静岡県藤枝市に誕生した音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。130年前の土蔵を利用した、この個性あふれる音楽拠点は、現代の音楽シーンに対する危機感から生まれました。当社は蔵をスタジオとして改修するうえで必要となる遮音・防振・室内音場などの音響コンサルティングを担当しました。今回はプロジェクトを主導したASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文氏とレコーディングエンジニアの古賀健一氏を迎え、建築・音響・運営の各視点から、この挑戦の全貌を紐解きます。
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ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文氏とレコーディングエンジニアの古賀健一氏
静岡県藤枝市に誕生した音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。130年前の土蔵を利用した、この個性あふれる音楽拠点は、現代の音楽シーンに対する危機感から生まれました。当社は蔵をスタジオとして改修するうえで必要となる遮音・防振・室内音場などの音響コンサルティングを担当しました。今回はプロジェクトを主導したASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文氏とレコーディングエンジニアの古賀健一氏を迎え、建築・音響・運営の各視点から、この挑戦の全貌を紐解きます。
── 始めに、MUSIC inn Fujiedaが作られるまでの経緯からうかがいます。後藤さんと古賀さんの間で、どんなお話があったのですか?
後藤正文氏(以下、後藤):「ドラムを録れるスタジオがなくなってきた」と感じたのが始まりです。新宿のグリーンバード(グリーンバードスタジオ)は2020年に閉まったし、文化村(Bunkamura Studio)も2023年に閉まって、世田谷のハートビート(ハートビートレコーディングスタジオ)も2024年になくなってしまった。アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)なら横浜のランドマーク(LANDMARK STUDIO)のような大きなスタジオで録れるけどインディーはそうはいかないから。あと、藤沢のイニック(イニックレコーディングホステリー)がなくなったのも大きかった(2017年閉業)。宿泊ができて比較的安くて、アジカンでも使っていました。
古賀健一氏(以下、古賀):特にインディーの場合は、平日は仕事で、週末に音楽活動をするケースも多いので、イニックはよく使われていましたよね。家族ごと泊まれるから、アーティストがレコーディングをしている間に家族は湘南の海に行く、みたいな。そういうのも良かった。
後藤:そう、それでとにかくドラムが録れる広いスタジオがなくなってきたね、と。だんだん狭いところに追い詰められる感じで。予算が少ない現場も増えてきたし、どうする?みたいな。インディーの子たちの逃げ場として古賀くんは自分のXylomania Studioで録ってあげることもあったと思うけど、それはあくまでも苦肉の策で。
古賀:録れてもドラムとベースだけですからね。“せーの録り”させてあげたいですよ。インディーは特に。
後藤:僕も自分のプライベートスタジオを作ったけどドラムは録れないし、隣の地下室を一室借りようかとも思ったけど、古賀くんとも話して「これ(遮音のために)床を上げて天井を下ろすとたぶん1m50cmくらいしかないから座って入る部屋になるな」と(笑)。
── 日本の住宅事情だと天井高が取れないという問題がありますね。
後藤:天井高が取れない問題はレコーディングだけじゃなくてミックスにおいてもそうで、天井と床の真ん中がちょうど座ったときの耳の高さにくるから、その位置でディップやピークが発生する。構造の問題がすごくあるなと。そんなこともあって、どこかにスタジオが欲しいねという話をよくしていました。
古賀:最初、冗談で淡路島という話がありましたよね。関西圏にあるといいなという話になって、土地があって新幹線も空港も意外と近いぞと(笑)
後藤:そう、みんなで新神戸まで行って、レンタカーで淡路島に行って泊まる、みたいなのもありだなと。いずれにしても、途中から地方に作るしかないとは思っていました。
── 藤枝市に作ることになったのは、やはり後藤さんが静岡県出身であることが大きいのですか?
