性能実現
3.1 遮音の確保
木造の映画館だからといって音量が小さいわけではありませんので、遮音には十分なケアが必要です。しかし、壁や天井自体の遮音性能に限界があり、計画段階から外部に音が聞こえてしまうことが懸念されました。
壁に関しては、床面積200㎡以下としたことから外壁と内装仕上げ壁に60cm程度の空気層が形成できました。それを最大限利用し、外壁には構造用合板、耐火野地板、石膏ボード、仕上げ壁には石膏ボードの上に吸音仕上げ材の仕様を採用しました。もちろん梁など遮音層を貫通する部分が多数ありましたので、ひとつひとつ入念にコーキングなどの遮音処理を行いました。
一方、天井は「構造物となっている木造トラスの小屋組を見せる」、「瓦屋根を残す」という条件達成のために、遮音天井で全体を覆うことができません。実際には、木組が複雑で施工には大変な御苦労をおかけしたものの、既存天井の内側に石膏ボードやフレキシブルボードを増貼りした構造で遮音性能を確保しました。遮音性能の実測では、シネマ-外部はD-50~60(特定場所間)、シネマ3-シネマ4間はD-70(室間)で、予測値とほぼ一致しました。
床に関しては、スクリーン周辺のみグラスウールを用いた防振床とし、固体伝搬音の軽減とプロジェクト全体のコスト圧縮を考慮した仕様を提案しました。
3.2 室内音響処理と電気音響設備
室内音響処理に関しては、露出する木造トラスやダクト、それに天井の形状が検討課題として挙がりました。検討の結果、木造トラスやダクトについては、拡散反射を伴う内装としてそのまま生かし、屋根の形状についてもシミュレーションで検討し、音が集まる焦点はできないことを確認、形状をそのまま生かすことにしました。これらは過去に経験がない構造ばかりで、音が出るまで非常に不安だったことが思い出されます。また、床に採用されたフローリングや壁面の木リブ仕上げにより、一見、吸音力が不足しているような印象を受けますが、残響時間は、シネマ1(165席)では0.34秒(500Hz)、上映に十分耐えるものです。また、壁・天井からの反射音はインパルス応答を測定して確認を行った結果、聴感上有害な顕著なエコー成分は見られず、バランスの取れた音場となっています。電気音響設備として、奥行きのあるシネマ1、2は、スピーカから出た音が広がって行くにつれて、トラス間に生じる反射音の軽減と木質仕上げ素材による中高音域反射の影響を電気音響調整時に微調整することを狙い、同軸スピーカが組み込まれているQSC SC342のトライアンプ仕様を提案しました。音場調整後、最終的に試写を実施し、施主様と意見交換を行いながら音の確認を行いました。
4. おわりに
今になって振り返れば、解体から竣工までが4ヶ月と非常に短く、制約の多い難しいプロジェクトでした。音響コンサルティングは教科書どおりには行かないことが多く、経験が重要になる仕事です。今回のプロジェクトで当社は、多くの経験を積ませて頂き、この機会を与えて頂きました(株)まちづくり鶴岡の皆様に心より御礼申し上げます。また、細部にまで魂を込める設計・計画 高谷時彦事務所 高谷先生と所員の皆様を始めとする設計チーム、アイデア豊富な(株)ジーベックス様、そして「映画館の施工は初めて」とおっしゃる佐藤工務・鶴岡建設・マルゴ特定建設工事共同企業体の皆様には、細部まで気を配って頂き、ここに感謝いたします。
庄内平野・城下町鶴岡に溶け込んだ「日本の映画館」として、個性的で素晴らしいものができたことを大変うれしく思っております。地元の皆様だけでなく、多くの人が集まる「木のぬくもり溢れる映画館」となることを心から願っています。
お客様からのコメント
課題も多く工事期間も極めて短い中で、専門家チームの技術力が結集して竣工に至りました。特に音響面では、既存木造工場のコンバージョンで映画館というとても難しい状況を、最後の最後まで取り組んでいただいた日本音響エンジニアリングには、大変感謝いたしております。おかげさまで、来館された鑑賞客のみなさんからも好評いただいております。
(株)まちづくり鶴岡 菅部長