無響室の構造と施工

営業部 矢部 朝吉

1 はじめに

私達は限られた空間で音を聞く場合、発生源から直接耳に達する直接音と、色々なところにぶつかって来た反射音の両方を聞くことになります。例えば、風呂場の中で歌を歌うと、何となくうまくなったように聞こえる経験があると思います。それは風呂場の床、壁のタイルが音を多く反射させているため、自分の出した音と、反射音が遅れて耳に入って、エコーがかかり、音量もやや大きく聞こえて、普段よりうまく聞こえるのです。
また、一日中動いているもの、例えばファンなどの音が、昼間はほとんど聞こえないのが、深夜になると良く聞こえることがあります。ファンの出している音の大きさは変わらないのに何故でしょう。
これは、昼間は周辺の音のレベル(これを暗騒音レベルといいます。)がファンの音のレベルより高いから、耳ではファンの音は感じないのです。人間の耳が複合する音の中から対象とする音を聞き分けられるのは、暗騒音レベルより5~10dB位低い音までなのです。(当然、暗騒音レベルより大きな音は聞こえます。)
このように何かあるものの音を測る場合、反射の影響があったり、暗騒音レベルが高いなど、周辺の状況によって変化するようでは困ります。特に、製品等の騒音レベルの比較するためには、音の測定方法、表示方法等を統一して整備する必要があったのです。
その測定を行う場所としては、対象とするものの音の大きさ(パワーレベル:PWL)に影響を与える要因を排除した場所が必要となります。このような場所が無響室なのです。
無響室とは、読んで字の如く響きの無い部屋です。
響きの無い部屋ということは、音が戻って来ない、出た音が行ったまま、さらに、外部の音が入らない、外部に音が漏れない、そんな部屋を造れば良いのです。
それらの無響室に最低限必要な条件を建築的に表現すると、次のようになります。

A. 遮音層(外部からの音を遮断し、室内の暗騒音レベルを低く抑えます。)
B. 吸音層(内部で発生する音を吸収し、反射音を無くします。)
また、室内に測定物を置いたり、測定者が移動するためには、
C. 歩行面も、絶対に必要となります。

ここでは、これら3つの事項について、その構造と施工の概要をご紹介させていただきます。

無響室の構造の図
図-1 無響室の構造

2 遮音層

音は空気を媒体に伝搬しますので、音を遮断するためには空気を遮断してしまえばよいのですが、実現は困難です。
そこで、一般にはコンクリ-ト、プラスタ-ボ-ド等の材料(遮音材料)で、遮音層を構成しています。遮音に効果を発揮するのは、遮音材料の質量と剛性がポイントとなります。
質量が必要であるといっても、ある程度の遮音性能を持つ構造を、さらに性能をあげようとする場合、同じ構造を付け足しても効果は上がりません。例えば10cmのコンクリート壁に更に10cmのコンクリートを打ち増しても5dB位しか遮音性能は上がりません。
このような場合、既設の壁と増設する壁との縁を切り、隙間(空気層)を設けて、その内部で吸音させる事で、遮音性能が大きく向上します。
さらに、遮音材料の剛性を上げる、これも大切なことです。それは音波を受ける面の強度が大きい程、音波をはね返す力が大きいからです。

固定遮音層及び浮遮音層の図
図-2 固定遮音層及び浮遮音層

防音材料、防音住宅等、最近良く耳にする言葉ですが、その防音住宅に用いる、防音材料が遮音性の良い材料なのか、吸音性の良い材料なのかによって、使用場所を考えないと、せっかくの材料が何の効果も発揮しません。
例えば防音サッシを増設したとして、そのサッシに1mmの薄いガラスを入れれば、サッシの防音性は発揮されません。
また同様にブリキ板1枚の外壁に、防音サッシで15mmのガラスを入れても、室内は静かにはなりません。
このように、それぞれの防音材料は、適切な場所に、適切な方法で使用しないと防音住宅は出来ません。
当社の施工物件をよく担当していただく大工さんのお話ですが、「一般の大工さんが施工した防音仕様住宅と、俺の施工した、一般仕様住宅を比較したら、俺の施工したほうが静かだと評価された。」そうです。その大工さんは、一般の材料を防音材料の効果を持たせるように使用したため、そのように評価されたと考えられます。
さらに、施工に当たっては、すき間が出来ないように細心の注意を払って防音材料を設置して行きます。ほんのわずかなすき間があっても、そこから音が漏れ、せっかくの防音材料を生かすことができません。
しかし、無響室にはどうしても必要なすき間(?)があります。それは、空調用のダクトや計測用のケーブル配管などがそれに当たります。そのため、ダクトには消音器を設置し、ケーブル配管にはシール等を用いて適切な処置をして、無響室全体の遮音性能を確保しています。
ただし、無響室には、何が何でも固くて強い遮音材料を使用すれば良い訳ではありません。固定遮音層・浮遮音層の構成そして、求められる吸音性能も考慮して、性能・施工性・コスト等を考慮して選定する必要があります。
ところで、無響室を施工する度に感じることですが、軽くて、透明で、水で洗えて、音を反射しない、そんな遮音材料がないでしょうか。