後藤:そうです。MUSIC inn Fujiedaを運営するNPO(アップルビネガー音楽支援機構)代表の小林(亮介)君は僕の高校の同級生なのですが、彼が藤枝市役所で働いていたときに空き家対策を行う部署にいて、そのことをFacebookで知って「ドラムが録れそうな天井の高い倉庫なんかがあったら教えて」と伝えていて。この辺りはお茶の倉庫がいっぱいあるから。そのとき僕が抱いていたのは、お茶畑の真ん中にどかーんと倉庫が建ってるイメージだったんだけど(笑)。うるさくても絶対怒られないようなロケーションでね。そういうところだと、音を止め過ぎない(遮音し過ぎない)よさもあるかなと思っていました。アメリカのレコーディングスタジオに行くとそういうところも多くて、「外に逃げている音もいいんだよね」って古賀くんともよく話していて。
── 遮音をする必要のない場所にあるケースも多いでしょうね。
古賀:そうなんですよ。浮床もしていないところが多いんじゃないかな。
後藤:音は漏れて当然、みたいな感じだから。そういう発想でやろうかといって始めたのが最初でした。それで、まず大正時代からある石の蔵に辿り着いて。そこはタイミングがよければ有効活用できたなと今でも惜しいことをしたと思うんですけど、条件の折り合いがつかず見送ることになって。
── この石の蔵の下見のとき、古賀さんにお声がけいただき当社も初めて同行させていただきました。それが2022年の12月でした。その後、少し時間が経って現在の土蔵に出会うことになるのですね。
後藤:そうです。その石の蔵の件でもお世話になっていた藤枝江﨑新聞店の江﨑(晴城)さんが「うちの土蔵でよかったら見てみて」と申し出てくださって。古賀くんと見学して……しかし、今から思うとよくここまで来たけど、奇跡的な着地だと思います。
─ 当社が事前測定にお伺いしたのが2023年9月でしたが、そのときにベースを持ち込んで弾いていただいたら100dB近く出て。130年前の土蔵ということで内壁もところどころ剥がれた状態だったので「ここに作るのか!」というのが最初の印象でした。床の下は土で基礎もなかったですし、どうスタジオを作っていくのかと思っていたのですが、建物自体を持ち上げる「揚屋」で基礎を作ることになりましたね。その発想はわれわれにはなかったので驚きました。先ほどおっしゃった「奇跡的な着地」に至るには多くの方が関わる座組が必要だったと思うのですが、それをどうまとめていったのか教えていただけますか?
後藤:建築を光嶋さん(光嶋裕介氏:ASIAN KUNG-FU GENERATIONの2015年ツアー『Wonder Future』で、ステージセットとドローイングを手がけたこともある建築家)にお願いすることにしたのですが、光嶋さんのすごいところの一つとして、仕事をする地域の社会にしっかり入っていくところがあるんですよ。積極的にコミュニケーションを取りにいく。余談ですが、彼は帰国子女で感覚がアメリカ人なんですよね。例えば大事な会議や何かのコンベンションでも必ず一番いい席に座る。真ん中の最前列の。だってここが一番いい席でしょ?と。そういう人なので、いろいろなコミュニケーションの課題をクリアしなければならない今回のような件には適任だなと思ったんですよね。もちろん建築家としても経験豊富で、いろいろな建物を見ているし。
─ ツアーのセットも手がけられています。
後藤:そう、あれも簡単な仕事じゃなくて。楽器チームの意見もあるし、PAの意見、照明の意見、全部あるから交渉力が高い人じゃないと無理。その点、光嶋さんはタフだし、相手方の意見を取り入れる柔軟さもあっていいなと思っていました。あと、本人の著書にも書いてあったけど昔から音楽のスタジオを建てたいと思っていたみたい。音楽が好きな人です。なので心配はないだろうと。
─ 土蔵の外観を残していくコンセプトはどのように決められたのですか?
後藤:それは古賀くんとも話していて、東京にあるようなスタジオを作っても人は来ないでしょうというのが一致した意見で。
古賀:個性的なものを作らないと、という話をしていました。見た目的にも構造的にも。
後藤:壊して新築で建てた方が効率はいいけど、ここに新築のスタジオを作っても「何しに行くの?」となる。
古賀:藤枝まで来てもらう理由やストーリーがなければならないですよね。ここでしか録れない音とか雰囲気がとても大事だなと。
築130年の土蔵の趣を残すスタジオ外観
─ 土蔵の外観を残しながら遮音性能を確保したスタジオを作るにはまず基礎を作らなければならない。そこで先ほど話に出た揚屋の技術を持った業者さんを呼んでこられた。これも光嶋さんが見つけてこられたのですか?
