営業部 中野 徹・矢野 辰巳
1 はじめに
音響に係わる実験や試験を行う施設(空間)を大別すると無響室と残響室になります。そのため、このコーナーの名称を「無響室・残響室」としております。
これまで無響室については、かなり詳しくご紹介させていただきました。無響室は名前の示すとおり「音の響きが無い室」、言い替えれば音の反射を無くした空間です。一方の残響室は逆に「音の響きが残る室」、音の反射を起こす空間です。なぜそのような室が必要となるのでしょう。
そこで、今回はこの残響室に焦点を当て、基礎的なことをお話しすることにします。
2 残響室って何?
残響室は反射のある空間と言いましたが、これではあまりにも抽象的な表現です。
厳密な規格としては、実験室としての残響室の設計指針がISO(国際規格)に示されており、要約すると以下のようになります。
(a) 適切な容積を持っていること。
後で述べる音の高さと関係します。
(b) 適切な室形状を持っている。あるいは拡散装置を併せ持っていること。
適切な室形状とは、どこでも音が同じになるように不整形すなわち、平行面が無いように作られることが多いようです。
(c) 対象周波数域で適度に吸音が小さいこと。
反射面とすることと同じです。
(d) 十分に暗騒音が低いこと。
3 残響室の使い方
無響室と同様に残響室も音のための実験室です。どのようなことに使われているのかを簡単にお話しします。
測定方法等がJISにより決められています。
①遮音性能(音をさえぎる能力)
壁などの材料の遮音性能を測定するため、残響室と残響室の間に目的の材料を施工し、残響室間の音圧レベルの比較から透過音量を求めます。
なお、現在、ISO・JISとも規格化はされておりませんが、残響室-無響室間でも測定が行われています。
②吸音性能(音を吸う能力)
材料に音が当る場合、一部の音は反射し、残りの音は吸音されます。この吸音する能力を残響室で測定するものです。
残響室に材料のある状態と無い状態の差から吸音性能を求めます。
③機器等の音響パワー
よく商品カタログにこの機器の騒音は○○dB(A)などと表示されていますが、この値は騒音レベルと呼ばれるもので、無響室において、機器から1m離れた点で測定されたものが一般的です。
しかし、機器が実際使われるのは無響室ではなく一般家庭や事務室です。
そのため、設置場所によってカタログ値とは違った騒音値になります。そこで、機器そのものから出る音響パワーで評価することがあります。
音響パワーレベルという言葉の説明は専門書に譲ることとして、この音響パワーレベルの測定も、無響室と同様に残響室でも行うことが出来ます。
4 室の大きさ
残響室は適切な容積をもっていなければならないとは、どういうことでしょうか。
JIS(日本工業規格)によれば、残響室の大きさは100m3程度以上必要となっています。一辺の長さが5m程度になります。なぜ、このような大きさが必要なのでしょうか。
残響室の大きさと使うことのできる音の高さ(周波数)にはある関係があります。低い音だと後で述べるように波長が長いので、その音に対応できるようにするために大きな容積が必要となるのです。
ここで用語の解説をします。
『周波数』 音の高さ低さのこと。成人は20Hz~20,000Hzの範囲の音を聞くことが出来るといわれています。
『音 速』 音の速さのこと。空気中、常温では、音は1秒間に約340m進みます。
『波 長』 波長=音速÷周波数
125Hzの波長は340÷125=2.7mとなり、人間の身長よりも長いのです。したがって、残響室の大きさはこの寸法の数倍大きくなければならないことは直感的に分かっていただけますでしょうか。
下表は残響室の大きさと使える音の(高さ)周波数の関係を記したものです。
表1 残響室の最小の大きさ
最低測定中心周波数(Hz) | 残響室の最小容積(m3) | |
---|---|---|
オクターブバンド | 1/3オクターブバンド | |
125 | 100 | 200 |
125 | 150 | |
160 | 100 | |
250 | 200 | 70 |
5 室の形
適切な室形状とはどういうことでしょうか。
一般に、残響室は整形(直方体)と不整形の二つのタイプがあります。
株式会社奥村組 筑波研究所の残響室
整形タイプは、形が単純であるため内部音場の理論解析が比較的簡単で、研究施設として利用されることが多く、私たちが暮らす実際の部屋の形に近いため現実的といえます。
不整形タイプは整形タイプに比べて、比較的良好な音場が得やすいのですが、デッドスペースが出来るため施工費が割高となります。なお、日本では不整形が多く、欧米では整形が多くみられます。
日本における代表例は、小林理学研究所に製作された約500m3の不整形残響室です。なお、その設計にあたって、先駆的研究が佐藤、子安の両先生によって行われ、それが日本における基礎設計資料となっています。これらの残響室は当社では小林理研タイプと呼んでいます。
