営業部 川井 正行

1 はじめに

この度、NTT厚木研究開発センタの一画に新しく基礎研究所の音響実験施設が完成しました。当社では、これらの無響室等について、計画段階から施工までをお手伝いさせていただきました。この無響室は、我々のこれまでの施工例から、又、他の報告例からも、国内で最も低騒音の環境が確保された無響室と考えられます。
今回、この無響室完成までの経過をご紹介させていただきます。
NTTの基礎研究所は、元々、三鷹の武蔵野研究開発センタ内に有りましたが、厚木に移転することとなり、新しい音響研究実験施設を作ることになったわけです。
新しい施設は、NTT厚木研究開発センタ・人間情報科学研究棟の中の音響実験室で、無響室、視聴覚実験室、受聴実験室1、受聴実験室2、送話室、受話室、計算機室1、計算機室2、無響室制御室、視聴覚実験制御室、受聴実験制御室、送受話実験制御室から構成されています。平面図を図ー1に示します。

2 計画段階

この無響室の計画は、計画の推進者である情報科学研究部聴覚研究グループの平原氏から「今までの無響室よりももっと暗騒音の低い無響室が必要」とのお話をいただいたことに始まります。
以前(5年前)に、平原氏も参画していただいて作った京都のATRの無響室では、暗騒音が18dB(A)で、通常の使い方であれば、特に問題は無いのですが、今後予定する研究の為には、もっと低騒音化しなければ使えないとの事でした。
その時に示されたスペックは、

無響室 空調未使用時で 0dB(A)
空調使用時で 10dB(A)
他の実験室 空調未使用時で 10dB(A)
空調使用時で 20dB(A)

という、非常に厳しいものでした。
検討には困難が予想されましたが、以前、当社で造らせて頂いた無響室で、結果として0dB(A)の暗騒音が得られたものがあったので、これを基本に発展すれば実現出来るだろうとスタートしました。
計画段階で、一般のダクト・エルボウの消音計算については、既存資料も多く有り、それほどの問題点は出てこないのですが(ただし、計算はダクト系がたくさん有りクロストーク等の計算もしなければいけないので複雑多岐にわたるものですが)、一番重要な低周波消音用サイレンサーの資料について、使えるものがあまり無いということが分かりました。
そこで、今回の工事で使用する予定の低周波消音サイレンサーについて実験することになり、この空調ダクト工事を担当する東京ダイヤエアコンと協力して群馬県の某研究所に実物大のサイレンサーを持ち込み、消音・静圧のデータを取り、この結果を基に検討することにしました。(事前に、これだけの大物を作るのは大変でしたが。)

図-1音響実験施設の平面図
図-1 音響実験施設の平面図

この時点の検討で、サイレンサー・クロストークのスペースとして2階のダクトスペースを初期の段階で基本設計に盛り込めた事が、この無響室の暗騒音を低く抑えられたポイントの一つと考えています。

3 設計段階

建築の基本設計はNTT関連の設計事務所で行われるので、当社と綿密な協議をいただきながら考えをまとめていきました。建物外部・建物内部からの騒音・振動が無響室等にどのように影響するかの検討を当社で行い、問題のある部位については設計事務所側に設計変更をお願いしました。
具体的な音響設計は当社で行いました。基礎研究所の要求スペックに基づき、外部騒音、外部走行車音、隣の設備機械室(空調室内機・キュービクルが室内に、空調室外機が屋上に有る)、建物内部の発生騒音・振動(廊下・トイレ等は当然ですが、各実験室間の音漏れ、特に視聴覚実験室では90dB(A)までの音が発生)の想定を行い、無響室等の内部暗騒音の算定をしました。
特に、隣室の設備機械室の振動・騒音は大きな問題となり、防振ゴムの選定やダクト開口部からの廻り込み等の検討にはかなりの時間を要しましたが、多少の安全側に予測できました。
また、計画地の上空に厚木基地のジェット戦闘機が飛来する可能性があるとのことでしたが、取りあえず滅多になさそうなので、検討には加えないとの事で進みました。(現実に、施工中も完成後も何度も現地へ足を運んでいますが、ジェット戦闘機は飛んでいません。)
この様な外部からの騒音は何とか検討が進んでいきましたが、空調系からの騒音検討は上記以上の複雑さが有り検討に時間を要しました。
基礎研究所の使用条件による基本設計に基づき、内部発熱を算出し、空調機を検討・決定(ここで多くの時間を要しましたが)しました。その後、決定した室内機の騒音データを使ってダクト・サイレンサーの検討を行いました。
空調室内機一台と各室間のダクト・サイレンサーの検討は、暗騒音が非常に低いことを除けばそれほど困難でありませんが、対象とする部屋が空調OFFで他の全ての部屋が空調ONの場合における部屋の暗騒音の検討については、建物全体の構成方針に戻ってしまうほど大きな問題となりました。具体的にはダクト等の間のクロストークをどのぐらいに見るか、との問題になるわけですが、音響関係の空調系統の多さと、隣の脳波磁界実験室関係の空調系統が複雑に絡んでいることから、一番時間を要する検討となりました。
以上のような検討を1年半程積み重ね、全体の構成を決定しました。

図-2無響室の防振構造性能(振動加速度レベル差)
図-2 無響室の防振構造性能(振動加速度レベル差)