後藤:光嶋さんが静岡県内をフィールドワークして渡辺建設さんにお願いすることになり、そこから揚屋の技術を持つ宮大工の飛鳥工務店さんにつながりました。
─ 歴史的な建造物を多数手がけられている大工さんたちがいたから実現できたことなのですね。
後藤:地元にそういう技術を持った大工さんがいたのも、いろいろな偶然が重なったことの一つだと思います。
揚屋工事の様子と光嶋氏によるスタジオ断面ドローイング
─ 土蔵の内側のお話も聞かせてください。計画の当初では、2階の床を一部残してロフト構造にし、そこにコントロールルームを作る予定でしたね。2室を遮音的にセパレートするのは構造的に困難だったため、いろいろと検討した末にコントロールルームは別の建物に分けることになりました。
後藤:分けてよかった(笑)。
古賀:2、3人入れればいいじゃんなんて言ってましたけど、とてもじゃないですけど無理でしたね。
後藤:あのまま進んでいたら狭過ぎてだれも使ってくれないスタジオになっていたかもしれない。
古賀:ですね。まずアジカンが使えない。スタッフも多いから待機できるスペースがないのは、なかなか厳しい。
後藤:たまたま空いていた隣のガレージを追加で借りてコントロールルームを作ったわけですが、これは正解でしたね。当初案が「構造的に難しいのでは」という話を日本音響さんからいただいてからコントロールルームを分ける方向に動き出した。
─ それによって2階の床を抜いて吹き抜けの形になり、4mの天井高がある空間が生まれました。広さも当初案よりスペースが取れることになったので、“ボックス・イン・ボックス”の形で内側に部屋を作って、併せて建物自体の構造補強と遮音を行うことで当初想定していた遮音性能がクリアでき、ここから内田音響設計室の内田匡哉さんにも入っていただいて室内音響を考えていきました。ところで、後藤さんはミュージシャンとして演奏する立場、古賀さんはエンジニアとしての立場です。今回のスタジオ作りは、お二人の違った立場からの考え方をどう擦り合わせていったのですか?
後藤:ミュージシャン側から言うと、音響だけに突き進まずホスピタリティも考えておきたいと思いました。時間感覚を失わないように窓も欲しかった。遮音性能的には弱点になったとしても、やっぱり開放感がほしい。スタジオは、とにかく狭いのがよくないと思ったから、面積を最大限確保することが大事だなと。なので今回、自分が印象的だったポイントの一つは壁をノコギリ状の折り返し形状にできたこと。これはすごく良かった。
─ 平行に向かい合った壁から発生するフラッターエコーを防ぐ工夫ですね。
後藤:そう。これが単に壁を斜めにする方法だと、だいぶスタジオが狭くなってしまったと思います。正面の漆喰の壁も全面を斜めに倒すと面積がかなり減るので、倒す部分の面積や角度などを工夫してもらいました。結果的に、斜めに倒したところを黒の漆喰にして、蔵の中にいても外観がわかる様なデザインになりました。
スタジオ面積を最大限確保しながら音響的な効果を狙った正面の漆喰壁と側壁
─最後に正面の漆喰壁も、平面的に斜めにするか、断面的に壁を倒すか皆さんで議論しましたよね。スペースを大きく潰さずに音響的に効果を得るため腰下だけ上向きに斜めにすることになりましたが、結果的に良かったですよね。低音の音溜まりを解消しつつ、腰下の斜め部分だけ黒い漆喰とすることで、蔵の外観のイメージを室内に取り込むという、光嶋さんのアイディアにつながりました。
古賀:エンジニアの立場としては、電源の位置やケーブルの取り回しとかを考えて。これまでゴッチ(後藤)さんともいろいろなスタジオ……ランドマークのような広いスタジオだけでなく、狭いスタジオもたくさん行っているので、そういう経験をすべて生かしました。
梁を残したのも、音響を複雑にしたいのと、今後の立体音響録音に対応するためです。やはり高さ情報のマイキングポイントが欲しい。今は4つのバウンダリーマイク、残響支援のGenelecのPoEスピーカー、将来的にはAmbisonicsマイクも設置予定です。梁の振動を録るピックアップマイクも買いました。
あとワンオペが増えると思うので、ワンオペでいかにセッティングしやすいか、時短できるか、結果それによっていかに演奏時間を長くできるかを考えましたね。みんなが使いやすくないと、ワンオペのエンジニアに要望が増え、それによって作業が止まってしまうので。