不整形とする理由は、平行面を作らないため、ある一点から出た音は、反射を繰り返しても同じ場所に戻ってくる可能性はほとんどありません。このように、残響室は、内部の全ての場所で音が同じ様になることを目指したものです。
残響室を設計する際に注意することがあります。これまでご説明したように、残響室本体は音を反射させるために、面はできるだけ平面であることが望ましいのです。
例えば、床面に排水ピットを設けることなど論外だと思って下さい。残響室はくぼみを嫌います。ただし、突起物は許されます。許されはしますが、突起物と床・壁間にできるくぼみには注意が必要です。
また、扉についても注意が必要です。一般に残響室の多くは内開きの扉となっています。なぜでしょうか。実は残響室が小さくなればなるほど、小さなくぼみが気になってきます。扉そのものと枠との隙間が影響してくるため、この隙間を防ぐために内開きが多いのです。その影響とは、次項で示す残響時間に表れてきます。ある周波数で残響時間が短くなったり、その他の異常な状態になってしまいます。小さな隙間は残響室にとって大きな敵なのです。
6 残響時間と吸音について
残響時間という言葉があります。このコンサートホールの残響時間は2秒とかいう新聞記事をご覧になったことがあると思います。
残響時間とは音が一定になったときにその音を止め、音のエネルギーが100万分の1になるまでの時間のことをいいます。難しいようですが単なる取り決めと思って下さい。日本の住宅の和室での残響時間は、0.2~0.3秒程度です。
さて、この残響室での残響時間もJISによりある値以上ということが決められています。
周波数(Hz) | 125~500 | 1000 | 2000 | 4000 |
---|---|---|---|---|
残響時間(秒) | 5以上 | 4.5以上 | 3.5以上 | 2以上 |
図1 残響室の残響時間
この残響時間については、吸音と密接な関係を持っています。
残響室の設計指針のひとつに「適度に吸音が小さいこと」があります。吸音が小さい部屋であればあるほど、残響時間は長くなります。たとえば、和室と風呂での響き具合の違いからも、このことは簡単に分かってもらえると思います。適度に吸音が小さいこととは、適度に残響時間が長いということなります。
残響室は一般的にコンクリートで作られています。このコンクリートの吸音性能(吸音率)は3%程度です。ほんの少しですが音を吸うのです。ここで、ちょっと計算をしてみます。音が壁に1回反射して返ってくるときにそのエネルギーは元を1とすると0.97になります。何回はね返ると100万分の1になるでしょうか。
- 0.97 x 0.97 x ・・・ x 0.97 = 0.74(10回)
まだまだ少ないです。
- 0.97 x 0.97 x ・・・ x 0.97 = 0.05(100回)
まだのようです。
- 0.97 x 0.97 x ・・・ x 0.97 = 100万分の1(450回)
450回の反射でやっとそのエネルギーは100万分の1になります。さて、450回の反射で音はどのくらい進むのでしょうか。残響室の大きさが200m3程度の場合1辺の長さを約6mと仮定します。したがって、
- 6 x 450 = 2,700m
音は、常温で1秒間に340m進みます。ということは、
- 2,700 ÷ 340 = 7.9秒
かかることになります。この7.9秒が残響時間と考えることができます。ただし、実際には空気による減衰がありますし、また、音は1方向からだけでなく、色々な方向から来るので、これらの音が合成されることもあります。その他の要因も複合して、本当の残響時間は異なってきます。
また、残響室において材料の吸音性能を測定する上で、残響室そのもの(たとえばコンクリート)の吸音は小さければ小さいことが望まれます。
さて、前に述べたように多くの残響室はコンクリートで作られています。よく質問されるのが内部の仕上げをどうすれば良いかということがあります。
仕上げには、いくつかの方法があります。大理石を埋込んだり、タイルを貼ったり、表面をとぎ出したり(磨く)等々。最近の傾向としては、コンクリート打ち放しの上、表面を補修して、塗装仕上げを行うことが増えています。
残響室内部
7 静けさ
残響室という実験室は静かであることが必要です。
周辺が静かな環境であれば、コンクリートのみの残響室でも静かになります。周辺に振動源や騒音源があれば、残響室すなわちコンクリート構造自体を防振ゴム等により、周囲と縁を切った浮き構造とする必要があります。
8 おわりに
無響室に比べて、残響室は一見何でもないような空間に見えます。しかし、この残響室で様々な実験、測定が出来ますし、その中身も結構奥の深いものだということがご理解頂ければ幸いです。
なお、ここではふれませんでしたが、残響室の定義がISO(国際規格)とJIS(国内規格)で微妙に違っています。このことについては、機会があれば、またご紹介したいと考えています。
また、当社では残響室に関する特許をいくつか持っております。もし、残響室を設計する機会がありましたら、ぜひ声をかけて下さい。お待ちしております。