4 施工段階

実際の施工は、躯体の屋上が出来上がって、まだサポートがはずされないような段階から乗込み(雨が降るとかなり雨漏りがしていました)、浮き床、浮き壁、浮き天井、内装仕上げと進んでいきました。
同時進行で、2階の空調ダクト・サイレンサーや電気設備工事も行いました。
内装としては、無響室の浮き構造について、床はコンクリート、壁・天井は一般的に用いるプラスターボードに変えてアスロックと言うコンクリート板を用い、遮音を強化しています。
暗騒音目標値の一番厳しい無響室については、大きな防振性能が求められるので、他の部屋は2段防振ゴムを使用しているのを、3段防振ゴムで施工しています。
なお、施工途中で浮き床の振動チェックを行ったところ、図ー2に示すデータが得られています。
この他、工事期間中、ある時期を過ぎてしまうと搬入口が無くなることから、サイレンサーの搬入の工程管理に苦労したり、全工期がやや短かったため、他の工事との調整の必要が常に求められたり、かなり混乱する場面もありました。

5 測定段階

やっと工事がほとんど終わり、音響検収測定を行う段階となり、果たして暗騒音の目標値を達成しているかどうか、不安と期待の中で測定を行いました。
測定は、B&Kの低騒音マイクロフォン4179とメジャーリングアンプ2610を使用しました。このシステムでは計測の下限値は-2.5dB(A)で十分測定が出来ます。
ちなみに一般のB&Kの1インチマイクを使用すると測定限界は12~13dB(A)、1/2インチマイクを使用すると測定限界は17~18dB(A)で今回のスペックを測定することが出来ません。
なお、"マイナスデシベル"は何を意味するのかといいますと、デシベルは対数比率を示し、音圧レベルは以下の式で表現します。

SPL(音圧レベル)=20Log(P/P0)

ただし、P0は0.00002Pa(パスカルで、聴力の正常な若い人が聞き得る最も弱い音の音圧とされています。
つまり、P(ある音圧・空気振動の圧力)が0.00002Paより小さければ、マイナスデシベルとなります。
無響室の暗騒音測定結果は、図ー3に示すとおりで、事前の音響計算とほぼ一致しており、満足できるものでした。
また、視聴覚実験室の暗騒音を図ー4に示します。
実際、耳で聞いた感じは、耳の中で自己発生する音(人や年齢等により異なるようですが、この頃、私では何となく低音がもごもごするような感じ)が聞こえるだけで、無音の世界とはこんなものなのかと思いました。
実はその後、後述する問題が出た頃、色々な物件の打ち合わせ、製作、納品等で混乱したためか、突発性難聴になり、かなり回復したのですが、今ではこの無響室に入ると2~4KHzの高音がいつも鳴っているように聞こえてしまいます。

6 竣工後

完成後、しばらくして平原氏から、無響室の暗騒音をFFTで取ると変なデータが出るという連絡がありました。
データを確認すると、確かに無響室の暗騒音に特定の周波数の騒音が乗っていました。
早速、原因を調査したところ、はずかしながら、何と今まで私どもの知らなかった原因によって(余りにも低騒音のせいで?)
特定周波数の暗騒音が上がっていたのでした。

図-3無響室の暗騒音レベル(室中央)
図-3 無響室の暗騒音レベル(室中央)

図-4暗騒音レベル(視聴覚実験室)
図-4 暗騒音レベル(視聴覚実験室)

その原因は、次のとおりでした。

(1) 測定室に設置したTVモニターの水平発信周波数(15.7KHz)の音がマイクロフォンに入っていた。

(2) 無響室内に設置したTVカメラの首ふり・ズーム用雲台のモーターが微小レベルで励振され450Hzの音が出ていた。

(3) 照明ランプから100Hzの音が出ていた。

これらの音は、通常の無響室では問題にならないレベルですが、さすがにマイナスデシベルの世界に入り込むとデータに出てしまいます。(1)、(2)は対策を施して問題の無い範囲に追い込みましたが、(3)の照明(250Wミニハロゲン×7灯)は、電源を入れると50Hzの倍音の100Hzが出てしまいます。たぶん、フィラメントが振動して照明器具供体に共振するためと考えられますが、対策として、アクリル板の囲み等を考えましたが、照度が取れない等の理由で取りあえずそのままになっています。最終的な対策としては電源をDC化することで解決するはずで、いずれ実験をしてみたいと考えています。
今まで蛍光灯を使用すると暗騒音に問題が出るということは十分知っていましたが、白熱灯が問題になるなどとは思ってもいませんでした。(今まで白熱灯で問題になったことはありませんでした。)
なお、無響室には有りませんが、他の実験室には照明の調光装置が有り、この調光装置から出る高周波ノイズの対策は、初めから十分気をつけて設計しています。

視聴覚実験室の写真
視聴覚実験室

7 おわりに

今回ご紹介させていただいた無響室は、これまで当社で施工した無響室で一番暗騒音の低い無響室であると思っています。と言うことは、たぶん日本で一番低騒音の無響室であると自負しています。このような研究施設の施工に参加し、お手伝いできたことを非常にうれしく思っています。
最後になりましたが、無事、目標どおり完成できたのは、このプロジェクトの中心であった平原達也博士をはじめ関係するNTTの皆様及び設計及び施工に当たった協力会社の皆様のおかげとと考えています。この場を借りてあらためてお礼申し上げます。本当に皆様ありがとうございました。