後藤:確かに。あと、僕はエンジニアもやるミュージシャンだから、もっとミュージシャン寄りの人間が来たときにパニックにならないような構造の方がいいなと思っていて。パッチベイなんかも、やったことがないとわけ分かんないと思うし。古賀くんがいうように、なるべくミュージシャンだけでも回せるか、アシスタントエンジニアがいれば録れるくらいになっていないと、このスタジオはきついよねと。あまりに専門的過ぎてもよくないなと考えていました。
4mの天井高を確保した解放感のある空間と、複雑な音場と今後の立体音響録音への対応も可能とした梁
─ MUSIC inn Fujiedaのコンセプトの一つとして、新しい才能……ミュージシャンだけでなく、エンジニアも育てていきたいというお考えがあるとうかがいました。これはクラウドファンディングでプロジェクトを立ち上げたときから考えられていたのですか?
古賀:もっと前からありましたよね。
後藤:古賀くんと話していると、「この仕事ができるのは僕らの世代が最後」ということが多いんですよ。例えばアナログテープや大型コンソールの使い方とか。古賀くんは青葉台スタジオ出身で学んでいるけど、そういう人たちが減っているので、知識や技術が継承されなくなってきている。ミックスしかやらない人とか、全部が宅録で完結している人がこういうスタジオにくると多分お手上げなんですよね。そこをなんとかしていきたい。
─ 新しい世代の人たちにもレコーディングの技術を継承できるような。
古賀:そういう意味では、ミキサーが使えるとか、パッチベイがあるとか、古き良き時代のマイクがあるとか、その反面、デジタルのDanteが導入されてるとか、環境が整っていると思います。
スタジオに隣接したコントロールルーム。コンソールはAPI Model 1608、モニタースピーカはATC SCM25A Pro Mk2といった大きな商業スタジオでも使用されている機材がそろえられている
後藤:あと、宅録しかやったことのない人たちにとっては、バンドレコーディングのオペレーション、例えば“4人全員が違う音でモニターを聴きたい”というようなことも分からないと思うので。
古賀:そのためにも、メンバー全員で“せーの録り”ができるブース数が確保されていなければいけなくて。せめて3リズム(ドラム、ベース、ギター)が同時に録れるように。ベースやギターはアンプで録るとして、片方はアコギになるかもしれないからちょっとブースを広くしよう、とか。
後藤:この規模だとブースは欲しいですよね。衝立じゃ無理だから。
メインフロアとあわせて使用することで3リズムが同時に録音できる2つのブース
─ ある意味で、新しい世代のための機会を創造することでもあると思うのですが、そういったことに目が向いたのは何かきっかけがあったのでしょうか。
後藤:機会ってなかなか得られなくて。例えば古賀くんの出身の青葉台スタジオ、多くのミュージシャンはああいうスタジオがあることを知らない。
古賀:大きなスタジオは使えるアーティストやエンジニアも限られてますもんね。
後藤:青葉台を見られるのは一握り。僕たちも街スタから始めて、ソニーと契約して初めて大きいスタジオを見たんだけど、こんなスタジオがあるんだ!と思いましたから。今はその最初の機会を得るためのドアが分厚すぎるというか、ベテランになってからでないといい場所にいけない。これは良くないなと思って、若い人たちも、いきなり最初からいい機材で録れた方がいい。だってファーストアルバムが大事じゃんっていう。僕らの時代よりもさらにお金がものをいう時代になってしまったから、今は本当に厳しいですよね。そこを均してあげたいというのはあります。
古賀:僕も、デビュー盤にお金をかけられる時代をぎりぎり通っていますが、今や予算が1/3くらいになってしまった。その環境の中で使えるスタジオを探すようになっているので。
後藤:インディーはその予算規模もないから。
古賀:ですよね。ゴッチさんのレーベルは、その中でも音にこだわってスタジオ費用やテック費用を出してくださったからイニックなどが使えたりした。それでも結局ミックスにお金がかかるから、ゴッチさんのプライベートスタジオに卓を入れて、自分のところでダビングもできるようにしたり。思えばゴッチさんのスタジオも最初はブースはなかったですもんね?