3 吸音層

無響室は限られた空間です。内部で発生した音が室内の壁に反射して返って来るようでは、正確な音響測定はできません。(逆に、音が最大限反射するように作られた室が残響室です。)
内部で発生した音を反射させず、逆2乗則が成立する音響自由空間を実現させるものが、吸音層ということになります。無響室の性能及びコストは、この部分で決められると言っても過言ではありません。
空気は、理想的な吸音材料と考えることができます。空気を一杯詰めた空間、これが吸音層であり、空気の代わりとなるものが吸音材料となります。
無響室の吸音層の代表は、何といっても、吸音楔(くさび)です。

吸音楔の図
図-3 吸音楔

吸音楔の構成の図
図-4 吸音楔の構成

普通の吸音楔は600mm×600mmになっています。(吸音楔の大きさは、部屋の音響性能により決定されます。)この形になるまでに原材料の形状、工場加工性、取付工法、工事現場への搬入方法等相当な試行錯誤があったことが想像されます。
なお、楔型となっているのは、空気(音)が吸音材の中に入りやすいように、単位断面において、粗から密になるように工夫されているからなのです。
では、吸音楔はどのように作るのでしょう。主としてグラスウールボードの加工充填を中心にその変遷をみると、
最も初期の段階では、フレーム、袋で形状を保った容器の中に、所定の重量の長繊維(現在のグラスウールボードの原材料)を充填していました。
次に、長繊維の時代から、成型グラスウールボードの時代になり、そのグラスウールボードを、合板製の型箱の中にいれ、包丁で切るという職人芸に頼っていました。 現在では、プレス機械に型歯を組込み、グラスウールボードを圧縮切断しています。この方法なら、加工品の形状に誤差が生じませんし、さらに生産能力も大幅に上がるので大量の要求に応じられるようになりました。
吸音材料としては、フレームにコーデラン縫製袋をかけ、内部に切断加工したグラスウールボードを充填して完成です。
無響室の実際の施工現場では、膨大な数の吸音楔(楔の大きさを600mm×600mmとして、1m2に3個必要となります。)、また、楔の形状も数十種類必要となり、施工の工程に合せて製作、搬出しなければならず、その吸音楔の保管場所の確保も施工計画のポイントとなります。

4 歩行面

遮音層と吸音層があれば、一応無響室の性能は確保されていますが、これだけでは、音響測定はできません。
吸音層は、ある意味で空気の塊で、ふわふわしたものです。当然、その上を測定者が歩いたり、測定対象物を設置することは困難になります。
そこで必要となるのが、歩行面です。
しかし、あまり堅牢な歩行面だと、それ自体が反射体となり、無響室としての性能を損なってしまいます。
そのため、音響的にはできるだけ透明で、かつ、所定の強度を保持しているものが必要となり、形状として、格子状、スノコ状のものが歩行面として採用されています。

ステンレスワイヤー床格子の図
図-5 ステンレスワイヤー床格子

エキスパンドメタル製床格子の写真
図-6 エキスパンドメタル製床格子

歩行面として、丸鋼製、エキスパンドメタル製、ワイヤーメッシュ製等の床格子がありますが、それらは、比較的材料の入手が容易であり、工場加工性がよく、そして現場工程が短縮出来るので、かなりの比率で用いられています。しかし、これらの格子は、平鋼(フラットバー)・山形鋼(アングル)でフレームを構成し、その中にそれらの材料を固定していますので、その形鋼が反射材料となるため、測定に影響を及ぼす事もあります。
そこで、床の開口面積を変えずに、広い床面に網を張り、その上を歩けば良い、とのことで、床にピアノ線の網を張る方法が考えられました。
ただし、その網の上を人間や測定対象物を置く際に、ピアノ線の張力をどのように吸収させるかが問題となりますが、無響室には、躯体のコンクリートで造られた固定遮音層があり、この躯体にアンカーして、ピアノ線の張力を負担させる構造を考えました。
やがてこのピアノ線を張る工法は、安全性・施工性の関係で、ステンレス線に変わりますが、施工の方法としては、そのまま受け継がれています。

しかし、このピアノ線張り工法にも問題点が残りました。それは、

A. 躯体アンカーの応力を、建屋構造設計時に水平応力として見込む必要がある。
B. 躯体アンカーボルトを、壁のコンクリート打設時に埋め込まなければならない。(改造工事には不向き。)
C. 遮音層が分断される。(遮音層の施工性が悪い。)

などですが、それを解決するため、当社では、遮音層の軸組としての鉄骨柱や線受けのパイプに張力を負担させる独立型の網床格子の施工方法を考案しました。
現在では、遮音層の施工性や工程上の取り合いも少ないことから、この方法を主に採用しています。

以前のワイヤー張りの方法の図
図-7 以前のワイヤー張りの方法

現在のワイヤー張りの方法の写真
図-8 現在のワイヤー張りの方法

5 おわりに

今回、無響室の基本となる遮音層、吸音層と測定には絶対必要となる歩行面について、その概要を紹介させていただきました。 勿論、これだけで無響室が完成するわけではありません。人や測定物が出入りするための扉が必要です。照明も必要となります。密閉された空間ですから空調(前述したダクトの消音器が必要)も必要です。などなど、これらについては、次の機会にご紹介させていただきます。
ありがとうございました。