-インパルス応答の読み方-

技術部 中村 智幸

1. はじめに

一口に室内音響といっても、対象とする室、使用目的によって、その室の音響特性を把握するのに必要な評価尺度が異なります。 特に、ホール等、音楽を聴く室内の音響特性を把握する評価尺度は多くありますが、その大部分は、室内のインパルス応答から得る事が出来ます。

インパルス応答の理論的な概念は、かなり以前からありましたが、測定時のS/Nや、分析器の処理能力の問題から実用的ではありませんでした。 しかし、最近ではコンピュータの処理能力が格段に上がってきており、それに伴って、S/Nが十分得られる種々の測定方法が提案され、実用化されるようになりました。
インパルス応答を利用する最大の利点は、その性質が数学的に明らかであることから、一つの応答を処理することで種々の値を得ることができ、 直接音と残響音の分離、比較が可能なことにあります。

当社が行う音響測定も、一般的なピンク(ホワイト)ノイズを用いる方法のほか、最近ではインパルス応答を用いた室内音響測定も増えています。 ここでは、一般にインパルス応答からどんな評価尺度が得られるか簡単に御紹介したいと思います。

2. インパルス応答の測定法

インパルス応答を求めるには以下の方法に大別されます。

  1. 物理的に破裂音(弾着、スパーク)を発生させたり、電気信号のパルスを無指向性スピーカから放射させる等、 直接、空間にパルス音そのものを放射し収録する方法
    これは、一番直感的で、道具が簡単です。しかし、弾着などは、火気が禁止されている室内では使用できませんし、 電気信号をスピーカから放射させる時も、エネルギーに限界があり、S/N比を向上させるために、同期加算の必要があります。
  2. ホワイトノイズやM系列ノイズを放射し、収録時にコンピュータを用いて伝達関数としてインパルス応答を計算する方法
    音源と受音点を同時に録音したり、伝達関数を演算したり、多少手間がかかりますが、最近ではデータレコーダやコンピュータの性能向上から、 以前より手軽になっています。S/Nも収録時間を適当に設定することで十分とれます。ただし、聴感上、測定中に残響を感じることはできません。
  3. 普通のパルス信号よりエネルギーの大きいスイープパルス(時間伸長信号)を放射し、収録時に演算処理(時間圧縮)をする方法
    一種のパルスですから、聴感上も残響を感じることができます。また、エネルギーも普通のパルスよりかなり大きいので、 S/Nの問題はありません。ただし、音源のパルスに数学的な加工がされているので、コンピュータによる後処理が必要となります。

図-1 インパルス応答の測定
図-1 インパルス応答の測定

3. インパルス応答を用いた諸評価尺度

では、インパルス応答からどんなことが分かるでしょうか。

  1. 残響時間(RT)

    室内の音の響きの長さを知る指標です。
    また、ホールの音響特性を把握する最も一般的で基本的な指標でもあります。
    音を室内に放射させ、定常状態に達した後音源を停止させた時、音の強さが60dB減衰するまでの時間を残響時間といいます。 その昔、Sabineさんが、教会でパイプオルガンを音源に、音が止まってから聞こえなくなるまでの時間を測ったのが始めだそうです。 ところが、この指標はインパルス応答を用いても、求めることができます。 インパルス応答を Schroederの式で積分することで平均残響減衰波形が得られ、その波形の減衰傾斜から残響時間を読み取ります。

    Schroederの積分式

    ただし、 p(t):音圧(全方向)

  2. 初期残響時間(EDT)

    残響減衰の初期の10dB部分の減衰傾斜から求めた残響時間です。
    心理的な残響感は初期の減衰傾斜で決まるといわれている為、残響時間とは別に評価します。用いる減衰波形は残響時間と同じです。

  3. 時間重心(Ts)

    主観的に感じられる響きの量に近いといわれています。
    値は、上記の2つと同様に、大きいほど、残響が長いということになります。

  4. Clarity(C)

    直接音と残響音のエネルギー比[対数]で、音楽の明瞭度の評価に用いられ、数値が大きいほど、明瞭度が良いことになります。

    図-2 インパルス応答と分析結果の出力例

    図-2 インパルス応答と分析結果の出力例
    図-2 インパルス応答と分析結果の出力例

  5. 直接音全エネルギー比(D)

    直接音と全体(直接音+残響音)のエネルギー比[リニア]で、主にスピーチの明瞭度の評価尺度です。 これもClarityと同様に、数値が大きいほど、明瞭度が良いことになります。その他に、音場の空間認識との関係が深いといわれている側方反射音の評価尺度として、下記の3つの評価値があります。

    その他に、音場の空間認識との関係が深いといわれている側方反射音の評価尺度として、下記の3つの評価値があります。

  6. 初期側方反射音と直接音のエネルギー比[リニア](LE)

    後述する7(RR),8(IACC)とともに、残響音の到来方向に着目した評価で、音の拡がり感や音像のしまり・ぼやけを表現しようとするものです。 値が大きければ、拡がり感が大きくなります。


    ただし、 p∞(t):音圧(横方向)

  7. 初期側方反射音+後続反射音と直接音のエネルギー比[リニア](RR)

  8. 両耳相互相関係数(IACC)


    φLR(τ):左右の耳における音圧の相互相関関数
    φL(τ)q(τ):左耳、右耳における音圧の自己相関関数

    が、あります。さらに、

  9. ダミーヘッド(HATS)録音

    ダミーヘッドは耳の位置にマイクロフォンが組込まれている人形で、IACCの計測にも用いられますが、 インパルス応答を収録しておくことで、後に試聴用のデータになります。
    このデータをドライソース(無響室録音の音楽)に畳み込むことで、ヘッドフォンによる立体感のある試聴が可能となります。

    図-3 ダミーヘッド録音
    図-3 ダミーヘッド録音

4. 自己相関関数法による残響時間の推定

直接インパルス応答を測定するものと異なり、かつ、研究・開発段階でありますが、 自己相関関数を用いた残響時間の推定法についても紹介させて頂きます。
この方法は、演奏会が行われているホール客席内で録音した音楽から、そのホールの残響時間を聴衆がいる状態で推定しようとするものです。
音楽を使ったインパルス応答の抽出方法は既に研究がされていますが、音源データと受音データの同時収録が必要なため、 実際の演奏会で測定を行うことはできません。
しかし自己相関関数法は、音源データと受音データの相互相関関数(伝達関数)を使うのではなく、受音データの自己相関関数を使います。 その結果、インパルス応答を求めるのではなく、インパルス応答の自己相関関数を求めることになります。 指数関数減衰する信号は、その自己相関関数をとっても減衰傾斜は等しい為、残響減衰だけを対象とした場合、 インパルス応答の自己相関関数でも構わないわけです。
よって、実際の演奏会で、演奏者に近い点にマイクロフォンを持ち込まなくとも、客席の任意の点に設置するだけで、 生演奏を素材に残響時間が推定することが可能となります。

図-4 波形の出力例
図-4 波形の出力例

5. 終わりに

インパルス応答から得られる評価尺度にも色々あることがお分かり頂けたでしょうか?
人の心の中の感覚をうまく表現できる物理量を探ろうとする試みは、まだまだ続けられるでしょう。
当社では、これからも、積極的に色々な評価尺度を現場の実測に取り込んでいきたいと思っています。