後藤:うん、ブースはなかった。
古賀:そこから扉を付けてブースにして、ワイヤリングもないので直接ケーブルを引いて。
後藤:直引きですよ。
古賀:ミキサーもMACKIE.の小さいモデルから始めて、その後コンソールを買って。そうすると電気容量が足りなくなって機材が動かなくなったので電源工事をして卓周りのワイヤリングをして。なのでゴッチさんはスタジオ作りで何が大変かが分かっているんです。
─ ミュージシャンの方は環境を整えるところは自ら携わらないケースも多いですよね。それをご自身でも経験されているので、スタジオの大事さ、環境が整っていることの大事さを理解されている。その点でお二人は意気投合したのですね。
後藤:一緒に長くやってきて古賀くんから教わったこともたくさんありますから。レコーディングって環境じゃないですか。部屋の鳴りはもちろん、あらゆる環境が影響している。どういう人間関係の中にあるか、これもある種の環境だから。そこが恵まれていないとうまくいかないですよね。
─ アジカンのプリプロ作業で、皆さんが意見を出し合いながら演奏を進めていくのをコントロールルームで聴かせていただいたときに、スタジオに全員が集まって“せーの”でやる意義がよく分かりました。同時に、スタジオが持つアコースティックの響きや雰囲気も大事なんだろうなと思いました。
後藤:場所が気持ちいいというのは大事ですよ。おそらくあの作業を街スタでやると音がうるさすぎて3時間くらいが限界だと思う。その点このスタジオは割と長くいられます。
古賀:今回のプリプロではメンバーの皆さんはヘッドホンを着けていましたけど、昔ながらのやり方だと、ヘッドホンを着けずに生音を出しながら、部屋の反射の、空間の音を聴いて曲を作っていくので、スタジオの持つ響きは重要です。あと、今回のやりとりを見ていて、このスタジオはメジャーアーティストがゼロからイチを作るプリプロに使ってもらうのもいいと思いました。価格も安いし、喧騒もなく、使える時間も決まっているので20時にきっちり終わる。また、藤枝のオペレーターとして付くアシスタントエンジニアにとっても学びの場にもなるなと。ゼロからイチが生まれる瞬間、フレーズが生まれる瞬間って、僕も今でも感動しますから。そういう体験をするとこの仕事のやりがいを感じると思います。
─ スタジオの雰囲気という面では、使われている木の素材も今回は特徴がありますよね。土蔵に使われていた床板や壁の野地板を再利用したり、一部、能登半島地震に由来する素材も使われているのですよね。
後藤:能登半島地震で解体を余儀なくされたお寺から出た木材をいただきました。被災地支援をしているうちにつながりができて、購入させてもらって。あと、コントロールルームのコンソールデスクも、熊本豪雨のときに出た水害材です。自治体は処分する方針でしたけど、産廃を扱う業者さんたちと「これはおかしい。まだ使えるものもある」といって、みんなで釘を抜いて再利用しています。なので大工仕事の跡が残っていたりして、でもそれがいいんですよね。
スタジオの天井に使用された大工仕事の跡が残る木板材
─ 後藤さんは被災地支援にも積極的ですね。
後藤:大事だと思うんですよ。僕たちもそのうち助けてもらう立場になるから。静岡は、必ずと言っていいほど大きな地震がくるので。このスタジオはそういうときにも残るような建て方をしてもらったと思うので、いざというときにはここが拠点になって助け合いが始まってほしい。音楽だけにとどまらず。
─ 地域のコミュニティの拠点になるような。
後藤:音楽スタジオってブラックボックス化しがちですけど、ここは開かれた場所になるといいなと思います。ワークショップもやった方がいいし、教育的な側面も担いたい、将来的には子ども食堂もやりたいという話もしています。メシが食えて、楽器も習えて。その中からエンジニアとか出てきたらめっちゃおもろいよね?
