コンサルティング事業部 青木 雅彦

1. シミュレーションで音を聴いてみませんか?

残響が少し長い会議室では、話していても何となく話しづらく、席が離れていると他の人の話も明瞭には聞き取りにくい時があります。このようなケースではたいてい室内の吸音性能が少し不足していると考えられます。それでは室内のどこにどのような吸音材を配置すれば話が聞き取りやすくなるのでしょうか?

残響時間は大きな空間になると必然的に長くなります。そのため駅や空港、商業施設などの広くて天井の高い空間では、スピーカから拡声されるアナウンスが聞き取りにくいという問題が発生するケースがあります。それではその空間の天井や壁に吸音材を施工した場合の効果はどの程度なのでしょうか?

また、工場やアミューズメント施設の屋内で騒音が大きい時、天井等に吸音材を施工すると騒音はどの程度静かになるのでしょうか?

このような対策を検討する時は、まずは残響時間や騒音の低減量を計算しています。時にはコンピュータシミュレーションで室内の直接音と反射音の状況を予測し、その結果から音響障害となるエコーの対策を検討したり、室内の音環境を評価するいくつかのパラメータを推定したりする場合もあります。

けれども設計段階で、吸音材がある場合とない場合の残響時間の違いを数値で比較しても、あるいは音声の明瞭度を評価する指標や騒音低減効果を数値で比較してみても、その違いを感覚的に実感するのはなかなか難しいと感じていました。当社にこのような問題のコンサルティングをご依頼いただいたお客様にとっては、数値の違いよりも、実際に聞いた感じがどうなのかということが最も重要なことでした。そのため音の検討結果を数値でお客様にご報告させていただいても、十分に内容をご説明しきれない場合があり、私たちにとって大きな課題だと考えています。

そこで私たちは、もっとお客様にわかりやすく音の検討結果をご報告させていただくために、今までのシミュレーション技術をさらに発展させ、検討結果を'音'で聴いて確認していただける可聴化シミュレーションの技術を伸ばしたいと考えています。最近は実際の業務でも、お客様に可聴化した音を聞いていただき評価していただけるサービスを始めています。この技術はまだまだ発展途上で課題も多いのですが、ここで私たちの可聴化シミュレーションの概要をご紹介させていただきます。

2. 手軽な可聴化シミュレーション

会議室やロビーなど、室形状がシンプルであればシミュレーションで音を可聴化するのはそんなに手間がかかる作業ではありません。当社の場合は先ず自社開発の室内音響シミュレーションソフトウェア「RIMAGE(リマージュ)」で室形状を設定します。

図1 RIMAGEによるシミュレーション
図1 RIMAGEによるシミュレーション

RIMAGE(リマージュ)は幾何音響解析法により、コンサートホールや劇場、スタジオなど、空間がどのような響きを持っているのかを計算し、音の伝搬経路等を可視化して室内音場を予測するソフトウェアです。このRIMAGE(リマージュ)は当社で開発し、販売させていただいていますが、主な仕様は下記のとおりです。

RIMAGE(リマージュ)の主な仕様
特徴 ・音線法と虚像法を組み合わせた計算
・反射は30次反射以上まで計算可能
計算手法 ・音源点から全方位に音線を飛ばし、受音点周辺に到達する直接音、
反射音の経路を探索。その経路に関する面の組み合わせについてのみ
虚像法を用いて反射経路を確認。
形状データ 構成多角形は100角形、総多角形数は2000個まで
音源データ 音源数、個別指定の受音点数は共に30個まで
探索音線数 水平、垂直方向で指定(デフォルト値は2000×1000)
受音半径 デフォルト値は0.5m
出力 ・音源と受音点間のインパルスレスポンス
・残響時間、ST1、D値、C値、時間重心

室形状を設定した後、室内各面の吸音率を設定し、音源位置と受音点位置を設定します。その後、音源位置から受音点位置までの直接音と反射音群の到達状況(インパルスレスポンス)を計算します。このとき、スピーカの指向性データがあれば、音源の指向性を設定することもできます。

次に可聴化する元の音源ファイルを準備します。通常この音源は「ドライソース」と呼ばれ、本来は無響室で録音した音源を用いますが、私たちはそこまで厳密に考えず、他の音源を用いる場合もあります。その音源ファイルとシミュレーションで得られたインパルスレスポンスがあれば、簡単にシミュレーション結果を可聴化して音を耳で聞くことができます。

3. 可聴化シミュレーションの事例

実際の事例はお客様との秘密保持契約上、ここでご紹介することができないため、代わりに社内での実験結果をご紹介させていただきます。可聴化したシミュレーションの音は弊社のホームページで実際に聞いていただけます。

社内実験は下記の写真に示す打合せ室で実施し、実験内容は1)現状(テーブル・椅子は撤去)、2)壁の一部に吸音材を取り付けた場合の2ケースとし、室内の音を実際に測定し、同じ条件のシミュレーション結果と比較しました。

写真1 打合せ室(実験時空室)
写真1 打合せ室(実験時空室)

写真2 音源用スピーカ
写真2 音源用スピーカ

写真3 測定機器
写真3 測定機器

写真4 吸音パネル
写真4 吸音パネル

打合せ室の概要
室寸法 3400mm×4200mm×天井高2400mm
内装 天井:ロックウール化粧板
壁:スチールパーティション、窓(ブラインドあり)
床:タイルカーペット
※実験のためテーブル・椅子は撤去
吸音材 850mm×850mm×25mm厚 [5枚使用]
グラスウール96kg/m3 表面ガラスクロス貼り

この打合せ室は広くなく特に残響が長いわけではありませんが、私自身は自分の話した声の直後に反射音を感じるため、話していて少し気になるという印象を持っています。

そこで壁に吸音材を取り付けた場合の効果を測定し、同じ条件でシミュレーションも試みました。

残響時間について、測定値とシミュレーション値を比較した結果を下記に示します。

図2 残響時間の比較
図2 残響時間の比較

図2の比較結果を見ると、250Hz以上の周波数ではシミュレーションで求めた残響時間の方が、一般的な残響時間の計算式であるEyring-Knudsen式で求めた結果よりも実際の測定値に近い傾向を示しています。特に現況については傾向が似ています。これは向かい合った壁間で発生しているフラッターエコーをシミュレーションである程度予測できているからだと考えられます。測定値とシミュレーション値が一致しない原因については、吸音率の設定値が実際とは違うこともその一つだと考えています。吸音率データは残響室での実験結果から求められていますが、通常の室内は残響室とかなり条件が異なります。また125Hz帯域の吸音性能は板振動が影響しますが、下地の状況により、板の振動状況は異なります。その他にもソフトウェアの計算上の設定の影響も考えられます。今回は反射次数を30次まで設定しましたが、今後もっと多くの反射音を計算してみたいと考えています。数値の比較は上記のとおりですが、それでは実際に音を聞いてみるとどうでしょうか?

4. 音で聞いてみると

実際に室内で録音した音とシミュレーションで可聴化した音を聴き比べていただいた印象はいかがでしょうか?

私自身はかなり印象が近いと感じていますが(贔屓目かも知れませんが)、皆様はどうお感じになられたでしょうか?

日常、音に関する仕事をさせていただきながら、私たちの耳は測定機器では測れない違いを聞き分けていると思う時があります。また、逆に耳で聞くと測定値の違いほどにはその差を感じない場合もあります。私たちはもっとわかりやすく実感できるコンサルティングサービスをご提供できるよう、今後も技術を高めてゆきたいと考えています。