古賀:すごく嬉しいですね。もしかしたら建築音響に興味が出て日本音響エンジニアリングさんに入りたいっていう人が出てくるかもしれない。建築家の光嶋さんや、ワイヤリングを担当したスタジオイクイプメントの古賀圭亮さんなど、みんなの仕事が見えるような場になるといいなと思います。
隣接する建物にある宿泊可能なコミュニティ・スペース
─ 「インディペンデントに活動するミュージシャン・アーティストに対して金銭的、技術的な支援を継続して行う目的」で、NPOアップルビネガー音楽支援機構も立ち上げられました。
古賀:今回のスタジオ作りに際して会社を作るかという話が初めにあり、その後NPOを作るという話になっていった感じでしたよね。
後藤:10年、20年の活動ならアジカン後藤の推し活としてお金を集めてやればできなくはないと思うけど、そうするとその先はこの蔵をつぶしてという話にまたなってしまうので、そうじゃない方がいいなと思って。藤枝市のレガシーにしてほしいなと。将来の世代に受け渡すとなったら、営利団体じゃない方がいいし、地元のみんなのものになっていかないと残らないから。
古賀:都内のビルの地下に作ってしまったら、またいつか壊して再開発という話になってしまうので。そうやって名だたるスタジオがなくなっていってしまった。
後藤:(土蔵のオーナーでありアップルビネガー理事の)江﨑さんの人柄に依るところも大きいですけど、江﨑さんを含めて藤枝を考えてくださっているチームが受け皿になったので、これで可能性が上がりました。30年くらいの継続が見えてきたかもしれない。なかなかタフだとは思いますけど。僕たちが去った後、20年後くらいに一つの難しさが出てくる可能性はありますね。
古賀:そういう意味で、日本音響エンジニアリングさんやスタジオイクイプメントさんのようなしっかりした組織に入っていただいたのは意義があって、担当してくださったメンバーが定年を迎えても、会社内で次の世代に引き継いでもらえる可能性が高い。宮大工の人たちが技術を伝承しているように、スタジオ建築も伝承していかなくてはいけないと思うので。このスタジオを作り始めてからよりそれを考えるようになりました。
─ 後藤さんが2018年に設立された『APPLE VINEGAR - Music Award』も、若い世代のミュージシャンに機会を与えることが目的の一つだったと思いますが、今回MUSIC inn Fujiedaで、そこに“場”も加わったと思います。
後藤:アワードは盛り上げ役を買って出たところがあって、新しい才能を世に出すための機会ととらえているんだけど、このスタジオはもっと失敗したり成功したりできる、チャンスが平等にある場所で。そういう支援の形が必要だとずっと思っていたので、自分の精神衛生的にも良くなりました。良いものを作った人に賞金が与えられるのではなく、お金がないやつらが最高の機材でスタートできる方が考え方がフェアだから。その方がこっちとしても気持ちがいい。同じスタートなら、そこで初めて良し悪しが見えてくるというか。すごくいい曲なのに金がなかったんだろうなとか、経済格差が先に目に入ってくるのは良くないなと思ったから。
─ 教育の格差とも似てますね。今回のNPOの立ち上げは、以前音楽ナタリーのインタビューでも後藤さんが触れられていた「トゥモローズ・ウォリアーズ」の理念にも通ずるものを感じました。「トゥモローズ・ウォリアーズ」は、女性や黒人などのマイノリティの人たちに音楽教育の場を与えるために、UKのジャズベーシストが中心になって立ち上げた音楽育成・支援機関ですが、今やここからUKジャズシーンには欠かせない人気アーティストが多数出てきています。
後藤:そう。社会の課題とニアリーですよね。特に文化は支援が後回しになりがちで、ここはちゃんと国や社会が考えた方が絶対豊かだと思います。ただ僕たちはDIYで、文化庁に行って「お金出してください」と言って役所が好む何かを作るよりも、自分が若いころにあったらよかったよねということを思い出しながら提供してあげられればと思います。
古賀:エンジニアも、大きいスタジオから独立すると行けるスタジオが減っていくんです。僕もそうだったから。大きい予算を使うクライアントとの接点が減るので。そうすると安くていいスタジオをすごく探すようになる。
後藤:最近はキャリアの形成方法もいろいろ増えてきたから、野良みたいな立場からエンジニアになる人たちも出てきたんですよ。そういうタイプのエンジニアには、このスタジオは勉強にもなるし実力発揮の場にもなるからいいんじゃないかと思う。
─ そういう方たちはミュージシャンであり、エンジニアでもある?
後藤:そうですね。ミュージシャン兼エンジニアの人が多いです。
古賀:録りはエンジニアが来て、ミックスはバンドが自分たちでやるという仕事も増えてきましたね。
後藤:最近はそれもあるね。若い人たちは信用を得ていないと借りられないスタジオが多いと思うけど、そういう意味ではここはフェアだから、電話すれば借りられるので。機会は大事。機材を壊さなければいくらでも失敗していいし、いろいろ試して学んでほしい。僕もいまだに勉強していますから。「このマイクこう立てたらこんなにいい音なんだ」とかAPIのコンソールや、NEUMANNのM 149 Tubeなんて、なかなか触る機会もないと思うので。
─ 全曲MUSIC inn Fujiedaで録られた作品としてASIAN KUNG-FU GENERATION『フジエダ EP』も3月にリリースされました。スタジオの特徴を踏まえた聴きどころを教えてください。
古賀:最初にデモをいただいたときに、4曲がばらばらのジャンルだったので、ドラムの音をカタログ的に4パターン作れるなと思いました。デッドな音、ライブな音、コンプで歪ませた音、オーガニックな音、それがすぐにイメージできたので、それに向けて録った感じです。もちろんこのスタジオでは初めてのレコーディングだったので不安もありつつ、自分たちの設計を信じて、MUSIC inn Fujiedaの可能性を皆さんに届けられる機会かなと思いました。
後藤:僕は、どの曲も地元のことを考えながら作りましたね。スピッツのカバーを含め。地元の先輩なので。
古賀:収録曲の「ペダルボート」はクラウドファンディングの特典用に、工事に入る前の土蔵の2階で弾き語りを録りましたね。あのときは電気が通ってなかったのでバッテリーを持ち込んで。
後藤:そこそこ暑かったし(笑)。話を戻すと、スタジオのサンプラー的な意識はありました。曲調がいろいろあった方がいいなと。古賀くんともいつも「ドラムの音を良く録りたいね」って言ってやってるから、実際に良く録れて安心したというのも正直なところ。「うわいい音だった、良かったぁ」って。天井に向かって逃げていったシンバルが柔らかく返ってきたりしてすごく良かった。正面の扉に向かってドラムを置くとうるさく感じないんですよね。すっきりする。漆喰の面の角を背負って斜めにドラムを置くと低域が増える。カーテンで反射も調整できて、ドラムの音作りが楽しいです。ギターもすごく良くて。ずっと感触がいいんですよね。電源が60Hzだというのも関係していると思うけど。ノイズも少ない。
古賀:僕の先輩のエンジニアさんも「ドラムはもちろん、ギターとベースがいいんだよね」と褒めてくれて。
後藤:意外と竿物(ギターやベース)が良く録れるので、僕の中でギターのダビングだけここに来るのもありだなって思っています。喜多(建介)君と来て話し合いながらやるのもいいなと。
古賀:スタジオの中のアンビ感も関係していると思います。佐竹さんや内田さんを中心にみんなで意見交換しながら進めたのですが、複雑に角度を調整できたのも、漆喰や古材・新材、いろいろな素材を壁に使えたのも、すごく良い効果を発揮してます。空調などの室内騒音、なるべく吸音材を使用しない構造など、居心地の良い環境ができたと思います。
防音扉もD45とD40の選択肢があったけどあえてD40を選んで音が逃げるようにしてあります。
漆喰壁と相対する壁面。スタジオ全体の仕上げは吸音材の量は最小限にして、漆喰・古材・新しい木材など使用する材やその構造・形状が工夫されている
──EPを聴かせていただいて、音が良いのはもちろんなのですが、ミュージックビデオも配信されているM2の「おかえりジョニー」は、Apple VinegarとMUSIC inn Fujiedaの理念がすべて詰まっているように感じられて、とても素敵だなと思いました。歌詞の内容とMVの映像も相まって、多様性に対する寛容さや、これからこのスタジオを使う若者たちやマイノリティの方々への応援歌にも感じられて。
─── 最後に、MUSIC inn Fujiedaを中心としたお二人が描く未来について教えてください。
後藤:僕は3つあって、地元から素晴らしいミュージシャンが出てほしい、ここから素晴らしいアルバムが生まれてほしい、あとはスティーヴ・アルビニみたいな変なエンジニアが生まれてほしい、ですね。藤枝のやばい人、みたいな。アーティスト、作品、エンジニア、三本の矢じゃないけど、素敵なものがそれぞれの分野から出てくると、より未来に手渡せる可能性が上がってくるんじゃないかなと思います。
古賀:僕のようなレコーディングエンジニアが長く仕事を続けられるのは、仕事を頂くアーティストやレコード会社、音楽事務所はもちろんですが、スタジオ建築の方々や、ワイヤリング・機材のメンテナンスエンジニア・楽器屋・開発してくださる楽器メーカー、たくさんの方々のサポートで成り立っています。
今回のプロジェクトで、光嶋さんはじめ、渡辺建設さんや地元の防音の幸昭さん、飛鳥工務店さんなど素晴らしい方々と出会えました。
僕は、建築とかワイヤリングとか、宮大工さんとか、そういう人たちにもたくさんよりフォーカスが当たって、またそれを目指してくれる若者が現れてくれたらうれしいです。藤枝とは別の場所でそして、日本各地でも Music inn Fujiedaのようなプロジェクトが出てくれるといいなと思います。僕は福岡出身なので、いつか九州で作りたいという夢もあります。
─ 今後の展開を私たちも楽しみにしています。ありがとうございました。
1976年静岡県生まれ。 ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターであり、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。
2010年、自身主宰のレーベル「only in dreams」を発足。また、エッセイや小説の執筆といった文筆業や、新しい時代やこれからの社会など私たちの未来を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。 2018年からは新進気鋭のミュージシャンが発表したアルバムに贈られる作品賞『APPLE VINEGAR -Music Award-』の立ち上げなど、音楽はもちろん社会とコミットした言動でも注目されている。
2024年5月、静岡県藤枝市にて『NPO法人 アップルビネガー音楽支援機構』を設立。同市内に滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」を建設。
著書に『何度でもオールライトと歌え』『YOROZU~妄想の民俗史~』『凍った脳みそ』『後藤正文の朝からロック』、藤原辰史氏との共著『青い星、此処で僕らは何をしようか』など。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONとしては、今年結成30周年を迎えた。
https://www.asiankung-fu.com/
福岡県出身のレコーディングエンジニア、Xylomania Studio LLC CEO。
2005年青葉台スタジオに入社、2014年フリーエンジニアとして独立後、Xylomania Studioを設立。最先端の立体音響の制作を手がけ、スタジオ造りやホームシアターのコンサルティングも多数行う。世界有数の11.2.6.4chスピーカー設備を備えたスタジオでDolby AtmosやSony 360Reality Audioの技術を活用し、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Ado、Official髭男dismなど、多くのアーティストの楽曲に携わる。また、映画音楽やミュージカル、クラシックの分野でもその技術を発揮している。日本酒と城を愛し、酒蔵巡りを楽しむ一面も。音楽と音響の新たな可能性を追求し続けるエンジニアである。
https://xylomania-studio.com/
聞き手:佐竹 康(日本音響エンジニアリング)
撮影:八島 崇
編集:北口 大介・重冨 千佳子